二五話
「右の奴は俺が撃つ!」
「左は私が!」
森の中で、俺とシェーンの声が飛び交う。それにかぶさるように野太い獣の咆哮があがる。
「死ね熊公っ!」
叫び、BARをフルオートで撃ちまくる。若木をなぎ倒しながら俺に襲いかかろうとしていた馬鹿でかい熊の両足に口径七・六二ミリの30-06弾が次々と突き刺さる。
苦痛の叫びとともに足をもつれさせて倒れた熊の頭目掛けて、連射を続ける。
人間のそれよりもずっと頑丈な熊の頭骨も30-06弾の立て続けの着弾には耐えられなかったらしく、頭を撃ち砕かれた熊が断末魔の痙攣を始めた。
「せっ!」
鋭い爪の生え揃った豪腕を振るい、一瞬前までシェーンが立っていた場所に生えていた木をへし折った熊に対し、シェーンはすれ違いざまに刃を閃かせていた。
木を叩き折った熊は振り返ろうとしたが、次の瞬間には首筋から大量の鮮血が噴き出てよろめく。半分以上切り裂かれた首を手で押さえながら熊は後ろに倒れ、起き上がることもできずにもがいている。
「とどめは俺が」
俺はBARの弾倉の中に残っていた弾を使って、その熊にとどめを刺した。
すぐに空になった弾倉を捨て、ポーチから取り出した新しい弾倉を銃にはめ込む。装填完了。
「これで全部だよな?」
「ああ」
周囲に倒れている熊が、全て死んでいることを確認して、ようやく一息つく。
「しかし、すごい迫力だったな」
立ち上がると俺よりも背の高い大物の熊が複数襲い掛かってくるというのは、迫力満点だった。問題はこれがアトラクションではないということで、おかげで俺は軽機関銃を撃ちまくる羽目になってしまった。
「ワイルドベアーは三級の中でも強敵だからな」
この世界の魔物はシンプルな名前で結構だ。まあ、本当はもっとかっこいい名前なのかもしれないが、自動翻訳は単純な名前を俺に伝えてくれる。日本語と英語がちゃんぽんになって訳されるのはどうかと思うけど。
ワイルドベアーは、でっかい熊の魔物だ。分厚い毛皮に覆われた巨体はちょっとやそっとの攻撃ではまったく怯まず、鋭い爪の生えた豪腕で人間を軽々と八つ裂きにしてしまう凶暴な魔物。
とはいえ、何かの魔法を使ってくるわけでもないし、所詮は獣で知能もそれ相応だ。三級以上の冒険者はこいつぐらいは倒せないといけないらしい。
「これで俺もランクアップできるかな?」
「討伐系の依頼をかなりこなしているし、ワイルドベアーの群れを倒したんだ。今回でランクアップできればいいと私も思うよ」
「よし、さっさと討伐証明を取って帰ろう!」
早く三級にランクアップしてシェーンと並びたかった俺は、周囲を警戒しつつも急いでワイルドベアーの討伐部位を集め始めた。
「おめでとう、これでクルトも三級にランクアップよ」
俺たちの予想通り、ワイルドベアーの群れを倒したことが決め手となったようで、俺の三級への昇格がフランから告げられた。
結局、クレアの専属護衛の件は丁重に断り、ちょっと休息を取ってからまた冒険者ギルドでせっせと依頼を受けていたのだが、おかげでようやく俺も三級にランクアップできたわけだ。
ちなみに護衛の話が出た日以降、尾行はされていない。監視されている気配も無いらしいので、商会絡みの陰謀からは逃れたのだろう……たぶん。
まあ、このまま様子を見て何事も無ければ、またクレアの商会を利用したいとは思っている。俺たちに恩のあるクレアを通してなら、異世界の道具なんかもうまく売れるかもしれないからだ。
「ようやく三級か」
「ようやくなんて言うけれど、最短コースでランクアップしてるのよ。ここから先は、普通なら今まで以上の時間がかかるんだから」
まあ、一流扱いになる二級への昇格ともなれば、実力だけじゃなくてもっといろいろな経験とかも求められるんだろうな。
今まではただ単にこの魔物を討伐しろとかあの薬草を採集しろとかの単純な依頼を繰り返すだけで昇格できたが、これからは隊商の護衛や盗賊の撃退なんかの依頼もこなしていく必要があるらしい。
そういえば、二級と準二級ってどのくらいの違いがあるんだろう?
