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一話

 気がついた時、俺は薄暗い森の中にいた。大きな木の幹にもたれかかるようにして倒れていた俺は、慌てて起き上がる。


「装置の中からスタートじゃないのは、初めてだな……」


 つぶやいたとおり、今までのテレポート事故では、移動先は同じテレポート装置の中だった。

 もちろん装置から出るとそこは未知の隠しエリアで、今までの例でいえば、狂った生物兵器が徘徊する研究所や警備システムが暴走した軍事施設だったりしたのだが。


 なので、今回のようにいきなり森の中というのは初めてのケースだ。

 今までなら装置を使って簡単に逃げ帰ることができたが、今回だとそうもいかなさそうで、難易度の高いエリアであることを予感させる。


 とりあえず俺は、現在の装備を確認する。

 防弾繊維の黒いロングコートの下には、たくさんのポケットがついたタクティカルベスト。足元は底に鉄板が仕込まれたコンバットブーツで守っている。


 ベストのポケットや腰のポーチには諸々のサバイバルグッズなどが仕舞われているが、武器はコンバットナイフくらいのもの。銃を持っていないのは、テレポートセンターは銃火器の持込みが禁止だったせいだ。


「まずは武器を転送してもらわないとな……うん?」


 戦闘中でないなら、プレイヤーの拠点の倉庫に仕舞われた武器をいつでも手元に転送できるシステムがあり、それを利用しようとしたのだがなぜか所持品がリセットされていた。

 システム自体は生きているようだが、何も持っていない扱いになっているから、当然何も出させないというわけだ。


「マジか、やけに制限の多い隠しエリアだな」


 武器の持込みに制限のかかるエリアもあったが、初期装備だけとはひどい。一応テレポートされる際に身につけていた装備品やポーチなどに仕舞っていたアイテムなどはそのままのようだが……仕方ない、新しく用意するか。


「うわ、クレジットもリセットされてるじゃねーか!?」


 メニューを開いた俺は、わずかなクレジットしか持っていないことに驚いた。


 クレジットというのは、このATWの世界における通貨だ。武器弾薬や医薬品などの必需品を購入する際に必要となる。

 トッププレイヤーの俺はATWの中では億万長者だったが、一気に貧乏人になってしまった。


「しかもランクも最低の五級に下がってるし……」


 プレイヤーは傭兵として雇われている設定があり、その傭兵にはランクがある。ランクが上になればなるほど、支給されるクレジットが増えるし、いろいろな支援が受けられる。

 しかし、今の俺は最低の五級。これでは毎日支給されるクレジットも雀の涙だ。


 所持品の制限などは今までもあったが、ランクのリセットとはやり過ぎな気がする……一応今までの例なら、隠しエリアから帰還すれば所持品も戻ったから、ランクも戻るといいのだが。なにしろ、ランクを上げるのはめちゃくちゃ大変なのだ。


「とりあえず、今あるクレジットで拳銃くらいは用意しておくか」


 というか、拳銃くらいしか買えないのだが……俺はメニューから、ブラックマーケットにアクセスする。

 ATWでは、メニューからもアクセスすることのできるブラックマーケットから各種兵器や回復アイテムなどを購入する。長いので闇市とか単にマーケットと呼ばれるが、俺は闇市だとなんかダサいと感じてしまうので、マーケットと呼んでいるがあくまで気分の問題だ。

 俺の視界の中で現在ブラックマーケットで購入可能な品々がリストとなって表示される。


 VRゲームでは、拡張現実が用いられていることが多い。

 拡張現実というのは、今自分の目で見ている風景などにコンピュータなどを介して追加の情報を表示する技術のことだ。

 現実では専用の機器を使う必要があるが、ゲーム世界のATWでは視界の隅に簡易マップや現在使用している武器の残弾数を表示することができ、メニュー画面を開くこともできる。


 俺は先程から視界の中に開いたメニューからあれこれ確認しているわけだが、何も知らない人が傍から見れば空中を眺めたまま突っ立っている怪しい人である。

 これをいじっている間は無防備になるため、時間をかけるなら安全な場所でやりたいところだが、いろいろ妙な制限をかけられた今は何ができて何ができないのか確認しなければならないため仕方ない。


