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魔王の手記  作者: 12club
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魔王の手記 その6

相変わらず、短い話は構成が難しいです。どこまで伸ばして、どこから山をつけるか。書いているうちに文章力が上がっていることを信じるばかりです。

◆ ◆ ◆


 <妖術師>は言葉を慎重に選ぶ。この気まぐれな<帝>の逆鱗に触れば号令一下で騎士のギガンにあっという間に蜂の巣にされてしまう。

「では、かの魔王を放置されるのですか。帝」

 若き<帝>はひじ掛けに肩ひじをつけて「ふーむ」と呑気にのたまっている。だが<妖術師>は知っている。この一人の男が火の技術を教え、蒸気の技術を伝え、雷の技術をもたらしたことを。

 火の技術。炎をかかげ、炭を焼き、木々を燃やす原初の技術。蒸気の技術。火によって熱した水、個体を霧状に化したエネルギーで物質を動かす。そして雷の技術。この技術は未だに一般社会には存在しない。扱いきれないといったほうが正しいか。電気は流動化し、保存がきくことが判明し、映像の保管や時限式の音響という、常人の理解の外にある技術として認識されている。

 もはや生きた伝説と化したこの王者が何を思い、何を悩もうか。常人には計り知れない。

 うかつなことを言えばその瞬間には首が飛んでいることだろう。

「我は魔王退治に消極的であることはお前も知っていると思っていたが。お前が軍を派遣して、結果としてモーリス率いる船団は皆殺しという大打撃を被った」

 ぐっ――と<妖術師>の息が詰まる。握る手に冷や汗の感覚を覚えた。そのことに気付いてか、はたまた気づいていないか、頓着すらしていないのか、<帝>は続けた。

「まあ、お前の言いたいこともわかる。ああ、わかるとも。あれを放置しておくのが世のためにならんということは。だが物事には両面がある。あの魔王には使い道があるのだ。外界の脅威として討ち滅ぼすのではなく、我らの内に取り込んで管理しておくほうが、よっぽど建設的だと思わんかね?」

 その声音は忠告――というよりも挑発的に聞こえる。

 <帝>の言葉は下々の者には空の果てから運ばれてくる天啓のようであり、同時に地を這う我々を導く遣いにも聞こえる。

「帝よ、あなたは我々を試しておられるのか」

「試しはしない。それより無駄なこともしない。そら、軍の再編の仕事を放っておくわけにはいくまい」

 <帝>が片手を上げる。<帝>の背後にはべっていた騎士が前に出て、<妖術師>の顔面にギガンを向けた。正確な狙いだということが、<妖術師>にもわかる。

「魔王については、まあ興が乗れば追って沙汰しよう。退出せよ、ジーグリフト」

「……はっ」

 一礼し、騎士のギガンに追い立てられるように心持ち逃げるよう、ただし悠然と、玉座の間を<妖術師>は退室した。

 天井に届かんというほどの巨大な扉を出て、<妖術師>はひとりごちる。

「帝はわかっておられぬ」

 それは若さゆえの余裕か、他を圧倒する慢心か。

「魔王を名乗る者はいるのだ。この世界の有史以前からいくらでも。その全てが世に混沌をもたらしてきた」

 世の中を好き勝手に蹂躙してきた。

 あんな存在を、イシィカルリシア帝国の汚点として残しておくことはできない。

(帝の御為にも、わしが潰しておかなくてはなるまい)

 胸の内に闘志を燃やし、<妖術師>は自刃を覚悟して戦うことを決意した。


◆ ◆ ◆


「いち、にの……」

 カウントを数えながら、わたしは海へ向かって走り出す。

「さん!」

 スリーカウントでわたしは飛行魔術を発動した。

 はるか彼方を渡る巨大な蒸気船を目指して飛び降りる。

 飛行魔術はそれほど便利な魔術ではない。自身の魔力が切れればその時点で落ちるしかなくなる。だから、長距離の移動にはこうしてできるだけ大きく丈夫な船に密航する。

 ちなみに、転移魔術はもっと扱いに困る。座標を誤る程度ならまだいい方で、もしも石や壁にはまったりした時には命がない。壁に挟まれればそれより脆い肉体は切断されるし、石の中に埋まったとき石の内圧に押しつぶされておだぶつだ。

