以無己業。
フウ。
熱い吐息を1つ。
今のまま戦い始めると、飛び出してしまう。少し、やる気を逃がさないと。
じっと見ていた。雪尽の、滴の戦いを。超上級の戦熱を、感じていた。
猛る。おれも、あの中に飛び込みたい。
もっともっと、もっと戦いたい。強くなりたい。強くなって、もっと強い奴と戦いたい。
こいつみたいな奴と。
開始!
オ!!!!
深呼吸は、何の役にも立たなかった。己業は、衝動のままに、竜の懐に飛び込んだ。
知明さんとの戦闘は見せてもらった。
お前、すごいな!!!
竜が炎を吐くかどうか、一か八かだったが、上手くいった。尻尾がきた。
知明戦、滴戦で2度も同じ攻撃を繰り返し見ているのだぞ。
キオ
躱せる。
光速を超えた速度で、己業は尾を飛び越えた。どうにも、視力も向上しているようだ。見える。
これは、例え雪尽が光になっても、その光に追い付くための速度。
雪尽を抱き締めるための速さ。
だから、己業には、超えられる。
ミキイ
竜の腹を右拳で全力で打ち抜く。感触が違う。生き物でも、機械でもない。言えば、柔軟な金属。極小の鎖かたびらの密集した皮膚を、己業はイメージした。
実際には、自動車より大きい装甲板が無数に張り巡らされ、その下に、自身の動きをスムーズにさせるため、衝撃吸収のための金属繊維が埋め込まれている。無論、人間が殴っても、傷など付かない。
オ
かぎ爪を、尾を避けていると、炎がきた。これが厄介だ。拠辺無交を使えれば、格好の隙なのだろうが、己業には使えない。
ゆえに、食らう前に、勝つ。
・・・・ゴオ!
炎が身を包む前に、竜の決着量を全て削りきった。残念ながら、炎の速度は音速より更に遅い。パフォーマンス用の技だからな。
竜の大きさで遠距離攻撃の装備など無駄の極み。狙いを付けるにも、複数個所を撃つにも、時間がかかり過ぎる。(竜に比べれば)小型の母艦の砲の出力で、宇宙に敵は無いのだ。竜は、あくまで威嚇。実践的な武装は、竜そのもの。竜の巨体をプロテクションで保護しつつぶつかれば、艦隊だろうが宇宙基地だろうが、粉砕出来る。最も単純な武力にして絶対抵抗不可能の最終兵器。実際には用いた事の無い、夢のパワー。
戦いが、リアディウムでなければ。己業では、勝てなかっただろう。
だが、ここはヴィジョン。
おれももっと強くなるから、待っているぜ。
己業、ノーダメージで竜に勝利。次は、いよいよアヴリオ。
真歩は、全神経を集中して見ていた。竜にも敵う自信はないが、アヴリオはもっとだ。それでも、イデアは任せてくれた。
自分と己業で、やるだけやってみる。そのために、情報が欲しい。頼む己業!
開始!
アヴリオには、不安は全く無い。先ほど、地球最強を倒した所だ。今更、地球人に臆する理由も無い。
ゆっくり、ロボットの強さを見せ付けよう。
だが。試合は、ムミョウのお辞儀から始まった。
?
アヴリオも、とりあえず返礼のお辞儀をした。
?? この地球人、何を考えている?
今、己業は攻撃を受けていれば負けていた。だが、そうしたかったのだ。間違いの無い、宇宙最強に出会ったなら。
まずは、挨拶だろう。
お互い、攻撃せず。不可思議な動きから試合は始まった。
そして、構えるムミョウ。
オ!
ユキテラシ発動。いきなり全開で突っ込む気だ。
じわり
姿勢を整える。早く、速く、全速力で飛び出せるフォームを作る。両の足に力をたくわえ、両の腕を振る手前で止める。
それは、アヴリオにも分かりやすい挑戦状だった。避けられるのなら、避けてみろ、と。
受けよう。はっきり言って、この目の前の未熟者を走り出す前に止める事も容易いが。
正面から、倒す。
おや。
知明は気付いた。自分達の時とは、アヴリオの対応が違う。今まで、アヴリオが「構え」をした事は無い。アトムの絶対的な火力を食らう寸前すら、自然体。棒立ちを決め込んでいたのだ。
気まぐれかな。それとも。
アヴリオも、遊び始めた?
試合は、ほぼアヴリオチームの勝利と思っているのだろう。まあ・・負けた知明からも文句は無い。
己業チームの付け込む隙になるからな。
ゴオ!!!!
観客の耳にムミョウの駆け出した轟音が響いた時。
2人は、交差していた。
????
