二一話
こちらへ向かって来ているガーゴイルの数は、全部で六匹。高度は大体一〇メートルから二〇メートルの間を飛行中。
森に入る俺たちの姿は空から見えていたと思うのだが、目立つ鉄道馬車の方に気を取られているらしく、そちらへ向けて飛び続けている。
「それじゃ撃つぞ」
隣のシェーンに声をかけてから、俺たちが隠れている森の入口上空を横切ろうとしているガーゴイルの一群に、MP40のアイアンサイトを使って狙いをつける。
図体がでかいからか、ガーゴイルは鳥のように素早くは飛べないようで、まだ狙いがつけやすくて助かった。飛んでいるガーゴイルの前方を狙う。今までの経験と勘が頼りだ。
ここだ、と思ったところで引き金を引いた。甲高い銃声が連続する。放たれた九ミリ・パラベラム弾の群れが先頭を飛んでいたガーゴイルに襲い掛かる。
「クソッ、効果が薄い!」
間違いなく何発か命中したはずだが、撃たれたガーゴイルは空中でよろめいたものの、墜落はしなかった。こちらへ向き直ろうとしている。
それでもバランスを崩したガーゴイルへと、繰り返し短連射を浴びせた。結局、弾倉の中身を三分の二以上も消費してようやくそのガーゴイルを撃ち落とせた。運よく急所に当たった弾があったようだ。
「来るぞ!」
シェーンが警告する。一匹撃ち落としたはいいものの、残る五匹が一斉にこちらへ翼を翻していた。急いで俺は弾倉交換をする。
「撃ちまくって牽制する!」
「抜けた奴は私が落とす!」
隣で槍を構えたシェーンの返事を聞きながら、MP40を全自動で撃ちまくる。こちらへ向けて次々に急降下を開始したガーゴイル目掛けて弾丸をばら撒く。降下中のガーゴイルの体に数発の命中弾が生じると、ある程度の打撃は受けるらしく急降下からの攻撃を阻止できた。
それで三匹は撃退した。四匹目はすでに口を開け水を吐きつける攻撃をしようとしている。冷や汗が噴き出るのを感じながら、引き金を引く。連続する銃声、肩に伝わる反動。
運よく攻撃しようと開いた口の中に弾丸が飛び込み、ガーゴイルが空中でのたうった。引き上げが間に合わず、急降下の勢いそのままに大きな木に激突。
太い幹に頭から突っ込んだそいつの首はあらぬ方向に曲がっていてぴくりとも動かないので、首を折って死んだのだろう。
「せっ!」
俺が阻止できなかった五匹目は、シェーンが迎え撃った。今まさに水を吐き出そうとしていたガーゴイル目掛けて、凄まじい風切り音とともに槍が投げつけられる。
ドズッというなんとも重々しい音が、ここまで聞こえてきた。胸に槍を突き立てられたガーゴイルが地面に落下して叩きつけられる。どう見ても致命傷だ。
投擲用に重心が調整されている専用の投げ槍でもないのに、恐ろしく正確な一撃だった。しかもあの勢い。
シェーンは攻撃魔法の適正は無かったものの、身体能力などを向上させる補助魔法は秀でていて、そのおかげのようだが、魔法って本当にすごいな。もちろん近衛騎士団のエースになったくらいなのだから、彼女自身の戦いのセンスも素晴らしいというのもあると思うが。
「武器を変えるから、一旦下がる!」
感心してばかりいるわけにはいかないので、シェーンに声をかけてから一旦森の奥へ入り、木立に隠れる。
仲間を半分も殺されたガーゴイルは復讐の念に燃えているらしく、森の上空を旋回しながら俺たちを見つけ次第即攻撃しようとしているようだ。
「こいつならどうだ」
つぶやきながら、事前に決めておいた銃を選んでレンタルする。すぐに手元に転送した。俺の手の中に、一丁の機関銃が現れる。
現れたのは、天才銃器設計家のジョン・ブローニングが開発し、一九一七年にM1918オートマチックライフルとしてアメリカ軍に制式採用された機関銃だ。ブローニング・オートマチックライフルの略、BARという通称で知られている。
