一一話
「三級は討伐系の依頼が一気に増えてるな……」
俺は掲示板を眺めながら、その量の多さに思わずつぶやく。
先日のゴブリン討伐の依頼と、突発的に発生したハウンドの群れとの戦いが評価され、俺は初心者の五級を卒業して経験者の四級へと昇格していたので、見ている場所は新たに受けられるようになった三級の依頼だ。
ヘルハウンドを討伐した直後、俺だけに聞こえる音で派手な効果音が鳴った。それは、傭兵ランクが四級に上がったことを教えるものだった。
ギルドに戻ると四級へのランクアップが認められたので、やはり冒険者ギルドで依頼をこなしていくことで傭兵ランクも上がるようだ。
どうしてゲームシステムと連動しているのか不明だが、それを言ったら冒険者ギルドの依頼がクエストの一覧に追加されるのも謎だしな……疑問は山ほどあるがその答えを得る術を持っていない俺としては、もうそういうものなのだと開き直っていくしかない。
とりあえず、傭兵ランクが四級に上がったことで、支給されるクレジットが増大し、ブラックマーケットの品揃えも拡張された。
特に大きいのは、支給クレジットだ。五級では数クレジットだったのが、数十クレジットへ。なお、あいまいなのは支給額は一定ではなく、ある程度ランダムだからである。
五級だと毎日確実にレンタルできるのは拳銃程度で、ライフルやサブマシンガンは二、三日貯めないとレンタルできなかった。四級となった今なら、平均的な小火器は大体借りられる。
とはいえ、まだ重機関銃や対戦車火器をレンタルできるほどではないので、さらなるランクアップを目指したい。
「群れてる魔物の討伐依頼が多いなぁ」
熟練者とみなされる三級の討伐依頼は、特に複数の魔物相手が多くなっている。一対一の場合でも、強力な魔物が多く、三級から一流扱いの二級への昇格は格段に難しくなっているようだ。
しかし、群れか……この間のハウンドの襲撃で感じたが、やはり単独では対処できる魔物の数に限りがある。連射できる火器で武装していても、ハウンドのような素早い魔物が数に物を言わせて四方八方から襲ってきた場合、懐にもぐりこまれて攻撃を受ける可能性が高い。
三級からは魔物の質も上がる。あのヘルハウンドのように銃撃を避けるような魔物が群れできた場合、今の火力では苦戦することは間違いない。
それに俺は接近戦が苦手だ。ATWはあくまでFPSだったので、格闘戦などは影が薄かった。三級から出る盗賊の討伐などで白兵戦に持ち込まれ相手が剣で斬りかかってきた場合、ナイフで挑みかかっても普通に斬り負けそうで危険だ。
理想を言えば、接近戦に強い剣士などと組みたい。遠距離の敵は俺が撃ち、撃ち漏らしたりして接近された場合、その敵を剣士が倒す。遠距離、近距離どちらにも対応できるようになれば、受けられる依頼の幅も広がるから、ランクアップもしやすいだろう。
それに仲間と一緒なら、たとえば俺が薬草採取や討伐証明の回収をしている間、周囲を警戒してもらえる。ソロだと何をするにしても警戒を怠れないから、精神的にも結構消耗するんだよなぁ。
今まで俺は銃器を見られないよう単独行動に徹してきたが、信頼できる相手となら組んでみてもいいかもしれない……どうせ荒稼ぎできるくらいの冒険者になれば嫌でも注目されるだろうから、そうなったら隠し通すのも難しいだろうし。
問題は、どうやったら信頼できる冒険者を見つけるかだ。銃について知られたくなかったから、他の冒険者と交流していないコミュ障な俺では、誰が信頼できるかなんてわかるはずもない。
ただ、真っ先に思い浮かんだのはこの世界に来て最初に出会った美人女剣士のシェーンだ。彼女には世話になりっ放しだが、あの性格と俺への接し方を見ていると信頼できる。
それに彼女の風評をちらりと聞いたら、剣の腕も相当なものらしい。が、彼女はなにやら訳ありで俺と同じくソロを貫いているらしいので、組むのは無理だろう。
「まあ、やれるだけやってみるか」
そういうことだ。やれるだけやって、それでもソロでは厳しくなったらまたあらためて考えればいい。とりあえず、今日は比較的軽めの依頼を受けてみよう。
「……失礼します、クルトさん。個人的にお話したいことがあるのですが、お時間をいただけますでしょうか?」
び、びっくりした……フランさんが隣に来たのはわかっていたが、てっきり掲示板をいじりに来たのかと思っていたら、突然そんなことを言われたぞ。
個人的にってことは冒険者ギルドからの公的な話じゃないということだよな。でもフランさんの顔強張ってるし、俺何かやったっけ!?
