15:侵略される教室
陸上競技の種目の中に、槍投げという種目がある。
読んで名の通り、槍を投げる競技だ。
一流ならば100メートル近い距離を投擲するこの競技だが、一流でなくとも、素人にでも数メートル程度の距離ならば簡単に投擲することができる。
それは投擲という技術が、人類が持つ本能的な技術の一つだからだ。
そしてヒイロのように、少しでもその経験があれば、なおさらそうだった。
海外の学校で、ほんの少しだけやったことがあるそのフォームで、しかし本来とは違う距離など度外視した威力重視の低空への投擲である。
全身の体重を、槍に見立てた折れたホウキを握る左手から、一気に前方へと傾けながら放る。
転げるような滅茶苦茶なフォームではあったが、威力を伝達する事には見事に成功していた。
放つ、というよりは、弾けて飛び出すようなソレが、ブンと風を切る。
その先端が、芋虫の体を貫通するまで、瞬きをする間もないほどの速度だった。
それに一瞬だけ遅れて、椅子から伸びる四つの足先がその体にめり込んだ。
「おらあああああ!」
ヒイロはそのまま、椅子ごと芋虫を窓際まで押しこんで行く。
ガツンと窓際にぶつかると、すでに動かなくなった芋虫の死骸を足場にして、今度は窓際から侵入しようとしていたもう一匹の芋虫を蹴り飛ばして外へ落とした。
「メオンちゃん! 大丈夫ですか!?」
「委員長! 後ろだ!」
「えっ、きゃあ……!?」
メオンに駆け寄るチヨコに、扉側から侵入してきた芋虫の突進が襲いかかっていた。
ヒイロの声に、咄嗟に身をかわしたチヨコだったが、芋虫の巨体がわずかにかすり、突き飛ばされた。
綺麗に並んでいた教室の机のバラバラに崩れる。
机の中に入っていたのか、プリントが宙に舞った。
「チヨコ!」
「メ、オンちゃん、ケガはないですか……?」
「う、うん。私は大丈夫だから!」
攻撃を受けながら、チヨコは自分よりもメオンの心配をしていた。
体勢を崩しはしたものの、深い傷はないらしく、すぐに立ち上がって落としたガラス片の代わりに椅子を手に取った。
周囲を警戒しようと振り返ったチヨコの目の前に広がっていたのは、一瞬にして変わり果てた室内だった。
扉や窓から次々と芋虫たちが侵入し、まるで芋虫のための学校のように、教室は芋虫だらけになっている。
その光景に、チヨコは唖然とした。
「チヨコ!」
メオンの叫びに慌てて振り返ると、ズン、とチヨコのすぐ近くまで迫っていた芋虫の背中に椅子を突き刺すヒイロの姿があった。
「委員長、無事か!?」
「え、えぇ」
「ふぅ、良かった……。二人とも、あんま無茶するなよ。ここは俺に任せて良いからな」
突進を受けたチヨコの安否だけ確認すると、ヒイロは近くの椅子を抱えて再び芋虫の群れに戻って行った。
「す、すごい……」
男女の差があるとはいえ、それでもヒイロの身体能力は桁違いだった。
ヒイロは巨大芋虫たちの体に、まるで墓標のように次々と椅子を突き立てていく。
メオンだけでなく、少しは戦えると自負していたチヨコから見ても常軌を逸した戦闘能力だった。
新藤ヒイロという少年がこの場に居なければ、二人の女子は抵抗する事も出来ずにこの虫たちの群れに飲み込まれていただろう。
だが、そんなヒイロの攻勢も長くは続かない。
次々に現れる芋虫の群れに、ヒイロにも疲れが見えて来た。
ほとんど一撃必殺に近かったその動きも、だんだんと鈍っている。
その理由に、二人は気付いていた。
ヒイロは、二人を守るようにして戦っている。
自分の近くにいる芋虫を次々と倒しているわけではなく、二人の近くに来る芋虫を最優先に殺すために必要以上に動き回っているのだ。
チヨコはその負担を少しでも減らすために戦っているが、複数からの攻撃に注意しながらとなると、なかなか戦果を挙げられずにいた。
その要因の中に、恐らくは自分を守るためにも注意を払っているせいもあるのだと、メオンは気付いていた。
「このぉ!!」
やみくもに振り回したバットが芋虫の体に触れる。
不気味なほどの弾力の前に、バットによる打撃など無意味だった。
メオンは泣きたくなる。
それは怖いからではない。
役に立たない自分の姿が情けなくてたまらなかったからだ。
この異様な世界で、メオンは助けられてばかりだ。
目をそむけたくなるほどに異様で、全身の肌が泡立って弾けそうなくらい不気味な光景を前に、沸き上がるのはそんな常識外れの超常への恐怖ではなく、二人を助けたいという、力になりたいという、ひどく純粋な願いだった。
「え、な……なに、これ……?」
そのメオンの想いに応えるように、メオンの生徒手帳が輝きを放った。




