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5 焦るんじゃない、おれは腹が減ってるだけなんだよ

「えっ、純金って?」

「あら、知らなかったの」

 すると、老婦人のとなりに座っていた身なりのいい老人が「ふん」と鼻を鳴らした。

「悪趣味なものさ。観光客用に作られたものだろうが、使いづらくてかなわん」

 どうやら二人は夫婦のようだ。

「そうね。わたしたちのような年寄りには重すぎるわ。おはしはあるのかしら」

 二人の視線は申し合わせたようにおれに集まった。

「あ、そうですね。聞いてみましょう」

 店内を見回すと、直立二足歩行するカピバラのようなドラード人が数名立っている。全員葉っぱで作った同じ形のチョウネクタイやリボンをしているから、おそらくここのスタッフだろう。おれは一番近いリボンの一人を手招きして呼び寄せた。

「ちょっと聞くけどさ、お箸ってあるかな?」

 そう言ってしまった後で、日本語が通じるわけがないと思い直し、モフモフを呼ぼうとしたら、またしても流暢な日本語が返ってきた。

「ございますよ」

「そうか、良かった。すまないけど、こちらのお二人にお箸を二ぜん持って来てくれないか。あ、そうだ。金属製のはダメだよ。木製のヤツを頼む」

「かしこまりました」

 老夫婦からは思った以上に感謝された。黒田さんという御夫妻で、息子夫婦が当たった旅行をゆずってもらったのだという。

 二人の話を聞いているところに、リボンのドラード人が箸を持ってきた。たぶん、さっき頼んだのと同一人物だろうが、正直言って区別がつかない。みんな同じような茶色の体毛で、衣服らしきものはほとんど身に着けていないのである。

 かろうじて、チョウネクタイが男性でリボンが女性だろうと想像できるが、本当にそうなのかどうか断言はできない。風俗習慣は惑星によって違うから、リボンが男性という可能性だって充分ある。

 そんなことよりも、驚くべきは彼らの言語能力である。ほぼ全員が不自由なく日本語を話せるようなのだ。いったい誰に教わったのだろう。いずれにせよ、旅行先で日本語が通じるというのはありがたいことである。おかげで最初は緊張していたツアーのメンバーたちも少しずつ打ちけてきた。

 テーブルの向こう側では、小学校高学年ぐらいの少年が超能力者気取りで「ハンドパワー!」と叫びながらスプーンを曲げて見せ、母親らしい婦人からしかられていた。おれだって純金のスプーンなら片手で曲げられる。

 みんながひとしきり金のナイフ・フォークなどの感触を堪能たんのうした頃合ころあいに、最初の料理が運ばれてきた。木製のうつわに入ったスープのようだ。だが、何のスープかわからない。そのニオイは、おれが今までいだことのないものだ。いったい何だろう。おれのところにスープを置いたチョウネクタイのドラード人に聞いてみた。

「こいつは何のスープだい?」

 チョウネクタイはニッコリ笑った。

「シェフ特製、ドングリのスープでございます」

「えっ、ドングリって、木から落ちてくる、あのドングリ?」

「さようでございます」

 何を驚いているのか、という顔をされた。

 笑いながら横で聞いていた黒田夫人が説明してくれた。

「ドラード人の主食はドングリなの。地球のドングリよりエグミが少なくて、栄養価も高いそうよ」

「ええっ、でも、地球人の好む食べ物があるって、チラシに書いてありましたよ」

 すると、ご主人がまたも「ふん」と鼻を鳴らした。

「そうとも。少なくとも、ギメガ人が食べるマンドラのような猛毒ではないし、ゴルゴラ人が食べるバグケラスのようにこっちが食われる心配もない。きわめて地球人向きさ」

 そりゃそうだろうが、ドングリなんか食ったことがない。周りを見回したが、まだ誰も手をつけていないようだ。ここはおれが先陣を切るべきだろう。というか、実はかなり腹が減ってきたのだ。金のスプーンは重かったが、持ち上げられないほどではない。おれは湯気を上げているスープを、金のスプーンで一口分すくい上げようとした。

「あっ、っちっ!」おれは思わずスプーンを取り落としてしまった。

 大切なことを忘れていた。金はきわめて熱を伝えやすい金属だったのだ。これでは何も食べられない。おれは、触るものがすべて金に変わるため何も食べられなくなったという、伝説の王さまの話を思い出した。

 ところが、その時、全員に木製のスプーンが配られ始めた。みんな、これを待っていたのだ。おれは一人で赤くなった。

 一部始終を横で見ていた黒田夫人が、またクスクス笑い出した。

 やれやれ。それにしても、何故使いもしないスプーンを置いてあるのだろう。こちらの疑問を察したように、チョウネクタイが教えてくれた。

「恐れ入りますが、その金のスプーンはデザート用でございます。新しいものとお取り替えしましょう」

 それを早く言ってくれよ。そもそもこういうものは、使う順番に置いておくべきじゃないか。

 みんながスープを飲み始めたとき、大広間の奥に行っていたモフモフ(ベレー帽をかぶっているので、多分そうだろう)が戻って来た。

「お食事中失礼します。これからのスケジュールを簡単にご説明いたしますね。まず、外貨両替所に行きまして、ドラードの通貨をお渡しします。それから、この地区唯一のアミューズメントパークに参ります。ここにはカジノも併設へいせつされておりますので、お好きな方はどうぞお楽しみください。パーク内のレストランでランチまでませ、午後は自由行動となります。無料のオプショナルツアーについては、後ほどご説明いたします。最後にまた、みなさまこのホテルに戻っていただき、フェアウェルパーティーを開催させていただく予定です」

 モフモフが説明をしている間に、次の料理が運ばれてきた。薄いパンケーキのようなものだ。気がいたことに、黒田夫妻に出されたものだけは箸で食べられるよう、あらかじめ一口サイズにカットされていた。パンケーキの上には、ハチミツかメープルシロップのようなものがかけてある。さほど熱くはないようなので、金のナイフとフォークで切って口に入れてみた。上にかかっているシロップ状のものはハチミツよりさっぱりした味だ。甘さがサッと消えて、パンケーキそのものの味がした。

 むむっ、この味は。

 そばにいたリボンのドラード人がおれの表情を見て、何の料理か説明してくれた。

「シェフ特製、ドングリのパンケーキでございます」

 なかば予期していたものの、おれは頭にカッと血が逆流し、思わず大声で怒鳴どなっていた。

「ふざけるな! ドングリ以外の食い物は、ここにはないのかっ!」

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