15 おいおい、サプライズの連続すぎるよ
「中野さま、どうされました?」
突然大声を出したため、モフモフが心配そうにおれの顔を覗き込んだ。
おれは安心させるため笑顔を見せつつ、リュックの中からレポートの下書きを取り出し、それを挟んでいるゼムクリップを外した。
「モフモフ、良かったらこれをあげるよ。小さいし、あまり固くないけど、一応鉄だよ」
「えっ、よろしいのですか、こんな高価なものを」
確かに、正規に地球から運んできたら、相当な値段である。
「ああ、かまわないよ。どうせ乗船前に捨てなきゃならないものだ。モフモフには世話になったからね」
しかし、モフモフは少し困惑した表情で頭を下げた。
「ありがとうございます。わたくしのようなものを気にかけてくださって。ですが、大変申し上げにくいのですが、規則がございます。ガイドは、お客さまからプレゼントをいただいてはいけないことになっているのです」
「ふーん、そうか。かといって、捨てるのはもったいないな。そうだ。イサクさんにあげてくれ。それなら、いいだろう」
「そう、ですね」
モフモフは恐縮してゼムクリップを受け取り、説明しながらそれをイサクに渡した。イサクが猛烈に喜んでいることは、言葉が理解できなくてもよくわかった。
しかし、その後、イサクは意味不明な行動をとった。一旦ゼムクリップを真っ直ぐに延ばし、次にそれを真ん丸く曲げたのだ。さらに、何か話しかけながら、その円形にしたゼムクリップを、再びモフモフに返したのである。
モフモフは、ちょっと恥ずかしそうにそれを左手の薬指にはめると、おれに見せた。
「たった今、婚約しました」
「こ、婚約って、きみはメス、あ、失礼。女性だったのか」
モフモフは、ちょっと心外そうな顔をした。
「これでも学生時代には、ミス第七地区に選ばれたこともあるんですよ」
「そうか、それはすまなかった。それにしても、いきなり婚約とは驚いたよ」
モフモフは恥ずかし気に微笑んだ。
「イサクさんとはもうずいぶん長いことお付き合いしているのですが、お互い仕事が忙し過ぎて、なかなか結婚の話を言い出せませんでした。ですが、中野さまからいただいたプレゼントで、イサクさんはついに決心してくださったのです。本当にありがとうございます」
「ええと、まあ、お役に立てて良かったよ」
たぶんお似合いのカップルなのだろうが、どうにもピンと来ず、おれは曖昧に笑って誤魔化した。
それでも、ツアーの客たちは次々にモフモフに祝福の言葉をかけている。
その間、黒レザーの女と髭男だけは、少し離れたところで何かヒソヒソと話し込んでいた。一瞬、髭男の「一匹だけでも先にとっ捕まえた方が」という声が聞こえたが、女が「シッ」と制してその場から出て行った。
木彫りに興味があるようにも見えなかったし、変な二人だ。
ところで、おれはいらないと断ったのだが、イサクからお礼として、手の平ぐらいのでっかい将棋の駒に『友情』と彫ったものをもらった。
ひっくり返すと、裏側には赤い文字で『鉄』と彫ってある。成金ではなく、成鉄ということか。こういう場合も金より鉄の方が価値があるらしい。
工房見学を終え、おれたちが外に出たところで、ばったり黒田氏に出会った。
「ふん。ちょうど良かった。モフモフさんに質問したいことがあったのだ」
「はい、何でしょう?」
「しばらく自力で探してみたものの、到底見つかりそうにないので聞くのだが、きみたちの言う、いわゆる『天狗さま』とやらに会うにはどうしたらいいんだね?」
モフモフはちょっと困った顔になった。
「さあ、それこそ神出鬼没なお方ですから、今どこにいらっしゃるのかわかりません。普段生活されている御座所のひとつはこのアゴラにありますし、先ほど中野さまが見かけられたとのことですので、お近くとは思いますが」
その時、上空から声が振って来た。
「おおおーい。わしを探しておるのかあー」
見上げると、まさしくおれが見た巨大な白いチョウが旋回しながら降りて来ているところだった。
もちろん、実際にはチョウではなく、白いハングライダーのようなものに乗った、白装束の老人であった。よほど熟練しているらしく、音も立てずにフワリと地上に降り立った。
近くで見ると、ハングライダーというより大きな羽根が付いたランドセルのようなものだ。羽根は折りたたみ式になっているらしく、アッという間にコンパクトにたたまれ、ランドセルのような箱に格納された。
老人はその箱を背負ったまま、こちらに歩いて来た。
足には一本歯の高下駄を履いている。頭には、それが何という名前なのか知らないが、時代劇などで見る山伏がしているような黒い小さな帽子のようなものを被っていた。
老人は酒焼けしたような赤い大きな鼻をしていたが、本物の天狗のような鼻ではなく、ちゃんとした人間の鼻であった。
老人、いや、天狗さまはこちらを見ると、何故かうれしそうにニヤリと笑った。
「おう、やっぱりおまえじゃったか」
すると、驚いたことに黒田氏もニヤリと笑い返した。
「ふん。荒川、元気そうじゃないか」
これはどういうことだろう。明らかに、二人は旧知の仲のようである。天狗さまの本名は荒川というらしい。
だが、その格好はまさに昔話の天狗そのものであった。
「黒田はあいかわらず斜に構えておるのう。わしはもちろん元気じゃよ。絹代さんは息災かね?」
「ふん。今頃バンジージャンプでもやっているさ。しかし、おまえは相変わらず、ジジムサイしゃべり方だな。まあ、今はもう本当に爺さんか。それにしても、その風体は何事だ。いい歳をして、コスプレごっこか」
「かっかっか。ぬかしおるわい。わしも七十歳を過ぎたでのう、己の欲するところに従っても、矩は越えておらんよ。何しろこの惑星には交通機関と呼べるものが何もない。あちこち移動するには空を飛ぶのが一番楽じゃ。だが、ただハングライダーに乗るだけではつまらん。この格好はわしの茶目っ気じゃよ。もっとも、ちゃんと実用にも適っておるぞ。笈にハングライダーの本体を収納できるのはもちろんじゃが、兜巾は飛行ナビゲーターで、自動操縦にもできる。高下駄には補助推進用の小型ジェットを仕込んである。最高時速は九十八キロじゃ」
笈というのがランドセルのようなもの、兜巾というのが小さな帽子のようだ。
「ふん。それじゃ、その手に持っている大きな扇は何に使うものだ?」
すると、天狗さま、いや、荒川氏は驚いたような顔で黒田氏を見た。
「何と、知らんのか。暑い時にパタパタと煽ぐものさ」
二人は同時に笑い出した。




