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12 カジノで大儲けなんかしたくないよ

 あまりの恐ろしさに、かえって目をつぶることができない。

 実際にはそれほどの急勾配こうばいではないのだろうが、ほとんど真っ逆さまに落ちている気がする。しかも、景色がよく見えるようにという親切心からか、右に左にカーブしているのだ。

 あまつさえ、どうやって枝を曲げたのか、途中で宙返りしている箇所すらあった。

 いっそ気絶した方がマシだ、そう思った次の瞬間、おれの体は滑り台を飛び出して宙を舞い、出口の下に張ってあったオランチュラの網にからめとられていた。

「お見事です。この枝橋を頭から滑る方はめったにいませんよ」

 下で待っていたらしいモフモフからはめられたが、返事をすることさえできない。

「ううっ、たす、たす、助けて」

 モフモフはようやくおれが望んで頭から滑ったわけではないことに気づいたようで、あわてて助け出してくれた。

「中野さま、大丈夫でございますか?」

「み、水」

「かしこまりました」

 モフモフから小さなヒョウタンのようなものを手渡された。中に水が入っているようだ。

 おれはむせながらも、一気に飲み干した。

「ふーっ、死ぬかと思った」

「すみませんでした。わたくしも最後に残ればよかったですね。それにしても、なぜ頭から滑られたのですか?」

「何か白いものが飛んでいるのを見ているうちに、うっかり落っこちたんだ」

「チョウですか?」

「いや、もっとずっと大きなものだ。たぶん、ハングライダーだと思う」

「ああ」

 モフモフにはそれが何かわかったらしく、微笑ほほえみながらうなずいている。

「なんだ、知っているなら教えてくれよ。あれは何だ?」

「はい、わたくしたちは天狗てんぐさまと呼んでいます」

「え、天狗って、あの妖怪ようかいの?」

 モフモフは苦笑した。

「いえいえ、そうではありません。天狗さまというのはあだ名ですよ。本当は地球の、というより、日本の方です」

「えっ、日本人?」

「そうです。まあ、近くを飛んでいらっしゃったのなら、そのうち会えるかもしれません。とりあえず今は、パークへ急ぎましょう。子供さん以外は、ほとんどカジノに行かれていますから、カジノ側の入口にご案内します。さあ、参りましょう」

「そうか、そうだな」

 おれ自身はさほどカジノに興味はないのだが、黒田夫妻の現地通貨を預かっている以上、行かざるを得ない。


 おれ以外のメンバーはすでに中に入っているようだ。

 アミューズメントパークといっても、当然すべて木造なのだが、その中の一番大きな建物に『ドリーム・カジノ』と書いた看板が掲げられていた。ここも屋根の上で大きな風車が回っている。

 カジノの入口のスイングドアを開けて中に入るなり、まばゆい黄金の光がおれの目を射た。

 普通カジノでは、ルーレットなどで金貨に見立てたプラスチックのチップを使うものだが、ここではそれがすべて本物の金貨なのである。スロットマシンからジャラジャラと出てきているのも、まぎれもない純金のコインだ。

 さらに奥の方からは、うるさいほど、カンコロコロ、カンコロコロという音が響いてきた。たぶん、地球の本物のカジノではありえない光景だろうが、見覚えのある四角い台がズラリと並んでいる。

 パチンコだ。

 本来ならチンジャラジャラという音がするはずだが、玉以外は木製なのでカンコロコロになってしまうようだ。

 また、ガラスというものがないからだろう、網戸に使うような目の細かい網で前面をおおっている。その網からけて見える中には、釘の代わりに短い爪楊枝つまようじのようなものが差し込んである。

 そして、玉は……。

 ああ、申し訳ない。これは事実なので、こう書くしかないのだが、ええ、つまり、金の、玉である。

 それを、植物のツルでできたバネで、一個ずつはじくのだ。

「ふん、ちょうど良かった」

 声をかけてきたのは黒田氏だった。

「せっかくだからパチンコでもやってみようかと思っておったのだ。すまんが、わがはいが預けた現地通貨を出してくれんか」

「あ、はい」

 当然全部と思ったら、ほんの数粒でいいという。さらに、黒田氏はその半分を夫人に渡した。

「ふん、ドングリ一粒で玉百個分らしい。あんまり多くては、持ちきれんのだ」

 うーん、ドングリは日本円の百分の一というが、この金の、ええ、玉はさらにその百分の一なのか。

 おれの感慨かんがいをよそに、黒田氏は夢中になってドラード式のパチンコをやっていた。すると突然、ピーヒョロピーヒョロと変な音がしたかと思うと、パチンコ台からドッと金の、あ、失礼、玉があふれ出てきたのだ。

「大当たりだ!」

 出てきた金の、うーん、もういいか、玉はとてもおれたち二人では持ち上げられない程の量なので、店のスタッフに手伝ってもらって景品交換カウンターに運んだ。

 換金というのは、普通、モノをカネに換えることだが、この場合、文字通り金をカネに換えることになる。もっとも、そのカネは、実はモノなのだから、ややこしい。

 交換に渡されたのは、外貨両替所でもらったのと同じくらいの大きさの袋に入ったドングリであった。あれほどの金がたったこれだけのドングリとは。

「すまんが、これも持っていてくれ」

「はあ」

 さっきはたったこれだけと思ったが、持つとなるとズシリと重い。おれ自身のものを含め、リュックにはすでに三袋入っている。そこに無理やりもう一袋突っ込んでいると、今度は黒田夫人から声をかけられた。

「あら、良かったわ。スロットマシンでジャックポットが出ちゃったのよ。さっきドングリに換えてもらったんだけど、それでも重くて。中野さん、悪いけどこれもお願いね」

「え、これも、あ、いや、おめでとうございます」

 このままカジノにいたら大変なことになってしまう。おれは何とか預かった袋をリュックに詰め込むと、モフモフを探した。

「ああ、良かった、そこにいたのか。モフモフ、ドングリを預かってくれる場所ってないかな?」

「どうされました」

 おれは、かいつまんで事情を説明した。

「なるほど。では、わたくしについてきてください」

 案内されたのは、カジノ内の両替所だった。

「ここで紙幣に換えてしまいましょう」

「そうか、その手があったな」

 おれはリュックからドングリの詰まった袋を、五つともカウンターに出した。

 係の少し太めのドラード人は、古めかしい分銅秤ふんどうばかりで、いや、銅ではないから、分金秤で袋の目方を量ると、五枚の紙幣と、端数の分だろう、一握りのドングリをくれた。

 ところが、その紙幣たるや、くしゃくしゃの紙にドラード人の顔らしきものをヘタクソに描いたものなのだ。この紙切れがどれほどの黄金に相当するのかと考えると、めまいがしそうである。

 紙幣の額は全て同じで、ドラード人の顔の横に数字の1と通貨の単位らしきものが書いてある。

 何気なくその一枚を裏返してみたら、そこには悠々と空を飛ぶ白い天狗のようなものの姿が描いてあった。

「あっ、これは!」

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