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三話

「大丈夫か?」


 俺の横に立ち、そう声をかけてきたのは、鎧を着て長剣を提げた女だった。


 鎧といっても重厚な甲冑ではなく、いくつもの小さな金属の輪が鎖のように編まれた鎧だ。胸や胴などはさらに金属板で守られているが、胸から腰にかけての優美な女性的曲線は隠し切れていない。全体的にスレンダーな体つきをしているが、膨らむべきどころはしっかりと膨らんでいる。

 視線をさらに上に動かせば、女性的な細い喉首と引き締められた口元、強い意志を感じさせる光をたたえた青い瞳、木漏れ日を受けて鮮やかに輝く長い金髪が目に入る。


 そのまんま過ぎるかもしれないが、まさに本物の女剣士だと俺は思った。さらに言うなら、ハリウッド女優ばりの美人。

 金髪はいささかぞんざいに後ろで束ねられていたが、それすらも毅然とした彼女の品格を高めているように感じられるくらいだ。


「怪我はないか?」


 直前までの窮地も忘れて女剣士に見とれていた俺は、その声でようやく我に返った。


「あ、あぁ……たぶん大丈夫だ」


 犬に噛みつかれた左腕を確認する。牙はコートの袖を貫通していたが、その下の皮膚には傷一つ無い。

 俺は、シールドマシンが機能していて助かったと思った。


 シールドマシンは、その名の通りシールドを発生させる装置。見た目は一昔前の携帯電話のようで、胸や腰に身につけていると、常時不可視のシールドを発生させ装備者を守る。トンネル工事に使われる大型の機械と同じ名前だが、このようにまったくの別物だ。


 VRゲームが登場してから、特に戦闘系のジャンルで問題となったのがダメージの表現方法。

 それまでのFPSでは画面の中の生身のキャラクターが何発撃たれても、体力が尽きない限りは死亡とならず、物陰で休んでいたり回復アイテムを使用すればすぐに銃撃戦に復帰できた。

 しかし、VRゲームでそれをするとリアリティが無さ過ぎる。だからといって、現実のように銃弾一発でいちいち瀕死になっていたのでは、ゲームの娯楽性を著しく損ねる。


 というわけでATWに導入された設定が、このシールドマシン。これを装備していれば撃たれてもシールドが守ってくれるため、即ゲームオーバーの繰り返しを避けることができた。

 俺は莫大なクレジットを支払って最高性能のシールドマシンを装備しているから、たとえ即死レベルの攻撃を受けても一度は防ぐことができる。ただ、衝撃はある程度通るし、シールドが再展開されるまでの間にまた攻撃を受ければそれは普通に通ってしまうので、過信は禁物。


 今回の場合、犬の牙は防いだがそれでも締めつける力は通ったので、結構な危険を感じた。しかし、シールド自体は大したダメージを受けておらず、視界の隅に表示される耐久値はすでに最大まで回復している。

 それにしても、下手したら左腕を噛み砕かれていたかもしれないので、本当にシールドマシンが機能していてよかった。


「それはよかった。危ないところだったな」


 俺が二匹目の犬に噛みつかれる寸前、横合いから飛び出してきたこの女剣士が一撃で犬の首を跳ね飛ばし、俺を助けてくれたのだ。

 今考えればシールドマシンは機能していたからシールドではじかれていたとは思うが、それでも危ないところを助けてくれたことに変わりはない。


「本当にその通りだ、助けてくれてありがとう」


「気にするな、たまたま通りがかっただけだ」


 女剣士はなんでもないことのように言った。なんとなくあれくらいは朝飯前という感じだったので、本当に大したことだとは思っていないようだ。


「それにしても、ずいぶんと軽装だな、お前は魔法使いなのか?」


 ま、魔法使い? 魔法使いってアレか、なんか箒で空を飛んで杖を使って魔法を使う人のことか?

 まさか女性と経験をもっていないで、三十路に突入するとなれるという意味での魔法使いじゃないよな。俺は今二五歳だから、そういう意味でも魔法使いじゃないし。


「いや、俺は魔法使いじゃない」


「そうなのか?」


 女剣士は意外だという顔をしている。というか、本当に魔法使いってなんだよ?