 <賢者>のやつはこれを多用するのだが、正気の沙汰とは思えない。

 というわけで、かくして大きめの商船に乗り込むことが出来た。なかなかの大きさで、なおかつ蒸気で動いている。これなら航海途中でアクシデントが起きることもあるまい。

 とりあえず、動かなくてはいけない。見つかったら奴隷商に売られるか、最悪、海の底に石ごと詰められて放り込まれるだろう。まあわたしの実力を持ってさえすればそんな事態に陥ることもないだろうが。面倒は少ないに限る。

 わたしは<魔王>。魔術の王という意味での、だ。

 赤いボブカットに同じ色のジャケット。白い貴族服を身にまとっている。こそっと外を覗くと、水夫が数人、商人らしき荷物をかついだ人物も何人か。その中であって、わたしの格好はひどく浮いていた。

 わたしは光の屈折をごまかす魔術を使った。これでまず、他人の視線はごまかせるはずだ。よっぽど勘が良いか、同業者以外には、だ。

 わたしは持ってきたナップザックから干し肉の入った袋を取り出し、中身を一枚、口に放り込んだ。咀嚼すると、なんとも言えない塩っけと、肉の持つ旨味が口内に広がる。

 さて、どうする。

 指先に残った塩を行儀悪くなめ取りながら、わたしは思案する。

 ダウジングの先端は南部の陸地、つまりイシィカルリシア帝国を示していた。どうしてあの女が<メイドドール>を連れて帝国に連れ去ったのか。なぜ帝国なのか。そもそもなぜ出掛けにわたしの注意を引くように結界を意図的に引っ張っていったのか。わからないことだらけだ。

「まあ、着いてからでしかわからんもんだな」

 こんな時こそ必要なのは冷静さだ。いくらなんでもわたしは激昂したりしない聖人ではない。取られたものは奪い返すし、命を脅かすものは逆に制裁を与える。知己の<賢者>でもそれは例外ではない。もちろん<賢者>も承知の上だ。冷静に、冷静に思考しなければならない。

 なぜこんなマネをする――?

 わたしは確信もしている。どれだけ冷静に考えても答えは出ないことを。あの気まぐれな亡霊が、いつだろうとわたしの想像通りに動いた試しがない。

 わたしはそのまま船室に降りた。さすがにテーブルに着くわけにもいかないので、部屋のすみに腰を下ろす。

 と、

「姐さん、そこで何をしているんだい?」

 声をかけられた。うなだれていた頭を上げる。左右を見渡し、誰もいないことを確認してから、わたしは無言で自分を指差した。

 男はうなずく。

「見たところ、ただの船員には見えないし、かと言って行商人にも見えない。密航者にしては身なりが良すぎる。何者だい、あんた」

 声をかけてきた彼は、どうということもない青年だった。長身で若草色のレンジャージャケットをはおり、腰に一振りの長剣を下げている。表情は、作り笑いかどうか見極めがつかないが、人好きのする笑顔だった。

「……破魔のアミュレットか」

「そういうこと」

 言って、彼は胸元から、しゃらりとアクセサリを取り出してみせた。タロットカード状の、四角く小さな金属板だが、魔力が込められている。低ランクの魔術なら、近づけただけで無かったことにしてしまう代物だ。

 わたしは頭をがりがりとかいて、

「参ったな。わたしはこの船以外のあてがない」

「行き先はイシィカルリシア?」

「まあそんなところだ。ちょっと野暮用でね」

「密航してまでやるほど、切羽詰まった野暮用というわけだ」

「まあな」

 イレギュラーはいつだって現れる。こんな時こそ必要なのが冷静さだ。

 わたしは告げた。

「自己紹介が遅れた。わたしは魔王。孤島にひとり住む魔術の王だ」


「魔術の王様ねぇ、とするとあれかい。地獄のふたを開けるとか、悪魔の軍団で地上を荒らすとか」

「それらは単なる風評だ。ちなみに悪魔は飼っていないし処女千人も持ち合わせていない」

 わたしの言葉に応えるように、男はからからと笑った。

「なかなかそう見えないもんだな。どこぞの貴族の爵子か、男装した女傑に見える」

「主な仕事は辞典の校正と増産だ。多分、お前もどこかで見たことがあると思うぞ」

「生物史、歴史の編纂者ってわけだ。悪いように書かれたりしないよう気を付けなけりゃな」

「……わたしはそうは思わんがな」

 言いながら、さらに降りた船室へと案内される。

「ここが俺の船室だ。誰かが入ってくる心配はまずない」

「お前以外はな」

「俺にだって相手を選ばせてくれ。あんたの一言で丸焼きにされたくないからな」

 アミュレットはごく低ランクの魔術を無効化するだけだ。火を生み、氷を築き、雷を操るといった現象を左右する声音魔術にはまったくの無効だ。言ってみれば、飛行魔術や幻術は術の中では最も低ランクに位置する。

