仲間。
ゴールデンウィーク。己業もまた、普通に連休を過ごしていた。
家族で遊びに行ったり、稽古をしたり、雪尽と遊んだり。
結局。5月までに相談は来なかったなあ。どーするかな。
「部活の練習は、しなくて良いのか?」
「あー。高いからなあ・・。セットで、30万円くらい」
「ゲーム機みたいなもんだろ?なんでそんな高いんだ」
「これでも、安いんだよ。プロテクションの試合機能のカット、センサーを安い型にして、値段を抑えてるんだって」
リアディウムは、普通に市販されている。誰でも購入出来るのだ。そこからプロの予選に出る事も可能だし、実際、完全な素人からプロに参戦した者も居る。
部室に有った物は、学校への特別仕様品だ。部活動と認められれば、企業から学校を通じて届けられる。将来のスタープレイヤー育成のために、若いうちから育てておこう、染めようと言う発想なのだろう。
「ふーん」
己業と、己業の父、鬼業。組み手の真っ最中である。連休中で、鬼業もお休み。家族との楽しいひと時だ。
自宅、裏庭。周囲を破壊しないよう、お互い手加減しつつの立ち回り。それでも、お互いの表皮を削り合う、怖い戦い。
強さには、果てが無いのだと、己業は思う。自分は、同年齢でなら、世界で最も強い自負が有る。同年齢のクジラだろうが、キリンだろうが、ゾウだろうが。おれなら、勝てる。しかし。父には勝てない。父の知り合いにも、他の実力者達にも。どうにも、歯が立たない。
こお
両の掌を突き出し、人間を1人消し飛ばせる気を放出。しかし。
「練り込みが甘い。だが、おれの動きに見事に合わせ、当てたのは素晴らしい。これからも修練するように」
父の両の拳が、一瞬に100打ち込まれ、逆に気を消し飛ばされた。ついでに、己業自身も食らい、転がされる。
「ふむ」
鬼業は、己業の動きに、余分な物が入り込んだのに気付いた。それが、リアディウムの動きか。息子の頑張っているもの。純粋な以無の後継者には、必要の無い物だが・・。
強くなるか、弱くなるか。・・・真面目に取り組んでいるなら、得る物は、少なくないだろう。邪魔はせずとも、良いか。
己業は、かつて家族で合宿におもむいた際、火に当たって暖まろうと言った父親が、大木を引っこ抜いたのを覚えている。そして、やべえこれウチの木じゃない、とこぼし、木を元に戻した事も。更に、翌年になっても、その木が、枯れも倒れもしてないのも確認している。己業にとって、父、鬼業は目標だ。トラブルを無かった事にした!あれぞ、以無のあるべき姿なのだ。無論、人んちの木を抜いてたよ、と母に報告は忘れなかった。
そろそろ暑い季節。始業も威業も汗を流し続けている。晩御飯が、美味しくなりそうだ。
「さて。私と戦草寺は、もう終わった。かなり、構成に手を加えたから、時間はかかったがね」
「以無君は・・」
野牛も戦草寺も、暇が有れば、己業のシルエットの構成を見てくれる。だが、どうも上手く行かない。ここに手を入れるのなら、もう標準ので良いんじゃない?となってしまう。だから、己業は、未だにクレナイを使い続けていた。
「クレナイも、大会に普通に出られる。だから、最悪はそれで構わないんだ、が」
高知県大会なら、本当にそれで勝ち抜けるかも知れない。だが、本選はそこまでゆるくない。磨き抜かれた絶妙のバランスの上で成り立つシルエット。更にそれを操る、熟練のプレイヤー。
「こんな時。大きな学校やプロなら、カッターが居るんだがな」
「カッター?」
「余分な構成、要らない必殺技を削ぎ落としてくれる、技術コーチのようなものだ」
上に行けば行くほど、対戦相手を考慮しなくてはいけなくなる。通常技で対峙出来るのか。それとも必殺技として、重みを持たせた方が得策か。トーナメントか、一回の戦いか。どの技を重点的に練習すれば良いのか。考える事は、いくらでも有る。選手自身にやらせるより、傾向と対策を練り上げてくれるスタッフを雇うのが絶対に早い。
更に付け加えると、ヴィジョンではない現実の装備を作る者達を、プロテクター、と言う。そのまんまだ。
「ううーん・・・・・・・・。勝てると、お墨付きをもらえるなら。おれは、このままで。はっきり言って、標準のクレナイより良い構成が、全く思い浮かびません」
己業は。隠さずに言えば。自信が揺らいでいた。勉学で負けても良い。この世の誰に劣っても良い。が、こと戦いに於いて後れを取るなどと。おれが、戦いの場で、通用していない!
己業の顔からは、悔しさと怒りがにじみ出ていた。普段、まあ普通の人?と言う印象を作っていなければ、部室から人が消える所だ。
そして、ちょっとヘンだけど、悪い人間じゃない。そう思っている2人は、己業の上手く行かない気持ち、心の、助けになろうと思った。同じ屋根の下、わずかな時間であっても頑張って来た仲間。今まで、己業は、手抜きをしていなかった。その己業が、厳しい状況。
「私で良ければ。シルエットを組んでみるよ」
「え。うん」
良いの?
「製作者は問われない。控え部員にやらせても、部外者にやらせても。確認の取りようも無いしな。それに、リアディウムは必ず事前のチェックが入る。強いシルエットは居ても、勝つ事が不可能なシルエットは存在し得ない。圧倒的に強いのが居たとしても、ただ、そのプレイヤーが強いだけだ」
己業は、少し救われた。おれが、強ければ。
「ああ。首折りも問題無いそうだ。もちろん、折ったエフェクトは発生しないし、ダメージとしてしか表現されないが」
つまり、首を折った!と言うアナウンスは存在せず、首部位にダメージを与えた!で終わりだ。
「ま。首ではなく、頭部としてカウントされるんだが」
わざわざ首を別部位として数えても、遊びが少ない。頭部が回らず視界の確保が難しい、そんな所か。呼吸系のステータスでも有れば別だが、そんなものは無い。
「戦草寺。無理はするな。提出まで、10日かそこらだ」
「はい。1週間で組みます。己業君。出来上がったら、試してみて。それで相性が良ければ、使って欲しい」
「う、うん。迷惑をかけて、悪い。必ず、埋め合わせをする」
「ううん。先に迷惑をかけたのは、私。己業君は、受けてくれた。私も己業君の助けになりたい」
下心も、ちょっぴり有る。とんでもない戦力として期待出来る己業を、このまま精神的不調に置いたまま・・。それでは私達は、ただの馬鹿だ。十分な活躍をしてもらいたい。
己業は、感激していた。家族以外、雪尽にしか、このような言葉をもらった事は無い。
2人の心の模様を、ざっと察した野牛は、水を差さなかった。皆で戦えるなら、それが最上の展開だ。