フィーバー。
3番手。剣士タイプ。ロングブレードではあるが、ほどほどの長さと重さ。泉鬼と同速なら、ちょっと不味い。遅ければ、リーチで削れる。さてさて・・
・・そうだ。私は、もう薙刀を失っているんだった。
2人抜かれて、相手も熱くなっている。最初から突っかけて来るだろう。タイミングを合わせれば、秘呪札先番を食らわせられるか?どうする、私。
いや。リーチが足りない。武器が有ればともかく、相手の斬撃の発生の方が早いだろう。むう。
「始め!」
考えがまとまる前に始まってしまった。参ったなあ。
考えつつ、泉鬼は最高速度で走っていた。足を破壊されていないのは幸運だった。
ダメージを負っている、武器を失った方が、全速力で来た!だが、相手も、その戦法は見ている!必殺技の発生距離もだ!
秘呪札先番、千殺万札、どちらも見られている。対応は、難しくないだろうなあ・・。
どちらも使わず、相手の周囲を回る。胸元からあふれ出る大量のお札。お札は、剣士に攻撃をかける!
2戦目の銃と同じだ。軽く、ダメージは稼ぎにくい。それでも、削りにはなる。そして、何より、エフェクトが発生しまくり、目くらましになる。お札、カード、そう言うタイプの攻撃手段を取るシルエットは、少なくない。見た目が派手で、かつ実用的な副武装だ。武器を必要とせず出せるのは、かなり有効だ。ただ、感覚が難しい。手で触れてお札を投げるのではない。胸元から、と表現したが、その実、いきなり出現するものだ。無数のお札を、生身の人間には無い感覚器官で操る。言うなれば、人間の体毛。髪の毛でも良い。それら全てを、自分の意識下で操るようなものだ。人間は両の手指をすら、自在に操るのは難しい。疑問に思うなら、やってみると良い。右手で文章を書きながら、左手で絵を描く。どっちかに集中させて!と思うだろう。泉鬼、あるいは他のシルエットも、お札を操りながら棒立ちしているわけではない。敵の様子を伺いつつ、接近し過ぎていないか、敵の必殺技の発動条件を満たしてしまったかどうか。考えながら立ち回っているものだ。その中で、更に動かすべき手足が増える。途方も無く面倒な作業だ。極めれば、便利ではあるが。
先述した通り、お札は決定打にはなりにくい。敵は、焦らずこちらの動きを見ている。泉鬼の必殺技の間合いに入らないようにしながら、接近するタイミングを伺っている。相手は、こちらの秘呪札先番の発動条件を知らない。警戒はさせられる。千殺万札に巻き込めれば、確かなダメージを残せるが。まだ、50ポイントすら与えていない。
さあ、どうする。
ゴ!
振り下ろしが来た!明らかに間合いの外。ここで、真っ直ぐに剣閃が来るタイプと、剣閃が広範囲に広がるタイプが有る。
泉鬼は更に加速。お札をバラ撒きつつ回り続ける。剣閃は真っ直ぐ来た。回避成功。
100ポイント突破。副武装では、部位破壊は不可能。このまま削る以外、勝ちパターンは存在しない。
敵は、中距離からの勝利を諦めたらしい。踏み込んで来た!