「あ、はい、大丈夫ですけど」
「ありがとうございます、ではこちらへ」
よかった、今日はいつもより遅く来てしまったから、朝の依頼漁りに冒険者が集中する時間帯から外れていたんだよな。おかげで近くに他の冒険者はいなかったから、今のは誰にも聞かれていないはず。
スタイル抜群のフランさんは受付嬢の中でも人気があるから、個人的になんていう含みのある言葉が他の冒険者の耳にでも入ってしまったら、月の無い夜は出歩けなくなってしまう。
「それで、お話というのは?」
最初の冒険者の登録でも通された奥の個室に案内された俺は、早速フランさんに尋ねる。
「単刀直入に言うと、シェーンさんが昨日依頼を受けて出て行ってからいまだに戻って来ていないので、心配なんです」
えぇ、本当に直球で来たな……でも、冒険者なんて仕事にトラブルはつきものだし、遅くなったから近くの開拓村で一泊してから帰るなんてのもよくあることなんじゃなかったか?
「もちろん、普段ならこんなことで心配はしません……彼女が依頼を受けて出て行く時、チーム『暴風』のメンバーが後を追いかけていくのを見たからです」
あの筋肉馬鹿が率いるチームのメンバーが、シェーンをつけていった? それは確かに気になるな……。
フランさんによると、そのメンバーは明らかに彼女が依頼を受ける様子を監視していたらしい。シェーン自身もそれには気がついていて、依頼を受ける時にカウンターで心配するフランさんには気づいているから心配しなくていいと言って、出て行ってしまったのだとか。
その後、監視していた暴風のチームメンバーもシェーンの後を追って冒険者ギルドから出て行き……いくらシェーンのことが気になっても仕事を放り出すわけにもいかず、それっきりとなってしまったようだ。
シェーンが受けた依頼自体は、彼女なら日帰りで済ませるようなものなのに、一晩過ぎてもギルドに戻ってこないので何かあったのではと思ったらしい。
暴風のチームリーダーであるディックは、以前シェーンを襲うようなことを臭わせる発言をしていたしな……。
「お話はわかりましたが、俺にどうして欲しいんですか?」
問題はそこである。シェーンは俺の恩人なので今すぐ探しに行ってもいいのだが、なぜわざわざフランさんが俺に声をかけたかが気になる。
冒険者ギルドのベテラン受付嬢であるフランさんなら仲のいい冒険者が何人もいそうだ。初心者の五級を卒業したばかりの俺よりも、もっと頼りになる冒険者に話をしてもいいのではないか?
「彼女が依頼で向かった北の森を捜索してもらいたいんです。今日一日だけでいいので……明日になればこういったことを頼める知り合いの冒険者が別の依頼を終えて戻ってきますから」
うーん、たまたまこんなことを頼める冒険者がいなかったってことか……出来過ぎな気もするが、ひょっとして暴風の連中がそこまで考えてたのかも。
さらにフランさんは、もし暴風のメンバーがシェーンに何かしているのを見た場合は、手出しせずに戻って来て欲しいと言った。その場合、近くの村で早馬を出してもらい、冒険者ギルドに知らせてくれればすぐに応援の冒険者を差し向けると。
もし何も見つけられなくても、俺には報酬を支払ってくれるらしい。結構な額だったが、準二級の冒険者が敵に回るかもしれないことを考えると、妥当な額なのだろうか。
とりあえず、フランさんは俺には通報役以上は求めないわけだ。
普通に考えて四級になったばかりの俺が、準二級のディックに勝てるわけないしな。というか、これでもしシェーンが襲われていたら暴風をやっつけて助けろなんていわれたら、それこそ常識外れだ。
「わかりました、彼女のことを探しに行きます。自分の恩人ですしね」
「ありがとうございます!」
ほっとした顔でお礼を言うフランさんに、俺は準備をするのでもう少しだけこの部屋にいさせて欲しいと言った。彼女は怪訝そうにしながらも俺の言う通り出て行ってくれたので、俺は個室で一人になる。
「早速こいつを利用することになるとはな……」
メニューからブラックマーケットを開き、リストからある兵器を探し出す。
その兵器の名は、MQ-1プレデターという。




