一九話
「これもゴミ、こっちもゴミ……」
ゴブリンが占拠していた広間に集められていたガラクタを漁っているが、出てくるのはゴミばかり。虫食いだらけの服、弦の切れた弓、大きくへこんだ盾……ろくなのが無い。
「どうだ、何かあったか?」
「全然駄目だな、ガラクタばっかりだよ」
薄汚れた食器の入った小箱を投げ出して、俺は答えた。
「これは……銀食器じゃないか?」
「えっ?」
俺が捨てた小箱を覗いたシェーンの言葉に慌てて見に行く。くすんだナイフやフォーク、スプーンなどの食器一式が納められているが……これが銀食器?
「やはり銀食器だな。くすんでいるが、売れると思うぞ」
食器を手にとってその重みを確認したシェーンが言う。
くすんでいようが銀は銀、結構な値段で売れるかもしれないと思うと嬉しかったが、同時に俺の見る目の無さにへこむ。シェーンに言われなければ放置していたに違いないからだ。俺にも鑑定スキルとかがあればよかったのにと思う。
「仕舞っておくよ。そっちは何かあったか?」
「いや、廃品ばかりだった」
銀食器をインベントリに仕舞った俺は、シェーンが探していた方を見る。壁際に置かれた木製の棚が目を引く。割れた陶器やぼろ布ぐらいしか入っていなかったようだが……ん?
「今何か光らなかったか?」
「私は気づかなかったが……」
注意して古びた棚を見ていると、また光った! 今度はしっかり確認したぞ。棚の後ろだ。
「どうしたんだ?」
急いで棚に駆け寄る俺をシェーンが不思議そうに見ている。やはり、あの光は俺にしか見えないようだ。
それもそのはず、この光はATWのシステムに由来するものだからだ。
クエストアイテムと同様に何かが隠されているオブジェクトや何らかのギミックがある場所も、リアルなVRゲームでは見つけ出すのが格段に難しくなった。
そこでATWでは、そういった場所を注視すると小さな光が瞬くようになっている。戦前の廃墟を探索する際、この光で何度隠しアイテムを見つけたことか……。
とにかく、クエストアイテムの強調表示と同様にこの仕様も生きているようだ。となれば、この棚の裏にはお宝があるに違いない!
「よし、動かすぞ」
薬草探しと同様、この棚の後ろに何かあると異世界の技術でわかったことをシェーンに説明し、早速棚を動かす。
シェーンに確認したところ、ダンジョンでは隠し部屋なんかもあるらしい。しかし、罠があったり魔物が潜んでいたりする場合もあるそうなので、俺が棚を動かしている間シェーンには危険が無いか見張ってもらうことにした。
「……本当にあったな」
シェーンが驚いたように言う。俺が動かした棚の後ろの岩壁には小さな穴が空いていて、そこにぽつんと木箱が置かれていたのだ。
四角い木箱の上部には半円状の蓋がついていて、ゲームのように赤や黄色で派手に塗られてはいなかったが、その形は宝箱そのもの。お宝発見だ!
「駄目だ、鍵がかかっている」
罠が仕掛けられていないかどうか確認した後、シェーンが木箱の蓋を開けようとしたがまさかの鍵つき。確かに正面に鍵穴があるが……鍵もこの階層に隠されているのか?
