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四話

「ふむ、クルトはニホンという国の出身なのか」


 聞いたことがないな……と、シェーンと名乗った美人女剣士は歩きながら首を傾げている。

 まあ、ここが本当に異世界だとしたら、日本のことなんか知るわけないよな。この様子では、他の国のことを聞いても無駄になりそうだ。


 俺とシェーンが話しながら歩いている場所は、平野の街道上。初めて出会った森の中からシェーンの案内で林道に入り、そこを通って森を抜けるとこの街道に出た。

 すでに何時間も歩き続けているが、俺はまったく疲れていない。ATWでの俺のプレイヤーキャラクターであるクルトは、筋力などのステータスはカンスト状態だったから、そのおかげらしい。

 現実世界の俺なら、森を抜けるだけでも疲れ果てていただろうから、ゲームのステータスが反映されていて大助かりだ。


「それにしても、一文無しとはな……やはりガルドについたら、ギルドでゴブリンとハウンドの牙を換金するべきだな」


 歩きながらも俺とシェーンの会話は続いており、今はお金の話になっている。

 この世界では、銅貨や銀貨が貨幣として流通しているのだが、ATWの世界から着の身着のままでここに放り出された俺は、当然そんな硬貨は持っていない。

 悲しい話だが、シェーンの言うとおり今の俺は一文無しなのだ。


「そこで俺も冒険者になれるのか?」


「犯罪に手を染めて手配でもされてない限り、問題なく登録できると思うが」


 ファンタジーなRPGでは定番の冒険者ギルドが、この世界にもあるらしく、シェーンも冒険者なのだという。

 冒険者の仕事はギルドで受注する魔物の討伐などのクエストが中心のようで、実にテンプレな感じだ。


 とりあえず、街に着いたらギルドで冒険者の登録をしたいと俺は考えていた。話を聞く限り、無一文で何のツテも無いとなると、日雇いの肉体労働者か冒険者になるくらいしか金を稼ぐ術は無いらしい。

 ATWのステータスが反映されている今の俺なら、過酷な肉体労働もなんとかこなせそうだが、日雇いの肉体労働者なんて行く先が暗過ぎる。

 さすがに異世界に来ていきなりそれは辛過ぎるので、まずは冒険者としてやっていけるかどうか試してみたかった。


 何気なく横を見た俺は、少し離れたところに線路が走っていることに気づいた。一瞬スルーしかけた俺だったが、中世ファンタジーっぽい世界に鉄道!?


「線路があるってことは……鉄道が走っているのか!?」


「ああ、鉄道馬車の線路だな」


「馬車? 機関車とかじゃないのか?」


「機関車とはなんだ?」


「あー……いや、なんでもない」


 鉄道馬車……線路の上を馬車が通るのか? 別に馬車なら線路が無くても大丈夫なのに、わざわざ線路を使うなんて非効率そうだが。普通に走るよりもたくさんの荷物を運べるとか?

 しばらく見ていると、本当に線路の上を四頭立ての馬車が走っていった。大きな客車か貨車をひいていたので、やはり普通の馬車よりも運搬能力が高いようだ。


 ここに来るまでのシェーンとの会話で、この世界では魔法やそれを使った道具があることを知った俺としては、失礼ながらフィクションでよくある中世くらいの文明レベルを想像していたのだが、馬車とはいえ鉄道を走らせている辺りもっと進んでいるのかもしれない。


「クルト、見えてきたぞ」


「あそこがそうか」


 城塞都市というだけあって、ガルドの街は周囲をぐるりと城壁に囲まれているようだった。いくつか出入り口があるようだが、とりあえず今歩いている街道に繋がる入口へと向かう。


 城壁の入口には詰め所があり、そこで立派な鎧を着て長剣を携えた衛兵たちが街に入る人々を取り調べていた。見ていると身分証らしきものを提示した人はほぼノーチェックで通されている。


