プロローグ
銃声が轟いた。敵が、AK47アサルトライフルを連射している。七・六二ミリの大口径弾が、俺が盾としている廃車に次々と命中し甲高い金属の悲鳴があがる。車体はあっという間に穴だらけになっていく。
しかし、俺は車の中でも一番頑丈なエンジンの後ろにいるので無傷。未熟な敵は大口径だがその分反動も大きいAK47をフルオートで撃っているので狙いは甘く、車体を蜂の巣にしても俺にはかすり傷ひとつ与えられていない。
敵の銃撃が止む。弾切れだ。
俺は廃車のボンネットから上半身だけを出して、M4A1カービンを構える。ドットサイトを覗き込み、丸く切り取られた視界の中に浮かぶ赤い光点を、壊れた給油器の陰に向ける。
そこで必死になってAKの弾倉を交換している敵――粗末な服を来た若い男――の頭に光点を重ね、引き金を引いた。
AKよりは控えめな銃声が鳴り、五・五六ミリの小口径高速弾が男の頭を撃ち抜く。男はその場に崩れ落ち、動かなくなる。
その隣には、胸を撃たれた別の男も倒れている。これで、外にいる敵は全滅だ。
廃墟となったガソリンスタンドの外で銃撃戦を繰り広げていた俺は、廃車の陰から跳び出すとダッシュで給油器の後ろに移動。
すると、今度はスタンドの中から銃撃される。敵は、まだ屋内に残っている。
薄暗いスタンドの中で瞬く銃火を目標に、俺はM4の半自動射撃を立て続けに浴びせた。くぐもった悲鳴があがる。また敵を倒したようだが、同時にM4も弾切れ。最後の弾を放つとともにボルトが後退したままロックされた。
俺はM4を水平に構えたまま、左手でタクティカルベストのマガジンポーチから五・五六ミリ弾が三〇発詰まった弾倉を取り出す。右手の人差し指でマガジンキャッチを操作して空の弾倉を落とし、すぐに左手の充填された弾倉を差し込む。カチッという気持ちいい音が聞こえた。
左手でボルトリリース・ボタンを叩く。薬室に初弾が送り込まれ、再び射撃可能な状態へ。
敵の数も減ってきたので、俺は一気に片をつけることにした。セレクターレバーを半自動から、全自動へと動かす。
数の減った敵の発砲炎を狙って、三発前後に区切った短連射を繰り返す。連続射撃音、ライフル弾を喰らった敵が倒れる。
俺は撃ちまくりながら、突撃。銃口を左右に振って弾丸をばら撒きながら、開け放たれたままの自動ドアをくぐり抜けてスタンドの中へと入り込む。
突入と同時にまたM4が弾切れとなったので、素早く右太腿につけたレッグホルスターから拳銃を抜く。M4はスリングという負い紐で体からぶら下げる。
拳銃は、グロック19。コンパクトな自動拳銃なのに九ミリ・パラベラム弾が一五発も装填できる。
俺の猛射を受けてカウンターに隠れていた生き残りが、慌てて安っぽいマカロフ拳銃で撃とうとしてくる。
敵が顔を出した瞬間、俺はグロックをダブルタップ――二連速射――で撃ち、眉間に二発の九ミリ弾を叩き込んだ。男は、悲鳴をあげることもできずに即死。
最後に残った敵が、拳銃を乱射しながら逃げ出す。手をめちゃくちゃに振り回しながらの射撃だったので、俺には掠りもしない。
非常口へと駆けていく男の背中を狙い、俺は冷静にグロックを連射。拳銃弾を何発も撃ち込まれた男の体が死のダンスを披露した後、ばたりと倒れる。
俺は再装填をした後、スタンド内を捜索。敵の全滅を確認した。これで、潰れたガソリンスタンドを根城にした犯罪者の掃討という依頼は無事完了だ。
俺の視界の中に、クエストクリアの文字が流れる。
二一世紀も半分以上が過ぎた現在、人類の科学技術はまさに日進月歩。それはゲーム業界にも及び、遂にバーチャルリアリティーを利用したゲームが誕生することとなった。
それが、VRゲーム。
コンピュータの創り出すゲームの世界を脳内でリアルに楽しめるVRゲームは、それ以前の画面越しに楽しむゲームではなく、いわば画面の中のゲーム世界に入りプレイヤーが主人公となって楽しめるゲームだ。
俺が熱中しているVRMMOFPSは、そんな数多くあるVRゲームのジャンルのひとつ。
