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二話

「気合を入れたのはよかったけど、どっちに行けばいいんだ……?」


 拳銃片手に森に一歩踏み出したまではよかったが、そこから先どう進めばいいかさっぱりわからなかった。

 前後左右すべてが木、木、木……うっそうと茂った樹木が、昼間でも陽光を遮り薄暗くさせている。なんだか、どこに行っても同じような気がする。


「とりあえず、進んでみるか」


 この手のゲームには大体一度探索した場所の地図を自動で作成してくれる機能が備わっており、ATWにも標準でオートマッピング機能がある。だから、森の中で方向を見失い、延々と同じ場所を堂々巡りする危険はない。

 となれば、この辺りをうろつくよりも前に進んだほうがいいだろう。


 ワルサーP38を手にしたまま、ゆっくりと腐葉土を踏みしめながら歩き出す。歩きながら、俺はここに来てからいくつかあった違和感の一つに気づいた。


 匂いだ。VRゲームで再現されている五感は限定的なもので、特に嗅覚や味覚はほんの少ししか感じられないようになっている。

 ATWでもその点は変わっていないはずなのだが、湿った土や草花から立ち上るなんともいえない匂いが、リアルに感じられるのだ。


「テストも兼ねた隠しエリアなのか……?」


 新しく配信されたエリアでは、先行的に新要素の導入が行われている場合がある。この隠しエリアは、そういった実験的な面もあるのかもしれない。


 しばらく進むと、前方から物音が聞こてきた。俺は素早く屈み、木陰に隠れる。

 そして、茂みをかき分けながら、そいつは現れた。


「……!?」


 俺は驚き、息を呑んだ。茂みから出てきたそいつが、実に異質な存在だったからだ。


 吹き出物だらけの緑色の皮膚、禿げた頭に不釣合いなほど大きい耳、薄汚れた腰布に粗野な棍棒……RPGで何度もお目にかかった、あのゴブリンが目の前に現れたのだ!


 いや、ゴブリン自体はファンタジー系のVRゲームで何度も目にしているから、そこに驚いたわけじゃない。

 俺が驚いた理由は、このATWの世界でゴブリンが現れたことだった。


 ATWでは生物化学兵器の汚染により誕生したミュータント系のモンスターが登場する設定になっているが、さすがにこんなファンタジー定番のゴブリンなんかが登場したことはない。

 うーん……ここは、そういうエリアなのか?


 茂みから出てきたゴブリンは左右を見渡してどちらへ行こうか考えている様子だった。少し経っても別のゴブリンが現れる様子は無いので、どうやら単独行動中らしい。

 もっとよく見ようと少し身を乗り出したのがまずかった。足元に落ちていた小枝がパキッと音を立てて折れ、その音は静かな森の中では実によく響いた。


「……!」


 音に気づきこちらを見たゴブリンとばっちり目が合ってしまった。一瞬の見つめあいの後、なんともいえない奇怪な叫びとともに棍棒を振り上げて襲い掛かってくる!


 俺は片膝をついた状態で、ワルサーP38を構える。子供と同じくらいの背丈しかないくせに威勢よく突っ込んでくるゴブリンの頭に瞬時に狙いをつけ、引き金を引く。

 乾いた銃声が鳴って、大きくカットされたスライドの排莢口から、空薬莢が勢いよく左側にはじき出される。


 P38から放たれた九ミリ・パラベラム弾は狙い違わずゴブリンの眉間を撃ち抜いた。額の中央に赤黒い穴が開き、後頭部からは弾丸とともに引きずり出された中身が飛び散る。

 ゴブリンは棍棒を振り上げた姿勢のまま、後ろに倒れた。腐葉土の上にどす黒い血が滴っていく。


「えっ……!?」


 そして、その光景を見た俺は驚いた。ゴブリンを撃ち殺したことにではなく、血が出ていることにだ。


 ATWでは、というかVRゲームでは流血表現に厳しい制限がかかっている。砲弾で吹き飛ばされたバラバラ死体やミュータントに食い荒らされた死体なんかもリアルに再現してしまったのでは、プレイヤーのトラウマになってしまうからだ。

