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14 金の斧はいらないのかよ

 すると、ポイの白い紙のあたりから、かすかに返事が聞こえてきた。

『はい、こちら第七地区ジャンプ台です。どうぞ』

「バンジー希望の方を迎えに来てください。どうぞ」

『了解しました』

 次にモフモフは、右側の壁のポイでハニワーム牧場の担当者に同じように頼んだ。

 なるほど、これはつまり……。

「それって糸電話なの?」

 幼稚園児ぐらいの子供にそう訪ねられたモフモフは、ニッコリ笑った。

「はい、仕組みは同じですね。わたくしたちはこれを伝声器でんせいきと呼んでいます。ここに赤い糸が付いているでしょう。これはオランチュラの糸ですが、普通の白い糸と違って、ほとんど伸び縮みしないんです。オランチュラは遠くの仲間に合図を送るのに使っているようですが、詳しいことはよくわかっていません。わたくしたちは時々森の中に落ちている赤い糸を拾い集め、薄い紙にり付けて伝声器を作っているんです」


 やがて、バンジーのインストラクターという屈強くっきょうなドラード人と、優しげな感じのする牧場の案内係がやって来た。

 バンジー組、ハニワーム組、それぞれの出発を見送ってからおれたちも出発、と言うほど大げさなものではなく、パークの外壁をぐるりと回ると、すぐに小さな丸太小屋が見えてきた。

「ここが、超絶の木彫きぼり職人、イサクさんの工房こうぼうでございます」

 中に入ると、プンと木の香りがした。

 そこには木彫りという言葉からイメージされるような民芸品などはなく、大小様々な木製の歯車や滑車が雑然と並べられていた。

 さらに奥の方からは、何か鋭利な刃物で木をけずるようなカリカリという乾いた音が聞こえてきた。

「さあ、みなさま、進みましょう」

 モフモフにうながされて音のする方へ行くと、ここの住人らしい大柄なドラード人が見えた。葉っぱで編んだそでなしの上着を羽織はおり、太い腕で次々と口元に何かを運んでいる。

 最初は何か食べているのかと思ったが、そうではなく、木材を手で回転させながら鋭い前歯でかじっているのだ。

 おれたちの目の前で、アッという間に太目の歯車が次々にできあがっていく。

 モフモフが説明を始めた。

「みなさま気付かれたかもしれませんが、大きな建物の上には必ず風車が備え付けられています。ドラードでは常に一定の風が吹いており、風車が一番効率のいい動力源になっているのです。それをいくつもの歯車で器具につなぎ、ドングリを粉にしたり、カジノの機械を動かしたりしています」

「歯車だけしか作らねえのか」

 ちょっとガッカリしたような髭男の質問に、モフモフは笑って首をふった。

「天狗さまに勧められて、最近では色々なお土産物みやげものも作っているはずですよ」

 モフモフはおれたちには理解できない言葉で、そのイサクとかいうドラード人に何か話しかけた。おそらく、イサクはあまり日本語が得意じゃないのだろう。

 うなずいて一旦奥に入って行ったイサクは、手に何かを持って戻って来た。それは鮭を口にくわえた木彫りのクマの置物だった。

 ここは北海道かよっ、と思わずツッコミたくなる。

 イサクは木彫りのクマ以外にも、作品を何種類か持ってきて見せてくれた。こけし、木刀、下駄げた、銭湯で使うような木桶きおけ、達筆な漢字で『忍耐』とってある鍋敷なべしきなど、まるで場末ばすえの温泉地の土産物屋のようである。

 まったく、天狗さまとかいうヤツは何を考えているのだろう。

「しかし、これだけのものを前歯で齧って作るとは、すごいですね」

 そう感嘆の声を上げたのは日曜日のパパだった。確かに、信じられないほど精緻せいちではある。

 モフモフはちょっとほこらしげに微笑んだ。

「ありがとうございます。イサクさんは木材の切り出しから仕上げまでの全工程を、ほとんど歯だけで行われるのです」

 黒レザーの女も、感心したようにうなずいた。

「この惑星では、機械や道具はあまり必要ないってわけね。エコでいいじゃない」

 だが、モフモフは少し残念そうに首を振った。

「そうではありません。今のところ、そういう便利なものがないのです。せめて最初に木を切るときぐらい、おのという道具を使ったらどうかと天狗さまに勧められたことがあったのですが。あ、そういえば、ちょっと待ってくださいね」

 モフモフは振り向いて、イサクに何か頼んだようだ。

 再びイサクは奥に引っ込んで、手に金色に光るものを持って出てきた。それをモフモフに説明しているようだ。

「なるほど、なるほど。ああ、みなさまこれをご覧ください。天狗さまの教えてくださった形に金をたたばし、木の棒にくくり付けて作った、イサクさんお手製の斧です」

 見ると、無残にも刃先がのこぎりのように凸凹でこぼこになっている。

「イサクさんはこう言っています。『よその惑星には鉄という優れた金属があるらしい。できれば森の精霊にお願いして、この役に立たない金の斧を鉄の斧に取り替えてもらいたいものだ』と」

 森の精霊がどんな存在かは知らないが、地球の昔話に出てくる、木こりに金の斧をくれたという湖の女神がこれを聞いたら、さぞやガッカリすることだろう。

 それはさておき、髭男がちょっと驚いた顔をしてモフモフに尋ねた。

「へえ、この惑星の住民は鉄を見たことがねえのか」

「残念ながらございません。もちろん、化合物としてならわたくしたちの血液や筋肉の成分として微量に存在しているわけですが、大きな鉄の塊や鉄鉱石は存在しないのです」

 贅沢な悩みといえばそうだろうが、これだけザクザク金があるのに鉄がないなんて。

 ん? 待てよ。

「あっ、そうだ!」

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