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魔王の手記  作者: 12club
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魔王の手記 その4

本当は長編を書いてみたいんですが、どうにも調子が続かないというジレンマ。なら短編でならどうだろうと思って書いているのですがこれもまた難しい。でも書けるうちは書いていきたいと思っています。さてだんだんきな臭くなってきた第四話。始まりです。

 北と南。海を隔てて南方に位置する。

 イシィカルリシア帝国――通称、帝国。

 <賢者>が語るには、元は温厚な人々に運営されていた、数十の集落から成り立っていた、国家とも呼べない国だったと聞く。わたしが生まれる前の情報だから眉唾ものなのだが。

 と、いうのも、過去から現在までにいたる、帝国の進歩が劇的すぎてとても理解が追いついていかないのだ。

 伝説上では、ひとつの集落からひとりの天才が現れた。そしてその天才は、火の文明を超えた蒸気の文明、そしてそれらを越える雷の文明を創り上げた。

 そして蒸気と雷の文明によってもたらされた軍事兵器が、それこそ南の大陸に点在する集落の全てを併呑し、またたく間に今の、イシィカルリシア帝国を築き上げた。

 そして帝国は北へと目を向ける。

 まず狙うは、侵略の橋頭堡となる北大陸と南大陸の中央に点在する小島。小国家の群れだろう。

 そして、明らかに軍事的優位にある帝国はその侵攻に躊躇はすまい。

「――ここまでがわたしの所見なのだが、いかがかね? モーリス・ダグラス将軍」

 ホラーゴーストが運んできた紅茶を一口。彼――モーリスはカップに一切手をつける気はなさそうだ。

 鎧姿ならさぞ映えるだろう、大柄で筋骨も鍛えられてたくましい。身長は、わたしの頭ふたつ分くらいは高い。刈り上げた白髪に、自然と浮き出ているしわが彼の精悍さに一役買っている。そんな彼も今は鎧を着けておらず、簡素なレザージャケットに身を包むのみだ。

