1回戦。
雨降る会場は、しかし詩的な雰囲気になど包まれていなかった。
熱気と興奮。それだけが支配する世界。
開会式が終わり、すぐに技四王高校の出番だ。
「戦草寺、私、以無。この順番だ。忘れるなよ」
「はい」
特に、己業に言い聞かせておく。思いっきり突っ込みそうだったので。
野牛が不安に思っていたのは、実は己業ではない。自分と戦草寺の2人。リアディウムの経歴は、長い。だが、経験が圧倒的に足りない。自分達だけでの対戦を繰り返していたのだ。
リアディウムには、ネット対戦機能は無い。パソコンか、大会用機材の側でなければ、使えないのだ。つまり、実際に会う以外には対戦方法は無い。その理由について、かつて様々な憶測が並べられた。一応、公式の理由としては、プロテクションとセンサーの確認を取らずにヴィジョンに入る危険性が上げられた。普通、両方がそろっていなければ、ヴィジョンへの接続は不可能。だが、そこを突破してしまう、センサーのみでシルエットを操るプレイヤーの出現を危惧し、現実に場をそろえるのだ、と。プロテクションが無い場合、競技者はその場で暴れ回り、大怪我を負う、または負わせてしまいかねない。
憶測の内、最も信憑性の高いものが、外部へのアピールだ。学生の参加する競技である事。それゆえ、マナーの悪さが目立つような事態は避けたい。想定されるのは、野試合の横行による問題の多発。まだ、リアディウムは日本に完全に根付いたわけではない。今の段階で、フリーにするのは、企業は得策と思ってない。プレイヤーはそう認識した。
リアディウムの運営企業、オーバーアトランティスは日本での商売に力を入れている。お行儀良くしていたい時期なのだろう。そう、目されていた。プレイヤーとしては、早く適当なポジションを見つけて、日本に居ついて欲しいと願っていた。そうすれば、対戦も自由自在。
「行って来ます」
「頑張って!」
「いつも通りで、大丈夫」
がんばれー!そんな応援が聞こえてくる。己業の家族と、戦草寺の家族だ。今日は日曜日。家族の応援も、そこそこ見られる。
公式の大会に出るのは、初めてではない。中学の時、野牛に連れられて来た。3年の時は、自分1人だった。地元の学校に入って、今度は3人。思わぬ超大型新人も入った。
戦草寺泉船は、リアディウムの人だと。新人に教えてやらねばなるまい。
1回戦、初戦の相手は、四万十八双高校。相手もまだ、創設2年目の部だ。経験はどっこいのはず。
試合ルールは、5対5の勝ち抜き戦。1人が5人を倒しても勝利となる。実際、1人で出場してそのまま1人で優勝した怪物も実在する。幸い、一昨年、卒業した生徒だ。去年は普通の5人編成チームが優勝した。リアディウムの人口は、まだまだ少ない。だから、かっちり5人をそろえる必要は無い。勝てさえすれば、何人でも良い。限度は5人だが。
相手チームは、5人。ちゃんとそろえたらしい。こちらは3人。数だけ見れば、不利だが。何の問題も無い。
観客が見れるように、会場には大型スクリーンが存在する。己業や顧問などは、ヴィジョンユニットからつながれた、部員用モニターを見る。
舞台には、おなじみ薙刀を持った巫女、泉鬼が既に。相手は、鎧兜をまとった騎士タイプ。重さと堅さで、正面からぶつかり合うタイプだろう。泉鬼にとっては、あまりうまくない組み合わせだ。このタイプの正面突破能力はかなり高い。でなければ、本当にただの的になってしまう。遠距離から広範囲で削る泉鬼は、リーチに優れないスピード型を得意としている。
「お互いに礼をして。始め!」
おお!
1回戦、第1試合。会場が沸きあがった。
お互いに、手の内を知らない者同士。出足は、どうしても鈍る。
ただでさえ遅い騎士タイプの、出足が、鈍る・・
こんなチャンスが有るか!
オ!
泉鬼が全速力で駆けた!騎士は、しかし即座に斧を正面に構えた。正しい判断とまでは言わない。この場合、待ち構えるより、出遅れても騎士も走った方が良い。ぶつかり合いなら、重量級である騎士の一方的な勝ちなのだから。が、先に走った泉鬼が、本気過ぎる。これは、カウンターを取りたくなる。そう、野牛も思った。仕方ない。
構えた斧を1撃で破壊された騎士は、悪いとまでは言えない。
泉鬼の必殺技。秘呪札先番。敵味方問わず、戦闘の一番最初の手でのみ発動可能。敵が何かの手を打ったなら、もう使えない。それゆえ、戦闘開始時よりの自分と相手の決着量、ノーダメージの状態。最後に、敵との距離、2メートル以内で2秒間、静止と正面防御の解除。そこまで縛って撃つ、泉鬼の最強技。その効果は。
武器を失ったとは言え、騎士には、強固な防御と突進力が有る。が、動きが、重い。騎士は、自分の動きに戸惑っているようだ。
技を撃ち終わった泉鬼は、その後も騎士の周囲を回り続け、削り続ける。決着まで、1分30秒だった。
秘呪札先番。先制発動特殊効果技。その効果は、相手の速度を90パーセント以下にする。最大効果で70パーセント。相手の特殊防御装甲によって、効果は変わる。重いシルエットがこれを食うと、本当に身動き出来なくなる。もちろん、必殺技として、部位を一発で破壊出来る効果も有る。先程は、敵武器を破壊した。
「良し!!」
「見事」
大声で戦草寺へ意気を伝える己業。良くやったと褒める野牛。
泉鬼は、3人抜いて、4人目に負けた。残り2人は、野牛が終わらせた。滑り出しとしては、上々か。
「良く頑張りましたね。戦草寺さん、野牛さん。2回戦も、この調子で行きましょう」
「はい」
「はい」
作戦通り、計画通りだが。出番の無かった己業は、少し、もじもじしていた。
先輩に言われた通りの展開なのに。戦草寺も先輩も、つええ。ま、まあ、おれは隠しておきたいって言われたし。
1回戦。似たような経験の学校と戦って、3人抜き。普通なら褒め称えて良い。し、野牛も全力で褒めた。ただ、欲を言えば、5人抜き出来たら良かった。高知県の、レベルが高いとはとても言えない地方大会で、3試合で対応された。どうする。
「考えても、しょうがないですよ。修練と実践。それだけで」
先輩としてリーダーとしての野牛の心境を、なんとなく察した己業。己業もまた、3兄妹のリーダーだ。
「確かに。久しぶりの大会で、舞い上がっていたようだ」
1回戦を無事に勝ち上がったのだ。仮に、己業を使ったとしても、やはり褒めちぎって良い成果だ。勘違いをしてはいけない。部員3人の、これからの部。全国優勝校と張り合うのは、これからだ。一戦一戦を、丁寧に戦うしかない。
「でも。もう、通用しないでしょうか」
いきなり3人抜きを決めて見せた戦草寺。だが、有頂天でもない。何故なら、同じ部の新人の、己業に勝てていないのだから。更に、その己業より手強いのが全国には居ると野牛が言っていた。秘呪札先番も、距離を取っての戦いも、泉鬼は見せてしまった。対応される。
「通用する。戦草寺は、強い。おれ達で、勝てる」
自信満々に言い切ってのける。自分では、シルエットの構築も出来ない男が。
だが。こと戦いに於いての己業を信じない人間は、部には居なかった。
「はい」
「その通りだ」
なんだか良く分からないが、良い雰囲気の3人に、先生も、ほっこりしていた。