黒き龍 〜第2ラウンド〜
強化されたブラックドラゴンはゼノスの方へと一直線に超高速ブレスを放った。
もはやそのブレスは音速レベルの速さではない。
しかしゼノスはそれを半身になり、当たるスレスレで避ける。
(さっきのブレスよりもかなり速くなってるな。一体《死後強化再生》はどれだけ強化させるんだ? これはもはや強化なんかじゃない、進化だ)
ゼノスは未だにブラックドラゴンが持っていた固有能力の《死後強化再生》について考えていた。
そんなゼノスに考える時間を与えないかのようにブラックドラゴンは次々と超高速ブレスを放ってくる。
それをひたすらゼノスはスレスレで避け続ける。
ブラックドラゴンはそのゼノスの様子を見て攻撃する余裕がないと思ったのか、少し気を抜いているように見える。
それを敏感に感じ取ったゼノスは、ほんの一瞬だけゆるくなったブレス攻撃の間にシュンとブラックドラゴンの懐に移動して、新たに《武器錬成》で出した槍を
ブラックドラゴンの巨大な腹に思いっきり投げた。
だが、ゼノスが全力で槍を投げたため、槍は完全にブラックドラゴンの腹に刺さったのではなく貫通した。
数瞬遅れてゼノスの槍によってブラックドラゴンの腹に生じた大穴から大量の血液が溢れだしてきた。
ブラックドラゴンは急激に体の力が抜けていき全く動かなくなった。
それでもまだゼノスは《死後強化再生》を警戒して緊張を緩めない。
だがゼノスが起こると予想していたブラックドラゴンの復活は10秒たっても訪れなかった。
不思議に思ったゼノスは再びブラックドラゴンの情報を見る。
ブラックドラゴン
レベル150
《咆哮》《ブレス》《魔力爪》《高速飛翔》
(《死後強化再生》が消えている、何故だ? 効果が発動するのは一度だけなのか?)
このブラックドラゴンについて知らないことの連続でゼノスは困惑していた。
「まぁ、でも分からないものはしょうがない。あとで調べてみればいいか」
そう言って気持ちを切り替えたゼノスは放ったらかしにしていたリュートの元へと向かう。
「おーいリュート、終わったぞ〜」
「······見れば分かるよ。でも、ほんとに凄いねゼノスは僕なんて強化前のやつに負けそうになったってのに」
ブラックドラゴンに負けたことを気にして落ち込んでいたリュートは自嘲気味に笑った。
「あいつは強かった。それに《死後強化再生》なんて出鱈目な固有能力も持ってやがった。あれが100体ぐらいいたら俺もかなり手こずってたな」
今まで他人を慰めたことのないゼノスはリュートに何を言っていいのか分からず、ブラックドラゴンとの戦いに関して率直な感想を言うことしか出来なかった。
ゼノスに気を遣わせてしまっていることに気づいたリュートは気持ちを切り替えてゼノスに話しかける。
「よし、ゼノス、僕はもう大丈夫だよ。早くルルブスに帰ろう」
「ああそうだな。さっさとかえ----!」
突如ゼノスは死んだブラックドラゴンの方へ顔を向けた。
ゼノスの《魔力探知》に反応があったからだ。
しかも反応したのは、すぐ近くあるブラックドラゴンの死体だった。
(これはブラックドラゴンの魔力だ。しかもこの魔力の流れ方··········魔力爆発が起こるぞ! 何故だ! こいつはもうとっくに死んでいるはずなのに)
魔力爆発とは、魔力をコントロール出来ずに魔力が暴走してしまい、そのまま魔力が爆発してしまうことだ。
通常、死んだ魔物の魔力はゆっくりと空気中に放出されていく。その過程で魔力爆発が起こることはありえない。
しかし現在、ブラックドラゴンの死体は魔力爆発が起ころうとしている。
またしても予想外のことが起こり、ゼノスはイライラし始めていた。
「くそっ! なんなんだこいつは! ふざけやがって!」
「ゼノスどうしたの?」
魔力を探知できないリュートがいきなり怒り始めたゼノスを不思議に思い、話を聞こうとする。
「話はあとだ、 リュート。今すぐここを離れるぞ」
「え? う、うん分かった」
二人はものすごいスピードでここまで来た道を戻っていく。
10数秒後、魔力爆発の範囲から出るために走っていた二人の背後でドガーンと、相当大きな爆発音がした。
リュートはその爆発音を聞いて一体何が起こったのか理解した。
「あれは、魔力爆発」
「その通りだ。説明はもういらないな。しかしまさか死体が魔力爆発を起こすなんてな。あのドラゴンは普通のドラゴンじゃない」
「そうだね、レベルもかなり高かったみたいだし」
「今後同じような奴が出てきたら捕獲して調べよう」
こうして二人はあれこれと話をしつつ、ルルブス王国へと帰っていくのだった。
---ある研究室にて---
「········まさかブラックドラゴンがこうもあっさり負けるとは。あそこまでするのになかなか時間をかけでいたんだが。········しかしブラックドラゴンに魔力が残っていて助かった。あの死体を調べられるのは少々嫌だからな」
黒いローブを身にまとった男は研究室の椅子に座り、目の前に置かれた丸く透明な水晶でブラックドラゴン爆発を見届たあとそう呟く。
「確かにあのままブラックドラゴンの死体を調べられるのは少々頂けません。これからは死体に魔力が残るように調整しましょう」
すると傍らに佇んでいる若い男がその呟きに言葉を返した。
「そうだな。しかしブラックドラゴンをいとも簡単に倒したあいつは何者だ?」
「刺客を送りますか?」
「いや、まだいい。もう少し様子を見よう」
「分かりました」
ゼノスの知らないところでは何者かが着実に計画を進め始めていたのだった。
