七話
「マジックミントにブルーハーブ、グリーンセージまで……一日でよくこれだけ集められましたね」
冒険者ギルド内の買取カウンター上に並べられた大量の薬草を前に、フランさんが少し驚いている。
「ちょっとしたコツを知っていたので……」
とかなんとか言って誤魔化しながら、俺はギルドカードを差し出す。ギルドカードは青色の水晶板で、サイズは運転免許証くらい。白文字で名前やランクなどが書き込まれている。
「今から買取査定を行いますので、少々お待ち下さいませ」
ギルドカードを受け取ったフランさんは、俺が採取してきた薬草を集めて大きなトレーに載せると、カウンターの奥へ下がっていった。
査定が終わるまでの間、俺は休憩室で待っていることになった。空いていた適当な椅子に座り、今日のことを振り返る。
とにかく歩いたり走ったりを繰り返した一日だった。まず森に向かうまで延々と走り、着いてからも薬草を探して森の中を歩き回り、集め終わったらまた走って帰るという……やっぱり馬車ぐらいは使いたいなぁ。
「よお、隣いいかい?」
俺が返事をする前に、そいつは俺と同じ机の椅子にどっかと座った。その途端、椅子が悲鳴のような軋み音を立てる。
なにしろ勢い良く座ったのは、筋骨隆々の大男。肩当てなどに金属の棘が生えたごつい鎧を着込んでいて、これぞ荒くれ者という感じの奴だ。なんだかすごく大きな斧を背負っていて、ぶっちゃけこいつは盗賊だと言われたら俺は信じるだろう。
「……嫌だって言ったら座らなかったのか?」
「冷たいこと言うなよ、新人」
新人という部分を妙に強調された。気がつくと、先程まで空いていた周囲の机にも複数の冒険者たちが座っている。にやけ面でこちらの様子を見ている辺り、この大男の仲間らしい。
俺は机の下で、右手をワルサーP38が収まった腰のホルスターに伸ばしておく。さすがにここでドンパチする羽目にはならないと思うが、念のためだ。
「それで、俺に何か用が?」
「おう、俺のチームに入らないか?」
いきなり何言ってるんだ、こいつは……チームは、確か数人で組むパーティーよりも大規模な冒険者の集まりだってフランさんが説明してくれたっけ。
数人どころか数十人規模でチームを組み、豊富なメンバーを活用してクエストをクリアしていくのだとか。
「いきなりそんなことを言われてもな……そもそも俺はあんたを知らないし」
「チーム『暴風』のリーダーで、準二級冒険者のディックさんを知らないなんて、何にも知らない新人らしいぜ!」
「おいおい、だから新人なんだろ?」
横の机から、大男のチームメンバーというか手下の冒険者たちが下品な笑い声を立てて馬鹿にしてくる。俺はそれに苛立つよりも、あまりにも三下臭いこいつらに呆れてしまった。
「俺は、準二級冒険者のディックだ。チーム『暴風』のリーダーをやってる」
そこのチンピラが先に教えてくれたけど? というか、準二級ってところを強調し過ぎじゃないですかねぇ。
「五級冒険者のクルト」
一応相手は名乗ったのだから、俺も名乗っておく。
「クルトよ、悪いことは言わねぇから俺のチームに入っておけ」
「なんで?」
「お前みたいな田舎モンには、冒険者は厳し過ぎるからさ。お前、武器もまともに持ってねぇだろ? 俺のチームに入れば武器を貸してやるし、冒険者の基礎も教えてやる。薬草採取なんかやってたって、いつまで経ってもランクアップはできないぜ?」
うーん……こいつら、俺のことを金も武器も持っていない田舎者だと思ってるな。魔物の討伐依頼はすべて避けて、採取系ばっかり選んだのも見ていたらしい。まあ、金を持っていないのは本当だが。
「それに俺のチームは宿泊所も持ってるからな、宿代も必要無くなるぜ?」