「どうやって開けるんだ?」
「シーフがいれば開けられるんだが……今の私たちではどうしようもないな」
基本的にダンジョンで見つかる鍵のかかった宝箱は、鍵が無いのでシーフに解錠してもらうしかないらしい。
シーフは盗賊とか泥棒とかいう意味だが、冒険者の間では隠密行動に長けていて、鍵開けや罠の解除といった技能を持つ者を指すそうだ。
ダンジョンの探索では大活躍できるのに数が少ないせいで、ダンジョン潜りをメインにしているパーティーやチームの間で熾烈な争奪戦になっているとか。
鍵が開けられないないなら宝箱自体を壊せばいいじゃん、と野蛮な考え方をしたが特殊な魔法障壁がかけられているので破壊は不可能とのこと。
それならダンジョンから持ち出せば……これも魔法の力で固定されていて、絶対に動かすことができないという。試しに引っ張ってみたが本当にびくともしなかった。
ならばインベントリにと思ったが、これも無理……俺のゲームシステムすら通用しないとは、ダンジョンの宝箱のセキュリティは凄過ぎるだろ。この世界に来てから生き物なんかを除いて初めてインベントリに仕舞えない物に遭遇したぞ。
「せっかく宝箱を見つけたのに、開けられないなんて……」
「私も残念だ……しかし、諦めるしかないだろう」
ここまで来てお預けとは……シーフが大人気な理由が身にしみてわかった。こんな思いを一度でもしてしまったら、次は是が非でもシーフをつれてきてリベンジしたくなる。
「待てよ……?」
宝箱を諦めきれずになんとかして開けるか持ち帰る方法はないものか必死になって考えていた俺だが、こんな時ATWではどうしていたか思い出した。
すぐにブラックマーケットにアクセスして、あるアイテムを購入する。早速転送した。
白光とともに俺の手の中に現れたのは、携帯電話サイズの機械。表にはパネルがついていて、裏には大きな穴が開いている。
裏の大きな穴が鍵穴を覆うようにして、宝箱にセットした。どういう原理か知らないが、一度設置すれば手を離しても落ちることはない。
「それは何だ?」
「ピッキングツール……俺の世界の鍵を開けるための道具だ」
ATWで鍵のかかった部屋やコンテナを開ける時に使っていたアイテムだ。異世界の宝箱に通用するかどうかはわからないが、とにかく試してみる。
表のパネルに宝箱のそれとは違う鍵穴が映し出される。鍵穴にさした鍵を回転させて開けるもっとも一般的なシリンダー錠だ。
鍵穴には、なにやら先の曲がった工具が二本、挿し込まれている。確かピックとテンションという名前だった気がするが……とにかく、ピッキングに使う道具だ。
タッチパネルに触れて、二本の工具を動かしながらシリンダーを回転させていく。難易度は低めだったらしく、簡単にシリンダーが回った。カチッという効果音が鳴って、パネルが暗くなる。
そして、宝箱の鍵穴に設置していたピッキングツールが白く光って消えてしまう。横で見ていたシェーンがぽかんとしていたのが面白かった。
「開いた……はず」
ちょっとしたミニゲームを成功させた俺は、そっと宝箱の蓋に触れた。宝箱の蓋は、何の抵抗も無くすんなりと上に持ち上がる。
「もう驚かないぞと思っていたんだがな……」
「無事に開けられてよかったよ」
落ち着いて話しながらも、俺の心はワクワクでいっぱいだ。さあ、どんな宝が入っているのか。
「おお……!」
宝箱の中には、柄の部分に精緻な装飾が施された美しい短剣が入っていた。宝石のようなものも埋め込まれており、見るからに高そうだ。
「……呪いのアイテムってことは無いよな?」
「不自然な魔力を帯びていないから、大丈夫だと思うぞ」
見た目に騙されて呪われたら最悪なのでシェーンに確認を取ってから、短剣を手にした。まさしく宝物だ。トレジャーハントは、やっぱりこうでないとな。
「鑑定をしてもらう必要があるが、高値で売れそうだな」
「この調子でもっとお宝が見つかればいいな!」
短剣を仕舞いながら喜ぶ俺だったが、シェーンは冷静だった。
「次の階層に行ったら、そこで帰ろう。一回の探索では、充分過ぎる成果だ」
「まだ余裕あるのにか?」
「そうやって欲をかくと、どうなると思う?」
死ぬ羽目になるんですね、思い出しました……欲に目がくらんで、ダンジョンから二度と戻ってこなかった冒険者は数え切れないほどいる。事前にシェーンから注意されていたが、こうして宝を見つけるとそんなことは頭から吹き飛んでしまっていた。俺ってやっぱり俗物だなぁ。
「わかった、転送陣を見つけて帰ろう」
調子に乗ってしまったことを反省しながら、この階層にもう一つあるはずの転送陣を見つけるべく、探索を再開した。




