01:やれやれな日常
2016/09/25 呼称などを若干改訂。ストーリーには変更ありません。
よろしくお願いします。
「まったく、とんだ災難だぜ」
大げさに肩を落としながら、一人の少年が小さく呟いた。
その表情には覇気がなく、物憂げな視線が窓の外の青空を泳いでる。要するにやる気のない顔である。
パーカーのポケットに両手を突っ込んだ姿勢で、古びた廊下の窓際にぼーっと突っ立っている。
「おい新藤、無視してんじゃねぇぞテメェこら」
新藤と呼ばれた少年の目の前には、三人の男達がいた。
三人の真ん中に立つ、頭を派手な金色に染め上げた男が睨みつけながら顔を寄せてきたので、新藤は「俺ホモじゃないんで」と言いながら引いて逃げる。
「そうじゃねーよ! メンチだよ! メンチ切ってんだよ! ココにらみ合う流れなの! ヤンキーの常識だろが!」
男が顔を真っ赤にしながら意味不明な事をまくしたててきたので、新藤はとりあえず飛んでくるツバを器用に避けた。
「おいコラてめぇフザけてんじゃねぇぞ新藤テメェこら!」
「安藤さんをナメてんじゃねぇぞコラ安藤さんハンパねぇぞ新藤テメェこら!」
金髪頭、安藤の左右から二人の男達も怒鳴り始める。語尾みたいに言うな。
新藤とは違い、男達はやる気に満ち溢れているようで、新藤はその温度差に「はぁ」と心底面倒くさそうに大げさなため息を吐いて見せた。
「とりあえずその名前を連呼する頭悪そうなしゃべり方やめてもらえますか? この名前、好きじゃないんで」
「新藤あぁん!? 新藤てめぇ何えらそうな新藤てめぇその態度は新藤テメェこら!?」
嫌がらせのつもりか無理やり名前を連呼しようとしてもはや意味不明である。子供か。
「相変わらず口で言ってもわからねぇみたいだな新藤コラ! 大村! 藤田! やっちまうぞ!」
しびれを切らした安藤の言葉を引き金に、男達が飛びかかってくる。男達はそれぞれ、どこに隠していたのか木刀を手にしていた。
「まったく、いつも言ってますけど、これ、正当防衛ですからね……ってかそれ修学旅行のお土産ですか?」
聞いているのか分からないが念のための前置きだけして、新藤も動いた。
一瞬の後、三人の男達は木造の廊下に転がっていた。
遠くで鐘がなった。
昼休みの終わりを知らせるチャイムだ。少年は「やれやれ」と肩をすくめる。
いつもの不良の相手をするのも面倒で、わざわざこの旧校舎まで足を運んでみたものの、なぜか見つかった。そして結局は相手をする内に昼休みが終わってしまった。
今更、教室に戻って遅刻して目立つのも面倒で、午後の授業はサボってしまおうかと思う。
新藤ヒイロは転校生だ。
国内どころか世界各地を転々とする親と一緒に転校を繰り返している。
親の影響もあり運動神経抜群だったヒイロは、始めの内は転入する先々で人気者になっていたが、いつの頃からか友達というものを作らなくなった。
どうせすぐに離れてしまうと考えてしまうからなのか。いつの間にか周囲に上手く馴染めなくなった。
運動だけではなく勉強もそれなりに出来るほうで、一人でいることに支障はなかった。
最近では目立つことすら嫌っている。
早ければ一カ月もたたずに転校するような生活だ。
次の転校まで静かに過ごそうと思っていたのだが、この学校ではそれが上手くいっていない。
よくわからない上級生の不良三人組に目を着けられているからだ。
「まったく、とんだ災難だ」
不良程度なら何人にからまれようが問題はない。一人で返り討ちに出来るだけの力があるからだ。
だが、こうも毎日毎日からまれるのは、静かに過ごしたいヒイロにとってはまさに災難そのものだった。
古びた木造の校舎の中をあてもなくブラブラと歩く。
静かで良い所だな。
うるさかった不良達が静かになると、中々快適な空間であることに気づかされた。
明かりはなく薄暗い教室。ギッ、とかすかに木の床の軋む音。
木造建築の独特の木の香りが、どこか懐かしい。
使われていないハズの教室には、古い机が今も並んでいた。意外にも、あまり埃はたまっていない。
定期的に掃除でもしているのだろうか。
適当に入ってみた教室だったが、日当りもよく、時間をつぶすにはうってつけだと思った。
机を並べて簡易ベッドにすると、その上に横になった。
硬いのは仕方がないが、悪くない。
「平和だな、ここは」
ヒイロは暇つぶしがてらしばらくケータイを眺めていたが、心地よい陽だまりの中、だんだんと瞼が落ちて行った。