「侵攻かね? これは啓蒙というものだ。魔王どの、あなたもこの文明の一端にでも触れてみればわかる」

 モーリスも負けてはいない。

 手堅い。

 そして度胸も胆力もある。なにせ魔王が住むといわれる島の館にひとり、交渉に現れたのだから。

 それがわたしの、モーリス・ダグラス将軍に対する印象だった。

 わたしは問いただす。

「その見返りに差し出せというのだろう。何をだ? わたしの知識か、術式の媒体か」

「できれば、その聡明な頭脳を我が手元に置いておきたい」

「……ほほう?」

 興味がある。だてに将校として働いているわけではなさそうだ。

「あなたの知識は、賢者のそれと同等か、それ以上のものとお見受けする。あなたがいれば戦後の国家運営に関して、我々は多大な助力を受けられる」

 この将軍と戦争の後のことを考えている。わたしにその助けとなれと言うためだけに、わざわざこんな辺境まで船を乗り付けてきたのだ。

「魔王どの、返答はいかに」

 だが、

「くそくらえだ」

 その提案はわたしの自由を奪うというに等しい。

 わたしはソファから音も立てず、席を立つ。

「要件がそれだけならお帰りいただこう。みやげ物は何もないが、皇帝陛下には悪しからずよろしくと伝えてくれ」

「そうか」

 応接間を出て、玄関まで見送る。

 ホラーゴーストにあずけていた竜の意匠が施された剣を受け取って。

 一閃。

 モーリスの剣が空を切り裂いた。

 ずっしりとした剣を腰だめに構え、モーリスがわたしを睨みすえる。

「ならば貴殿の首を取って無聊の慰めとしようか」

「わたしひとりの首で満足か。ずいぶんと安く見られたものだな」

 そう言いながら、わたしは後ろに体ひとつ分、跳躍して距離を取る。

 竜の意匠を施された剣。

 通称、竜の紋章の剣。

 この剣を持つことが許されるのは、帝国でも少将以上の尉官を授けられた者にしか帯剣できない、いわゆるエリートの証明でもある。

 が、それだけの代物といえる。

 竜のあぎとが刃を飲み込むよう施されたその剣体は、先端が重量を増すよう鍛えられており、その分、取り回しが難しい。

 わたしは小声で召喚の呪文を唱えた。右手と左手、両手にずしりとした感覚。片手にそれぞれ、レンジャーらが使う丈夫で肉厚なダガーを手にする。

「制圧せよ!」

 モーリスの号令に、三人の兵士が飛び出してきた。得物は剣、槍、長柄斧とそれぞればらばらなものだ。おそらくコンビネーションを意識してこの構成なのだろう。

 まずは槍兵が真正面から槍を突き出してきた。横にかわし、すれ違いざまにダガーの柄を兵士の首筋に叩き込んで昏倒させる。

 瞬時に叩き伏せられた同僚の有り様にひるんだか、後の兵士の動きが一瞬、躊躇した。

 大股で剣を持った兵士の目の前に迫る。一瞬遅れて、兵士が剣を振り下ろしてくる。わたしはさらに踏み込んで、兵士の剣をすり抜けて目と鼻の先にまで迫った。ダガーの柄を兵士の眉間に打ち込み、こちらも昏倒させる。

 残った兵士が長柄斧を腰だめに構え、わたしに向かって突撃してくる。先端を避け、がっしとその柄を脇に抱え込み、呪文を唱えた。ぱきんと、長柄斧のわたしが抱えている部分と兵士が持つ部分との間、その柄が砂糖細工のように砕けて、あっという間に使い物にならなくなった。

 ダガーを逆手に持ち替えて、とどめに一撃、兵士のあごの下にダガーの柄を叩き込む。その兵士も他の二人と同様に倒れ伏して動かなくなった。

「なかなかの芸達者だな」

「お前みたいな物騒なお客さんも多いのでな。まあ手なぐさみ程度だ」

「だが『個』では我らにかなうまい。我らは『群』であるゆえにな」

「それはどうかな。わたしは『群』を散らすこともそれなりに得意だ」

 言って、続けてわたしははっきりと、声に出して呪文を唱えた。

「はじけよ」

 空気を切り裂く衝撃波がモーリスを目指して吹きすさぶ。将軍の表情が一瞬、驚愕に揺れた。

 衝撃波に撃ち抜かれ、モーリスは館の外に吹き飛ぶ。同時に、ホラーゴーストに館の門を閉じさせた。

「たっぷり楽しんでいかれるといい。魔王の住まう孤島の恐ろしさをな」

 扉の外に放り出したモーリスに向けて、わたしはそう告げた。


 群れを崩すすべはそう多くはない。数は力であり、暴力はその数量のかさに比例する。

 儀式魔術はそういった群れを掃討することに長けた術ではあるが、それでも限界はある。使い所が難しいからだ。

 業火の嵐で敵勢を焼き尽くすか? その前に自分ごと燃え落ちるのが関の山だ。

 稲妻の嵐で敵を撃ち抜くか? 狙った所に落とすのは不可能だ。儀式魔術では天候の操作くらいしかできないからだ。稲妻自体を操ることはできない。

 要するに、こちらから能動的に敵を打ち払うことはそうそうできはしない。

 ではどうするか。

 わたしは三階の部屋の窓を開けて、飛行魔術で館の屋根に上った。こんなこともあろうかと、この島に辿り着いた頃から準備していた魔法陣がある。

「……幻よ、悪霊よ。この地にあまねく夢とうつつの境界よ。こたびその紫紺の門を開きたまえ」

 巨大な魔術儀式。これを自身の思い通りに操れる者はそうはいない。つまり、わたしのような魔術の王でもなければ、だ。

「Nightmare!!」

 どうするべきか。

 こういうときは敵に自分から帰ってもらうのが一番だ。


 くらりと、目の前が暗転した。ほんの一瞬だったが。

 これだけの儀式魔術を練ると膨大な魔力を消費する。周囲のホラーゴーストを集めて『燃料』に代えても良かったのだが。

 多分、わたしが姿をくらましている間に、モーリス将軍は軍を率いてわたしの屋敷をさらうだろう。その後始末のために残しておいたほうが気が楽だ。

 幻惑儀式魔術。

 その効果は抜群だ。今頃、地上は阿鼻叫喚の景観となっているだろう。味方同士で同士討ちでもしているかもしれない。膨大な群れを御するには、恐怖を蔓延させるのが一番わかりやすい。