 だから、法律でグロテスクな描写は禁止されており、国の審査があるくらいだ。それなのに、目の前のゴブリンを撃ったら、派手に血が飛び散ったのだ。血どころか、なんだか肉片や頭の中身まで出ているように見える……映画では見慣れたつもりだったが、こんなにリアルだとやはり気色悪い。


「これは、さすがに何かのミスか……とりあえず、運営に連絡しよう」


 動揺した俺は、すぐに運営に連絡を取ろうとした。別に俺はスプラッタ好きじゃないし、こんなことが公になれば即刻ATWのサーバーは強制停止させられてしまうこと間違いなしだからだ。

 いくら飽きがきていたゲームとはいえ、ここまでやり込んだソフトの終わりがそれではあんまりだと思った。


「ってなんで運営への連絡が消えているんだよ!?」


 俺の視界の中、中空に浮かぶメニューの中から、いつの間にか運営への連絡画面が消えていたのだ。

 メニューの操作は開きたいと思ったらその項目が開くし、拡大や縮小も直感的に操作できるようになっている。本来なら運営への連絡画面を開こうと思えば即座に繋がるはずなのに、一向に表示されない。


「こうなったらログアウトして……!?」


 せっかくの隠しエリアだが、この異常事態に直面した今となってはそれどころではない。一旦ログアウトし現実に戻ってから、直接運営会社のサポートに電話連絡しようと思ったのだが、今度はログアウトもできない!


 焦ってメニュー画面をめちゃくちゃに動かすが、運営への連絡もログアウトも一向にできない。思いつき、今度はゲーム内のフレンドに連絡しようとしたが、これも失敗。掲示板などにもアクセスできず、コミュニケーション関係のツールは全滅だった。


「ログアウトもできないって、それじゃあ俺はどうやって現実に戻ればいいんだよ!?」


 答えてくれる者は誰もいないとわかっていても、俺はそう叫ばずにはいられなかった――いや、答えの代わりに不気味な唸り声が返ってきた。


「うわっ!?」


 俺の叫びに応じるように突如聞こえてきた唸り声の方を見た俺は、さらに驚いた。シェパードのような大型犬が牙をむき出しにして俺目掛けて一直線に飛び掛ってきていたからだ!


「いってぇ!?」


 咄嗟に頭をかばうように左腕を掲げたのだが、その左腕にもろに噛みつかれた。黒いコートに牙が食い込み、噛まれた部分がぎりぎりと締めつけられる。このままじゃ骨を噛み砕かれる!


「クソが死ねっ!」


 思わず汚い言葉を吐きながら、左腕に噛みついたまま俺を引きずり倒そうとしている犬の首に銃口を突きつけ、何度も引き金を引く。

 銃声が響く度にまるで雷に打たれたかのように犬の体が震え、首筋から血と肉片が飛び散る。噛みついている力が急速に弱り、やがて牙が俺の左腕から放れ、犬は俺の足元に倒れ伏した。


 死んだ――そう思い、安心しかけた俺だったが、また聞こえた唸り声でその気持ちは吹っ飛んだ。


「嘘だろ!?」


 もう一匹、同じような犬がまたしても俺を狙って突撃中だった。俺はすぐに銃口を向けるが、そこで凍りつく。

 P38のスライドが後退したままロックされていたからだ――ホールドオープンという、自動拳銃の弾切れを示す状態。


 即座に我に返り、グリップの底にあるマガジンリリース・ボタンを押し、空の弾倉をグリップから引き抜く。続けてマガジンポーチから新しい弾倉を取り出し、それを装填しようとするが、その時には最後の跳躍を終えた犬が大口を開けて飛び掛ってきていた。


 やられる――眼前に迫った鋭い犬歯を見た俺はそう思ったが、そうはならなかった。鋭い風切り音がしたかと思うと、犬の頭が真横に飛んでいってしまったのだ。

 頭が消えた犬の体が、跳躍の勢いそのままに俺にぶつかり、俺はひっくり返って尻餅をついた。


 尻餅をついたまま、俺が呆然と横を見ると、何か鋭利なもので切り落とされ地面に転がっている犬の頭を見てしまった。慌てて首無し犬の体を押しのけ、立ち上がる。

 そして、誰かが俺の横に立った。俺がそちらを見る前に、その誰かは声をかけてきた。


「大丈夫か?」


 凛とした女の声だった。

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