中編
私の親戚の女性たちは揃いも揃っておしゃべりだ。よくもまあ飽きないものだと思う。
大抵は噂話や人の陰口。彼女たちの夫や姑といった身内から、隣人や仕事先のお得意さんまで。彼女たちのターゲットは止まるところを知らないらしい。
彼女たちの1番の話のネタになった人物は、私の両親だろう。
「シゲさん、また浮気したんですってねぇ」
「本当に毎回毎回、懲りない男ね」
「ミヨさん、浮気されても、最終的にはシゲさんのこと許しちゃうから」
「それが男を調子づかせるっていうのに、ミヨさんって馬鹿よね」
「私なんて1回でも浮気されたら耐えられないわ、即離婚よっ!」
「そうよね!ミヨさんの神経疑うわぁ〜」
そんな井戸端会議を、こんな時に繰り広げるあなたたちの神経のほうが疑わしい。
祖母の三回忌、親戚が祖母の家―今では父の長兄夫妻が継いだ家―に集まっていた。お坊さんもお寺へと帰り、法事がひと段落ついた時に始まった井戸端会議。偶々、裏で話し合っていたことを通りすがりに、耳にしてしまったのだ。
井戸端会議を聞いた私の感想は、否定できないな、だった。
中学に上がったころから、日曜日すら父は家に寄りつかなくなった。最初のころは、出張だとか残業が原因だと、母は説明していたが、1年もたてばそれすらも消えうせた。
このころになれば、私も物事を察することが出来る年ごろになっていて、祖母の家に預けられることが多かったのも、父が原因なんだろうと結論付けていた。私はなんともさめた子供へと成長した。
家に寄りつかない父、多分浮気を繰り返しているだろう父。「嫌だ」と思わなかったわけじゃない。複雑な年ごろだった私が、父の裏切りをたやすく受け流すことなんて不可能だろう。
それでも、私はなにもわからないフリをして、毎日をやり過ごしていた。すべては母の為だ。
時々、私は深夜に目を覚ますことがあった。
深夜目が覚めて、自室の扉を開ければ、いつもリビングの方の明かりが控え目に灯っているのだ。リビングへと歩を進めれば、そこには、ソファーに小さく座っている母の姿があった。
「今日子、起きてたの?」
「なんかのど渇いて、目、覚めたの」
「そう、早く寝なさいね」
「……母さんは、寝ないの?」
小さく電気だけをつけて、テレビも雑誌も見ずに、ただただ、ソファーに座っている母。
「……うん、もう少しだけ、起きてるわ」
まだ春先で夜は冷えるのか、肩にかけていたショールを掛け直しながら、「明日も早いんだから、寝なさいね」と私に微笑みかけた。
私は冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、2階の部屋へと戻る。リビングのドアを閉める際に、もう1度母の顔を眺めた。
母はじっと、部屋の壁時計とにらめっこしながら、ソファーの上で小さく縮こまっていた。
「なんで寝ないの?」
とは聞けなかった。もしかしたら、父が帰ってくるかもしれないと思い、母はああやってじっと待っているのだろう。母の健気過ぎる行動が、心臓に痛かった。なぜ、あんなにも母に答えてくれない父に、そうまでして尽くそうとするのか、私には理解しがたい。
たまに帰ってきたときの父は、相変わらずだった。父が帰ったときだけ、母は笑顔だった。
「今日子、ゲームやるかー?」
「あー、格ゲーは嫌」
「えっ!?なして?」
「私、絶対に父さんに勝てないじゃん。格ゲーはやんない」
「……今日子ちゃん、つめた〜い」
「いい年こいたオヤジがいじけないで。シューティングは?」
「おぉっ!そしたら新作やるかっ!」
私たちは外で駆け回るたりすることは無くなったが、いつも2人でゲームなどをして遊ぶことは、小さい頃と変わらない日常。ハイテンションで遊びまわっていた子供のころより、格段にローテンションな高校生の私に、父は不貞腐れることも度々あった。
子供のような父は、いくつになろうとも、全力で私を可愛がってくれていたのだと思う。
そんな私たちを、母は昔と同様にほほ笑みながら見守るのだった。
母はどんなに小さな体をさらに小さくして、毎日のように深夜過ぎまで帰ってこない父を待っていても、父の携帯番号のディスプレイに、いつも見覚えのない電話番号が表示されていても、私は何も追及することはなかった。
自由に生きている父さんはいいだろうけど。
ただ、待つしかできない母さんは、幸せなのだろうか?という疑問を心に秘めて。
3か月以上放置して、申し訳ありませんでした!
空へだけではなく、ほかの小説でも全く更新していなかったというのに、覗いてくださっていた方々には、本当に感謝の言葉しか思いつきません。
これからもマイペースな更新になってしまいますが、定期的には更新していきたいと思います。