「次だ」


 少し待っていると、俺とシェーンの番になった。


「やあ、シェーンじゃないか。依頼はうまくいったのかい?」

「無事にな」


 若い衛兵が気さくに声をかけたが、シェーンの返事は実に簡素だ。それでも相手は気分を害した様子は無いので、いつものことなのだろう。

 シェーンは衛兵に冒険者に発行されるギルドカードを提示すると、問題なく通されたから、次は俺の番だ。


「身分証は?」


「持っていません」


「名前と街に入る理由は?」


「名前はクルトです。冒険者の登録のために来ました」


 よどみなく答えたが、衛兵はじろじろと俺のことを見て来た。別にそこまで怪しいところは無いと思うのだが……。


 今更になるが、ATWでの俺は黒髪の青年だ。小柄だと大きな兵器の扱いが大変なので、現実の俺よりも長身で一八〇センチくらいはある。

 せっかく容姿も自由に設定できるアバターなのに不細工にする理由はなかったため、そこそこのイケメンにしてある。純粋な日本人というよりは、ちょっと彫りの深い顔立ちでハーフっぽい感じ。個人的に気に入っているのは、鷹のように鋭い目。


 筋肉ムキムキのマッチョマンはあまり好みではなかったため、筋骨隆々というよりは精悍な体つき。引き締まった体は、防弾繊維が織り込まれた漆黒のロングコートで包んでいる。

 ズボンやブーツも黒だから、全身黒尽くめ。これでサングラスもかけたら完璧だな……って、よく考えたらゲームのキャラとしてはクールでかっこいいと俺は思っていたが、現実でいたらすっげー怪しいじゃん!?


「……お前、魔法使いか?」


 焦っていたら、そう尋ねられた。シェーンにも言われたが、俺ってそんなに魔法使いに見えるのか?


 この世界の魔法使いがどんな風体なのか知らないが、魔法使いってローブを羽織っているのがデフォルトっぽいから、ロングコートの俺もそう見えるのかも。それに冒険者になりたいと言っているのに剣とか槍とか、目に見える武器を持っていないから、余計にそう感じたのかもしれない。

 一応ロングコートの前を留めていたので、その下の大量のポーチが付いたベストやごてごてとした腰周りは見れないようにしていたから、少しは怪しさが軽減できていると思うが。


「いえ、違います」


「ふぅん……まあ、あのシェーンの連れだからな、通してやる。入城税は小銀貨二枚だ」


 なんと、この物言いを聞く限りシェーンは衛兵に信頼されているか、あるいはコネでもあるらしい。逆にとんでもない問題人物で、係わり合いになりたくないから俺を素通りさせようとしているとかじゃないよな……最初に気さくに挨拶していたから、それは無いか。


「どうぞ」


 俺はあらかじめシェーンから渡されていた小さな銀貨を二枚、衛兵に手渡す。


 俺が今いるランバート王国内で流通している貨幣は、オーソドックスに銅貨、銀貨、金貨の三種類。通貨の単位は、ウェルという。


 小銅貨が一ウェル、中銅貨が一〇ウェル、大銅貨が一〇〇ウェル。

 小銀貨が一〇〇〇ウェル、大銀貨が一万ウェル。

 金貨が一〇万ウェル。


 以上がシェーンから聞き出した各硬貨の価値。それぞれサイズとデザインが異なっており、特に中銅貨は真ん中に穴が開いているのが特徴だとか。


「よし、行っていい」

「ありがとうございます」


 俺は衛兵に礼を言ってから、城壁の門を通り抜けた。


「シェーンのおかげで、無事に入れたよ」


「ここまで来て入城税が払えないから入れませんでは、何のために連れて来たのかわからないからな」


 俺が一銭も持っていないと知ったシェーンは、身分証などを持っていないと入口で税を払わなければならないことを教えた後、そのお金を俺に貸してくれたのだ。あくまで貸しということだが、それでもつい数時間前に出会ったばかりの相手にお金を貸してくれる辺り、本当に親切だ。


 ただ、やはりシェーンには申し訳ないので、俺は早く冒険者ギルドに行って借りたお金を返さなければと思った。

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