 ATWは銃と火薬の世界だ。剣と魔法の世界じゃあるまいし……いやでも待てよ、いきなり現れたゴブリンに女剣士なんていう要素は、ファンタジーそのままだぞ?


「その、申し訳無いんだが、事故に巻き込まれてここに放り出されてしまって……ここはどこなんだ?」


「事故に巻き込まれた? ここは北の森だが?」


 どこから見て北の森なんだよ!?


「ええと、一番近くの街は?」


「開拓村ならいくつかあるが、街となると城塞都市ガルドだな」


 聞いたこともない……開拓村とか城塞都市とか、中世かよ。


「ここはどこの国? あ、いや、どこの大陸だ?」


「ここはランバート王国内だぞ。大陸は大陸だろう?」


 俺が質問をすればするほど、女剣士が怪訝そうにする。


 王国って……ATWはどこの大陸や国を舞台にしているかは明確にしていないが、第三次世界大戦後の荒廃したアメリカだろうという推測はされている。ランバート王国なんて聞いたこともない。


 運営にも連絡がつかず、ログアウトもできないとわかった時から嫌な予感はしていたが……俺は、VRゲームが普及する前からライトノベルなどの題材になっていたネタを思い出す。


 それは、VRゲームの世界に転移あるいは召喚されてしまうというもの。大体はRPGなどで、中世ファンタジーな異世界に飛ばされてしまうことが多い。

 今の俺の現状は、まさにその手の話の序盤だ。普通なら笑い飛ばすところだが、実際に当事者となった俺としては笑うどころではない。どんなにありえないと思えることでも、自分の身に起きたことなのだから、真剣に考える必要がある。


「本当にこのあたりのことを何も知らないのか……事故に巻き込まれたと言っていたな、どういうことだ?」


 う、なんか女剣士の視線が鋭くなった気がする。これはもう間違いなく怪しまれているな。


「人を離れた場所に呼び出す魔法を知らないか? 俺はその魔法に失敗して、こんなところに放り出されたんだよ」


「確かに古代の魔法にそういったものがあったようだが……しかし、それは神話時代の失われた魔法だ。お前はそんな魔法を使えるというのか?」


「俺自身はそんな魔法は使えない。そういう魔法を使える道具があって、それを使ったら事故が起きて気がついたらここにいたんだ」


 俺の話を聞いて、女剣士は眉をひそめている。俺ですら自分の身に起きたことが信じられないのに、それを他人が信じてくれるかというと、甚だ怪しいもんな。


「……わかった、訳ありというわけか」


 女剣士は、そういう納得の仕方をしたようだ。これ以上言っても信じてもらえなさそうなので、この話は一旦終わりにしよう。

 俺が黙っていると、なにやら女剣士は俺を見ながら考え込んでいる。ややあってから、彼女は口を開いた。


「……お前は見知らぬ危険な土地に着の身着のままで放り出され、困っているのだな?」


「はい、その通りです……」


 そう言われると情けない話だが、森の中で遭難しているのは間違いないので、素直に頷いた。


「わかった……はっきり言ってお前は怪しいことこの上ないが、右も左もわからないお前を魔物が徘徊するこの森に置き捨てるのは寝覚めが悪い。私は依頼を終えてガルドに戻るところだったから、連れていってやってもいいぞ」


 俺はちょっと以上に感動した。どこの馬の骨ともわからない俺を、街まで連れて行ってくれるというのだ。面と向かって怪しいと言われてしまったが、この女剣士の率直な態度に俺は好感を覚えた。


「ありがとう、本当に助かる!」


「礼は無事にガルドにたどり着いてからにしてくれ。私はシェーン、お前は?」


 そこで俺は迷った。現実世界の俺は、二五歳のしがない日本人サラリーマン。だが、今はATWにおける俺の分身であるアバターの姿。

 さっきから聞いている名前は、外国のそれだ。となれば、日本人の本名を出せば余計に怪しさが増しそうだ。ここは、アバターの名前を言っておいた方が無難だろう。


「俺は、クルトだ」

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