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魔王の手記  作者: 12club
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ノアの手記

魔王、メイドドール、賢者と、中心人物が揃ってまいりました。

まだまだ続きます。

 わたし<メイドドール>――ノアの朝は早い。

 起床したらまずはお仕着せのメイド服を着る。赤い長髪に黒っぽいアンダーウェア、それに白いメイドキャップとエプロン、と赤が映える服装にこだわるご主人様――<魔王さま>のセンスはなかなか洒落ている。並べば姉妹のように見られるかもしれない。

 次に、玄関外の掃除。別段、お客様が来るわけでもないので積もった落ち葉を集める程度だが、これを館の周り全部するとなると、なかなか骨が折れる作業だ。まあわたしは人形なので疲れなんて感じないけど。集まった木々のかけらや葉っぱはいったん、館外の物置にしまっておく。後で燃料として使うためだ。

 その次はホラーゴーストたちを起こしていく。朝食の準備に調理器具や食器類のホラーゴーストを「起きなさーい」とばかりに、おたまでカンカン叩いて目覚めさせる。<魔王さま>は起きるのがだいぶ遅い。夜遅くまで仕事をしているので自然、昼近くまで寝ている。

 朝食が揃ったところで、わたしは<魔王さま>を起こしにいく。館の三階にあるご主人様の部屋にくるくるくるーと回るステップでドアに近づき、思い切り裏拳を叩きつけてドアごと入り口を吹き飛ばす。人、これをノックという、はず。

 効果はてきめんで、<魔王さま>は轟音に驚いて飛び起きる。それからなにゆえか、その場に正座させられてガミガミ叱られるのだが、わたしは頭が悪いらしく、人一倍頭を使えとよく言われる。

 一度だけ<魔王さま>に質問したことがある。それならどうしてなんでもできる万能メイドを作らなかったのか、と。<魔王さま>はこう答えた。「なんでもできるやつの毎日の生活を眺めていてもつまらん。だから何も出来ないやつを一から育ててみたくてそうした」。頭の悪いわたしにはよくわからなかったけど、なんだかグッときた。それに続いて「まあ成果はお察しだがな」とも言われたけど。

 どうやらわたしの体には武芸の達人のホラーゴーストが幾人も使われていて、本来のメイドの仕事には役に立たないらしい。自分の今、着ているメイド服も特注の品で、少し剣がかすめただけでは滑り落ちるスケイルが裏地に下げており、服やエプロンの各所にもスローイングダガーや投擲針など、暗器の数々が仕込まれている。さらに、人形の体に使われているのは見た目、普通の肌と変わらないのだが、中は鋼鉄の筋が無数に編み込まれており、それに明かした怪力も備わっている。以前、その膂力でグリズリーの首を捻り折ったこともあった。

 いわく、わたしは戦争に特化している、とも言われたこともあった。「お前がいれば千の軍勢を相手にしても負ける気はしない」と。その時は、わたしは複雑な気持ちになった。わたしのアイデンティティはそれしかないのかな、と。


「うーん」

 <魔王さま>は地面に大の字に倒れたまま、うなだれている。

「ちょっと考えてみたんだが」

「はい」

 背筋と腰だけに力を入れてひょいと立ち上がり、<魔王さま>は続けた。

「これならお前からでも一本取れるんじゃないかって」

 そう言って長柄の棒を構え直す。わたしもまた、二本の木剣を構えた。<魔王さま>はわたしの射程の外から、最初から加速を加えて長柄を繰り出してきた。一合、二合と打ち合い、わたしが持つ二刀の木剣を牽制してくる。

 わたしは牽制に応じること無く、ただ攻め入る。長柄のリーチの長さは利点であり、弱点でもある。長柄は当てられる距離は長いが、手元への攻撃には細かく防御することができない。

 が、わたしが攻撃をつなげようとした刹那、目の前に長柄の棒が急速に飛び出してきた。投げ付けてきたのだろう。わたしの顔面に棒が直撃し、視界が封じられる。目を開けたときには目の前にいたはずの<魔王さま>は姿を消していた。

 直感的に悟る。上空だ。空中から、どこからか召喚した一回り大きな木剣を叫びながら振りかぶってきた。ずるい。武器がなくてもすぐ準備できるとか、ずるい。

 わたしは持っていた二本の木剣を両方とも、<魔王さま>に向かって投げ付けた。してやったりとしていた<魔王さま>の表情が驚きにゆがむ。二本の木剣はそれぞれ<魔王さま>の肩と顔面を打ちすえ、とっさに再び顔面を守ろうとする。何かをはかってか、本能が働いたかはわからなかったが。

