一四話
「まさか暴風の主だったメンバーを全滅させることになるとはな……」
いまだに信じられないといった様子で、机を挟み向かい合って座っているシェーンがつぶやくように言う。
ここはシェーンが泊まっている宿の個室。チンピラ冒険者チームである暴風を壊滅させて、諸々の面倒が終わった翌日、彼女から話がしたいということで呼び出された。
「危なかったけどお咎めも無しでよかったよ」
「どう考えても悪いのは向こうだったからな」
M1ガーランドの残弾全てを使いディックを地獄に送ってやった後、俺とシェーンはこの後どうするか話し合った。
とりあえず貰えるものは貰っておこうということになり、もう銃を使うところを見られていた俺は一応窮地を救った俺をハメるようなことはしないだろうと彼女を信じ、インベントリも使って暴風のチームメンバーの死体から金目のものを根こそぎ回収した。
正直、真面目そうな性格のシェーンが追い剥ぎを提案したことに俺は驚いたが、やはり彼女も冒険者、きれいごとばかりでは済まない現実を理解しているということなのだろう。
さらに正直に銃のことを知られたくないと話したら、どうせ自分たちが去った後は死臭を嗅ぎつけた魔物が寄ってたかって死体を引き裂くだろうから、銃創からバレるようなことはないだろうと教えてくれた。それでも心配ならと、適当に死体の傷口を切り刻んでくれたのだが、彼女に悪いことをした気がする……。
その後、近くの村に行きそこから馬に乗ってガルドに戻ると、冒険者ギルドに事の顛末を話すことになった。
俺の銃のことを隠すために俺が不意打ちで少しのメンバーを倒し、その隙を突いてシェーンが反撃してディックを含めた大半のメンバーを斬り捨てたという話をギルドには伝えたが、暴風の素行の悪さやシェーンの普段からの信頼もあり、あっさりと言い分が通ってほっとした。ま、死人に口無しだしな。
「それにしても、本当に汚い方法でシェーンを襲ったんだなぁ」
「正攻法では私に勝てないとわかっていたからだろうがな」
まともに斬り合ったら数の利があっても凄腕のシェーンに返り討ちに遭うことを理解する程度の頭はあったディックは、とんでもない方法でシェーンを追い詰めた。
シェーンが依頼で北の森に向かったことを確認すると、奴は昔彼女が助けたことのある下級冒険者を脅して無理やり呪いのマジックアイテムを持たせて彼女に会うように仕向けた。
それは身につけていると周囲の魔物が凶暴化し襲いかかってくるというまさしく呪いのアイテムで、その冒険者を見捨てることができなかったシェーンは無数の魔物と死闘を繰り広げる羽目になった。それでも彼女は凄腕、襲い来る魔物をバッサバッサと斬り捨てていったそうだが、人間である以上どうしても疲弊する。
ほぼ一人で大量の魔物を撃退し彼女が疲れ切ったところで、突然背中から助けた冒険者に斬りつけられたのだという。何かあるとは彼女もわかっていたが、疲弊した隙を突かれた格好だ。即座に反撃してその冒険者を斬り殺したらしいが、今度はディックたちに襲撃された。
手負いの彼女は防戦一方となり、森の中を逃げ隠れしながら一晩を過ごした。それでも矢を射掛けられてさらに傷を負い、いよいよ追い詰められたところに俺が来たというわけだ。
しかしまあ、彼女一人のためによくもそこまでやるよな……まあ、まともな損得勘定やリスク管理ができるならそもそもこんな馬鹿なことはしないか。愚か者の考えることは理解できない。
「クルトには礼を言わなければならないな……私を助けてくれてありがとう、君は私の命の恩人だ」
居住まいを正した彼女に面と向かって言われると、ものすごく照れくさくなった。美人に心から感謝されて嬉しくないはずがない。正直命がけだったけど、シェーンを助けに行って本当によかったと思えた瞬間だ。
「いやいや、シェーンだって俺の恩人だよ。いきなり知らない場所に放り出されていた見ず知らずの俺を街まで連れて行って、お金まで貸してくれて……あいつらに絡まれた時だって、間に入ってくれたし」