体捌きのみで、躱す。幸い、ロングブレードの振りは速くない。
速く、ない。と言って、武器の無い状態で躱し続けるなどと。
200ポイント突破。まだ、敵の攻撃は当たらない。試合開始より、10分。2ラウンドが終了し、最終ラウンドが始まっている。このままなら、判定で勝てる。試合が始まってよりのダメージ計算で、判定は行われるため。
相手も我武者羅に剣を振るう。かなり荒い動きだ。しかし、剣士タイプの鋭い斬撃は、そのまま。
だが当たらない。
確かに、泉鬼は巫女。重装甲の鎧などとは違い、ひらひらした服。軽快に動けるのは、道理なのだが。
3ラウンド終了。判定勝ち。相手は、防御を捨てていたため、351ポイント削られていた。
うわあああああ
前年度勝者に、3人抜き。泉鬼は、会場中の注目の的になった。
「己業君のおかげ」
「おれも役に立てて、嬉しい」
喜び合う部員。言うまでも無い事だが、戦草寺の練習相手は、野牛と己業。近接最強級攻撃を持つ野牛。戦草寺も知らないが、接近戦同年代世界最強の己業。この2人を相手に修練を積んで来たのだ。戦草寺を接近戦で仕留めるのは、少々骨だぞ。
4人目。強弓。不味い。
2人目の銃使いと同じく、遠距離攻撃型。しかし、明確な違いも有る。それは、射撃精度の圧倒的な高さ。強弓は、引き絞るのに溜めを必要とする。1射1射に時間を食うのだ。その分、命中率はものすごく高い。タマ込めに時間を要するタイプ、ボーガン、大砲・カノン、スナイパーライフル、これらは全て時間を取る代わりに命中精度が高い。そして、近接系に取って、かなり厄介な相手だ。遠距離から、通常攻撃1発のダメージと全く同じ射撃をしてくる。こちらが近付けば、カウンターの必殺技でお待ちかね。そして、必殺技の影響の残っている内に、更に距離を取り、また射撃。2戦目の相手のように、10分の1とかで計算してくれない。近接と同じ重さで計算される。
ちなみに、近接系に取って、最も嫌な相手は、自分より上手の近接系だ。遠距離系は、運が良ければ、一矢報いる事も出来る。やはりプレイヤーのレベルによるにせよ。しかし、相手のレベルが上の、同じタイプは、引っくり返せない。己業と鬼業の関係を思えば良い。その、自分の得意領域で、上なのだ。何も出来ない。
泉鬼の足は速い。だが、相手の攻撃精度ならば、接近までに足を破壊される。そうなれば、薙刀を持たない泉鬼など、的以下。置き物でしかない。
だから、こうするのだ。
開幕、千殺万札!まだ、距離が有る!!
強弓は、距離を取る、そう、スナイパーなら、そうするよなあ!
全速力!!!敵の視界は、2秒存在しない!
1秒、敵の引き足は、泉鬼を超えてはいない。そして、前進する走力は後退の足より、はるかに上!
2秒、敵は、まだこちらの行動を知らない。全速力を維持しつつ、お札を背後に回らせる。この時、お札の発生は、知らせない。
3秒、敵の視界は晴れる。技の消滅時は、エフェクトがかかりつつ徐々に、ではなく、唐突に全てが消える。
強弓と泉鬼の距離は、残り10メートル。泉鬼の踏み込みの速度なら、2秒で近付ける。だが、2秒有れば、弓を撃てる。敵は、構え、
こけた。
お札には、威力は無い。現在、10数枚が強弓の足にくっついているが、数ポイントしか削れていないだろう。だが、物理実体として計算されているのだ。足をすくえば、当然こける。しかも、敵は、こちらから距離を取ろうとして、後退していた。重心移動は容易く読める。その足裏部分に仕込めば、当然こうなる。
オオオオオオオオオオオオ!!
したたかに後頭部を打ち付ける形で転んだ強弓を、まず蹴る!!頭部を真横から、強弓の体が半回転する勢いで蹴り抜く!頭部部位に、1回の攻撃カウント。敵必殺技は、恐らく真正面への発生。もっぺん転がれ!2回、3回、4回、頭部破壊成功!!!
遠距離攻撃型は、基本的に重い。強力な武器を扱うための、姿勢制御をしなければいけないからだ。その体を動かす、重い武器を操る強固なパワーも兼ね備えているはずだが、まさか転んだ体を起き上がらせるトレーニングはしていまいよ。
頭部破壊によって、敵の視界は著しく制限された。だが、頭部以外は無傷、そして得物も。
右利きか?気が合いますね。
腕を取り、折る!1回のカウント!腕を蹴る!2回!逃げようとする敵を更に蹴り飛ばし、お札を足にまとわりつかせ、立たせない!3回目!蹴る!4回!蹴るっ!折れろおっ!
右腕破壊!