第一次世界大戦の頃、大きくて重い機関銃は陣地に据えつけて使うものだった。ところがこのBARは、歩兵と一緒に身軽に移動できて、最前線で前進しながら射撃できた。
しかし自動小銃としては重過ぎるし、機関銃としても装弾数が二〇発で連続射撃の性能が不足していたので、ちょっと中途半端な銃なのだが、頑丈で信頼性が高くアメリカ兵の間では人気があった。
俺がこの銃を選んだのは、口径七・六二ミリの強力な30-06スプリングフィールド弾を全自動で連射できて、なおかつライフルのように扱えるからだ。
結構な重量があるが、ゲームのステータスが反映されたこの体でなら、映画の中のアメリカ兵みたいに軽々と振り回すことができる。
「これで撃ってみる」
シェーンが俺の護衛についてくれたことを確認した後、見つからないように木陰を利用して再び森の入口まで戻った。あまり長く隠れ過ぎていると、諦めたガーゴイルが鉄道馬車の方を襲いかねないので、さっさと撃たなければならない。
都合よく森の入口を見張るように旋回していたガーゴイルがいたので、そいつを狙う。木の幹に銃と体を押しつけるようにして安定させたBARの銃口を空に向ける。引き金を引いた。
小銃や機関銃の弾は、拳銃弾と違って薬莢が長い。薬莢が長いと、その分多くの発射火薬が入れられる。火薬の量が多ければ、弾丸を飛ばすエネルギーも大きくなるので、威力が格段に上がる。
というわけで、一応拳銃弾でも撃墜できたガーゴイルは、BARの一連射を受けると殺虫剤を浴びせられた羽虫のように落下した。効果抜群だ。
「よし!」
銃声を聞きつけてのこのことやって来た残り二匹のガーゴイルも、BARの短連射を二回繰り返すことで、簡単に撃墜できた。野原や森の中に落下して動かなくなる。
「これでこっちに飛んで来たのは全部やっつけたな」
「馬車の様子を見に行こう」
BARの弾倉を交換した後、森を抜けて鉄道馬車まで戻った。ちょうど馬の位置を変え終わったところだったらしく、御者が声をかけてくる。
「あの魔物を全部撃退するなんて、あんたらすごいな!」
「まだ残っている。出発できるか?」
「ああ、もう大丈夫だ! 早く乗ってくれ!」
御者はそう急かしたが、シェーンはすぐには動かなかった。振り返った彼女は、俺に対して申し訳なさそうに口を開く。まあ、彼女の性格を考えれば何を言おうとしているかは大体わかる。
「クルト、私は……」
「わかってる。馬車の人を助けに行きたいんだろ?」
こちらに来た六匹は倒したものの、街道上で停車したままの二台の馬車の周辺には、まだ一〇匹以上のガーゴイルが飛び交っている。
それに対して、壊れた馬車に隠れながら戦っている人間の数は、最初に見た時よりも明らかに減っていた。俺たちがこのまま見捨てて逃げれば、全滅してしまうだろう。
「すまない、私のわがままだ」
「寝覚めが悪くなるのは嫌だもんな」
かっこつけたことを言っているが、ガーゴイルがBARで簡単に撃ち落とせるとわかったからだ。まだ一〇匹以上いるが、BARはMP40よりもずっと射程が長いので、距離をとって銃撃すればなんとかなるだろう。
そう考えて以前ひどい目に遭った気もするが、今回は最初からシェーンの援護だってある。ここは男の見せ所ってやつだ。
「ありがとう」
シェーンの嬉しそうな声を聞きながら、御者へと向き直る。
「俺たちは街道の馬車を助けに行くから、このまま逃げてくれ。そして応援を呼んで来て欲しい」
「……わかった、謝礼を渡さなきゃねらねぇんだ、死ぬなよ!」
映画で見たような熱いやりとりを交わした後、御者は馬に鞭を打って鉄道馬車を走り出させた。四頭立ての鉄道馬車は、見る間に遠ざかっていく。
「いきなりクライマックスになったな……」
本当に映画のラストバトル直前みたいなノリになってしまったが、大丈夫だろうか。まあ、なんとかなるだろう。というか、なんとかなってくれないと困る。
「時間が無い、行こう」
「了解」