 わたしはそのまま<魔王さま>の無防備なみぞおちに掌底を打ちこむ。

 <魔王さま>の体が吹き飛び、何回か転がり回った後に倒れ伏した。

「目の前に迫っている敵にはあんまり大きな武器を使わないほうがいいですよ」

 視線の先に倒れている<魔王さま>をそう評する。もう百回以上も繰り返してきたことだ。

 わたしはゲホゲホとえづく<魔王さま>に近づいて、

「大丈夫です?」

 <魔王さま>はすぐうなずいてみせた。そばの樹木につかまり、立ち上がる。

「ああ、すまんな」

 どう見ても最後の掌底がきれいに決まった後だ。顔色は青白い。わたしは口をとがらせる。

「別に魔王さま、こんなことしなくてもいいじゃないですか。敵が来たらわたしがやっつけてあげますのに」

「こんなものは軽い運動に過ぎんよ」

「でも……」

 もし<魔王さま>がこのまま、わたしを必要としないくらいどんどん強くなっていったらどうしよう。<魔王さま>は魔術の達人であり、幻術、妖術、儀式大魔術も戦いながら、立ち回り、操れる戦士としては一流をしのぐだけのポテンシャルも有している。

 そこにわたしが立ち入ることができないようになったら、わたしは何をすればいいのだろう。

 わたしの不安げな表情を察してなのか、<魔王さま>は立ち上がって、わたしの両頬を優しく手に取った。顔を近づけてささやく。

「安心しろ。わたしはお前の仕事を取り上げたりはしない。お前はお前のやれることをやればいい」

 わたしの仕事。それは<魔王さま>の敵を倒すこと。<魔王さま>は不思議だ。不安に思ったことを的中させ、すぐにおもんばかって、耳心地の良い言葉をかけてくれる。

 でも、わたしの仕事はあくまで<魔王さま>の武器となること。わたしのアイデンティティは、<魔王さま>の武器であること。

 だけれど、わたしの望みは――

「……はい、魔王さま!」

 作り笑いを浮かべてその場をごまかした。


 昼間からごちゃごちゃ考えにふけってしまった。

 おかげで脳回路――人間の脳みそみたいなお豆腐じゃないけど――がいつもよりも一回り鈍くなっているような気がする。

 ぼーっと館の玄関前をほうきで掃き続ける作業を続けながら、考え事をしていた。

 自分は<魔王さま>の剣であり、盾だ。襲いくる脅威を切り伏せ、叩き割る<魔王さま>専属の武具なのだ。あと、メイドの仕事。

 それとは別に、わたしには許されていない望みがあった。

 この島から出たい。

 島の外に何があるか、知りたい。

 水平線の彼方にあるものを、見たい。

 この望みは、いつか<魔王さま>がわたしを島の外に連れて行ってくれると言っていた。

 でも。

 わたしの忍耐の弱さに、はあ、とため息を付いてしまう。

 外の世界を見てみたい。

 今、すぐにでも。

「あら」

 隣から声が聞こえた。

 わたしは、はっと目を見開き、横跳びに声の主から距離を取る。なぜこの近距離まで気がづかなかった――?

「今日は人形ちゃん、外仕事なのね。やっぱり魔王ちゃんも中の調度品壊されるのがしのびなくなったのかしら」

「なんだ、ヴィヴィアンさんじゃないですか」

 いつもどおりの格好で現れたのは<賢者>さんだった。桃色の長髪を背中までさらりと流し、青い帽子に学士服をまとっている。首から下げている球に二本の線がからまった飾りは学術都市エルメイラの学部を首席で卒業した証だ――と、<魔王さま>が言っていた。

 顔なじみの<賢者さん>に「いらっしゃいませ」のあいさつをしてから、油断せずに聞く。

「今日も魔王さまに何かご用ですか?」

 軽口で応答しながら、わたしは<賢者さん>を見張った。わたしは彼女から先手を取ったことが一度もない。その事実が<賢者さん>を警戒の対象と認めている。

「そうねぇ。用という用はないんだけど、ちょっと遊びに、ね」

 「ふーむ」とあごの下に手をやって、ぱんと胸元で手を叩いた。

「たまには人形ちゃんと一緒に遊びましょうか」

「へ?」

 思いもよらない<賢者さん>の提案に間の抜けた声を上げてしまった。

 <賢者さん>は周りを見回して、腰掛けられそうな大きさの石の方へと向かっていった。腰掛けたところで、わたしにちょいちょいと手招きする。わたしもそれに従って、ほうきを持ったまま<賢者さん>の隣りに座った。