「で、わたしを匿うわけと、お前が何者か聞きたいのだが」

「そういや、自己紹介がまだだったな」

 びしっと親指を胸元に示して、

「俺はグラン・セニアック。この船の用心棒をやってる。あんたを助けたのは……そうだな、単に気になったからかな」

「その剣は飾りやはったりではないということか。怖いな」

「案外、はったりかもしれないぜ。帯剣してみせるってのは大抵がそんなもんだ」

 軽口で流し合う。が、口先ほど信用できないものはない。次の瞬間にはばっさりやられていたりする。それが剣士の業前というものだ。飄々としたこの男も、またその域の達人ということもあり得る。

 男の船室に辿り着く。

「じゃあ、俺はまた上に戻るから。この部屋のモンなら何を使ってもいいぜ。替えがきくからな」

「お言葉に甘えることにするよ」

 さっさとふかふかのベッドに座り込み、わたしは<剣士>が船室から出ていくのを見送った。


「大人しくするつもりになったか?」

 ガタイの良い船員がすごむ。

「わたしは最初からそのつもりだが」

 この有り様だ。わたしは椅子に座らされ、両手両足をロープで縛られている。成されるがままに成されたというものだ。

 <剣士>が上に戻ってから数分、ベッドに横になっていると、どかどかと大人数の足音が船内通路を踏みしめるのが聞こえた。

 謀られた。そう思ったが、まあ当然かとも思えた。どう考えてもわたしをあの<剣士>がかくまうメリットがない。

 さて、どう出ようか。

「もしかしたら聞いているかもしれんが、わたしは魔術の王――魔王だ。自称だがね」

 ざわ、と数人の船員がおののく声が聞こえた。

「猿ぐつわくらいは噛ませた方がいいと忠告しておく。この程度の拘束、声音魔術で椅子ごと簡単に焼き払えるからな。よしんばそうしなかったとしても、縛られたままこの場にいる一人ずつ、魔術で半殺しにはできる。殺さないのは、わたしを乱暴に扱わなかった君らの英断に敬意を表して、だ。もう一言付け加えるなら、わたしを殺さなかったこの時点で諸君らの生命はわたしの意思ひとつにかかっていると言っておこう」

 つらつらと脅迫文を投げつける。船員に動揺が広がっているのが目に見てわかる。最初に話しかけてきた船員などは五歩ほども後ろに下がり、船員の群れに逃れていた。

「まあ、そういきり立つなって。姐さん」

 さあっと波が引くように下がっていく船員とは裏腹に、<剣士>が親しげに声をかけてきた。

「お前か。真っ先にのしてやってもかまわんぞ」

 怒りの表情で、その実、平静な心情を保ちながら返す。<剣士>はおののく様子もなく続ける。

「船長とちょいと話してな。あんたが噂の魔王で、ひとつ条件を受けてくれるなら密航の罪は問わないってことにしたんだ。縛り付けてるのは、まあ通例ってやつなんで、文句があるなら俺に言ってくれ。縛り付けたやつが魔王にびびらされるのは可哀想なんでな。で、猿ぐつわをしないのは話がしたかったからだ」

「わたしは密航者だぞ。お前たちに利する話は持ち合わせていない」

「いやな、こんなことを言うのも、俺の沽券に関わるんでむずがゆいんだが……」

 <剣士>はうつむき加減に、後頭部をがりがりとかいて続けた。

「あんたの魔術、俺たちの用心棒として貸してくれないかい?」

「ほう……?」

 差し出してきた<剣士>の手を見つめながら、返す。

 密航者としての末路は悲惨だ。海の底に沈められるか、地上で奴隷商に売られるか。また、ここで五、六人ばかり焼いて一時的に武威を示したところで、指名手配の犯罪者として追われるのがオチだ。なんでそう物騒なことばかり考えるかって? うるさい、性分だ。

 その点で考えれば悪くない取り引きだ。船内での自由が保証される上に、目的地まで安全に運んでくれる。まあ正規の用心棒でない分、多少、上乗せされた路銀を巻き上げられるとは思うが。

