それぞれの1時間 その2
クエスト報告を済ませ、別行動をとっているレイは
コツコツ と小さな音を立てながらギガンテス戦で使えなくなってしまった武器を購入しようと武器を取り扱っている三階へ行くために階段を登っていた。
ちょうど二階まで階段を登り終えそのまま三階へ向かおうとした時、レイは急に足の力が抜けて床に手や膝をついてしまった。
その様子をある者は面白いものを見るような目で
ある者は心配するような目で見つめていた。
自分に集まる視線に耐えられなかったレイは、急いで近くにあった手すりをつかみ、体重を思いっきりかけて立ち上がった。
(ここ最近たくさんクエストを行ってきて休んでなかったからか? 宿に帰ったらしっかり休もう)
そんなことを考えながら階段を登っていくとやがて目的の三階に到着した。
辺りには多くの武器屋が並び、武器屋は客を少しでも増やそうと呼び込みを行っていた。
しかしレイはそれらに目もくれず、黙々と通路を歩いていく。
実はレイには武器を購入するときにここと決めている
武器屋がある。
いわゆる行きつけの店というものだ。
しばらく歩いたレイはやがて歩みを止めた。
レイの目の前には少し色のなくなった看板が立てかけられた古びた店がある。
レイは周りと比べて小さめな店の中へと入っていく。
ドアを開けると カランカラン と音が鳴り、その音が
店主に客が来たことを知らせる。
ほどなくして店の奥から一人の男が出てきた。
背は低すぎず高すぎず、ところどころに白髪の混じった髪が年齢を重ねていることを感じさせるのとは逆にキリッとした目は老いを全く感じさせない。
そんな店主の普段は整っている髪が少しはねていることから今まで昼寝をしていたことが伺える。
「久しぶりだな、レイ」
「お久しぶりです、ロッドさん」
2人は短い会話を交わした後、一方は黙々と自分に合う武器を探し始め、もう一方も黙々と武器の手入れをし始めた。
最初の会話のあとは特に2人とも何かを話すこともせず、ただひたすらに沈黙の時間が流れていった。
冒険者ギルドの一階へと集合する約束の時間まであまり余裕がなくなり、今日は諦めるか と思いながらチラと商品棚の一部を見てみると、そこにはひとつの長剣が置かれていた。
その長剣は店内の柔らかい光がを反射して、まるで鏡のような光沢を出していた。
剣の腹に映ったレイの瞳は、ゼノスが地上に出た時と同じくらいに輝いていた。
これしかない!とレイはその長剣を店主の元へと足早に持っていく。
「······レイ、やはりお前は見る目があるな」
(相変わらず堅い顔してるけど褒め言葉を言うなんて珍しいな)
「ありがとうございます」
普段の剣よりも多いお金を払ったレイは店主の方に顔だけを向けドアを開けながら店主に声をかけた。
「ではまた」
「····またな」
店主の返事を聞いたレイは、軽く会釈をして店をあとにし、冒険者ギルド一階に向けて足を進めていった。
クエスト報告を終えたあと、ラインはギガンテス戦で凹んでしまった防具を新調するために防具売り場へと向かっていた。
ギガンテスとの戦いで全身はボロボロ、正直早く家に帰りたいと思いながらラインは、とぼとぼ石造りの階段を登っていた。
途中から睡魔が継続的にラインを夢の世界へと誘ってきたが、ラインは何とかお誘いを拒否して歩みを続けた。
睡魔との激しい戦いを繰り広げながらラインは二階へと到着した。
三階にある防具売り場への通過点でしかない二階はさっさと通過しようと思っていたラインだが、彼はそこで見つけてしまった。
「行くしかない!」
ラインは今まで睡魔と戦っていたのが嘘のようにすたすたと女性ものしか売っていない二階のなかを歩いていく。
そして立ち止まった。
「こんにちは、綺麗なお姉さん達」
そう、ラインが見つけたのは二人の若い女の人だった。
「こ、こんにちは····」
全く知らない人から急に声をかけられて二人は
戸惑いを隠せない。しかもここは女性ものしか扱っていない二階なのだから尚更だ。