もう、弓は引けない。
遠距離攻撃武器。それも、大火力系は、2本の腕部が無ければ、使用不可能な物も多い。泉鬼の戦った銃使いの銃のように、射撃精度を落として軽量化を図った物なら、おそらく片手撃ちが可能。だが、この敵のような正統派の射撃シルエットは、そうは行かない。精度と威力の両立。重たいはずよ。
ばっ
上体を起こして、逃げる。
カウンターの真正面への、小刀。どこまでも、正統派。強弓が防がれたなら、今度は守り刀か。
気に入った。
あれは、副武装ではない。必殺技の類だ。副武装なら、もっと簡単に今まで出せたはずなのだ。泉鬼が、頭を蹴っている最中、腕を折っている最中、何時でも。おそらく、強弓を失う、もしくは手放す事、使用不可能になる事が発動条件に含まれていたな。更に、至近距離限定だったのだろう。分かる。だって、あなたは、模範的な優良スナイパー。
とても読みやすくて、助かるわ。
その後。最強の武器を失った強弓は、最後まで蹴り続けられ、全部位を破壊され、終わった。判定ではなく、KO負けだ。先に頭部を失っていたので、効果的な反撃は、ついぞ出来なかった。
おおおお・・・
あまりにも壮絶な殴り合い。観客は、ちょっと引いていた。しかも、片一方の泉鬼は、ダメージを負っていない。2試合連続、最強武器と右腕を失っている状態でのノーダメージ勝利。
怪物過ぎる。
今や、会場の注目は、土佐女王ではなかった。戦草寺ただ1人に目が向けられていた。あまりにも。化け物過ぎる。伝説の、1人で全国優勝したアレに匹敵するのでは?プロ2年目で、既にプロの優勝争いに名を連ねている、雲技 知明に。
とんでもない勘違いだ。雲技知明は、優勝まで、1度の部位破壊も許さなかった本物の怪物。全国に勝ち抜いてきた猛者しか居ない大会で、だ。
だが、結果だけ見れば似ている。それに、4人抜きの勝利は、間違いようのない事実。
「良いぞ戦草寺ー!!!」
「技四王ううううう!!!」
始業と威業の声だ。良い声だ!静まりかえった会場が、また熱くなって行く。戦草寺の家族は、興奮のあまり声が出せない。
パン パン だきっ
ハイタッチを決める己業、野牛、抱き付く先生。
「あと、たったの1人。決めて来い!」
「行ける!」
「やりきって来てください」
きらっきらした瞳の野牛も、己業も、千誌も。皆が、戦草寺の戦いに喚起されていた。戦いたい!先生はダメだよ・・。
5人目。会場の雰囲気は、完全に5人抜き出来るかどうかになっていた。かなり、相手が可哀想な展開だ。まあ、手加減など一切しないが。
格闘家タイプ。
「勝った」
「おれのおかげ、って言って良いですか?」
「良いぞ」
格闘技者。それで、己業以上の使い手など。居るものか。
動きが早く、機敏に果敢に突っ込んで来る。普通、片手で対応出来るものではない。
お札。失くした右腕にまとう。己の右腕の移動経路を予測し、あたかも腕が復活したように見せかける。
相手は、警戒した。全く見ていなかった右腕に視線を移した。
かかった。
相手の攻撃を躱し、右腕で殴りかかる!相手は一応、回避行動を取る。応急措置だと、気付いてはいるだろうが。
気休めですらない、ただのフェイントとは思わなかったようだな。
通常のお札を、相手の視界を塞ぐように撒く!そして、千殺万札を重ねがけ。近距離であっても、敵は一時的に警戒し、2秒の隙は有る。
流石にこの距離で、何の工夫も無く、片手で立ち回ろうとするほど過信してない。
だから蹴る!!
もしも相手が格闘術の達人なら、視界を塞がれてなお、避けたかも知れない。だが、相手はリアディウムの人であって、素手で何者にも挑む類の狂人ではない。目が見えない状態で全力の蹴りを躱すほど、人間を止めていなかった。
後退しようとした時にちょうど蹴り込まれたので、かなり吹っ飛んだ。
一旦距離が開き、相手には態勢を整える暇が出来た。
どうする?自分の得意は格闘で、相手は得物を失くした片腕。接近するしかない!例え何か仕掛けられていても!
そうだろうなあ!
格闘タイプの速度なら、お札を引きちぎるのは容易い。己業などは、破りながら近付いてきたものだ。だが、その己業でも、必ず手は埋まった。
千殺万札。
またか。そう思っただろう。蹴り飛ばされ、距離が開いた事で、巫女は接近を嫌がっている・・・。致命的なダメージを負う心配は、要らない。そうも思った、だろう?
合ってる。
足を取り、折る。腕を取り、折る。首を折る。更に視界を塞ぎ続け、折り続ける!
