予選開始。
6月。高知県大会。つまり、地方予選の開始だ。
「おはようございます」
「おはよう。大変だったろう」
「いや。家は近いんで、皆に比べれば」
大会当日に、あいにくの大雨だ。まあ、6月なので、降ってない方が可笑しいかもだが。
「戦草寺は?」
普段、戦草寺は時間に遅れる事が無い。しかし、その戦草寺の姿が学校前に見当たらない。集合場所は、ここなのに。
「少し遅れるそうだ。あいつの家は遠いからな。今日は、親御さんに車を出してもらったはずだ。多分、お母様が化粧を整えていて、だろう」
「詳しいですね」
「何度か、遊びに行った事が有る。良い意味で裏表の無いご家庭だった。戦草寺の、イイ性格の理由が分かる」
さらっと己業の利用価値を損ねない判断。それを優しさで包み込む人生巧者っぷり。ただの、儚げな少女ではない。
まあ、戦草寺は良い奴だよな。同じく裏表の無い、巧者でもない男は素直にそう思った。
傘を差し、2人でお喋る。少し、良い雰囲気だ。
「先輩」
「なんだ?」
「今回の地方予選。おれが、勝たせます」
「すごいな」
その言いようも。本気で言っているであろう気構えも。リアディウムの先輩である私や戦草寺をさしおいて、言ったか。
「調整は出来る限りしました。先輩と戦草寺が相手してくれたおかげで。だから、必ず勝ちます」
「頼りにしてる。私達の事も頼ってくれると、嬉しいぞ」
「2人が居なきゃ、おれはここには居ませんよ」
「ふふ」
乗用車が、止まった。もちろん、戦草寺が降りて来る。
「すみません。お待たせしました」
「全然、時間には余裕有るよ。じゃ、先生呼んで来る」
今回、大会の有る会場まで、先生が車を出してくれる事になった。
ちなみに、リアディウム部には、顧問らしい顧問が居ない。誰も、触った事が無いからだ。だから、担任の千誌先生が顧問になってくれている。千誌先生は、他の部活の顧問ではなかったので、ある意味、貧乏くじだ。
生徒の集合まで校舎内で用事をしていた千誌は、己業に呼ばれ出て来た。
「忘れ物は、ありませんね?では、行きましょう」
会場まで、自動車で1時間。助手席に己業。後部座席、己業の後ろに戦草寺。千誌の後ろに野牛。
車内は、音楽が流れるだけで、無言だった。千誌はお喋りな人ではなかったし、生徒は緊張感を持っていた。
こんな時。経験を積んだ教育者なら、どうするのだろう。
「緊張していますか」
「あ、はい」
横の己業が答えた。
「そうですか。ならば、きっと良い動きが出来るでしょう。緊張し、物事に真剣に取り組む者には、きっと良い事が有ります」
皆、にっこりした。何の根拠も無い、気休めにしか過ぎない言葉で。だが、この真面目な千誌先生が。気休めを言いもして、リラックスさせようとしてくれている。ほのかに、柔らかい気持ちに包まれた。
先生の車は、無事に会場に到着した。
「では、受け付けを済ませます。付いて来てください」
公式大会に於いては、提出したデータを用いて戦う。持ち込みは一切禁止だ。だから、全員が大会側の用意したヴィジョンユニットを使う。部室に有る物の大型と思えば良い。とは言え、パソコンのソフトとしてでなく、独立したハードとして、大型ヴィジョンユニットは存在する。
会場は、地方によって色々有るが。高知県では、体育館を使う。何ならコンサートホールでも、映画館でも、劇場でも出来るだろう。ヴィジョンユニットの大きさは、わざか1メートル程のダンボール箱に収まるものだ。あとは、モニターになる物さえ有れば、会場は完成する。
ゴーグル、プロテクション、センサーを装着する事で、ユニットと接続。プレイヤーはシルエットと一体化する。
「たった3回勝てば、優勝です。3回。全力を尽くしましょう」
「はい!」
部員3人、元気良く応えられた。
高知県内のリアディウム部、RDC部の有る学校は、15校しかない。その内、10校が高校だ。大学が1つ、高専が1つ、中学校が3つ。それで全て。
1回戦で、8校がぶつかり、2校はシード扱い。続く2回戦では、4校がぶつかり、1回戦の2校とは別の2校がシード扱い。これは、完全にランダムで決まる。残念ながら、技四王高校は普通に3回戦う事に。運が良ければ、2回で済んだ。
「先生。かなり、好都合です」
野牛は、不敵な笑みを浮かべつつ言った。緊張感は有れど、戦草寺も似たようなツラだった。
技四王高校の目論見。それは、実戦修練。年季だけなら、野牛と戦草寺は長い。だが、強豪と戦った経験は、さほどでもない。そして、己業。部の2人以外と戦った事は1度も無い。
今大会を、特訓の場とさせてもらおう。来るべき、全国大会に向けて。
己業は。いつも通りだった。ここがリアディウムの場であり、自分は全くの初心者であり、未熟千万である。
どうでもいい事だ。
何がどうであれ。ここは、戦いの場。ならば。以無のおれが、以無己業が、戦えぬはず無し!
問題無い。今すぐ、会場の人間全員対おれ、でも戦えるはずだ。
おれならば。