五話
城塞都市ガルドに入った俺は、あらためてここが異世界なのだということを実感していた。
石造りの建物が城壁内に敷き詰められている街並みは、木造家屋ばかりだった昔の日本とは明らかに違う。傾き始めた太陽の下、石で舗装された道の上を人々と馬車が行き交っている。
街並みだけなら現実のヨーロッパでも見られそうだったが、なんといっても獣の耳や尻尾を生やした者や明らかに顔は中年男性のそれなのに子供のように背の低い者も時折見受けられる辺りが、異世界を実感させる。
きっと、いわゆる獣人やドワーフという人間とは違う種族なのだろう。尖った耳を生やした美男子も一度だけ見かけたが、あれはエルフだったのだろうか。
「……そんなに珍しいか?」
「俺はこの国に来たのは初めてだから……」
物珍しそうにあちこちを見ていたら、シェーンに少し呆れられてしまった。お金の価値も知らないなんて世間知らずというか金持ちのボンボンかもしれないが、もうどう思われていようが開き直るしかない。
「おのぼりさんはスリに狙われるから、あまり視線をふらふらさせない方がいい」
「そ、そうか、気をつけるよ」
俺に注意をしたシェーンだったが、心なしか幾分緊張感の和らいだ声だったような気がする。俺のおのぼりさん丸出しの様子を見て、ますます世間知らずのボンボンか何かだと思い、警戒心が薄れたのかもしれない。
「中央広場に来たぞ」
表通りを進み続けたら、一際広い場所に出た。周囲にはこれまで見て来たものよりも大きく立派な建物がいくつも建っている。なんとなく、駅前のような雰囲気だ。
「あそこが冒険者ギルドだ」
シェーンが指した方向には、石造りで三階建ての頑丈そうな建物があった。正面にある入口には、冒険者ギルドと書かれた看板が出ているから、間違いなくあそこが冒険者ギルドのようだ。
そういえば、最初は混乱していてそこまで考えが及ばなかったのだが、よくよく考えてみると異世界なのに普通に日本語が通じるのは変だ。でも、俺にはシェーンが日本語を話しているようにしか聞こえなかった。
シェーンと話しながらここに来る途中、思いついてメニューのオプションから設定言語の項目を開き、日本語から英語に切り替えてみた。すると、その途端にシェーンが英語で話し出したので、俺はゲームの自動翻訳が適応されていることを知った。
VRゲーム、特にMMOでは世界中のプレイヤーが参加し交流することができるが、そこで問題となったのが言葉の壁。しかし、この問題は自動翻訳の導入ですぐに解決した。
脳波だ言語中枢だなんだと、いろいろとすごい技術が用いられているらしいが……俺は別に技術者じゃないから専門的なことは知らない。
俺が知っているのは、設定言語を日本語にすれば他国の言語も日本語として聞こえるようになり、読み書きも日本語でできるということ。逆に相手が英語で設定している場合、俺の日本語は英語で聞こえ、書いた日本語も英語になる。
もちろん細かいニュアンスまでは伝わらない場合もあり、そういった時に齟齬が生じることもあるのだが、普通に話す分にはまったく問題無い。
街に入ってから普通に看板を読むことができたから、文字の方も大丈夫とわかってほっとした。いきなり異世界に放り出されて言葉も通じませんでは、ハードモード過ぎる。
ちなみに自動翻訳をオフにしたら、まったく理解できない異世界言語を直に聞くことになった。自動翻訳があって、本当に助かった……。
「さ、入るぞ」
「ああ」
シェーンに促されて、俺は冒険者ギルドの扉をくぐった。
冒険者ギルドの中は、役所の市民課のような雰囲気だった。職員以外は、ほぼ全員が何かしらの武器を携帯しているという物騒な点を除けば、だが。
入って正面は受付のカウンターがずらりと並んでいる。右側は掲示板になっていて、依頼の詳細が書かれているらしい紙がいくつも貼られていた。左側は待合室か休憩室のような空間になっているようで、木の机と椅子が並べられている。
フィクションでよくある冒険者ギルドだと、中に酒場があってそこで荒くれ者たちがたむろしている感じだったが、左側の待合室は酒どころか軽食も出ていない。
まあ、冷静に考えて冒険者なんていう荒っぽい連中にギルド内で酒を飲ませて騒がれたら、受付の業務とかにも支障が出るもんな……。
そんなことを考えながらギルド内を見ている俺だったが、掲示板の前や休憩室にいる冒険者たちからの突き刺さるような視線を感じている。
なんというか、やはり武装して日々命を賭けて魔物と戦っている冒険者の凄みのようなものが伝わってくる……見慣れない新参者を美人の女剣士が連れてきたとなれば、これくらいの注目度は普通なのだろうか?