明らかに二人が戸惑っていることをしっかりと分かっていてもなお、ラインは特に気にした感じもなく会話を続ける。
「お姉さん達、今何してるの?」
二人は不審に思いながらもラインの質問に答えた。
「今はアクセサリーを見てます」
「へぇ〜、そーなんだ。二人ともかわいいからなんでも似合うと思うよ」
ルックスがよく、優しい雰囲気のあるラインにそんなことを言われた二人は、完全に心を開いてはいないが
笑顔を見せるようになった。
(こういう時間ってやっぱり楽しいな〜)
そんなことを思いながら二人と会話していると奥の方から女性の店員がラインたちの方へとやってきた。
「あの〜すみません、ほかのお客様もいらっしゃいますのでお·し·ず·か·にお願いします」
微笑みながらラインに話しかけてきた女性の店員は見た感じ30代半ばの年齢だと思われる。
ラインは現在進行形で行っているようによく女の人に話しかけに行くため、軽い感じの男だと思うかもしれないが礼儀などそういう所はしっかりとしている。
なのでラインはしっかりと女性の店員の目を見て謝罪の意思を言葉で伝えようとした。
「あ、すいませー---」
しかしラインは言葉を最後まで口にすることが出来なかった。
その店員の目が笑っていない事が目を見てわかってしまったからだ。
そこでラインは気づいた。
(俺の予想が正しければこの人多分結婚してないし、彼氏もいないんだ。だからこの人俺たちの楽しそうな姿に嫉妬して········)
「いやぁ〜あはは····すいません」
ラインは今まで生きてきた中で一番綺麗な回れ右で後ろへ振り返り、そのまま本来の目的を達成するために
軽く走り出した。
先程の女性の店員の目を見た時に出た冷や汗で少し
体が湿ってしまったので、早く体洗いたいな〜と考えつつラインはせっせと階段を登っていた。
二階で寄り道をしたためにかなりの時間を消費してしまったが、ようやく武器を取り扱っている三階に到着した。
一階に集合する約束の時間まであと30分程度と少ない時間しか残っていなかった。移動することを考えるとさらに少ない時間になる。
急げ!急げ!と疲れている自分の体に喝を入れて、三階の中を走りながらあれこれと防具を見ていく。
三階に到着してから分が経過したが、ついてないことにラインはまだいい防具に巡り会っていない。
今日は諦めるしかないなと思ったその時、ラインの視界に、何かを話しながら防具を見ているゼノスと
リュートの姿が入ってきた。
(もう今日は防具を諦めてあの二人と話しながら一階に戻ろう)
そう思いラインは二人の元へ一直線に向かった。
「おお、ラインじゃないか。お前も防具見てるのか?」
ラインが近づいてくることに気づいたゼノスがラインに声をかける。
「あぁ、本当は買おうと思ってたんだけど時間的に無理そうだから今日は見るだけだね」
ラインは両手を少しあげてやれやれとポーズをとる。
そんなラインの姿を見てゼノスとリュートが顔を見合わせて何かを話している。
「どうしたの? ゼノス、リュートさん」
俺も混ぜてという意味を含ませてラインは二人に話しかける。
すると、
「いや、ちょうどラインに合いそうな防具があったからいいんじゃないかなと思ってな」
「そうそう」
二人はそんなことを言ってどこかへと走っていった。というよりも消えた。
瞬きをし終えた時には二人はすでにラインの目の前に立っていた。
ひとつの防具を持って。
「この防具いいと思うからこれ買ってくれば?」
無表情でリュートがラインに手に持っていた防具を渡す。
(軽い!)
見た目は薄い水色で光沢がとても美しい。
とてもいい防具だ!と、ラインはすぐに気づいた。
「ありがとうございます!!すぐに買ってきます!」
「うん、時間ないから早く行ってきな」
「お待たせ!」
「待たされたよ」
ゼノスが笑顔で言葉を返した。
「·····そろそろ行こう。時間ないよ?」
「そうだな」
「そうですね」
こうして三人は仲良く一階へと向かって行くのだった