致命的なダメージは、もう無理だ。必殺の秘呪札先番が使えない。薙刀も無い。だが、何故か上達した格闘術なら、有る。
この2ヶ月で、飽きるほど味わわされた接近戦。夢に見るほど知った格闘技術。技四王高校リアディウム部は、何故か異常に接近戦が強くなってしまった。
何故でしょうね?己業君。
千殺万札には攻撃性能は一切無い。その代わり、自らの防御性能を落とし続けるリスクさえ背負えば、連発が効く。静止時間も要らない。副武装のお札との相性は抜群だ。そして、リーチの有る薙刀で削るのが、泉鬼の基本戦術。今回、戦草寺の狙いは、相手の得意分野で戦わせる事。投げナイフ、クナイ、手裏剣。そう言った副武装を持っていたなら。距離を取って戦おうと思われたなら。お札を無効化出来る格闘系には、勝てる気がしない。
君が見た、自分の仲間が殴り合いによって敗れる光景。・・・大丈夫さ。君は、本職の格闘タイプじゃないか。相手は、薙刀持ちだぞ?格闘は副武装のようなものさ・・。
ずっと、こんな事を相手の心に語り聞かせていたのだ。
千殺万札と、通常のお札を使い分け、視界を潰し続け、4戦目と同じく、KO勝利をもぎ取った。3戦連続ノーダメージ勝利。
おおおおおおおおおおおおおおおおおお
大歓声。会場中の声と言う声が、集結した。
5人抜き。相手は、去年の全国出場校。尋常の業ではない。化け物だ。
「よおっし!!!」
全力で戦草寺を褒める己業と先生。
「よし!!!!」
抱き締める野牛。ずっとここまで一緒に来た野牛の喜びようは、すさまじかった。全力で抱きとめ、ずっとそのままで居た。
会場からは、更に拍手も沸いて来た。
お互いに礼。土佐女王からは、今度、練習試合を、と頼まれた。喜んで。今回は、こちらに天運が有った。次は分からない。だから、修練するのだ。
決勝は、南国星浜高校。流石に精神的に疲労しきっているであろう戦草寺は、最後尾に。野牛、己業が前に。
今度は、野牛の5人抜きで、技四王高校は高知県大会を制した。
完全にテンションがフィーバーした先生が落ち着くまで、少々の時間を要する。
表彰式、閉会式、祭りの後。
「完全に上手く行き過ぎている。逆に不安になるな」
「はい。己業君を隠せたのは、ラッキーですけど」
2人の後から付いて来る、控え選手の如き、以無己業。作戦通り・・・・。うおお・・・・。
先生が、優しく肩を叩いてくれた。
「先生。おれと付き合いませんか?」
「卒業したら、また声をかけてください」
「了解です」
戦草寺には、免疫が有ったが。
「君は、馬鹿なのか?」
野牛は、初体験だった。
「馬鹿ではありません。愛のあふれる男です」
馬鹿が言った。
「今度。部室で、祝勝会でも開きましょうか」
特に動じず、己業の言葉を受け流した先生が、提案してくれた。
「良いですね」
己業と戦草寺も同意。
これで、技四王は、全国出場の資格を得た。全国大会の始まりは、8月。7月初旬までにデータを提出する。あと、1ヶ月。そして練習期間は、2ヶ月。
「何も、無理な事ではない。今日と同じ事を、全国でもやれば良いだけだ。勝つ」
「はい!」
「応!」
「はい!」
最後に、先生も返事を!
応援に来てくれた父兄に挨拶をして、学校へ。始業達は、買い物をしてから帰る。戦草寺の家も、似たようなものだ。野牛の家は、戦草寺が何も言ってないので、己業も言えなかった。普通に、お仕事で来れない、で、良いのか?
「先輩んちは、応援に行ったりしない感じですか」
分からんから、聞いた。
「うん。私が何をしようと、来たりはしないかな」
「そうですか」
それなら。
「おれと付き合いませんか」
何をしても良いのなら。
「優勝したら、また声をかけてくれ」
叶わない約束。本当に優勝したなら、その立役者は、この男だろう。デートくらいしたって良いさ。
「己業君は、年上が好き?」
1人、声をかけられてない戦草寺が問うた。
「いや?可愛い子は、皆好き」
「私は?」
「可愛い。・・・付き合う?」
「うん」
野牛と千誌は、とんびに油揚げさらわれた表情をしていた。・・・先生?
「ひゃっほう!」
恋人が出来た。
目指せ!全国制覇!
頑張れ、技四王高校リアディウム部!