六話
「さて、どれがいいかな……」
冒険者ギルドに入って右にある掲示板の前で、大量に貼られた依頼の用紙を見ながら俺は考えていた。俺の周囲には、他にも依頼を物色している大勢の冒険者がいる。
時間は早朝、冒険者ギルドに登録した翌日だ。昨日はフランさんから冒険者ギルドの説明を聞き、ギルドカードを受け取ったらもう夜になっていたので、そのまま宿をとって休むことになったのだ。
昨日、俺は最初に倒したゴブリンと、大型犬の魔物であるハウンドの牙を出して報奨金を受け取り、それでシェーンに借りた金を返そうとしたのだが……そもそも足りなかったうえに、俺の登録が終わるまで待っていてくれた彼女に、今夜の宿代はどうするのかと冷静に突っ込まれてしまった。
結局、さらに足りない宿代を借りる羽目になり、シェーンに紹介された宿の個室で休んだ。とにかく安い相部屋雑魚寝の宿もあったが、俺では翌朝には身包み剥がされているのがオチだと言われ、多少金がかかっても個室の宿にされた。
シェーンは、俺に自分が普段泊まっている宿を教え、俺が借金を返せるようになったらまた声をかけてくれと告げた後、さっさと自分の宿に帰ってしまった。
少し寂しかったが、どこの馬の骨とも知れない俺を街まで連れていき、入城税も宿代も貸してくれた彼女にこれ以上迷惑をかけたくなかったので、俺もお礼を言って素直に別れた。
俺がそのことを気にしていると、フランさんがシェーンは困っている新人冒険者を見捨てることができず、世話を焼くことが多いのだと教えてくれた。
あの性格だからだとは思うが、フランさんの口ぶりだと彼女にもなにやら事情がありそうで……フランさんは思わせぶりなことを言うだけで、それ以上具体的なことは言わなかった。ただ、まずは借金を返してから、ということだったのでまた何か教えてくれるのかも。
「採取系の依頼も、いろいろあるんだな……」
俺が今狙っているのは、五級でも受けられる薬草などの採取をする依頼。これならば、採取中に魔物に襲われる危険はあるものの、必ずしも魔物と戦う必要は無い。今の俺は火力不足だし、初心者向けの依頼らしいので、俺にぴったりだ。
ちなみにこの世界でも、冒険者にはお約束のランクがある。一級から五級までの七段階のランクだ。一級と二級のみ、準一級と準二級があるので、三級、四級、五級を合わせて七段階。
フランさんに大雑把な目安を聞いてみたが、一級は最強、二級は一流、三級は熟練者、四級は経験者、五級は初心者といった感じらしい。それと一級の上には、さらに特級というのもあるそうだが、これは名誉階級のようなもので基本的には過去の英雄などに授けられるものなのだとか。
ランクによって受注できる依頼に制限がかかっており、現在のランクの一つ上の依頼までしか受けられない。今の俺は初心者の五級だから、四級までの依頼しか受けられないわけだ。
ランクアップは、冒険者が依頼をこなして実績をつくっていくことで、ギルドが独自に判断してあげる。いろいろな要素を総合的に鑑みて決定されるらしいので、明確な基準は無いらしい……なんか、不透明な制度でちょっと不安だ。
しかし、俺にとって重要なのは、この制度がATWの傭兵ランクと同一だったことだ。ただの偶然かもしれないが、ATWでも依頼を受けその達成を繰り返すことでランクアップできた。もし冒険者の依頼でも傭兵ランクを上げられるならば、俺は今の火力不足の状況から抜けることができる。
「とりあえず、これを受けてみるか」
ずっと悩んでいても仕方が無いので、俺はマジックミントという薬草の採取依頼を選んだ。
理由は、報酬の額が五級の中でも平均的だったから。最低ランクの五級で平均的な報酬額なら、きっと難易度もそんなに高くないだろうと考えたのだ。
そう考えて依頼の用紙を手に取ったら、軽快な効果音が鳴った。思わず周囲を見渡してしまったが、やはり聞こえたのは俺だけらしい……これは、ATWでのクエストが追加されたことを教える効果音だ。
メニューを開き、クエストの一覧を確認するとマジックミントの採取依頼が追加されていた。この機能が使えるということは、ひょっとして……あることに思い至った俺は、四級と五級の採取依頼を片っ端から手に取り、メニューのクエスト一覧に追加していった。
さて、場所は変わって森の中である。冒険者ギルドで薬草採取の依頼を受けてからここに来るまでの間のことは、あまり思い出したくない。
薬草がよく採れるというここ東の森まで、また数時間歩いたり走ったりしながら来たからだ。
近くの村まで行く乗り合い馬車なども出ていたのだが、懐具合が大変寂しい俺はそれに乗る余裕などなく、疲れ知らずの体にものを言わせて徒歩でやってきたのだ。
いくら疲れないと言っても、ただ単調に走り続けるのはなかなかの苦痛だ……早く傭兵ランクを上げて支給クレジットを増やし、車両をレンタルできるようになるのが理想だが、とりあえず乗り合い馬車を利用できる程度には稼げるようになりたいところだ。
「それじゃ、薬草探しを始めるか」
つぶやき、ワルサーP38を右手に森の奥へと歩を進める。
最初に借りたP38は返却期限が来て一度返したが、不定期に更新されるブラックマーケットの品揃えを確認したところ、P38よりもいい拳銃が無かったので再度レンタルしたのだ。
さらに昨晩は、日付が変わるとともに日給のクレジットが無事に入ったことも確認できた。
ATWでは、プレイヤーは傭兵として雇われているという設定があり、ランクに応じて日給でクレジットが払われるのだが、これが機能していることがわかってひと安心だ。
メタなことを言うと、この日給はいわゆるログインボーナスというやつだ。ログアウトできない今の俺は、毎日安定してクレジットを手に入れられる。まあ、五級では数クレジットなので本当に雀の涙なのだが……。
とりあえず、今は薬草探しに集中する。いつ魔物が襲ってくるかわからないので、周囲にも気を配りながらの探索だ。
「これは……ビンゴ、だな」
ほどなくして、俺は茂みの中で淡く光っている草を見つけた。近づいて見ると、事前にギルドで確認した図鑑の絵と特徴が一致したので、俺はこれがマジックミントであることを確信する。
ちなみにマジックミント自体は、普通は発光したりしない。これは、ATWのクエストアシスト機能のおかげだ。
初期のVRゲームでは、リアルにし過ぎたゆえにゲームバランスを損なった事例がいくつもある。たとえば、フィールドなどで取得できるアイテム。
それまでのゲームなら、取得できるアイテムは明らかに色合いが背景と違ったりしていたので、プレイヤーの判別が容易だった。
ところが、VRゲームでリアルな環境が再現されると、たとえばジャングルの中で特定の植物を探すといったクエストの難易度が一気に跳ね上がってしまったのだ。
広大なオープンワールドの密林の中、大量に生えている草花の中に埋もれているただ一種類の植物を探すなんて、聞いただけで嫌になってしまう。
というわけで多くのVRゲームでは、クエストアイテムなどは近づくとかすかに光ったり、取得可能なことを示すアイコンが表示されるようになった。
ATWでは、クエストアイテムは先程のマジックミントのように淡く光って強調表示される。その機能が健在だったおかげで、俺は楽に目的の野草を見つけることができた。
「よし、この調子でどんどんいくぞ」
魔物に警戒しながら、森の中を歩き回り光って強調表示されるマジックミントをひたすら採取する。
一通り採り尽くしたと判断したら、別の薬草採取の依頼に切り替え、新たに強調表示され見つけやすくなった薬草を採取しまくる。