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空へ  作者: 在庫
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後編

 母の問いに、走馬灯の如く父の思い出がよみがえる。

 私は父の子どもで幸せだったか、否か。母の真摯な瞳に、どう答えればいいのか躊躇したが、正直に伝えるのが1番だと結論づけた。


 「母さん、私ね。幸せだったかはわからないの」


 私のスーツに力強くしがみ付いて母の手をそっとはずそうとする。しかし、ますます母は手に力を込めてしまい、外すことはできなかった。


 「でもね、父さんの子どもで良かったとは思う」


 幸せだったかどうかなんて、私にもさだかじゃない。

 ただ、私の頭をいつも豪快に撫でていた父の手は、確かに暖かかった。家族みんなで笑いあった時間は本当に楽しかった。何より、父は父なりに私を可愛がってくれたと思うから。


 いつも自由で何物にも縛られない子供のような父を、今になって思えば、私もどこか憎み切れてはいなかったのだろう。

 何ともやっかいな男に母は惚れたな、とつくづく思った。


 「――そっか、よかった、本当によかった」


 母は私のなんとも中途半端な返答を聞くと、心底ほっとした表情をして、私から手を離したと思うと、ポツポツと涙を流しはじめた。

 とめどなく母に、私は焦らずにはいられなかった。あんなにも惚れぬいた父の死にも涙1つ溢さなかったのに、私の言葉でさめざめと泣いているのだ。


 私はどうしていいのかわからなくなり、母が泣きやむまで無言で隣に座っていた。



 


 あのね、と母は遠慮がちに私に話しをふった。


 「お母さんね、昔から、すごくお父さんのことが好きだった」

 「……そうだろうね」

 「出会ったときから、子供っぽいひとでね。でも、明るくて無邪気で、大きな声で笑うお父さんがにね、惹かれずにはいられなかったの。……お母さんの1目ぼれだったわ。付き合ったときも、結婚したときも、すごく幸せで。お父さんとの間に、今日子が生まれてもっともっと幸せになったの」


 父との思い出を紡ぎながら、母は本当に幸せそうな顔でほほえむ。


 「浮気をね、初めてされたのはもうずっと前で、もう思い出せないの」


 来るものは拒まず、去るものは追わない。それが父のライフスタイルだったのかもしれない。母と同じように、父に母性をくすぐられた女性は多く、父はその女性たちとの逢瀬を決して止めることはなかった。

 「寂しがりだったのよ」と言って、母は目を細めた。


 「若いころはね、お母さんもこだわったのよ。愛する人のたった1人になりたいって」


 だから、浮気をされるたびに、浮気相手と別れてくれと父と大ゲンカをした。今日子には、親の勝手で親のいやなところを見せたくなかったから、お義母さんにあずかってもらってたのと、今になって当時の裏話を教えられた。

 うん、なんとなく気づいてたよ。

 祖母は、いつ母が父を見放すだろうかと、いつも怯えていたから。


 「私が泣いて騒いだら、お父さんもその時の浮気相手とは別れてくれたの」

 「……でも、父さん、止めなかったよね」

 「そう、次から次に新しい浮気が発覚して。随分としたから、お父さんはそういう人なんだって気がついたの。甘えていいという相手には、誰にもでも甘えてしまう人。それがお父さんなんだって」


 白髪が交じりはじめた髪をかきあげながら、空へ上る黒煙を再び見つめる。私に言ったつもりでも、想いははるか彼方へ旅立った黒煙へとむけられている。


 「惚れた弱みでね、どうしてもお父さんから離れられなかった。近くにいるだけでも、十分に幸せだって思えたのよ」


 すでに中年期にさしかかった母には、若いころの強さはなく、老いとともに諦めることを覚えてしまったのか。それでも、父に少しでも淡い期待をもって、母は父を待っていたのだろうか。


 「お母さんは、それでよかったけど、今日子は私のわがままでまきこんでしまった」


 母が、両手で顔を蔽い隠した。ああ、また母は泣いてしまう。


 「私にとっては愛する人でも、今日子にとって良い父親だったとは言えないし、私だってあなたのことを1番に考えず、自分のわがままを突き通してしまった……っ!!」


 母さん、いつも、私に負い目を感じての? 

 

 「……今日子、ごめっ」

 「いい、母さん。その言葉は言わないで」

 「今日子っ……」

 「私、父さんの子で良かったし、母さんの子で良かった。それでいいじゃない」


 お願いだから、その小さくなってしまった体をさらに縮こませないで。そんな母さん、見たくないよ。


 「今日子、今日子。ありがとう、本当にありがとう。」

 

 母は私に抱きついて、おいおいと泣き続ける。

 母さんが、幸せだったのなら、私はそれでいいと思うから、今までつらかった分、母が泣きつきるまで、背中をさすってあげたいと思った。




 

 空へ昇っていく黒煙をみつめる。


 父さん、私は父さんの子どもで幸せだったし、不幸だったと思う。

 いつも全力でわたしを可愛がってくれたし、私は父さんの大きな手が大好きだった。

 いつも自分が1番で、母さんを泣かせっぱなしで、軽いところが大嫌いだった。

 でも、父さんと過ごした日々は楽しかったよ。


 私、今までわがままなんて、あまり言ったことなかったね。最後くらい、お願い聞いてくれない?

 自分の好き放題やったんだから、これからは母さんを見守ってほしい。母さんだけを見守って。


 いい加減、一途になってよね? 父さん。 






ぴったり、3話に納まってよかったです。本当はもっと書きたいこともありましたが、うまくまとまらず、最終的にこういう終わり方になりました。ずっと前から書きたいと思っていたものなので、とりあえずかけて満足です。


オマケですが、父の名前は「茂彦」母の名前は「善代」でした。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

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