「ねぇ、人形ちゃん。魔王ちゃんのことは好き?」

「そりゃもちろんですよ。わたしを作ってくれた方ですから」

 「ふーん」と、<賢者さん>。

「そう、私は好きじゃない」

「え?」

「わざわざ魔王なんて名乗って、孤高の魔術の王を気取っているところとか。それにあの子、ときどきすごく残虐なのよ。あなたはそれに気がつくことはないかしら」

 どくん、と、胸の鼓動と共に記憶がよみがえる。

 イシィカルリシアの軍船がこの島を侵略しに来た際、儀式大魔術を用いて兵士の同士討ちを仕掛け、結果、全滅させた。わたしこそ、館の周囲を哨戒していた兵士を何人も斬殺した。まさしく殺戮だった。あのとき<魔王さま>は、招かれざる客は帰ってもらうと言っていたが、結果として敵兵の将校含む全員を始末する顛末だった。

 わたしはそのことに疑問を持たなかった。

 <魔王さま>も同じ考えだろう。剣には剣を。毒には毒を。

 <魔王さま>が特別、残酷で冷徹でいられたのだろうか。

「私、あの子のことが嫌い。大嫌い。仕事がなかったら、顔を合わせるのも嫌だもの。血と死にまみれた死神みたいな魔女のことなんて」

「わたしは……それでも嫌いになんて、なれません」

「そうかしら? あなたほど純粋なお人形もなかなかいないわ。その中の良心が叫んでいない? 『わたしはあんな奴の道具になんてなりたくない』って」

 <賢者さん>の言葉が耳朶に響く。思わず強い声を発していた。

「わたしは……わたしは……!」

 じわりと、わたしの眼尻に涙がこぼれる。すっと、<賢者さん>が浮かんだ涙をぬぐってくれた。

 うなだれるわたしの耳に、彼女がささやく。

「外の世界、見てみたくない?」

「え……」

 わたしは涙声で、聞き取れないくらいの声を返した。

「魔王ちゃんからちょっと離れてみたらいいのよ。そうすれば、きっと彼女の本性がわかる。信心はほんの少しの勇気から生まれる。でも疑心は長い時間、それと見つめ続けていないければわからない。わかる? 信心は盲信から生まれるんだって」

 <賢者さん>のその言葉に、膨れ上がるほどの憎悪がわいた。何に対してでもない。ただただ、破壊的な衝動が生まれてくる。

 ああ、そうか。

 精神が歪み、捻れ、壊れていくさまに合点がいった。

 わたしはこの人の妖術に陵辱されたんだ。

 この人は<賢者さん>なんかじゃない。人の弱みを握り、それにつけこんで弄ぶ亡霊なんだって。

 わたしはこの亡霊の妖術に屈してしまった。

 心の隅っこに、一縷の希望を残して。

 <魔王さま>、きっと、迎えに来てくれますよね――?


◆ ◆ ◆


 わたしは三階の自室で、最近話題になっている小説を読んでいた。登場人物たちが人並みに人を愛し、人並みに嫉妬し、人並みに結ばれるという陳腐な内容で、なぜこんな恋愛小説が世間にもてはやされているのか疑問に思っているところだ。

 戯れに外を眺めてみたら、そこには<賢者>兼亡霊のヴィヴィアンと<メイドドール>が話に花を咲かせていた。意外な組み合わせだ。

 侵入者探知の儀式魔術をかけてはいるが、どうしてかあの亡霊には通用しないらしい。何か欠陥でもあるのかと問うたら「いわゆる結界だから、つまんで人ひとり分通れるだけの穴を開けたら効果は発動しないのよ」と訳のわからん説明をしてくれた。触ったら探知できるから魔術なんだろうが。

 まあそれでも敵対している相手でもなければ特に必要ではない。

 瞬間、ぞわりと首筋から背中にかけて悪寒が走った。

 敵対者が、儀式魔術に触れた。

 飛行魔術で、三階の窓から即座に飛び出る。

 対象は、すぐ見つかった。

 島でいちばん高い山。その頂上で<賢者>、いや亡霊が笑顔で手を振っていた。片手に<メイドドール>を抱えて。

 敵対者は<賢者>――いや、亡霊だった。

 何かを叫ぼうとしたが、その瞬間には亡霊の姿は消えていた。

 ちっ、と声だけ吐き出して、わたしは自室に戻る。

 そして世界地図を開き、ダウジングを準備した。

賢者のとった意外な行動。意図せずして島を出ることになるだろう魔王は今度はどんな人物と邂逅するのか。筆者にもわかりません。

今回も読了ありがとうございます。

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