出発に向けて
ゼノスは一人、静かな早朝の街を歩いていた。
「人が少なくて静かだな」
日中は耳を済ませても街の人達の声や物音で全く聞こえない風の音がはっきりと聞こえてくる。
しかしいくら朝といえど、誰もが静かな時間を送っているわけではない。
大通りから少し外れた場所にある細道の方から男達の大きな笑い声が継続的に聞こえてくる。
「俺は寝ないけどまだ寝てる人は大勢いるだろうに、うるさいな」
そう思ったのはゼノスだけではなかったのだろう。
ときどき眠たげに目をこすりながら家の窓を開け、大声のする方を睨む者もいる。
ゼノスはそうした人たちを見て、細道でたむろしているであろう男達に注意をすることに決めた。
早速その場所へと向かおうとするゼノスだったが、
ふと、訓練場でリュートに目立たないようにしたほうがいいという趣旨の話を聞かされたことを思い出した。
「顔、隠しておいた方がいいよな」
そう独り言を言ったゼノスは身の回りに何か顔を隠せるようなものがないか探し始める。
だがそう上手く何かが見つかるはずもない。
「何も無いな〜。··········そのまま行くしかないか?」
仕方なく素顔のままトコトコと細道の方へ歩いていくゼノスの頭に突如ビビビと電流が走った。
(気がした)
(そうだ! 《幻影》を使って俺の姿を別人に見せればいいじゃないか!)
思いついたら即行動。一度立ち止まったゼノスは自らの体を魔力で薄くコーティングし、見た目を別人に変えていく。
変身を終えたゼノスは再び歩き始め、やがて細道の入口に到着した。
相変わらず男達の大きな笑い声は静かな街に響いている。
「よし、行くか」
細道を曲がると、そこでは4人の男達が壁に寄っかかりながら会話をしている姿が目に入った。
ゼノスに男達が見えたのと同時に男達もゼノスに気づいた。
「なんだお前? 俺達になんか用かよ」
リーダー格の男がゼノスのもとへドスドスと歩いてくる。その後ろに子分のような男達が続いた。
「ああ、用ならある。お前達がうるさくてみんなに迷惑がかかってるんだ。静かにしてくれないか」
いたって普通の顔でゼノスが思ったことをそのまま口にした。
するとリーダー格の男は額に青筋を浮かべてキレ始めた。
「なんだと! ······ガキのくせに調子乗りやがって」
(あれ、 俺なんか変な事言ったか? ただうるさいから静かにしてくれって言っただけだよな?)
なぜ男が自分にキレているのか理解できないゼノスは自分になにか落ち度があったのかと男達をそっちのけで思案する。
そんなゼノスの様子を無視していると解釈した男達の怒りはどんどん大きくなり、すぐに限界がやってきた。
「てめぇ! デンさんのこと無視してんじゃねえよ!」
子分の男が隙だらけで大振りのパンチをゼノスに向けて放った。
そのパンチをゼノスは避けず、片手で受け止めた。
「っ!·····この··········野郎ぉ〜!」
男はたかが少年(実年齢は少年とはほど遠いものだが)に本気のパンチを片手で止められたことがよほど悔しいのか、顔を真っ赤にして固く握られた己の拳をゼノスの
手から振り解こうと必死になっている。
「いきなり殴り掛かるとかだめだろ。それに隙だらけだ」
ゼノスが男の首に軽く手刀を落としたことで男の意識は途切れた。
「おい! お前なにしやがる! お前ら一斉にかかるぞ」
「「了解です、デンさん!」」
実力の差を全く理解していない男達は束になってゼノスに殴り掛かる。
「ったく、どいつもこいつも隙だらけすぎるし俺悪いことしてないだろ」
ゼノスは男達が目視できないスピードで動き、的確に首に手刀を落としていく。
ものの数秒ほどでゼノスは男達全員を無力化した。
「ふぅ、ちょっと注意しようと思って来たのに結局戦うことになっちゃったな。········とりあえず、帰るか」
変身を解いたゼノスは、少ししょんぼりとしながら四人の男達が倒れている細道をあとにして宿へ戻っていく。
その背中をゆっくりと登っていく太陽の光が優しく照らしていた。
ゼノスが宿に戻って1時間ほど経ったところで朝食の時間となり、ぞろぞろと他の宿泊者達が一階の食堂へ降りていく。
俺も行くかとゼノスが立ち上がったところでレイ、ライン、ルシアがゼノスを呼びに来た。
「ゼノスさ〜ん朝ごはんの時間ですよ。行きましょう」
「おう」
ゼノスは軽く返事をして3人とともに食堂へ向かって行く。
食堂の扉を開けると宿泊者の中には既に朝食をとり始めている者もいた。
「もう食べ始めている人もいるみたいだね。僕達も注文して食べようか」
「そうですね、お腹すきました〜」
四人は食堂の奥の方にある四人席に腰掛けた。
そこへ他の宿泊者の対応を終えた女性のウエイトレスが営業スマイルでやってきた。
「おはようございます。こちらが朝食のメニューになります」
四人はウエイトレスからメニュー表を受け取り、各々注文を行う。
「僕はモーニングBセットをお願いしようかな」
「じゃあ俺もレイ兄さんと同じやつで」
「私はCセットをお願いします」
「誰もAセット頼まないんだな。それなら俺はAセットを頼もう」
「かしこまりました。それでは少々お待ちください」
ウエイトレスはぺこりとお辞儀をしたあと四人の席をあとにした。
(あんなしっかり働いててすごいな)
