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08:うじゃうじゃいる

 真宵ヶ丘高校の校舎は片仮名の「エ」のような形をしている。


 文字の通り上が北で、下の線の中央あたりに昇降口が開いている。

 それぞれの横線は北校舎と南校舎と呼ばれ、生徒たちの教室は南校舎にほとんど詰め込まれているため学び舎としてのほとんどの役目を果たしている一方で、北校舎は半分が体育館だったりその屋上がプールになっていたり、あとは音楽室や部活動の部室としてあてられている部屋もあったりと、放課後系の校舎なんて生徒たちには呼ばれている。

 真ん中の縦線は二本の校舎をつなぐ渡り廊下になっている形だ。


 保健室は南校舎一階の東の端にある。

 「エ」でいうなら最後に筆が止まる場所だ。


 それぞれの階をつなぐ階段は一つの校舎に三つあり、西東の端に一つずつと真ん中、渡り廊下の横に一つという配置だ。


 ヒイロの現在地点は東の階段の二階にあたる場所である。

 このまま下りればすぐ目の前には保健室が待っている。

 だが、目指していた扉のその目の前の廊下には巨大な芋虫が敷き詰められていた。

 リノリウムの廊下よりも鮮やかな緑の群れを、メオンを背負ったこの状態ではとてもではないが突破できる気がしなかった。


 ひとまず別の階段をと、渡り廊下の方へと走る。階下には、さきほどと同じ緑色の絨毯ができあがっていた。


 どうなっているんだ、これは。


 考えても仕方なく、さっと階段をのぞき込む身を引いた。

 何が起こっているのかはともかくとして、今はこの芋虫たちに見つかると大事だ。

 旧校舎のように追われるハメになるのはゴメンだった。


 こうなると、恐らくは西の階段を見に行ったところで同じだろう。

 よくよく考えてみれば、階段の下に居なくとも、保健室の目の前に大量にいたのでは行く意味がない。

 あくまで目的地は保健室であり、メオンの体を拭ける物。

 だとすると、他にタオルなんかがありそうな場所はないだろうか。

 と、少しだけ考えて、ヒイロはとてつもなく初歩的な事に気が付いた。


「あ……」


 渡り廊下の真後ろに、青と赤の人型の表札が見えた。

 トイレである。

 ウォシュレット付きの洋式便所という、今のメオンにとっては尊い神からのギフトなみに全能感あふれる設備がある場所だ。それが目の前にあったのだ。


「ん? どうかしたの?」


「おう。今気が付いたんだけど、保健室に行かなくても……」


 その時、メオンに事態を説明しようとしたヒイロの言葉を、悲鳴が遮った。


「きゃあああああ!」


 悲鳴の主はメオンではない。ましてやヒイロでも。


「きゃあ!? こ、今度は何よぉ!?」


「ぐぇ!?」


 悲鳴に驚いたメオンがそれまで以上の力で抱き着いてくる。

 背中に感じる密着感は至福の弾力であったが、メオンの細腕が首にまわって呼吸ができないのでそれどころではない。


「ひゃぁ!? ご、ごめんなさ……う、うわわっ!」


 ギブアップの要領で腕をタップすると慌てて離れて、今度は後ろに倒れそうになる。


「う、上から聞こえたな……」


「人の声だったわ! とにかく行くわよ! 急ぎましょう!」


 姿勢を戻しながら、メオンが急かしてくる。


「わかってるっての。落ちんなよ!」


 ヒイロは声の大きさから、恐らくは四階だろうと目星をつけ、一気に階段を駆け上がった。

 三階の廊下も覗いたが、人の気配はなかった。

 下りるだけならまだしも、人ひとりを背負って階段を駆け上がるのには中々の労力を使う。

 普段から鍛えていてもキツイものはキツかった。

 四階に辿りつく頃には足に乳酸がたまるのを感じる。


 さすがにペースが落ち、メオンが申し訳なさげな顔で「大丈夫なの?」なんて聞いてきたので、そこは男子、「余裕だ」と笑顔で答えて見せた。もちろん額に汗をにじませながら。


「よし、着いた……! 人影は?」


「ううん、ダメだわ。誰もいない……あっ!」


 膝に手をついて息を整えるヒイロに代わってメオンが廊下を見渡すが、そこに人影はなかった。

 だが、何かを見つけたメオンが声をあげて指をさす。


 そこには、割れた窓ガラスの破片が散らばっていた。

 近づいて見ると、破片には、まばらについた青い体液があった。


「な、何かしら、これ……?」


 ヒイロの中で嫌な予感が増していく。

 巨大な蜘蛛に襲われた時には放心状態だったメオンには、この体液と巨大な蜘蛛が結び付かなかったらしい。

 不思議な様子でそれを眺めている。


「おい、まだ立てそうにないか?」


「う、うーん、少しは力、はいるかも?」


「いっかい降ろすぞ、なんか嫌な予感がする」


 ゆっくりとしゃがみ、メオンのその体を離す。

 メオンは生まれたての子羊のようにプルプルを足を震わせながらも、なんとか一人で立って見せた。


「ぜ、ぜんぜん大丈夫だわ!」


 メオンの見事な強がりにむしろヒイロは安心する。

 いざとなったらまた背負って逃げる必要がありそうだが、ひとまずはパニックが回復してきているという事だろう。

 恐怖で腰が抜けるという症状は、つまりは脳の混乱が収まりきっていないという証拠でもある。


「あ、ココって私のクラスだ……」


 割れた窓ガラスの正面にある教室を見てメオンが呟いた。

 教室の入口には「1ーA」という室名札が張られていた。


「……本当に静かね。中にだれかいないのかしら?」


 教室の扉に手をかけようとしたメオンの足元に、青い液体が点々と続いていた。

 ヒイロがそれに気が付いた時には、扉は開かれていた。


「ひゃああ!?」


 先に扉を開いた影が、ドンとメオンにぶつかって、そのまま廊下に押し倒す形になる。


「メオンちゃーん!」


 飛び出してきたのは、メガネをかけた一人の少女だった。

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