二三話
「しかし、俺たちが助けたのが大商会の女会長とはね……」
ガルドの表通りをシェーンと一緒に歩きながら、俺はそうつぶやいた。
「まさかブラウン商会のクレア会長だとは、私も思わなかったな」
ガーゴイルに襲われた二台の馬車で唯一生き残った女性――クレアが、この国でも有数の大商会のトップと知った時はシェーンもかなり驚いていた。
ガーゴイルを全て倒し彼女と少し話をした後、馬車の様子を確認したがやはり生存者はいなかった。馬もやられてしまっていたので、引き返した鉄道馬車が応援を呼んで来るまでの間、何があったのか話を聞く中でクレアの身分を知ったのだ。
「お礼がしたいから来てくれってことだけど、なんか嫌な感じだなぁ」
「どうしてだ?」
「あのガーゴイルって普通はあんなところに出ない魔物だったんだろ? しかも襲われたのは大商会の女会長……いかにも何かありそうな感じだ。俺の世界の物語だったら、こういう状況だとこのまま陰謀に巻き込まれたりするのが定番の一つだったからさ」
ブラウン商会はクレアの両親が起こした商会で、冒険者相手にダンジョンで見つけた物品の買取を行うことで成り上がったらしい。
商売のことはよくわからないが、各地の宿場町にあった買取専門店を買収して支店とした後、王都で鑑定スキルを磨かせたスタッフを派遣したりすることで急激に規模を大きくしていったとか。
それまでは個人経営の店が多く店主の鑑定能力にもばらつきがあったのが、ブラウン商会の支店となった後は鑑定能力の水準が高くなり、常に適正価格で買取をしてもらえるようになった冒険者たちに大受けして急成長したとのこと。
まさに新進気鋭の新興商会だが、こういうのって敵が多そうなイメージがある。一年前にクレアの両親は不慮の事故とやらで亡くなっているというのだから、ますます怪しい。
幸い両親の跡を継いだクレアは、両親からしっかりと商才も受け継いでいたらしく、経営は順風満帆。ますます支店の数を増やし、ダンジョンに潜る冒険者だけでなく一般の人々にもよく知られるまでになっているらしいが。
「あのガーゴイルの襲撃は偶然ではなく、誰かによって引き起こされたと?」
「まあ、物語の読み過ぎかもしれないから、そこまで気にしなくてもいいよ」
異世界に転移することになった俺としては、フィクションのお約束なんかも笑い飛ばせなくなってしまったから気にしているのだが、普通に考えたら被害妄想もいいところだろう。
よし、ここはお気楽に考えよう。
たまたまピンチを救った相手は、なんと大金持ちの女社長。ドラマだったらこのまま逆玉の輿を狙えるところだ。
さすがにそれは行き過ぎだが、ブラウン商会は大手の買取店なのだからこの間ダンジョンで見つけた高そうな短剣の鑑定と買取をお願いできるだろう。
命の恩人なのだから、ちょっと色をつけて買い取ってくれるかもしれないし、大商会のトップに恩があれば何かと得することも……こういう俗物って、フィクションだと大抵ひどい目に遭うよな。下心満載の思考はここでストップだ。
「あそこがブラウン商会のガルド支店だ」
俺たちの視線の先には、石造りの大きくて立派な二階建ての支店があった。
お金に余裕のある建物は白い石材を使っているのが定番らしいが、この支店は普通の石材を使っている。冒険者を相手に商売をしているから、質実剛健を心がけているのだろうか。
「へぇ……」
店の中は、ディスカウントショップみたいだった。冒険者向けの店らしく、武器や防具が整然と並んでいる。他にも魔法の道具らしいアイテムや冒険者がよく使う雑貨などがたっぷりと置かれていた。
商会が大きくなった今では、いろいろな品物を幅広く売っているということだったが、確かに品数の多さはすごい。見ていて面白いので、今度は普通に客として来てみたいな。
「奥には富裕層向けの別館もある。そこはガルド周辺のダンジョンで発見された高価な魔法の武具や宝飾品を並べているな」
「こっちは一般の冒険者向けってことか」
シェーンと話しながらカウンターへと足を進める。そこに立っていた男性の店員に声をかけ用件を伝えると、事前に話が伝わっていたらしくすぐに別の店員がやってきて、俺たちを二階へと案内してくれた。
二階は事務所になっているようで、そこの応接室へと俺たちは通された。
「お忙しい中お越しいただき、ありがとうございます」
そう言って出迎えたのは、栗色の長い髪を背中で緩く束ね、皺のないスーツを着こなした女性だった。
服装はいかにもビジネスウーマンという感じだが、薄いグリーンの瞳は優しげで、穏やかな雰囲気をまとっている――俺とシェーンがガーゴイルの襲撃から救ったブラウン商会の会長、クレアだ。
「いえいえ、特に予定があったわけでもないので……」
適当に受け答えしながら、クレアの言葉に従って座り心地のいい高そうなソファーに二人で腰を下ろした。
「先日は命を救っていただき、本当にありがとうございました……お二人には感謝しても仕切れません」
「どうかお気になさらず。クレアさんの方が大変だったと思いますし……」
深く頭を下げて心からお礼を言われると、むず痒くてうまく返せない。そうこうしているうちにお礼の話となり、彼女から謝礼金の額を聞いた俺は慌てた。
「き、金貨一〇枚も!?」
「命を救っていただいたお礼としては、少ないかもしれませんが……」
「私とクルトは謝礼が欲しくて助けたわけではないので……すでに謝礼なら鉄道馬車の御者からもらっています」
口調こそ丁寧だったが、なんかシェーンの態度って慇懃無礼のような……騎士道精神を重んじる真面目なシェーンとしては、見返りが欲しくて助けたわけじゃないということをはっきりとさせておきたいみたいだ。
「自分も彼女も怪我を負うこともなかったですし、そんな大金は……」
「私からのせめてもの気持ちなのですが……」
まさかそんな大金がぽんと出て来るとは思わなかった。どうしよう、無理に断るのも彼女の気持ちを無下にするみたいだし……ここは受け取ろうかなと思ったが、シェーンはまだ納得していなさそうだ。
「では、お二人を私の専属護衛として雇うというのはどうでしょう?」
どうしようかと思っていたら、そんな提案をされた。専属護衛って、要するにボディーガードのことだよな?
クレアはさらに詳しい話をしてくれたが、それは普通の冒険者にとっては夢のような話だった。給金は、月に金貨三枚。働き次第ではボーナスも出るし、昇給もあるそうだ。
冒険者なんていう仕事はとにかく安定しないので、ある程度経験をつんだ冒険者は商会の護衛や衛兵への転職を望むことが多い。荒っぽい仕事に変わりはなくても、安定した収入が保障されるからだ。
しかし、いくら命の恩人とはいえ、そんな好条件でぽんぽん雇うのはいろいろとまずくないか?
「私は三級、クルトは四級の冒険者です。その条件はいくらなんでも破格では?」
シェーンも俺と同じく怪しんだようで、早速突っ込んだ。
「お二人の実力はこの目で見ていますし、命を助けていただいたお二人なら信頼できます」
うーん、どうもクレアは本気のようだ。確かに安定した収入を得られるのは魅力だが、いきなり過ぎる。それになんだか彼女は焦っているような気がする。ここは即答は避けておくのが無難か。
「すみません、突然の話なのでそれについては二人で話し合ってから答えを出したいのですが……」
「あ、はい。もちろんです。こちらこそ急にこんな申し出をしてすみません」
どうやらクレアとの話は長くなりそうだ。




