魔王の手記
作家になりたくて、まずは書いてみよう!と思い立ってなろう様に応募してみるところから始めようと思いました。
初めての投稿なので緊張しています。
がんばって続けていきたいので、どうか今後共よろしくおねがいします。
館の周囲を囲うように森林が広がり、その大地をまた覆うように広大な海が広がっている。いわゆる無人島だ。わたしが住んでいるのだから、無人島と呼ばれるのはシャクだがね。孤島と呼ぼう。
森林には数え切れないほどの種類の生物が生息しており、海もまた相違ない。だがわたしにとってはここは生物の宝庫だ。なにしろ彼らはわたしに研究されるためにつどっているのに等しい。海の生物もだ。気が向いた時は漁船を一隻引っ張り出して釣りとしゃれこむこともある。
森林には生物だけではない。植物も豊富だ。日々磨いている薬草学者としての血が騒ぐ。まあヒトヨダケを肴にワインを傾けた日には悪夢にうなされたものだが。たまにはこういう茶目っ気があったほうが人間力が上がるというものだ。
そして、館。
わたしの住まいだ。
自慢の館だ。わざわざここから離れた大陸から大理石を切り出し、真っ赤なカーペットをあしらって豪勢さ、優雅さを見事に演出している。
階段にも意匠をこらしてある。直線ではなく途中で半円を描くように一階から二階へ繋がっている。それなりな一般的な貴族もやっているって? 聞こえんな。
昇ると巨大な絵画が飾られている。わたしを描いた自慢の自画像だ。
一階には広い食堂を備え、隣にこれまた広い厨房がある。
それから応接室。来客がある場合はまずここへ通す。
バフォメットの剥製や赤黒く輝く盾なども飾り付けてある。応接室には威圧感たっぷりであるべきだというのがわたしの主張だ。
二階には客室がある。四人までなら全員、個室でくつろいでいただけるだろう。部屋には赤いカーペット。天蓋付きのベッド。そして浴室も完備だ。巨館住まいなのに大浴場はないのかって? あんなものは水の無駄だ。ここには温泉も出ないからな。
そして三階。なんとここには三階もあるのだ! とはいっても、三階は元から少なくなった資材を集めて築いたわたしの部屋と、離れの塔に物置きをつくっただけなのだが。
さてこれだけの大工事にどれだけカネがかかったかといえば、全部タダだ。なにせ孤島に住み着いていたホラーゴーストに全部やらせたからな。適材適所。さすがわたし。
おっと、わたしの住まい自慢で忘れるところだった。
わたしは<魔王>。
赤いボブカットに、それに合わせた赤いジャケットと男性的な白い貴族服を身にまとっている。
この一人で住むにはだだっ広い孤島でひとり<魔王>を名乗らせてもらっている。
こんなことがあった。
晴天の昼下がり。
わたしは未開動物の生態を写生していた。島の動物はほぼ網羅していたはずなのだが、たまにこういうことがあるから油断ならない。
ふと窓の外を見やると、タイミングをはかったように客人らしき人影を玄関に見て取った。
「おいノア! お前は出なくていい! 応接室にでも引っ込んでろ!」
わたしは即座に叫んだ。
だが、その祈りじみた叫び声は通じず、玄関のドアがどかんと吹っ飛んだ。
客人がそれに巻きこまれて、目を回している様子まで見て取れる。
わたしはやれやれと、顔を片手に伏せた。
足早に塔の石段をコツコツと早足で、しかし怒りと焦りを含んで降りていく。
玄関に着くと、ドヤ顔の<メイドドール>と、先の無思慮な暴力ではたき倒された客人がいた。
客人は少女だった。海にでもさらされたか、体中がびっしょりと濡れている。
「やりました魔王さま! これで敵は三割くらい戦力減です!」
よっこいせ、と少女の体を肩に背負う。意外と少女の体は細身ながらがっしり鍛えられているのがわかる。水夫ではなさそうだが、航海に従事する女性だと悟った。
「魔王さま~。褒めてくださいよ~」
「やかましい!」
怒鳴りつつ、<メイドドール>のみぞおちを蹴っ飛ばす。<メイドドール>はごろごろと三回転くらいした後、大の字になって止まった。
「物置の床で正座でもしとれ! あと物置の荷物には触るなよ! いいか、絶対に触るなよ!」