ウエイトレスを見送りながらゼノスがそんなことを思ったあと正面に向き直るとルシアがゼノスに何かを聞きたそうにしていた。
「ん?どうしたんだルシア?」
「ゼノスさんは本来食事をする必要がない体じゃないですか。でも何か食べたならその食べ物から栄養分とか吸収しないんですか?」
ルシアが難しいことを考えていることに意外性を感じ、ぼーっとしてしまったゼノスだがすぐに気を取り直してルシアの質問に答え始めた。
「俺も昨日気づいたんだがどうやら俺は食べたものをほとんど魔力に変えられるみたいだ」
「えっ、そうなんですか!? じゃあ魔力が無くなったらなにか食べれば魔力が回復するってことですよね?」
「そういうことになるな。しかも食べたらすぐに回復するみたいだ」
「ゼノス、君は何もかもが異常だね」
「ホントですよ。そんな都合のいい体、私も欲しいです」
「俺も〜」
レイは苦笑いをし、ルシアは頬を小さく膨らませてずるいですとブツブツ言っている。ラインは手を上げてルシアの意見に賛成の意を示している。
「ははは」
ゼノスは何を返せばいいのかわからず苦笑いをするだけだ。
「コホン、三人ともいい? 話は変わるけど今日は朝食のあと、ギルド長に会いに行こう。まだ今日はいるみたいだからね」
レイが一度、空気を変えるように咳払いをしてから今日の予定について話し始めた。
「はい、私たちがゼノスさんに同行できるように頼みに行くんですよね」
「うん。だから朝食のあと各自準備して30分後集にしたいと思うんだけどいいかな?」
「俺は大丈夫だよレイ兄さん」
「私も大丈夫です」
「それは俺も行ったほうがいいか?」
「できればお願いしたいな」
「分かった」
ゼノス、レイ、ライン、ルシアの四人が話し込んでいる間に朝食が完成したようで、さきほど四人の注文を受けたウエイトレスが料理を運んできた。
「お待たせ致しました」
ゼノスの頼んだモーニングAセットは白米が主食で具沢山の味噌汁などがついた和食セットだった。
次にレイとラインが頼んだモーニングBセットはパンが主食の洋食セットだ。
最後にルシアが頼んだモーニングCセットは果物などがメインのフレッシュなセットだった。
「じゃ食べようか」
「おう!」
「「「「いただきます」」」」
そうして四人は美味しい朝ごはんを満喫したのだった。
朝食を食べて一度解散したあと再び集合し、現在四人はギルド長アストルと会うために冒険者ギルドに来ている。
「すいません、昨日ギルド長を訪ねたものなのですがギルド長はいらっしゃいますか? できれば取り次いで欲しいのですが」
レイはカウンターまで歩いていき、受付嬢にギルド長へ取り次ぐように頼んだ。
すると受付嬢は、申し訳なさそうな顔をして話し始めた。
「あ、ギルド長は現在別の方と会談されておりますのでそれは難しいと思います。すみません」
「そうですか········ではあとであらためて来ます」
「かしこまりました。ギルド長の方には私が改めて来られることを伝えておきますのでこちらに名前をお願いします」
「わかりました」
レイは受付嬢の取り出した紙にペンで名前を書いて渡し、ゼノス達のいる場所まで戻った。
「待たせたね。ギルド長は今ほかの人と会ってるみたいで僕達と話せないみたいだから後でもう一度ここに来よう」
「なんだ、ギルド長いないのか?」
「わかりました。ちょっと手間ですけどね」
「しょうがないさ」
ギルド長に会えないとわかるや否や冒険者ギルドの入口に体を向け、四人が歩きだそうとした時、その背中に声がかかった。
「あれ、 ゼノス達クエストでも受けにきたの?」
ばっと四人が振り返るとリュートが疲れた顔をして立っていた。
「お、リュートか。お前こそどうしてここにいるんだ?」
「僕はギルド長と話をしてたんだよ。ゼノスの旅に僕もついて行きたいから物資を多めに支給してくれない?ってね」
「お、じゃあリュートも一緒に旅に行けるのか」
「うん。むしろこっちが頼まれたくらいだよ」
聞き捨てならないことを聞いたレイ、ライン、ルシアが目を見開いて驚いている。
「リュートさんもゼノスの旅について行くんですか!?」
レイはゼノスと話を続けようとしていたリュートへと詰め寄り、興奮した様子でそう聞く。
「う、うん。そうだよ」
リュートがかなり引きながら答えた。
「レイ兄さん! 壊れてますよ! 戻ってきてください!」
ルシアがレイの肩を揺さぶりながら必死に意識を戻そうとしている。
「はっ! ········ルシア、ありがとう」
ルシアの頑張りによって無事、レイは平常心を取り戻した。
「これからリュートさんの戦いを間近で見られるようになるのかもしれないと思うと興奮しちゃってね」
レイは恥ずかしそうに頬をポリポリとかきながらごまかし笑いをしている。
「ねえ、さっきレイが リュートさんもゼノスの旅について行くんですか って言ってたけどもしかしてみんなも付いてくの?」
「あ、それを今からギルド長に聞きに行くところだったんです」
「それなら聞きに行かなくても大丈夫だよ。ギルド長がこれは司令だ。あの三人も付いていくようにって言ってたからね」
「え、本当ですか!」
満面の笑顔を見せるルシアにつられてついついリュートも笑みが零れた。
「良かったね」
「はい!」
その後は各自必要だと思うものを買うなどして1日を過ごした。
そしてついにルルブスを旅立つ日がやってきたのだった。