アヴリオは、柔らかく、優しく、包まれていた。ムミョウの暖かな腕に。
これが攻撃なら。ダメージを生み出すものなら、アヴリオは完全に回避し、かつ反撃している。
今、ムミョウに抱かれている今でさえ、アヴリオはノーダメージで抜け出す自信がある。しかし。
攻撃でない動きに対処する備えを、アヴリオはしていなかった。
だから、ただ大人しく抱かれてしまっていた。
誰もが舞台上のやり取りに目を奪われていたため、それを見た者は居ない。鬼業の、笑みを。
計算通り、と言ってしまうと言い過ぎになるが。鬼業は、己業にそれなりに期待していた。それは、実力と言う意味ではない。
以無としての意味だ。
以無の血族に最も求められる物は、生存能力。あるいは、子孫を増やす本能。鬼業の3人の子の内、それらに最大に秀でているのが、己業。
才能なら威業。出来た人格なら始業。だが、生き残るのは、己業。
その己業を、アトランティス星に呼んだのは。占い。
己業がここに来れば、皆生き残れる。己業と一緒に居る全員が。己業が何がしかのアクシデントで来れなければ、危ない、かも知れない。己業の中の以無が、己業を生かすために、体調不良ぐらいは起こす。
今の鬼業は、確かに現役の以無でもあるが、既に子を残した身だ。いつ礎になっても良い存在。そこら辺の見極めが甘くなっているのは否めない。
その点、まだ子を成していない己業の生存能力は一級品だ。
己業がきた。その事実のみで、鬼業は安心したものだ。
これから先の展開は、神ならぬ鬼業には分からない。だが、死ぬ確率は低い。
己業だけ、であっても。
その己業。何か考えあっての行動ではない。
アヴリオの試合を見て、ずっと想っていただけだ。
こいつが欲しい。
己業がアヴリオを抱いてから、4秒が経過した。その間、両者に動きは無し。
良い匂いがする。と己業は思った。
無論。気のせいだ。
思考を戦闘に戻さず、間を取らず、ムミョウは動いた。
己業は、全身全部位で貫通城を打った。頭部、胸部、両腕部、両脚部。その累計ダメージ量は、2000ポイントを超えるだろう。
当たれば。
己業の、ムミョウユキテラシの貫通城の発動する1秒にも満たぬ瞬間。アヴリオは、思考を加速。数万分の1秒で、ムミョウの腕の中から離れた。
上手い。今のは、上手かった。
鬼業は、己業の戦術を手放しで褒めた。ユキテラシ状態にあるムミョウは、全身に気が満ちている。貫通城の収束もバレないぐらいには。そこから、密着状態で打つ。
相手がアヴリオでさえなければ、あれで勝っていた。まあ、アヴリオ以外にあの戦術は通用しないだろうが。
やっと、戦いになった。
アヴリオは、少しほっとしていた。どうして良いのか、全く分からなかったのだ。
宇宙の雌雄を決する時に、相手は何をやっているのか。まるで理解出来なかった。それはつまり、今後理解するべきサンプルとして有用と言う事でもある。この地球人は、専用施設をあてがい、観察するべきだ。
面白い。
アヴリオの好奇心がうずいた。
ふ、お
アヴリオのヴィジョン(幻覚)が走った。今、己業には密林が見えているはずだ。真っ直ぐは走れない、ジグザグに動かねばならない。感触も再現しているのだから。
どうする。貫吼とやらを打ってみるか。
オ!
真っ直ぐきた!!
そして、ムミョウは、立ったままアヴリオを抱きすくめる。
何故、効かない?この人間には、特殊な性能は積んでいないはず。テレス、アトム、あの2人はかなりヘンだが、この者は違う。多少なりとも人間離れした性能だが、そこまで。人間以外の何者でもない。
目は塞いでいるはず。どうして、木を避けない??
もし、これが気で全景を探り、偽物と判断したのであれば、己業はかなりすごい。だが、現実は違う。
アトムの話を聞いたイデアから、事情は聞いている。幻影を映し出せるらしいな。
そして、木には「匂い」が無かった。1回戦、クレミジ星人と戦ったあのフィールドとは明確に違ったのだ。
これは、リアディウムの技術を甘く見たアヴリオの油断。自身も加わり、完全に調整したヴィジョンは、アヴリオの幻影にも匹敵するほどのハイレベルになっていたのだ。
そして、己業の戦場を把握する能力の高さ。いまだ未熟ゆえに、戦場を選ばず戦っていれば、あっという間に死ぬ。そのために現状を知覚する能力は思うより高い。
これは、言わない方が良いのかも知れないが、付け足すなら。
特に考えず突っ込んだ。
己の身の危険は重々承知。はっきり言って、アヴリオの術、事前に知っていても見破れなかった。
だが、邪魔にならないとは、何となく分かった。この木々は、違う。
クレミジのあいつが背中を預けた木々とは、決定的に違う。こんなんじゃ、なかった。奴の魂は、もっと強かった。
だから、己が身で確かめた。ぶつかれば本物。でなければ、偽。
簡単よ。
そうとは知らぬアヴリオは、情報が知れ渡っていようと初見で見抜いた己業に少し警戒を払う。この男、先の鬼業チームに劣るものではない。
ちなみに。アヴリオの能力は触覚までをも再現出来るが、それはダメージになり得ない。何か当たったけど気のせいかなー、で済む。食らう相手プレイヤーの覚悟次第だが。
もう、終わらせるか。それとも、もう少し情報を得るか。敵としては、油断ならないが、恐れるほどのものでもない。
抱きつかれたまま、アヴリオは思考を進める。
それが油断なのだとは、戦人ならぬアヴリオは知らなかった。
戦いは、第2幕へと続く。