一人称視点で銃を撃ちまくって戦ったりするシューティングゲームの、VRオンライン・バージョンとでもいえばいいのだろうか。
他のVRゲームと同じく、ゲーム中のキャラクターになりきりそこを第二の世界として、ある程度の五感すら再現された中で戦うことができる。
今、俺がプレイしているのは『After The War』というソフト。略称は、頭文字をとったATWだ。
戦後というタイトルが意味するとおり、第三次世界大戦後の荒廃した近未来の世界が舞台となっている。プレイヤーはそんな世紀末世界で傭兵となり、野生化した生物兵器や略奪を繰り返す無法者などと戦いながら広大なオープンワールドを探索し、貴重な戦前の遺物を収集し成り上がっていくというもの。
俺がATWを気に入っている理由は、そのポストアポカリプスな世界観と、豊富な兵器のラインナップだ。一度文明が滅んでいるため、現代兵器だけでなく第一次世界大戦や第二次世界大戦の兵器も再生産されて戦場に出回っているという設定がなされており、有名どころからマイナーなものまで実に多種多様な兵器が使える。
世界観上、航空機のラインナップが弱いのだが、陸戦兵器に関していえばこのゲームに登場していないものを探すのが大変なくらいだ。拳銃から戦車、攻撃ヘリまで登場するのだから、本当にすごい、
しかもそれら実在兵器はゲーム中でほぼ完全に再現され、軍装までほとんど本物と一緒だ。銃器は実物通りに作動するし、銃砲声は現存しているものから収録した本物が使用され、臨場感を高めている。
まあ、ちょっとリアルにし過ぎという批判もあるが、一応細部まで再現されているのは二一世紀初頭の兵器まで。今はレーザー銃やプラズマ砲なんかが実用化されているのだから、問題無い……ということになっている。
「でも、最近はちょっとマンネリ気味だよなぁ……」
どんな楽しいゲームにも終わりはある。
俺はシングルプレイのストーリーはとっくの昔にクリアしているし、ステータスはカンスト状態で各種収集要素もコンプリート済み。
配信されているダウンロードクエストもやり尽くしてしまったし、他のプレイヤーと戦う対人戦も死ぬほどプレイしているから、ぶっちゃけ今はやることが無い。
今は暇潰しに繰り返し受けることのできるクエストを受注して、さくっと治安を乱している犯罪者を掃討したわけだが、やっぱり歯ごたえが無い。
「このゲームも潮時かな……」
そうつぶやいている俺は、郊外の潰れたガソリンスタンドから、拠点としている都市に戻ってきていた。その中でも、テレポートセンターという施設に入る。
これは戦前の超技術の結晶で、別の都市にあるセンターへとテレポート、つまり瞬間移動できるのだ。
メタなことを言ってしまうと、車やヘリがあるとはいえ、毎回それを使って都市から都市へ移動するのはゲームの娯楽性を損ねるということで導入されている施設である。
俺はテレポート先をプレイヤー同士の戦闘が激しい最前線の都市に設定し、カプセル状の装置に入る。入り口が閉じて、足元から光の粒子が生じ俺の体を包んでいく。
と、ここで突然けたたましいブザー音が鳴り響き出した。室内の赤色灯が狂ったように回転し始める。
『――ただちにテレポートを中止し、退避してください。繰り返します――』
女性の人工音声で警告が流れる。しかし、俺は慌てなかった。
これはテレポート事故と呼ばれるもので、この施設を利用していると稀に発生するイベントだ。事故が発生すると設定した場所とは違う隠しエリアへと送られる。
このゲームをやり尽くしている俺は、この事故を何度も発生させていてすでに確認されている隠しエリアは全部行ったことがあるが、まだ未確認のエリアがある可能性も否定できない。
未確認の隠しエリアを最初に発見したプレイヤーになれるかもしれないという興奮を胸に抱きながら、俺は逃げずにテレポートを待つ。
白と黒の粒子が激しく明滅しながら、俺の体を覆い隠す。その寸前、俺は自分の足元に光の粒子が描き出す魔法陣のようなものを見た気がしたが、それを最後にぷっつりと意識が途切れた。