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一三話

 シェーンをお姫様抱っこしたまましばらく全力で駆け、来る途中に見つけてあった場所にたどり着く。大きな木の根元にぽっかりと口をあけたうろへと、彼女を下ろした。


「一体どういうことなんだ……!?」


「一言で言うと、フランさんに言われて助けに来た」


 少しは落ち着いたようだが、それでも飛び掛らんばかりの勢いで尋ねてきたシェーンにそれだけ言った。


「フランが……クルトだけなのか?」


「あぁ、俺だけだよ」


「そうか……ぅ」


 シェーンは俺がスリングで肩から吊っているM1ガーランドを気にしているようだったが、傷が痛むのか顔をしかめる。

 そんな彼女を見ながら、俺はベストのポケットからペン型の注射器を取り出す。


「傷が治る薬だ。首に打っていいか?」


「普通なら断るところだが……クルトに任せる、好きにするといい」


「わかった」


 シェーンの許可も得られたところで、俺は彼女の首筋にペン型注射器の先端を押し当て、中身を一気に注射した。空になった注射器はポケットに放り込んでおく。


「!?」


 木のうろの中で注射を打たれた首筋を気にしていた彼女の体に変化が現れる。矢が刺さっていた右肩と左足の傷口と、背中の切り傷が見る間に治っていったのだ。裂けて血が滲んでいた皮膚があっという間に塞がり、そこに傷口があったことを教えるのは血の跡だけとなる。


「一体何を使ったんだ……!?」


「俺の故郷の傷薬」


 驚愕し尋ねてくる彼女に俺は一言で答えておく。シェーンは、まだ信じられないといった様子で傷があった場所の皮膚に指で触れている。


 俺が使ったのは、ATWの回復アイテムである医療用ナノマシンだ。あのペン型注射器のシリンダーには、超がつくほどの微小機械が詰まっていて、注射されると即座に活動を開始してたちまち傷を治してくれる優れもの。


 医療用ナノマシンといっても、ATW内でもピンからキリまであるのだが、今使用したのはゲーム内でもトップクラスの高級品。

 俺がシールドを突破され負傷した際の回復アイテムとして普段から持ち歩いていて、すぐに使えるようポーチに仕舞っていたおかげで、インベントリのリセットの影響を受けずに持ち込めたアイテムの一つだ。


 今の俺の所持クレジットではとても買えない高級品で切り札の一つだったのだが……まだ予備はあるし、このまま恩人である彼女が重傷を負ったまま放って置くことなんて俺にはできなかった。実はちゃんと効果が出るのか不安だったのだが、無事に彼女の傷が治ってなによりだ。


「大丈夫そうか?」


「傷は治ったようだが……すまない、出血のせいでめまいがする」


 いくら傷口が塞がっても、それまでに流した血までカバーしてくれるわけではないらしく、彼女はまだ動けなさそうだ。


「そうか、動けるようになったら近くの村まで逃げてくれ。そこに早馬が用意してある。ガルドの冒険者ギルドまで戻れば、もう大丈夫だろう?」


「あぁ、奴らが私にしたことを報告すれば……待て、お前はどうする?」


「残った奴らを殺しに行く」


 これは決めていたことだ。突然の銃撃を受け逃げ散った暴風のメンバーたちは何がなんだかわかっていないとは思うが、連中が生き残り俺のことを知ったら何をするかわかったもんじゃない。

 特にリーダーのディックは危険だ。冒険者ギルドで手配されたりしても、復讐に来るかもしれない。殺せるなら、今ここで俺自身の手で確実に殺しておきたいというのが本音だった。

 基本的には小心者の俺だが、だからこそ後顧の憂いは絶っておきたかったのだ。


 そういえば、初めて人を殺したのに何も感じていない。確かに心臓の音が耳の奥から響いてくるほど緊張しているが、吐き散らしたりはせずに済んでいる。いつかこの時がフラッシュバックするようになって、うなされたりするようになるんだろうか。


「やめろ、ディックは腐っても準二級の冒険者だぞ! クルトが強力なマジックウェポンを持っているのはわかったが、奴の斧もそうだ」


 魔法の武器だから、マジックウェポン。詳しくは知らないが、この世界にはそんなものもあることは知っていた。

 どうやらシェーンは、俺の銃が魔法の武器だと思っているらしい。しかし、ディックが背負っていたあの馬鹿でかい斧もその類のものだとは知らなかった。


「どんな武器なんだ?」


「持ち主の身体能力を高め、魔力を込めて振るだけで暴風を起こせる代物だ。奴のチーム名もそこから来ている」


 斧の一振りで暴風が出るとは……ファンタジーな世界ってすごいな。とりあえず、どのぐらいまで届くのかとか聞いた後、距離をとって狙撃するしかないと判断する。


「さっきも言ったように動けるようになったら近くの村まで行ってくれ。俺のことは気にしなくていいから」


 生き残りが逃げてしまわないか気が気でなかった俺は、シェーンがこれ以上俺を引き止める前に歩き出す。

 スリングで吊っていたM1ライフルを構えなおし、先程俺が一方的に撃ちまくった場所へ戻っていく。


「いいのかよ、こんなことしてて……?」


「うるせぇ、どうせこの後俺たちはお尋ね者になるんだ。逃亡資金ってのが必要だろ?」


「そりゃそうだが……」


「いいからそっちの杖を持てよ」


 茂みに隠れながら戻ったところ、信じられないことに生き残りの二人が俺に撃ち殺された仲間の死体から追い剥ぎをしているのを見た。逃げるための金欲しさのようだが……死んだら元も子も無いのにな。


