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18:尿意は二度刺す

 巨大な芋虫といえど、神の力の一欠片である剣の力を持ってすれば容易く排除できる程度の脅威でしかなかった。

 教室を覆っていた芋虫の群れは、すぐに散乱するバラバラの死骸へと変わった。


「くそ、こいつらキリがないぞ……!」


 それでも、新たな芋虫が次々と教室へと入り込んで来る。

 外側の窓は全て割られてしまい、廊下へと続く扉も壊された。

 芋虫達の侵入を防ぐ手立てがないのだ。


「とにかくここから逃げましょう。メオンちゃんの神器があるとはいえ、永遠と相手をしてはいられません!」


 窓や扉を塞ぐ道具もないヒイロ達に他の選択肢はなかった。


「大賛成だぜ、委員長!」


 ヒイロの振るう巨大な剣が、その振速を上げた。

 真っ青に染まりきったパーカーを翻し、教室に残っている芋虫達を一網打尽にしていく。

 そのまま扉へ突っ込むと、新たに侵入してくる芋生虫達を振り下ろす一撃の元に薙ぎ払う。


「俺が道を切り開く! 二人とも離れるなよ!」


 振り返ることなく、ヒイロは廊下へと突き進んだ。

 それはこの異様な世界で、何よりも頼れる背中だろう。


「わかりました! メオンちゃん、行きましょう!」


「ちょ、ちょっと待ってぇ……!」


 チヨコがそれに続こうとするが、その一方でメオンは動けなかった。


 メオンの尿意は収まる事を知らないのだ。

 必死に我慢してはいるが、その我慢の防波堤も、少しでも動けば決壊してしまう。

 最早それは確信だった。少しでも集中をかけば、終わる。

 メオンの額からダラダラと汗が流れ落ちてきた。


「メオンちゃん!? どうかしたんですか!?」


 明らかなメオンの異変を見て取ったチヨコが駆け寄ってきた。


「え、えっと……その……」


 言わなければならない。

 今、自分たちは命の危機に瀕している。頭では分かっている。

 恥じている場合ではない。

 自分だけでなくチヨコも巻き込んでいるのだ。

 恥じている場合ではないのだ。

 黙っていては無駄に時間を消費するだけなのだから。


(い、言えないよぉ……!)


 こんな状況で「おしっこ漏れそうで動けない」なんて言えるわけがなかった。

 言えるわけがないのだ、そんなふざけた台詞を。

 そもそも言ったところでどうなるというのだろう。

 誰にメオンを助けられるというのか。

 この尿意をどうして鎮める事ができるのか。


 どうしようもない事態にメオンは絶望して泣きたくなった。

 というかすでに涙が滲んでいた。


「どうしたんですか? お顔が赤いですよ、メオンちゃん……?」


「待って! さ、触らないで!」


 心配してメオンの頬に触れようとしたチヨコに、メオンは咄嗟に叫んだ。


「あっ、ん……!!」


 叫んだ拍子に、ソレが微かに零れた。

 それでも決壊は免れた。


 微かにこぼれたソレが内股を伝う感触がソゾッと這い上がってくる。

 それでも歯を食いしばって下半身に力を込めなおした。


 今のメオンにはどんな小さな刺激も危険だった。

 今のメオンは、いつ暴発してもおかしくない危険物を全身で抱えているのと同じ状態なのだ。

 火気厳禁、衝撃禁止の絶体絶命的な状況だ。


「メ、オン……ちゃん……?」


 そんなメオンの目の前で、チヨコの体から不意に力が抜け落ちた。

 カランと手から滑り落ちた一対の神器が軽い音を立てた。

 バタリと床に倒れ込み、チヨコはそのまま動かなくなった。


 メオンに拒絶された。

 そのショックでチヨコは一瞬にして気を失ったのだ。

 最愛のメオに拒絶されるなど、チヨコにとってはその精神を破壊するにも等しい出来事である。

 失神するのも当然の事だった。


「チ、チヨコ!?」


 その理由にも気づかず、突然の予期せぬ出来事に思わずメオンは手を伸ばした。


 伸ばしてしまった。


「ひゃあうぅん!?」


 そして集中は途切れてしまった。


 倒れ込むチヨコの体を抱き寄せようと伸ばされた手は届くことなく、それより先にメオンの脚が震えて落ちた。

 防波堤は決壊し、水流が迸る。

 ペタンと倒れ込んでも放出は収まることがなく、床に水面の広げていく。


「どうした!? 二人とも無事か!?」


 教室に飛び込んできたヒイロが目にしたのは、おもらしの海に沈んだメオンとチヨコの無残な姿だった。

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