 先日、使ったダウジングの魔術を準備する。情けない限りだが、数人程度の相手ならわたしひとりでも対処できるが、戦争する手合いを相手にするとなると<メイドドール>がどうしても必要となる。

 ゆらゆらと地図の上でゆらめくダウジングは、島の東の森林を示した。地上に敵がいないことを確認しながら、飛行魔術で、できるだけ地上から発見されないルートで<メイドドール>の元へ向かう。

 森林の枝から枝へと浮遊しながら<メイドドール>の姿を探す。

 いた。

「無事か、ノア」

 <メイドドール>に声をかける。彼女はずしゃり、と、手にしていた長剣を泥から引きずり出すような音を立て、血まみれの死体から引き抜いた。

「ああ、魔王さま。ご無事で何よりですー」

 <メイドドール>は二本の長剣を腰鞘に仕舞い込み、こちらに満面の笑顔を向けた。

 それは凄惨な有り様だった。

 <メイドドール>は返り血を浴び、白い肌と衣装を黒血で汚し、二本の長剣も同じであろうことは想像に難くない。周囲には――<メイドドール>が疾走しながら片していただろう――二十を越える兵士の骸が列をなして倒れ伏している。どの死体も、ほとんどが首や眉間、心臓を一突きで穿たれていた。

 おそらくこいつらは別働隊だろう。モーリスはひとり交渉に当たりに来たわけではなく、油断なく兵を配備していた。そして号令一下でそれらを動かす準備を整えていたわけだ。この様子だと、すでに館も相当荒らされているな。わたしはひとりそう思った。

 大きな儀式魔術を行使したからか、はたまた血の臭いにあてられてか、わたしは足元のぬめりに足を取られてべしゃりと腰から砕けた。

「大丈夫ですか? 魔王さま」

「いい。大魔術の後だ。すぐに回復するさ」

「それならいいんですけど――!」

 ガァン!

 唐突に小さく爆発音が響く。

 咄嗟に<メイドドール>が魔王の前に仁王立ちした。

 『弾』が<メイドドール>の体に直撃し、ギインと金属がはねる音が尾を引いた。

「早かった……いや、早すぎるな」

 わたしはひとりごちる。

 のそりと現れた人影が、わたしに向けて呟く。

「何故だ……」

 ゆらりと、影が紫の霧の中から姿を現す。

「未だに我が部隊は貴様の館を荒らして回っている。いや、中で乱闘しているという方が正解か。近衛の兵も我が生命を狩らんとし、やむを得ず、得難い忠臣を六人も斬った。島は……地獄絵図だ」

 そう呪詛するモーリスの表情は薄く怒りと狂気を孕んでいた。青白い顔色が彼の持っていた精悍さを奪っている。

 ただし、たくましい体には鋼鉄の鎧兜をまとっており、その体格を一回り巨大に見せていた。ガシャンと、鎧のこすれる音が響く。

「士官志望のハインリヒは仲間に斧で内臓をかき出されて死んだ。齢十五のニコラスはその父親に頭を割られた。ロウランとアイザックのコンビは互いに目玉を突き合い、口蓋やその舌を引きちぎっていた。彼らはこのようなむごい死に方をしなければならなかったのか」

 ガァン!