俺が悩んでいると思ったのか、ディックはさらにそう言ってくる。こいつら、俺がシェーンから宿代を貸してもらった会話も聞いていたのかもしれない。
今のところ、俺が本当にただの田舎出の新人冒険者なら、ありがたい話のように思えるが……うまい話には裏があるはず。
「話を聞いていると俺ばかりが得をしそうだが、そっちは俺をチームに入れてどんな得が?」
「なに、チームのちょっとした雑用なんかをやってくれりゃいい。恥ずかしがらなくてもいいぞ。駆け出し冒険者が大きなチームに入って、雑用をこなしながら冒険者の基礎を学んでいくなんて普通の話だ。というか、それが賢い選択肢だ」
「そうそう、先輩の手助けがあれば討伐系の依頼だってこなせるぜ?」
「同じ新人冒険者の仲間もできるぞ」
なんだかなぁ……これ絶対下っ端としてこき使われるうえに依頼の報酬までピンはねされるだろ。でないと、こいつらのうまみが少な過ぎる。
武器を貸すとか宿が無料だとか言っているが、組合費みたいな感じで金を払わされたりもしそう。なんというか、もう全体的に田舎の新人冒険者を使い潰す気満々だ。
いや、もちろん俺のひどい被害妄想の可能性もあるけど……これがもっと誠実そうな人間ならまた違ったと思うのだが、とにかくこいつらは信用できない。
「悪いが、断るよ」
俺がそう言った直後、周囲の男たちが一気に殺気を飛ばしてきた。くそっ、正直言って怖い。当たり前だ。俺はつい一昨日まで暴力とは無縁の平和な日本でサラリーマンだった男なのだ。それに対し、向こうはきっと暴力を振るうことに何のためらいも覚えないだろう荒くれ者ども。
銃という強力な武器が使えなかったら、魔物と命がけで戦わなければいけない冒険者をやろうとは思わなかっただろう俺としては、こんな野蛮人どもに絡まれるのは精神衛生上大変に悪い。
「やあ、クルト。依頼は無事にこなせたか?」
「なっ!?」
突然、背後から響いた女の声にディックが文字通り跳び上がって驚いた。いつの間にか、彼の真後ろにシェーンが立っていたのだ。
実を言うと、俺も驚いた。こいつらの殺気に気圧されていたせいだろうか、ディックの背後に来るまでシェーンが現れたことにまったく気づかなかった。というか、足音も聞こえなかった気がするんだが……とりあえず、せっかくの助け舟だ、ここは乗るしかない。
「ああ、今は採取してきた薬草の査定結果を待っているところだったよ」
「ならば順調だな。焦ってチームに入る必要は無いと私も思うぞ」
「シェーン、てめぇ! 何を勝手なこと言ってやがんだ!」
「おっと、これは失礼したな。ところでクルト、査定の結果が出たようだぞ?」
買取カウンターを見ると、奥に下がっていたフランさんが戻ってきていた。目で早く来なさいと訴えている。
「みたいだな……さっきも言ったとおり、俺はあんたのチームには入らない。話はそれで終わりでいいだろ、それじゃあな」
ディックが何か言う前に立ち上がり、さっさとフランさんの待っているカウンターへ向かう。ちらりと後ろを見ると、禿げた頭から湯気を出しそうな勢いで怒っているディックが、シェーンに食って掛かっていた。
「三級の女冒険者の分際で舐めたマネをしてくれるじゃねぇか。てめぇは前から俺たちの邪魔をしてきて目障りなんだよっ。もう許さねぇ!」
「ほう、許さないならどうする気だ?」
「身の程ってモンを直接お前の体に教えてやるよ……本物の男を味わうといいぜ、楽しみにしてな」
ディックとチンピラ冒険者たちは、シェーンにねっとりとしたいやらしい視線を向けた後、乱暴に席を立ってギルドから出て行った。俺は、あんな連中と同じ男であることが恥ずかしくなった。
残されたシェーンは、涼しい顔で空いた席に座り、意味ありげに俺を見て来た……どうやら、俺とフランさんのやりとりが終わるまで待っていてくれるらしい。