「君が私にしてくれたこととは到底釣り合わんよ。それにあの薬も……」
そこでシェーンは真剣な表情で俺に言ってきた。
「君は故郷の傷薬だと言っていたが、あの効き目はエリクサー並みだ。それならば、数千万の代物だろう。残念ながら今の私にそこまでの金は無い……だが、私にできることならなんでもしよう」
エリクサーってRPGとかで出てくる最高の回復アイテムの? 確か不老不死の霊薬とかなんとか、ファンタジー世界では最高峰の薬だった気がするが……確かに俺が使ったのは高性能でお高い医療用ナノマシンだったけど、そこまで大層なものじゃないぞ。
いや待て、この世界ではあれでも数千万もするらしいエリクサー並みの扱いになるのか。そんな高級品となると、おいそれと人前では使えないなぁ。
「そ、それは大袈裟じゃないか? ほら、傷を治す魔法だってあるだろ?」
「確かにただ傷を治すだけなら、高位の回復魔法や最高品質のポーションでも出来る……だが、クルトの傷薬は私の古傷まで治したんだぞ?」
昔の傷跡まで治ったってことか? 女性としては嬉しいかもしれないが、それだけでエリクサー並みってのも変な話だ。
そう思っていたら、追加でシェーンの説明が入った。彼女はある出来事で右腕に重傷を負い、日常生活に支障が出ないまでには回復したものの、激しい動きを続けると発作のようなものが起きて一時的に右腕が動かなくなったりする後遺症が残ったのだという。
それでもなんとか三級の冒険者までにはなれたが、その後遺症がネックとなってそれ以上進級できずにいたらしい。背中を斬りつけられた際も疲れていたのもあるが、その発作が起きて動けなくなった隙を狙われたのが大きいとか。
「いやでも、どうしてその後遺症が俺の薬で治ったってわかったんだ?」
「私は剣士だ。自分の腕のことは、自分が一番よくわかる。確認もした」
直感で治ったことを感じていたらしいが、確認のために昨晩いつもなら発作が起きるところまで鍛錬を繰り返し右腕を酷使したらしいが、なんともなかったとか。
重傷から回復した昨日の今日で、何やってるんだ……さらに今日、俺に会うまでの間に知り合いの専門医にも診てもらい、もう後遺症の心配は無いと太鼓判を押してもらったとまで言う。
「後遺症を治すにはエリクサーが必要だといわれていたんだ。だが、腕の落ちた私では三級の冒険者止まり……正直諦めかけていた。君は、私の剣士生命も救ってくれたんだ」
めちゃくちゃ感謝されてるのはもう充分にわかっているが、なんと答えればいいかわからない。俺としては、ゲーム中の回復アイテムにそこまで効果があるなんて知らなかったわけだし……こういう時、なんて言えばいいんだ!?
「そういうわけだから、先程も言った通り私にできることであればなんでもしよう」
「貸し借り無しで……あ、ほら、ついでにまだ返してなかった借金も無しで。あと俺のこの武器のこととかも誰にもいわないって約束してくれれば、それで充分なんだけど」
あ、なんかものすごく複雑そうな表情を浮かべている……これだけじゃ納得してくれなさそうだなぁ。
「それじゃあ、一緒に組んでも俺の秘密を守ってくれる信頼できる冒険者を知らないか? できれば腕が立って、接近戦に強い奴がいい」
「ふむ……あの武器といい空間魔法といい、秘密にしたくなるのはわかる。しかし、一体どういう事情があるんだ? わけを話してくれれば、私ももっと手助けできると思うのだが」
この際だ、彼女には俺の事情を話してしまおう。すでに一番秘密にしておきたいことを知られているのだから、今更俺の異世界云々を話したところで変わらなさそうだし、そもそも信じてくれるかどうかもわからないし。
それに、なんと言っても俺は彼女の命の恩人なのだ。できることならなんでもするとまで言っているのに、まさか俺の秘密をばら撒いたりはしないだろう。打算的だが、俺にとっては身の危険に直結することだ。
「実は……」