きょとんとしたままの<メイドドール>は放っておいて、哀れな遭難者を館内へ運び込む。
そう、遭難者だ。
大陸の海域は比較的おだやかなのだが、この島に近づくと急激に激しくなる。特に昨日は嵐が酷かったのも影響しているだろう。
二階の個室に運び込んで、作業着らしき衣服を脱がす。ホラーゴーストに持ってこさせたタオルケットで丹念に体をふく。風邪でもひかれては面倒だ。そして、懐からアンモニアを取り出し、綿棒の先端につけて、気絶している彼女の鼻先に近づけた。
くんくんと、彼女の鼻先が動き、
「ひあぁっ!?」
刺激臭に飛び上がらんばかりの勢いで起き上がった。
「おお、起きたか」
「ななな、何ですかあなた!?」
「君は水夫か、それに準ずる者だろう。わたしはこの館の主だ。ひとまず、君の安全は保証されたから安心していい。いくつか質問したいが、いいかね?」
「あっはい。でもこの、格好はちょっと……」
ぱちんと指を鳴し、ホラーゴーストに一着の水色のワンピースを持ってこさせた。
そのさまをぼーっと見届けていた少女に告げる。
「わたしはね、魔王なんだ」
<魔王>。
その存在は伝説のものだとされているが、ろくな伝説は残っていない。
いわく、世界を闇に包み込んで絶望をもたらすとか、地獄のふたを開き悪魔の軍団を呼び出すとか、千人の処女の血を飲み外法の力を得るとかうんぬん。そこかしこから集めた与太話程度しかない。
「なんで魔王なんてわざわざ名乗ってるんですか?」
彼女――ジル・アコーミックと名乗った――は怪訝そうにつぶやいた。
「そう名乗った方が楽だからさ。魔王の住む島なんて誰も来たくないだろう? まあ君たちみたいな迷子はたまに来るがね」
ホラーゴーストの淹れてくれたココアをすする。ジルは一瞬びくっと驚いた。が、ひとつ落ち着くと受け取り、一口ちびり。ほう、と息をついてくぴくぴとココアをのどで鳴らして飲む。
「ところで、君の連れは大丈夫なのかね。ここに来たのは君だけみたいだが」
「えぇ。幸いにも軽い座礁で済んだので、今は船の応急修理と潮目が弱くなるのを待つだけかと」
「なら君の連れもここに呼ぶといい。潮は明日の朝には穏やかになる」
「えっでも……」
わたしはくいっと、彼女のあごに指を乗せて視線を合わせた。
「わたしは闇の世界にも悪魔の軍団にも、千人の処女にも興味はない魔王なのさ」
その後はつつがなく進んだ。
まず彼、彼女らの乗った船を波に流されないよう固定して、全員を館に招いた。
思ったよりも大勢だったので、客室は二人、三人の部屋ができたが、雑魚寝に慣れている彼らからすれば特に問題はなさそうだった。
夕食は養鶏しているニワトリを一羽さばいた。それからキノコと卵とレタスをあしらったシーザーサラダ。表はカリッと、中はふんわり焼かれたパン。二日酔いになられては困るのでワインやエールはご遠慮いただいた。
ちなみに全部ホラーゴーストのお手製である。
最初は気味悪がっていた船員たちも、わたしの話術で安堵したようだった。
話はなかなかにはずんだ。近くの港で大イカが捕れたこと、海岸に打ち上げられたサメでフカヒレを楽しんだこと。そして今回のもろもろのこと。
夕食が済むと、皆、風呂に入るなりすぐ眠りについたようだった。
「ふむ……」
わたしはひとり、思索にふけるのだった。
――潮は明日の朝には穏やかになる――
自分で言っておいてなんだが、騙されてくれただろうか。
間違いなくこの日は朝からも大嵐だ。
今もわたしは叩きつけるような豪雨にさらされている。
「おいノア。ここでいい。ここに陣を敷くぞ」
「つーん」
昨日の折檻でだいぶ機嫌を損ねてしまったらしい。ツンツンしている。
館からは見えない丘の上。わたしの今回の儀式魔術の施術場だ。
なだめるのは諦めて一人でもそもそと、太い木の枝で魔法陣を描き始める。何が悲しくて自分の<メイドドール>に媚びねばならんのだ。
ちらちらと<メイドドール>がこちらを見ていて、ようやく自主的に手伝い始めた。本当に面倒な<メイドドール>である。
魔法陣ができあがり、わたしはその中央に立って呪文を唱える。
