12:それぞれの武器
教室は重たい空気に包まれていた。
それはこの教室に入ってからずっと漂い続けていた不安の表れでもあったが、チヨコの言葉の後、まさに不安の大きさと比例するように今まで以上に重たくなっている。
ヒイロはというと困惑していた。
彼にとってのクラス委員長、チヨコの様子が明らかにおかしいのだ。
転入したてのヒイロに気を使ってくれていた優しい彼女の面影が消えたわけではないが、それ以上に、今まではなかった冷たさをもって接して来ているのが嫌でもわかる。
メオンはチヨコと面識があるようだが、メオンもその様子には気づいているらしく、どこか対応がぎこちない。
チヨコもこの異常な状況に混乱しているのだろうか。
「と、とにかく、これからどうするか考えましょう!」
教室に重く沈んでいる不安を振り払うために出来るだけ明るく振舞おうとしたのか、メオンが今まで以上に大きな声でそう言った。
「……そうですね。ジッとしていても事態は好転しないでしょうから」
「あぁ、そうだな。この教室だっていつ襲われるか分かんねぇしな」
未知の化け物に襲われるかもしれないこの状況での大声など、自ら危険を招く自殺行為でしかないとわかっていた二人だが、その気持ちを察して咎めるような事は言わなかった。
それでもヒイロは扉や窓には意識を向け、脅威の接近には機敏に備える。
チヨコも同じように意識と払っているのを見て、少しだけ感心する。
混乱しまくっているメオンに比べると、チヨコはこの異様な状況にもかなり適応しているように見える。混乱しているわけではないのだろうか。
「うん! ……けど、それで、どうしようか?」
少しは空気が和らいだと感じたのか、二人の反応に満足気に頷いたメオンだが、何か提案があるわけではなかった。
必然的にメオンの代わりにヒイロとチヨコがそれぞれ案を出す事になる。
「他にも俺たちみたいに巻き込まれている人間がいる可能性が高いなら、まずはそいつらと合流した方が良くないか? 単独行動は危険すぎる」
「そ、そうね。あんな化け物が徘徊してるんじゃ、身動きできなくなって困ってる人がいるかも」
ヒイロの提案に同意したのはメオンだった。
それは巻き込まれているかもしれない誰かを純粋に心配してのものだったが、ヒイロにしてみれば、それが自分たちのためでもあると考えての提案だった。
人数が増えれば、出し合う知恵も仲間としての戦力も、単純にプラスになるハズだ。
それらは自分たちが生き残る確率の上昇に繋がる。
「私はこの伝承を頼りに状況を解明するつもりです。この学校の図書室になら参考になる資料があるハズですから」
対して、チヨコはこの不可解な状況の解明を提案した。
「そ、そうよね! まずが原因を解明しないとどうしようもないのよね」
再びメオンが同意する。
とにかく喋って気を紛らわしたいようだ。
「お前はどっちなんだよ……」
つまりは何も考えていないらしいメオンに、ヒイロがため息を吐く。
メオンの気持ちも分かるが、まずは方針を決めなければ話が進まない。
「お、お前って何よ! 私の名前は広院寺メオンよ! ちゃんと名前で呼びなさいよ!」
「あ、お前がそれを言うワケ? お前こそ人を変態扱いしないでちゃんと呼べっての!」
「ちょ、ちょっと、二人とも、今は言い争いしている場合じゃ……」
「変態は変態でしょう! 変態なんて言われるような事するアンタが悪いわよ!」
「あら、新藤君? その話、詳しく聞かせて貰えますか? いったいメオンちゃんに何をしたんですか?」
「いや、俺はコイツを助けようとしてだな……あれ、委員長? その手に持ってるガラス片は……」
「気にしないで下さい、新藤君。なんでもありませんから。お話を続けましょうか?」
「ちょっと、チヨコ!? 落ち着いて! ストップ! ストーップ!!」
「あら、メオンちゃん。私は落ち着いてますよ。うふ、うふふ」
それからチヨコを鎮めるのに二人がかりでかなりの時間を要した。
最終的にはメオンの発言は言葉の綾だったという事にして、なんとか納得させた。
どうやらメオンに関わると様子がおかしくなるらしい。
メオン自身も困惑してるところを見ると、いつもこんな調子というわけではないようだ。
やはりこの異様な状況に、チヨコも多少なりとも混乱しているのだろう。
「と、とにかく! このままでは行く当てもないわけだし、まずは図書室に向かいながら様子を見て行くわよ。それで良いわね?」
「そうですね。メオンちゃんがそう言うなら……」
「……そうだな。向かいながら状況を確認して行こう」
ヒイロとチヨコの提案を折衷した形で、ひとまずの行動方針とする。
図書室で参考になりそうな真宵ヶ丘の伝承関係の記録を探すがてら、道中の様子を探る。
そして他に巻き込まれた人間を見付けた場合には、その救助を最優先とする事とした。
ふぅ、とメオンが珍しいため息を吐く。
それを決めるだけに異様に疲れたのはヒイロだけではなかったらしい。
恐らくは化け物との遭遇は避けられないだろうという判断の元、それぞれ武器となりそうなものを教室で物色し、持ち寄る事にする。
「私はこのバットを借りるわ」
メオンはクラスの野球部員のものらしい金属バットを引っ張り出してきた。
部室ではなく教室にあるということは、完全な私物なのだろう。
良く磨かれたバットの中腹あたりに、走り書きの英語のような文字が見えた気がしたが、ヒイロは見なかったことにした。
持ち主にはちょっと可哀そうな気もするが、今はそうも言っていられない状況だ。
チヨコはというと、出会った時からずっと持っていたガラス片を持ったままだ。
「私はこのガラス片を持っていきます。討伐の実績もありますから」
ゲームみたいに言われて少し困惑したが、確かに殺傷能力は高そうに見える。
リーチの短さゆえ、よほど肝が据わっていないと武器に選べないものだろう。
ヒイロは教室の隅にあったロッカーから箒を取り出すと、その先端を乱暴にへし折った。
簡易性の槍だ。
「俺はこれだな」
力加減が上手くいったのか、乱暴におられた先端はちょうどよく尖っている。
準備を終え、「さぁ、行きましょう」とメオンが扉の前に立ったところで、チヨコが声を上げた。
「あ、そうだ。メオンちゃん」
「ん? チヨコ、どうしたの?」
「これ、メオンちゃんの机の上に置いてあったんだけど……」
そう言ってチヨコが制服のポケットから取り出したのは、広院寺メオンの生徒手帳だった。