「クソッ、ランクが最低のせいでろくな武器が無いな……」


 傭兵としてのランクが低いと、マーケットで買える品にも制限がかかってしまう。特に最低の五級だと銃器ですら第二次世界大戦までのものが中心となってしまうのだ。

 第二次世界大戦後の兵器は購入に必要なクレジットも倍近く必要となるが、それでも高性能なものが多いのでこだわりが無ければそちらを使うことのほうが多い。


 思わず悪態をついてしまったが、どの道今の所持クレジットでは拳銃を買うのがやっとだ。

 リストからソート機能を用いて、購入可能な拳銃を絞る。やはり第二次世界大戦までの拳銃ばかりだ。


「とりあえず、これにしておくか」


 俺が選んだ銃を買って転送を選ぶと、右手に白い光が走った。次の瞬間には、短く突き出た銃身と上面が大きくカットされたスライドが特徴的な自動式の拳銃が俺の右手に握られていた。


 ワルサーP38、それがこの銃の名前だ。人気アニメの某大泥棒三世が愛用する拳銃であり、エンディングテーマでも歌われたくらいなので、日本でもかなり有名な銃。

 日本での知名度はともかく、この銃は一九三八年にドイツ軍に制式採用された、当時としては非常に優れた自動拳銃だ。


 特筆すべき点は、軍用の大型自動拳銃としては世界で初めてダブルアクション機構を組み込んだこと。引き金を引くだけで撃鉄が起き上がり、そのまま撃てるのがダブルアクション。

 それまではいざ撃つときにスライドを手で引いて薬室に初弾を装填して撃鉄も起こして……それでなくとも、指で撃鉄を起こしてからでないと撃てない方式が主流だったから、こっちのほうがはるかに素早く撃てる。


 すぐに撃てて安全性も高く、使っている弾薬は現在でも多くの拳銃で用いられている九ミリ・パラベラム弾だから、威力もそれなり。

 とりあえず今すぐ買える拳銃の中ではこれが一番だと感じたから、ワルサーP38を選んだ。


 ちなみに先程から俺は買ったと言っているが、正確にはブラックマーケットの武器屋からレンタルしている。レンタル期間は、一日二四時間。

 レンタルだと本当に買った場合と比べて何十倍も少ないクレジットで済むが、同じ武器は一度に一つしか借りられないし、武器が破損レベルのダメージを受けた場合はどんな状況でも即座に自動で返却されてしまう。それは返却期限が来た際も同様だ。

 不便といえば不便だが、貧乏な今の俺にとっては実にありがたいサービスである。


「予備弾倉は二個……合計二四発か」


 レンタルした武器は、大体その武器の装弾数の三倍の弾薬をつけてくれる。ワルサーP38の装弾数は八発だから、銃本体に装填されている分を含めて弾倉の数は三個二四発となる。

 予備弾倉は腰のマガジンポーチに仕舞っておく。


「一応武装できたけど、拳銃一丁か……しばらくは慎重に動かないといけないな」


 拳銃は、基本的に数メートルの近距離で使うものだし威力も限られているから、機関銃なんかで武装した敵と遭遇したらあっという間に撃ち負けてしまうし、ちょっとやそっとの銃撃では怯まない生物兵器に襲われでもしたら八つ裂きになってしまう。


「しっかし制限の多い隠しエリアだな……ひょっとして、上級プレイヤー限定か?」


 ATWでも特定の条件を満たさないと入れない隠しエリアだとすれば、これほどの制限が加えられている理由にも納得がいく。


 そう考えた俺は、俄然やる気が出てきた。最近刺激が無くて飽きてきていたところだ。まさに縛りプレイだが、これはきっと運営からの挑戦状。

 となれば、ATWでもトッププレイヤーの俺としては、クリアしてみせるしかない!


「よし、やってやる!」


 気合を入れた俺は、右手のワルサーP38のスライドを引いて薬室に初弾を装填した。

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