「……荒れ狂う嵐よ、猛る大地よ、我が身をもって封印の輪となせ」
ごろごろと渦巻いていた嵐が、稲光が、太陽の輝きが、わたしの上空に集まる。
「Saaling!!」
渦巻く雲が無軌道に動き出し、わたしの体にまとわりつき、かすみとなってわたしの体の中に消えた。帯電していた雷雲は、今はこの身に宿っている。空はまっさらな夜天を現していた。
ふう、と息をつき、見ていた<メイドドール>がパチパチと大した感慨もなさそうにコメントする。
「あいっかわらず魔王さまの儀式魔術は堂にいってますねぇ。いつ魔王さまが膨らんで爆発するか不安です」
「おい、あと二十分は触るなよ。わたしに帯電している雷が抜けるまでな」
儀式魔術は特に術者に対する負担が大きい。とりわけ自身を媒介とする魔術となると、逆に操りそこねた天候になど食われてしまいかねない。もっとも、そんなヘマを冒さないからこそ<魔王>を名乗っているのだ。<魔王>はいるかいないかも知れない魔族の王などではない。魔術そのものを極めた者の称号なのだ。自称だが。
「戻るぞ」
「はい、魔王さま!」
先ほどまでの不機嫌はどこへやら、わたしと並んで悠然と歩き出す。
「ところで魔王さま?」
「なんだ」
「あの遭難した人たち、生贄か何かに使えませんかね。もうだいぶニワトリも予備がなくなってきたことですし」
「話にならんな」
顔を向けてきた<メイドドール>の顔も見返さずに答える。
「人間てのは不純物の塊だ。生まれも違えば育ちも違う。食べているものも違えば、趣味も違う。ちなみに趣味というのは酒や煙草だ。それこそ処女千人集めるほうがよほど効率が良い」
「でもでも、人間なんてそこら中にゴロゴロいるじゃないですか。一人くらい飼っておいて損はないですよー」
「そうだな。処女ひとりくらいは囲っといても損はないだろうが、実はそこに落とし穴がある」
「へ?」
「人間てのは執念深いのさ。ひとりいなくなるだけで大山鳴動して人間ひとりというものだ。そんなことで自分に危険をさらすのは愚かしいと思わないかい?」
そろそろ急がないと住人が目覚める頃だ。
<メイドドール>には使用人室で汚れを落とすことを命じて、わたしも三階の自分の部屋でシャワーを浴びた。
泥まみれになった衣服はいったんクローゼットに適当に放り捨てる。朝食の準備をしなくては。
新しい服とジャケットに身を包んだところで、こんこんとノックの音が響いた。
ドアを開けると、そこにはジル・アコーミックが立っていた。
「ありがとうございます。魔王さま。おかげさまで雨の中、野営しなくてすみました」
「礼はいいよ。道楽でやってる身だからね……ところで」
「はい?」
<メイドドール>の言葉がよみがえる。
「君は処女かね?」
「え?」
困らせるつもりはなかったのだが、急な言葉にジルはもじもじとした。
「えっと、故郷にフィアンセがいますが……それが何か?」
「そうか。なら忘れてくれ」
ジルの顔に手をかざしてひとこと呪文をつぶやく。ジルはその場にかくんと崩れ落ちた。
ここは<魔王>の館なのだ。知らならいことなら知らないままでいたほうがいい。
彼女はそのまま自室のベッドに放置した。
館から出る集団を前にわたしは見送りの挨拶に出た。
ジル・アコーミックを先頭に、皆、御礼の言葉を述べる。
「それじゃあな。またこの近海で迷子になったりするなよ」
ジルたちはひとつ会釈して集団とともに去っていった。
見送って影も形も見えなくなったところで、わたしはう、うーんと伸びをした。
「あーなんでも出来るお嫁さんがほしい」
「何、突発的なこと言ってるんですか?」
「なんでお前は何にもできないくせにすぐ、ぐずるんだろうな」
「今さら何言ってるんですか。それに欲しいのはお婿さんでしょう」
<メイドドール>の言葉にぐったりと、わたしは背中を丸めて館の中に戻っていくのだった。
いかがでしたでしょうか。<魔王>とゴーストとメイドドールのあれやこれやの日常生活。
いつかは島を出て、冒険の旅なんかしたりしてその道中を<魔王>の手記として綴っていけたらと思っています。
今後共<魔王>の活躍を見守ってあげてください。よろしくお願いします。