 茂みに身を潜めたまま、M1の銃口を持ち上げる。魔法使いだったのだろうか、死体の手から杖を引き剥がそうとしている男に狙いをつけた。真っ直ぐ引き金を絞る。


「!」


 男の側頭部に命中した弾丸は、頭蓋骨をあっさりと砕き内部を破壊しながら抜けていく。ヘッドショットを喰らった男は引っ張っていた杖を手にしたまま倒れる。


「ひっ――」


 相方をいきなり射殺された男が悲鳴をあげ終える前に俺が引き金を引く。強力な30-06スプリングフィールド弾だが、M1はそれなりに重量のある自動小銃なので肩を蹴飛ばされるほどの反動はなく、弾丸はすんなりと銃口から飛び出していった。

 一瞬の飛翔の後、着弾。男の左胸に血の花が咲く。結局、男は最後まで悲鳴をあげられなかった。


「おい、またあの音だ!」


「冗談じゃねぇよ、やってられっか!」


「逃げんのかよ!?」


 声はそれほど離れていない。俺はM1を手に隠れていた茂みから声のした方向へと駆け出す。


「待てよ、ディックの兄貴を置いていくのか!?」


「知るか馬鹿野郎!」


 一際密集している木々の間を走り抜けたところで、言い合いながらも逃げ出す二人の男の背中が見えた。下草を掻き分ける派手な音に気づいた二人が、自分たちの背後に飛び出て来た俺に気づき、驚愕する。


「てめっ――!?」


 俺を見て長剣を振り上げかけた男に、立射で二連射。胴体に二発のライフル弾が炸裂し、そいつは吹き飛んで倒れた。

 もう一人の男が転がるように逃げ出す。その背中目掛けて、三回連続で引き金を引く。茂みの中へと消えかけていたが、つんのめって前に倒れるのが見えた。


 これで四人、残りはリーダーのディックだけのはずだが……M1の中に残った弾はあと一発。この銃の欠点として、全弾撃ち切らないと再装填が難しいというものがあるので、どこか適当な場所に撃って装填しなおしてから捜すべきか。

 とりあえず、当たったとは思うがさっきの男の様子を確認して――!?


「うわっ!?」


 突然横合いから襲い掛かってきた暴風に俺は吹き飛ばされた。近くの木の幹に背中から叩きつけられ、衝撃で息が詰まる。

 銃は手放さなかったが思わず引き金を引いてしまい、あらぬ方向に最後の弾を放ってしまった。独特の音とともにクリップが強制排出される。


「死ねえぇ!」


 強打した背中をかばいながら立ち上がろうとしたところに、巨大な斧を振り上げたディックが突っ込んできたので、慌てて横に転がって避ける。


「マジかよ!?」


 転がって避けた俺のかわりにディックの斧の一撃を受けた大木があっさりと切断されたのを見て、冷や汗がどっと噴き出る。チェーンソーを使っても切り倒すまでにそれなりの時間を要しそうなあの太い幹を簡単に両断したディックの斧の威力に戦慄するしかない。


「ゴミクズみたいな下級が準二級の俺様に逆らいやがって、ぶち殺してやる!」


 ぶっ殺されてはかなわないので、転がっていた俺は立ち上がって全速力で駆け出した。ダッシュしながら新しいクリップを取り出し、M1の固定弾倉に押し込めて装填する。


「!」


 背後で斧を振る音が聞こえた瞬間、俺は横に跳んで木陰に入った。直後、俺が逃げていた空間を吹き荒れる暴風が通り過ぎていく。

 息つく間もなくさらに転がる。俺が逃げ込んだ木陰に巨大な刃が振り下ろされ、草木を切り裂いて地面にめり込む。


「ちょこまかするんじゃねぇ!」


 素早く地面から斧を抜いたディックが叫びながら俺を追い回す。俺は森の中をコートの裾をはためかせながら跳ねて転がって走って、もう無我夢中で逃げまくる。

 なんとか反撃したかったが、俺は吹き荒ぶ暴風と振り回される斧から逃げるのに精一杯で、M1の狙いをつける余裕がまったくない。こんなことなら弾丸をばら撒けるサブマシンガンにすればよかった!


 シェーンの話を聞いても離れた場所から撃ち倒せばなんとかなるだろうと考えていた俺を殴りに行きたい。しかしそんなことはできないので、とにかく奴をどうにかする方法を考える。

 おそらくはあの斧で身体能力が強化されてるからだとは思うが、ディックは大男の癖にかなり素早い。どうする、長く重いライフルは捨てて身軽になってから振り回しやすい拳銃を使うか――?


「ぐあぁ!?」


 突然背後から聞こえたディックの叫びに驚き振り返ると、なんとシェーンがディックの右足に長剣を突き刺している光景が目に飛び込んできた。ディックは足も覆う重厚な金属鎧を身につけていたが、彼女は稼動する関節部分の隙間を狙って正確に切っ先を刺し込んでいる。


「……!」


 渾身の力を込めて剣を突き刺しているシェーンと目が合った。今だ、と彼女が言ったような気がした。


「地獄に堕ちろ!」


 右足を剣で貫かれ動きの止まったディックを狙い、叫びながらライフルを連射する。シェーンが剣を手放して飛び退く。


 俺はM1ガーランドに装填されていた八発全弾を撃ち尽くした――そして、一発も外さなかった。

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