11:学校の伝承
「願いに迷う旅人は、白昼夢の如き世界へと誘いを受ける。もしも旅人の命を計る試練の世界を生き延びたなら、神は願いを叶えてくれる」
メオンの説明はたったそれだけだった。
それが真宵ヶ丘高校で良く知られている一説だという。
怪談話など好きな方ではないらしいメオンもそれだけは聞いた事があった。
「進路相談なんかでも例え話みたいに使われてるのよ。だからこの学校の生徒や教師たちなら皆が知ってると思うわよ」
高校の二、三年生といえば、まさに進路に迷う時期だ。
そんな生徒たちへの励ましにはうってつけの話であり、実際に教師たちには使われているらしい。
進路に迷っているなら、迷い抜け。
迷い抜いたその先にこそ幸福が訪れる。
そういう解釈で生徒たちの背中を押すのだ。
「なるほどな。しかし、なんというか、たとえ話にしてはヘタクソというか、なんか妙な伝わり物だな」
妙な話だな。
ヒイロの印象はそれだった。
怪談話にしては怖がらせようという要素が薄いし、そもそも話自体がヤマもオチも意味もないような平坦さだ。
いったい何度聞いたら記憶に残るのか、こんな話が良くも伝統的に残ったものだと感心する。
「それで、その試練ってのがこの巨大昆虫の大群に襲われるって事か?」
「そ、そうね……命を計るってくらいだし、命がピンチなくらいの世界なんだから、まぁ、そうなんじゃないの?」
適当だった。
メオン自身、あまり知らないのだから仕方がない。
「詳しい話はそこまで有名じゃありませんから、私が説明しますね」
そんなメオンの話を引き継いだのはチヨコだ。
メガネの縁をクイっと正して話はじめる。
「この真宵ヶ丘の高校の敷地には、別の世界に繋がる『門』があると言われています」
「……門?」
「はい、『門』です。これは所謂、この世界と別世界の繋ぐ入口の事ですね。『門』は私たちの住むこの世界を始めとした数多の世界と繋がっていて、その全ての世界の管理者たる『神』が存在しているという言い伝えが真宵ヶ丘という土地そのものにあるのです」
「なるほどな、この土地に伝わる伝承が学校の噂話と混じってるわけか」
それならば、面白味のない話が伝わり続けている理由にもなる。
真宵ヶ丘という町の中心にある学校が、その民話の影響を受けるなんて当たり前の話かもしれない。
「恐らくはそうでしょうね。多くは簡略化されて伝わってはいますが、図書などとして残っている話もあるんです」
「へぇ。じゃあその図書の中には、巨大な昆虫達の世界と繋がったっていう記録でもあるわけか?」
「えぇ、そうですよ。恐ろしい悪夢のような白昼夢の世界。私たちのように数人の人間が、いつもと様子の違う校舎で、巨大な虫の群れに襲われる話が記録されています」
冗談で聞いたつもりだったが、あっさりと肯定された。
しかも、わりと良くない単語まみれで。
「……マジすか。それ、似てるってレベルじゃないだろう。今の状況と同じじゃないか」
「えぇ、だからヒントに成り得ると考えました」
チヨコは冷静に分析しているようだったが、ヒイロはこの状況にさすがに気味の悪い物を感じてしまう。
様々な世界で、様々な伝承は聞いてきた。しかし、それが実話だった試しはない。
あくまでも架空の話だ。
ありえないほどに壮大で残虐な物語たち。
だからこそ人は興味を惹かれ、語り継がれるとだと、ヒイロはそう思っていた。
神話だからこそ伝承たりえるのだ、と。
伝承通りの世界など、ヒイロにとって初めての経験だった。
それが良い出来事だとは思えなかった。
「ねぇ、その話だと、その、私たちみたいに巻き込まれた人はどうなったのかって、書かれているの?」
おずおずと興味を示したのはメオンだ。
その点にはヒイロも興味があった。
もしも自分が伝承の物語の中にいるのならば、いったいその物語の結末はどこへ向かうというのか。
二人の視線を受け、チヨコが口を開く。
「はい、最後まで書かれています」
ほんの一瞬、間があった。
チヨコの視線が静かにヒイロを射抜いた。
短いはずなのに、やけに重たい空気が流れた気がした。
「残念ながら、全滅ですけれど」