「フラン、彼の登録を頼む」
「あら、シェーン? 久し振りの世話焼きね」
シェーンが俺を連れていったカウンターには、ちょっと垂れた目が色っぽいナイスバディな受付嬢が座っていた。
普通の人間のようだが、まるで誘うように艶やかに微笑まれながら観察されると、ちょっと身の危険を感じる……なんか、本能が油断するなと訴えてくるのだ。
「でも、冒険者の登録からなんて初めてね。ひょっとして、ようやくあなたも――」
「北の森でたまたま出会っただけだ。いろいろと訳ありのようでな、とりあえず冒険者になりたいというから連れてきた。何も知らないようだから、きちんと説明してやってくれ」
「なんだか彼のこと私に投げてない?」
「信用してるからさ。さて、私は別の窓口で依頼の完了を報告してくるとしよう」
フランと呼ばれた受付嬢が何か言う前に、シェーンはさっさと別の窓口へ行ってしまった。残されたフラン嬢は呆れたようにため息をついたが、それでも嫌そうな感じではなかったので、信用しているという言葉にまんざらでもなさそうな様子だった。
「やれやれね……さて、ご用件は冒険者の新規登録ということでよろしいでしょうか?」
「はい、そうです」
「では、こちらへどうぞ」
ビジネスモードに入ったらしい彼女に案内されて、奥にある小さな個室へと案内された。木の机を挟み、向かい合う。
「今回登録の担当をさせていただく、フランです。よろしくお願いしますね」
「クルトです、こちらこそよろしくお願いします」
「早速ですが、代筆は必要ですか?」
「お願いします」
字は読めてもきちんと書けるかどうかの自信が無かったので、とりあえず代筆をお願いした。あと、たぶん羽ペンだと思うのだが、これの使い方がよくわからなかったせいもある。
「お名前をもう一度お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「クルトです」
フランさんは慣れた様子で、登録用紙の記入事項について俺に尋ね、俺の答えを書き込んでいく。
種族は人間で、年齢は二五歳。出身地は、答えたくなければ未記入にするとのことだったので、そうした。
「主に使用する武器はありますか?」
「いろいろ使うので、これというのは決まってないのですが……」
「それでしたら、あとからでも追記できるので、使用武器が定まりましたらまたお申しつけください」
「はい」
俺がメインで使うのは、もちろん銃火器なのだが、この世界ではまだ存在していない武器だ。シェーンからそれとなく聞いてみた結果なので、ひょっとしたら彼女が知らないだけであるのかもしれないが、少なくとも一般に出回っていないのは間違いないだろう。
だとするなら、銃と答えるわけにもいかないので、適当に誤魔化した。
「使用可能な魔法はありますか?」
「ありません」
使えるなら使ってみたい気もするが、今のところどこでどうやって学べばいいかもわからないので、素直に使えないことにしておく。
「では、習得している技能はありますか?」
「すみません、具体的にどういったことが技能になりますか?」
「そうですね、戦闘関連なら剣術や格闘技が。それ以外でも、薬学や鑑定、魔物の解体なども技能として申告できますよ」
申告した技能をきちんと習得していると認められれば、ギルドでの評価に繋がるらしいが……銃撃戦には自信があります、なんて申告できないのでこれも適当に流すしかない。
「はい、必要事項の記入は以上です。ギルドカードが発行されるまでの間、ギルドの説明をさせていただきますね」
登録用紙の記入が終わると、今度は冒険者ギルドの説明が始まった。