 一にも二にも悪くない。

「わかった。乗ろうじゃないか、その交渉」

 呪文を唱え、わたしを拘束していたロープと椅子を灰へと焼き捨てて立ち上がる。ひぃっ、と情けない船員のざわめきが広がった。

「血を見ないで済んで安心したよ、姐さん」

「どうかな」

 わたしは言うなり、<剣士>のあごを拳で打ち抜いた。身体強化の魔術を乗せたその一撃は<剣士>を壁まで吹っ飛ばす。壁にぶつかって腰を落とした<剣士>は激しくえづいた。船員たちがどよめく。

「交渉事ならもっと賓客を大事に扱え。こいつはその教育費だ」

「……肝に銘じとくよ」

 わたしはそのまま大股で、船員たちの割れた隙間をぬって船室を出た。

 相当、強く殴ったので口の中くらいは切ったかもしれない。


 暗雲が景観を薄闇に閉ざす。

 さっきまではここまで暗くなかった。一雨くるかもしれない。

 雨が降れば波が荒れる。多少の荒波ならともかく、強い荒波は容易に舵を奪う。水に浮いている限り、蒸気船でも同様だ。

 <メイドドール>もどこかで水平線を眺めているのだろうか。この暗雲の水平線を眺めて、何かしら感じるものがあるのだろうか。

 わたしは<メイドドール>を作るにあたって、島を漂うホラーゴーストを使った。数体のホラーゴーストは<メイドドール>に感情というものを芽生えさせた。

 が、それはやや不完全な代物だった。通常運転――といっていいものかどうか――している限りは問題ないのだが、情緒不安定気味なのだ。子どもっぽい反抗期といっていいかもしれない。

 彼女がそれを乗り越えることは、ない。

 作り物の魂は作り物でしかない。作り物は成長しない。

 だが、ときどき不安になる。

 本当に、作り物は成長しないのだろうか。彼女が島の外を望んだのは、思考の成長の証左ではないだろうか。

 わたしと一緒に島の外を見てみたい。そう言っていたのを思い出す。

 そうだ。

 今回のわたしの落ち度は、あの亡霊と<メイドドール>を二人きりにさせてしまったことだ。

 <賢者>から<メイドドール>を取り戻す。そして――

 また二人きりで島に戻るのだ。

 胸が締め付けられる。果たしてそれは最良の選択だろうか。

 いけない。心が分裂している。

 先のことはどうでもいい。

 とにかく今は彼女たちを追うのだ。追いついてから考えればいい。

 ぽつり、と鼻先に雫が落ちる。

 予想通り、雨が降ってきたようだ。

 雨粒は小雨となり、小雨はすぐに勢いを増した。

「……ん?」

 甲板から波間を眺め回して、ふと黒い影が映るのを見て取った。身体強化の魔術を眼に叩き込んで、影を見つめるが、まだ遠い。

 飛行魔術を使い、見張り台の船員に声をかける。船員は突然、現れたわたしに驚きの表情を見せていた。

「おい、その望遠鏡をよこせ」

「あ、あんたは……魔王の」

「いいからよこせ!」

 剥ぎ取るように、船員の望遠鏡を奪い取り、影へと向ける。

 徐々に黒い影の全容が見えてくる。すなわち、その影は高速でこちらに近づいてきていた。

 ずんぐりとした胴体に、十本近くある手足。

 テンタクルズ科? いや、違う。

 手足の上には人間の上半身が乗っていた。全裸の女性の上半身。そしてテンタクルズの手足に見えたのは、長い蛇のような首の先に凶相の犬の頭が大口を開けている、といった形相だ。

 望遠鏡越しに、女と視線が交錯する。

 女は、頬が避けんばかりににんまりと、わたしを見てわらっていた。

 わたしは船員の首根っこを掴んで怒鳴りつける。

「すぐ船長に知らせろ! 怪物が突っ込んでくるぞ!」

 その船員はわたしの剣幕に押されて、たじたじになっている。

「あれは……海魔スキュレーだ!」

 それだけ叫んで、わたしは見張り台を飛び降りた。

前々回くらい、話が回り出したと言いましたが、嘘でした。ごめんなさい。今回辺りから少しずつ進んでいくことを祈るばかりです。そして、読んでいただいてる方、毎回感謝しています。ありがとうございます。

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