「それにしても、あの音の原因ってやっぱりクルトだったのね」
ガーゴイルの襲撃の時に俺の武器は大きな音を出すと伝えたから、ちょっと前に噂になっていた謎の音の原因が俺だとわかったのだ。
冒険者ギルドに銃声の調査なんかされても面倒になるだけだったので、これくらいは仕方ないと思っているが。
「やっぱりって?」
「私が音の話をした途端、二人とも急にダンジョンに行くんだもの。それに音の報告があった場所と、あなたたちが依頼で向かった場所が重なってたし。ま、別にそのことを報告なんてしなかったけど」
確かにいつも俺たちの依頼の受付をしてくれるフランなら、そういうことに気づいてしまうよな。フランがシェーンの親友でよかった。
別にいつかは明かすつもりだったから先に報告されてもよかったが、一応自分から申告した方がギルドからの印象はいいはずだし。
「まあ、あまり詳しいことは話したくないみたいだから、武器のこと別に教えてくれなくてもいいわよ。それくらいで怒るような器の小さい女じゃないし」
よかった、一応仲のいいフランにも隠していたわけだが、怒ってはいないらしい。冒険者なんてみんないろいろと秘密を抱えているものよ、とも言ってくれた。
「あなたも腕はよくなったんだし、そのうち準二級にランクアップするんじゃないかしら?」
「そうか、私もランクアップできるのなら嬉しいが」
俺と違ってシェーンは、あまり冒険者のランクにこだわってなさそうだったが、やはり上がった方が嬉しいらしい。
「二人ともまだしばらくはここで冒険者を続けるつもりなのかしら?」
それなりの実力はあると評価される三級にランクアップした冒険者は、刺激を求め地元を離れて王都に行ったり、あるいはもっと強い魔物を求めて辺境に行ったりする者も多いらしいから、俺たちにそんなことを聞いてきたのだろう。
「私はクルト次第だな」
「うーん……他のところに行くのも面白いかもしれないけど、とりあえずはまだここで活動を続けたいとは思っているな」
そういえば、三級にランクアップしてから具体的にどうするかはまだ決めていなかった。またシェーンと話し合わないといけないな。
「そう、ならこれからもひいきにしてね。二人にはギルドも期待しているんだから」
「期待に応えられるよう頑張るさ」
そんな会話を交わしてから、冒険者ギルドを出る。そろそろ夕方だ。斜陽がガルドの街並みを赤く照らし始めている。
「さっきフランにも聞かれたけど、これからどうするか何か目標を決めておいた方がいいよな」
以前シェーンに聞かれたことがあるので、今度は先に自分から振って決めておこうと思い、横を歩くシェーンに話しかける。
「そうだな。私は先程も言った通り、クルト次第だが」
「一緒に組んでいるんだし、俺はシェーンの希望もかなえたいところなんだけど……何か無いのか?」
確かに俺はシェーンの恩人だが、彼女には彼女の人生がある。何かしたいことがあるなら、聞いておきたかった。
「ふむ……あるにはあるが、大したことではない」
「それでも聞かせて欲しいな」
「今使っているものよりも、いい剣が欲しくてな……これもそれなりだが、欲を言えば魔剣がいいと思っている」
シェーンの長剣は、多少乱暴に扱ってもいいようにいわゆるエンチャントがかけられていて、切れ味もただの剣と比べてかなり鋭くなっている。
しかし業物というわけではないらしく、彼女の実力を発揮するためにはもっといい剣が必要らしい。
たとえ刃こぼれしても魔力を流して簡単に自己修復できたり、同じく使い手の魔力次第で一時的に切れ味を鋭くしたりできる魔法の剣が世の中にはあるらしく、シェーンはそういった魔剣が欲しいようだ。
ただし、そういった魔剣は高価で上を見れば金貨が何十枚何百枚と必要になるので、もっと稼ぎを大きくしないと手に入れるのは難しいらしく、今すぐどうこうという話ではないとのこと。
一応この間ダンジョンで見つけた短剣は、護衛を断った時についでにクレアの商会で買い取りに出したのだが、金貨五枚で売れてびっくりした。ひょっとしたらクレアが色をつけてくれたのかもしれないが、ぼろ儲けである。
他にもガーゴイルの襲撃を退けたお礼として鉄道馬車の御者からもそれなりの報酬をもらっているし、最近は冒険者の依頼でもそこそこ稼いでいるから、懐は暖かい。
それでも魔剣を買うほどの余裕は無いから、もっと大きな依頼を受けて大きく稼ぐか、またダンジョンでお宝を狙ってみたりしないと、シェーンの希望はかなえられないだろう。
やっぱりクレアに異世界の物品を売る話を早めたほうがいいだろうか。難しいところだ。
「クルトは何か無いのか?」
「俺は家を借りたいと思っているな」
「家を?」
「ああ、宿代も馬鹿にならないし、それに……」
夕日が傾いていく中、俺は歩き続けながらシェーンに自分の考えを伝えた。