「まだ帰ってこないなんて········ゼノスさんとリュートさんはあんな速く走って一体どこへ行ったんでしょうか」
「ホントだよ。あの二人早すぎじゃない?」
「ゼノスは論外として、超級のリュートさんと僕達の実力の差がかなりのものだということは分かったね」
「たった一つランクが違うだけなんですけどね」
ゼノスとリュートのあまりの速さに追いかけることを諦めたレイ、ライン、ルシアの三人は現在、ルルブス王国の街中をとぼとぼ歩いていた。
「そういえばルシア、その手に持ってる袋なに?」
「え? これですか? これはゼノスさんに渡そうと思って買ったものなんですけどまだ渡せてないんです」
「そうなんだ、さっさと渡すんだぞ」
「分かってますよぅ」
「ルシア、ちゃんと自分のタイミングで渡せばいいからな」
「そうですよね! やっぱレイ兄さんは分かってます!」
そんな雑談をしながら歩いている三人の目の前に突然、ある一人の人物が現れた。
「おい、そこの三人」
その人物は仁王立ちをしてレイ達に声をかけた。
自分達に声をかけてきた人物の姿を見たレイ達はそれぞれ驚きの表情を浮かべていた。
「あ、あなたは超級冒険者のライデル·ウェイさん!」
「ああ、俺はライデル·ウェイだ」
ライデルは身長が2m近くもあり、その大きな体が隆々とした筋肉によって覆われている完全な大男であった。
また、その顔や体には多くの傷跡が残っており、これまで数多くの戦闘を行ってきたことが容易に想像できるものだった。
そんなライデルにラインが恐る恐るといった感じて質問をした。
「あの〜ライデルさん? 僕達に何か用があるんですか?」
ラインの質問に対してライデルは小さくこくりと頷き、レイ達に話をし始めた。
「別に頼み事とかそういうものじゃないんだがな、今日お前達ドラゴンもう一人知らない奴が冒険者ギルドに入ってきた時にリュートが一緒にいただろう?」
「はい、一緒でした」
「リュートが四人も連れて歩いてるなんて珍しいと思ってな、丁度暇だったし気になったんで少しお前達のことを見させてもらっていた」
「そうだったんですか!? 全く気づきませんでした」
ルシアは只の冒険者に過ぎない自分たちを超級冒険者が見ていたことにかなり驚いていた。
「1時間ほど観察して帰ろうと思ったが、なにやらお前達がリュートと共にギルド長の部屋へと入っていくではないか。これは面白いと思ったからとりあえずお前達に話をかけてみたってわけだ」
ガッハッハッと豪快に笑っているライデルとは対照的にレイ達は顔を引き攣らせていた。
「なぁ、レイ兄さん、どうする? ギルド長の部屋に行ったのはゼノスのことがあったからだよ? 俺達なんてほんとに只の冒険者でしかない」
「分かってるよ、正直に言うしかないか」
「でも俺たちじゃないって言ったらゼノスのことを聞かれるよ多分」
「それは········まだ隠しておいた方がいいか」
「じゃあ嘘つくんですか? あのライデルさんに?
すぐバレる気がするんですが」
レイ達は小声で会議を行っていた。
その様子を不思議に思ったライデルは先程までの陽気な様子から一転、ムッとした様子でレイ達に話しかける。
「おい、なにコソコソ話してるんだよ。俺の悪口でも言ってんのか?」
「い、いえまさかライデルさんの悪口を言うわけないです」
ライデルの反感を買ってしまった!と焦ったレイは噛みながらライデルの疑いを否定する。
「そうか········で、俺が話しかけたのはこれが聞きたかったからなんだが、リュートが一緒に行動したりギルド長の部屋に行ったりしてるってことはお前達かなりの手練なのか?」
(ああ、やっぱりその質問してくるよな〜)
レイは悪い予想が当たってしまったことにガッカリしつ、次のことを考える。
(ゼノスの正体は出来るだけ隠しておきたいけど、僕達が特別凄いわけでもない。どうするべきか)
「おい、急に黙り込んでどうしたんだ?」
(やばい、早くなにか答えなきゃいけない、けど)
「お〜い、レイ〜〜ライン〜〜ルシア〜〜」
レイ達がピンチな状況に陥っているところへレイ、ライン、ルシアの三人の耳には聞き慣れた声が届いた。
「急に走ってちゃって悪かったな。でもちゃんとドラゴン倒してきたからさ」
その言葉に一番反応したのはライデルだった。
「ほう、お前今ドラゴンを倒したとか言ったな?
なかなかやるじゃないか。俺もそこそこ戦いが得意なんだがどうだ? 俺と少し手合わせしてくれないか?」
「ちょっと待ってよライデル、ゼノスは今帰ってきたばっかりなんだよ。だからそれはまた今度にしてくれない?」
ライデルのいきなりの戦闘申し込みをリュートが止めに入る。
「ん?リュート俺なら別にいいぞ?」
「でも、ゼノス----」
「まぁまぁリュート、そこの小僧、ゼノスっていったか?そいつがいいっていってるんだからいいじゃねえか」
ニヤニヤしながらライデルはそう言った。
「よし、小僧、俺についてこい。練習場に行くぞ」
「ああ、分かった」
「ちょっと待って下さいゼノスさ··············また勝手に行っちゃった」
ライデルとゼノスは建物の屋根を次から次へと跳んでいきやがてその姿は見えなくなった。
「ルシア諦めた方がいい、ゼノスのあの性格は変わらないと思うからね」
「レイ、ライン、ルシア僕達も訓練場に行こう」
「そうですね」
こうしてリュート達四人も冒険者ギルドのすぐ近くにある訓練場へと向かっていったのだった。
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