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13 天狗さまって、いったい何者だよ

 モフモフはニッコリ笑った。

「はい、天狗さまです。実を言いますと、紙幣はすべて天狗さまの手作りなのです。天狗さまはわたくしたちに日本語を教えてくださり、様々な知識やアイデアをさずけてくださったのですが、紙幣だけは未だに浸透していません。わたくしたちには、食べられないこの紙にドングリ百個分の価値があると言われても、ピンとこないのです。ですので、もっぱらこういう場合に観光客の方にお渡しするぐらいしか使いみちがありません。ご希望でしたら、この紙幣は地球にお持ち帰りいただいても結構ですよ」

「いや、いらないよ」

 こんな子供の落書きみたいなもの、という言葉は飲み込んだ。それに、おれの分一枚以外は、黒田夫妻のものだ。

「そんなことより、天狗さまというのは、いったい何者なんだ?」

「さあ、個人的なことはあまり話されないので詳しくはわかりませんが、元々は地球政府のPDA、つまり、惑星プラネタリー開発デベロップメント援助アシスタンスの担当者としてドラードに赴任ふにんされた方で、任期が終わった後も自発的にここにとどまっていらっしゃるそうですよ」

 うーん、いかにもあやしい。何か秘密がありそうだ。

「そろそろランチタイムですので、わたくしはパーク内を回ってみなさまを集めてきます。中野さまは先に隣のレストランへ行かれてください」

「わかった。そうするよ」


 まだカジノの中にいた黒田夫妻に事情を説明し、両替した紙幣を渡すと、一緒にレストランに入った。

 ここのランチタイムはバイキングスタイルのようだ。もっとも、そのメニューは以下のとおり。


・シェフ特製 ドングリのパスタ

・シェフ特製 ドングリのピザ

・シェフ特製 ドングリと野菜の炒めもの

・シェフ特製 ドングリの天ぷら

・シェフ特製 ドングリとキノコのシチュー

・シェフ特製 ドングリケーキ

 エトセトラ、エトセトラ……


 これはある意味拷問ごうもんである。おれはモフモフが戻ってくるなり、不満をぶつけた。

「なあ、モフモフ。ドングリくしは、まあ、仕方ないとしても、なんでいちいち『シェフ特製』が付くのさ」

「天狗さまのアイデアです」

「また天狗さまかよ!」

 おれの言い方が乱暴だったためか、周辺にいたドラード人が一斉におれの方を見た。随分尊敬されているらしい。

 モフモフはちょっと困ったような顔になった。

「そもそも、これらの料理のレシピを教えてくださったのも天狗さまですし、メニューには『シェフ特製』と付けておけばおいしそうに見えるのだ、と教わりました」

 ますます胡散うさん臭いヤツだ。相当この惑星に肩入れしているようだが、きっと何か良からぬ目的でもあるのだろう。こんな料理ではだまされないぞ、と思ったのだが、くやしいことに料理は全部うまかった。

 頃合ころあいいをみて、モフモフがみんなに話を始めた。

「さて、みなさま、朝食の際に説明しましたが、午後はフリータイムになります。夕方七時のフェアウェルパーティーまでにホテルグリーンシャトーに戻っていただければ結構です。無料のオプショナルツアーに参加される方は、今から三組に分かれて出発します」

 モフモフは、食事に夢中のみんなの注意を引くため、声のトーンを少し上げた。

「念のためもう一度言いますが、木彫り工房こうぼうの見学、森林バンジージャンプ体験、ハニワーム牧場でのシロップ採取の三つです。木彫り工房はこのパークの裏手にあり、わたくしがご案内します。森林バンジージャンプはもう少し高いアゴラに移動していただき、インストラクターの指導の下、安全性に充分配慮して行います。但し、これには小さなお子さまは参加できません。ハニワーム牧場はここよりかなり下の方になります。ハニワームとは、わたくしたちが家畜化できた唯一のムシです。姿かたちは地球に住むオカメミジンコという生き物にそっくりですが、大きさはちょうど地球のハチぐらいです。習性もハチに似ており、木の樹液を吸って濃縮した甘いシロップを巣の中に集めます。それを定期的に収穫するのですが、今日がその収穫日なのです」

 他に行くあてはないし、おれの選択肢はオプショナルツアーの一番目しかない。バンジーは論外だし、いずれにせよ、もうこれ以上枝橋を渡りたくないのだ。それにしても、あのシロップがそういうものだったとは、知らぬが仏である。

 だが、いつの時代も子供はムシが好きなようで、例のアッくんも含め、親子連れはハニワーム牧場行き希望者が多い。

 黒田夫人は一も二もなくバンジーに決めたようだ。しかし、黒田氏だけは「ちょっとぶらぶらしたい」とのことで別行動になった。

 黒田氏以外は、各オプショナルツアーにほぼ三等分された。

 当然バンジーに行くのだろうと思っていた黒レザーの女と髭男は、何故かおれと同じ木彫り工房見学の組に入っていた。

「それでは、バンジーのインストラクターとハニワーム牧場の案内係をこちらに呼びますので、少々お待ちください」

 どうするのかと見ていると、モフモフはまず左側の壁まで行き、そこに張り付いている金魚すくいに使うポイのようなものを手に取った。

 よく見ると、ポイの白い紙の裏に赤い糸が付いており、壁に開いた小さな穴から外につながっているようである。モフモフはそのポイを口元に近づけた。

「あー、本日は晴天なり。こちらモフモフです。どうぞ」

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