 小さな爆発音。今度はその『弾』を<メイドドール>が長剣を一閃して、キィンという音とともに叩き落とした。

 わたしはそれを見て呟く。

「『ギガン』か。将軍位の者ならそれくらいの携帯はしているかと思っていたが。なぜ最初の会合で使わなかった?」

 ギガン。

 帝国で開発された最初期の機械兵器である。短い筒に撃鉄を備え、グリップには引き金がくっついている。さらにセットで火薬の詰まった弾丸が必須である。見た目の地味さと裏腹に威力は絶大だ。筒の後ろから弾丸を込めて、引き金を引いて撃鉄で火薬を叩く。その爆発力で撃ち出された弾丸は鋼鉄の鎧を突き破り、人体に食い込む。当たり場所によっては、まあお察しだ。

 帝国では騎士位以上の者は一挺ずつ携帯されているものだとされている。

「貴様は交渉に応じたな。それに失敗した我々をこうまでなぶり殺しにするほどの理由とは何だ!?」

 わたしの問いには応じず、モーリスが叫ぶ。

 フラリとした体に活を入れ、なんとか立ち上がった。

「当然だ。お前はわたしの首を取ろうとした。その報いだ」

 悪鬼が見えた。

 幻惑魔術の効果は自分にも及ぶ。わたしにはこういうとき、大抵が鬼か悪霊が見える。目の前のモーリスは、恨みと怒りの炎にまみれた鬼といったイメージだ。

 悪鬼はうめく。

「ならば、ここで貴様の首を取らねば犠牲となった兵たちが浮かばれまい!」

 吠えて、竜の紋章の剣を肩越しに持ち上げ、突進してくる。

 ガァン!

 爆発音が響く。

 それとともに、突進してきたモーリスの体が止まり、前のめりに倒れ込んだ。

「ノア、残党を片付ける。行くぞ」

 わたしは懐に自前のギガンを仕舞い込み、かたわらに立つ<メイドドール>に告げた。

 眉間を穿たれたモーリスの死体を横切る際に一言だけ吐き捨てる。

「お前がもう少し理知的な人間だったなら良かったんだがな」


 館内は惨状の一言でしかなかった。

 兵士が兵士に、互いに相争った形跡しか残っていない。残党狩りなどという代物ではなく、まさしく後片付けだった。死体と、その部位はひとかたまりにして、館の外で焼く。館の外に散らばった死体も<メイドドール>の案内でひとつひとつと丹念に灰になるまで燃やした。

 接岸している軍船だが、これは魔術で海流に向けて流すことにした。どうせ生存者も乗ってない船だ。操舵者がいなければ帆船同様、勝手に沈んでくれることだろう。

 流れていく軍船を見つめながら、隣に立つ<メイドドール>を横目で見る。

 彼女はやはり、一心不乱に遠ざかっていく船を見つめ続けていた。

「なあ、ノア」

「はい?」

 こちらを見もせずに応える<メイドドール>。

「もし、わたしが彼らの要求に応えて南の帝国――イシィカルリシアに行けるとしたら、お前は賛成したか?」

「うーん」

「まあ行き先は奴隷か、徴発兵といったところだろうが」

「じゃあ行きません」

 はっきりとした声音で<メイドドール>は答えた。

「どうしてだ?」

「だって魔王さまと一緒じゃないですから」

 わたしは<メイドドール>の頭をくしゃりとなでた。

「たまにお前の忠誠心、キモいと思うぞ」

「えーだって、勝手なことすると魔王さま、怒るじゃないですか」

「やることなすことのトンチンカンさ具合だ。実際、お前の忠節を疑ったことはないよ」

 あと半日もすれば、儀式魔術の効果も消えるだろう。それまではホラーゴーストが狂喜乱舞しているので、片付けはできない。まあ、それでも、

「まだちょっと、この景色見てていたいです」

「同感だ」

 <メイドドール>の言葉に、わたしは同意した。

魔王さま無双回。ぶっちゃけどのキャラクターがどこまでの強さを持っているのが理想なのか、測りかねているところです。そのうち敵陣営にもメインキャラを出したいなーと思っていr今日このごろ。今回も読んでくれてありがとうございます。

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