28:二兎を追う者
ヒイロの迷いはほんの一瞬の事だった。
その一瞬がヒイロの理想を遠ざける。
すぐ近くに居る二人を、どちらも救う。
誰だって救う。
自分の手が届く所なら、どんな所へだって手を伸ばす。
遠くで焼け落ちる集落の姿が視界に映った。
幻覚だとわかっている。
ずっと網膜のどこかに焼け着くようにへばりついて離れない映像だ。
過去の記憶を振り払うように、ヒイロはメオンに駆け寄った。
「おい、どうした!?」
メオンは自身の肩を抱いて、何かに耐えるように小さく震えていた。
尿意である。
「や、やっぱりダメなの!」
並木の外に旧校舎の姿を捕らえた時、木の影から飛び出すようにして一匹の芋虫が現れた。
それはメオンを狙っていた。
ヒイロはまだ気付いていなかった。
その時、ヒイロの意識は旧校舎に見えた光景に集中していた。
メオンは静かに剣を構えた。
迷惑ばかりかけてはいられない。
今は、自分がやるしかない。
覚悟を決めて剣を振り上げたその瞬間、ゾワリと内股から冷たさが這い上がるような感覚が昇ってきた。
思わず声が出た。
「きゃあ!?」
膀胱が緩む強烈な感覚に、手から力が抜けた。
すべり落ちた剣先が芋虫の体を真っ二つに割って、地面を青く染めた。
メオンは苛烈な尿意に耐えられず、片足を地に着いた。
そしてメオンは確信した。
「作るだけじゃないんだ……私自身じゃ、この武器で攻撃すらできないようになってる!」
「そう言う事か……!」
駆け寄って来てくれたヒイロは何かに納得して、そのまま地面に落ちた剣を拾い上げた。
「芋虫どもが来る。こい!」
そしてメオンの手を取り、半ば強引に引き寄せた。
「えっ? ちょっ、ひゃあん!?」
ヒイロの脳内でほんの少しだけの逡巡があった。
けれど、これしかないと決断した。
「しっかり掴まってろよ!」
言うが早いか、そのままメオンを片手で抱き上げた。
「~~~~~っ!!」
刺激に耐えるように、メオンは力を全身に込めた。
体を預けながら、両手両足をヒイロの背に回し、締め付けるような姿勢になる。
それでも収まらない尿意に負けまいと、必死に力を込め続けた。
計らずも全力で抱き着く体勢になる。
ヒイロにとっては締め付けが痛いくらいだったが、これなら振り落とされないだろうと駆け出した。
地面に降り立ったせいで蜘蛛の姿は気に隠れて見えない。
間に合ってくれよ、と内心で呟きながら強く地面を蹴る。
「まったく、とんだ災難だぜ……!」
蜘蛛を仕留める事は出来なかったが、それでも巣から落としただけでも意味はある。
野生の生き物は安全な場所で捕食する傾向にある。
巣を持つ生き物は巣に持ち帰ろうとするハズだ。
チヨコを攫ったトンボもそうだ。チヨコを殺したわけではなく、攫った。
巨大になっても生態の変化は少ないと、ヒイロは仮定する。
少なくとも攻撃してきたヒイロからは距離を取るか、あるいは反撃を優先するハズだ。
止めを刺して保存しようとするパターンもあるが、そうでないことを願うしかない。
ヒイロは並木を飛び出して、へたり込む男の前に立った。
その目の前では、巨大な蜘蛛が並木の中に消えていく姿があった。
どうやら逃げるつもりらしい。
「安藤、こいつ頼む! 守ってやってくれ」
「し、新藤……? 広院寺、さん……?」
涙で目を真っ赤に腫れ上がらせ、力なく項垂れる安藤が顔を上げる。
ヒイロはメオンを安藤の側に降ろそうとして、しかしメオンが離れない。
「おい、ここで待ってろ! あの蜘蛛を追う」
「……う、うん。わ、わかった……」
と言いながら、メオンはぎゅっと抱き着いてくる。
「……いや、力抜けって。降ろせないだろ?」
「分かってる、けど……! ダ、ダメぇ……! 今、力抜いたらぁ……っ」
少しでも力を抜いたら失禁待ったなしである。
メオンはどうやってもヒイロから離れられそうになかった。
何となく事情を察したヒイロは、だったらと片手を腰に回し、力を込めて抱き寄せた。
「ひゃぅ!」
「だったらちゃんと掴まってろ! 揺れるからな!」
グロテスクな腹部に走る黒と黄色のストライプ。
長い手足。
蜘蛛は超巨大なジョロウグモのようだった。
本来は巣に待ち伏せするタイプの蜘蛛だ。
地上での動きはそう早くない。
「安藤、手伝ってくれ! 捕まってるやつを助ける」
「た、助けるって……どうするつもりだよ! あんな化け物相手に! 藤田もやられた! 大村も、もう……」
「どうもこうもねぇ! まだ捕まってるだけだ! なんとかするしかないだろ! とにかく追いかけるぞ!」
ヒイロは手にしていた剣を安藤に渡し、校舎の壁に突き立てた長剣を引き抜いた。
半壊した蜘蛛の巣の真下に、全身から水分を抜かれたような人間の姿があった。
変わらない制服がやけに大きなサイズに見える。
恐らく、それが藤田の成れの果てなのだろう。
安藤と一緒に居た三人組の一人だ。
ヒイロは奥歯を噛みしめながら、その遺体から視線を並木に移した。
遺体が一つという事は、捕まっている大村はまだ生きている可能性が高い。
藤田と同じ目にあったなら、その遺体もここに捨てられているハズだ。
「な、なんだよ、コレ」
突然渡された奇妙な剣に、安藤が首をかしげる。
「見ての通りの武器だ。切れ味がヤバイから気をつけろ」
そんな事を言われても安藤にはまるで意味がわからない。
こんな剣など普通の人間は持ってない。
模造品の木刀ですら普通は持ち歩かないだろう。
バカみたいに巨大な蜘蛛だって意味が分からない。
あんなもの普通いるわけがない。
そんなやつに襲われた藤田もだ。
ワケがわからない。少しお調子者だが、悪いヤツじゃなかった。
蜘蛛に食われて死ぬなんて、そんな悲惨な目に合うなんて、絶対におかしいんだ。
「クソッタレ!!」
わけがわからないままに安藤はその剣を掴んだ。
金属で出来てるように見えたが、予想に反して驚くほどに軽い。
「あー、もう! 全然わけわかんねぇけど、わかったぜ! わかったさ! 藤田の敵討ちだ! やってやる!」
乱暴に剣を振り上げて涙を拭った。
「その意気だ。行くぞ!」
「俺に命令すんじゃねぇ! 俺は俺の意思で、アイツを絶対に許さねぇ!」
二人は並木に消える巨大な蜘蛛の姿を追いかけた。
2017/2/4 更新しました、だいしゅきホールド! 仲間が増えました。多分もう少し増えます。
2017/3/4 次回更新しました! さらに仲間が……
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