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愛しい人。戦友。

 部活は終わり、家路につく。


「かなり、面白かった。て言うか、入る事にした」


「へえ。てっきり、中学の時みたいに古武術一本だと思ってた」


「・・おれも」


 なんで、こうなったんだろう?彼女欲しくて頑張ったはずなんだけど。


 横を歩く己業の顔を、意識するでなく見る雪尽。帰宅の時間が、偶然同じになった。のではない。雪尽が、何も言わず待っていた。


 本当に不思議そうな顔。全く。


「応援はするよ。大会とかも有るんでしょ」


「ああ。多分」


 本当に、多分。そこまで詳しく知らない。もっと言うと、公式戦に出れるかどうかさえ知らない。


「お前の応援が有れば、まあ全国優勝くらいは軽いか」


「当然」


 己業の手を掴み、手をつなぐ。己業も握り返す。春だから、お互い少し汗ばんでいる。


「優勝のおまじない」


 口付け。


「これで、完璧だな」


 己業も、雪尽の唇を奪う。


 しばし抱き合う2人。周囲には、己業の感覚では人は居ない。


「・・ねえ。そんなに彼女欲しい?」


「当然。女性ってどんなのか、すげえ気になる」


「ふうん」


 己業の手をつねる。


 つねられた己業は、雪尽を抱き留めたまま、言った。


「お前を、1番に愛してるって言ったら。許してくれる?」


「だーめ」


「だって。前言ったのに・・」


「普通、冗談だって受け止めるでしょ」


 中学生の頃。友達ならぬ、恋人100人出来るかなと、良く己業は言っていた。出来たら良いね、と雪尽も合わせていた。当時から己業と雪尽はそこそこの仲だったので余裕も有った。まさか、本気だったとは。


「また、泊まりに来れる?」


「おお。土曜日は行ける」


 日曜は、普通に1日中修練だ。だから、土曜日の通常の稽古を済ませた後、雪尽の家に向かう。


「僕で我慢しとけば良いのに」


「お前に不満なんて、何も無い。ただ、男は大海原を目指すものなんだ」


「適当な事言って」


 言いつつ、手をつなぎ直して、一緒に帰る。


 新しい生活環境にも慣れ始め、修行のペースもいつも通りになっていった。


 そして、お泊りの日。


「いらっしゃい」


「お邪魔します」


 雪尽の両親とも、既に顔見知りどころではなく、お互いの家同士が親友のようなものだ。


 夕食をごちそうになり、雪尽の部屋に。


「お。新しいパジャマか」


「うん。高校入学のお祝いに、買ってもらった」


「もうちょっと、良いのもらえよ。パソコンとか」


「己業は、パソコン、ゲームにしか使わないでしょ」


「それはまあ」


 そんな事は無い。ちゃんと動物園や水族館の情報も仕入れている。・・・それだけだが。


 雪尽の部屋の押入れには、己業の布団が入っている。雪尽はベッドへ、己業は布団へ座り、お喋りに興じる。


「お前はどうなんだよ。部活」


「順調、かな。先輩方も、穏やかな人達ばかりだし」


 料理部は、アウトドア部のように華々しい活躍はない。いたって普通の部活だ。だから、でもないが、普通の生徒が普通に集まり、普通に活動している。己業も、そのおこぼれにあずかる身。日々感謝していた。


「そっちは?」


「なんとなく、慣れて来たかな」


 部に入って以来、己業は負けた事が無い。これは、野牛や戦草寺の手加減もあるが、全力での試合でも、やはり己業は勝っていた。


 正直。ほっとした。


 戦の強さを、平和な世の中に求めてきた甲斐が有った。これで、リアディウムの先輩とは言え、常人にボロ負けしていたら、自信を失っていたかも知れない。


 そして。部で聞いた話。6月には、地方大会が有る。己業も出場の資格は有る。


 どうする。全力でやってみるか。出るとなれば、誘ってくれた戦草寺や先輩に恥ずかしくない戦いをしなければいけない。だが、己業はまだ自分のシルエットを作れていなかった。作成センスが、致命的に無かったのだ。どうしてもバランスが悪く、標準のクレナイを使った方が遥かにマシだった。だが、大会はそれでは勝ち抜けないだろう。


 自分の壁を、5月中に越えなくてはいけない。予選は6月。1ヶ月前にはデータを完成させてないと、間に合わない。


 熱中しちゃって。


 雪尽は、己業の瞳の奥底の炎を見た。普段どうしようもない、およそ強さ以外に取りえの無い人間。それでも、己業は、雪尽の選んだ男。


「こっち来なよ」


「やだ。また落ちる。お前が、こっちに来いよ」


 ベッドが好きな雪尽は、渋々、己業の布団に移った。


「君の戦力を把握しておきたい」


「はいです」


 やけに可愛い返事だな。野牛は疑問に思ったが、特に聞こうともしなかった。己業の顔が、疲れていたので。


「大丈夫か?」


「全く、問題有りません」


 昨日。いつも通りの土曜日のはずだった。それが、いつもの稽古を終わらせた後、ゴールデンウィーク用の宿題を終わらせるため雪尽の家に泊まってきた。稽古と鍛錬以外に興味の薄い己業は、側で見てくれる雪尽が居なければ、くじけていただろう。そうして、疲労困憊を極めつつも、宿題を終わらせたのだ。


「今日は、登校日じゃない。無理をする必要は全く無いぞ」


「だ、大丈夫です」


 アウトドア部は、年中無休で活動している。全員が同じ競技をしているのではなく、各々の興味のもので活動出来る。その活動のため、学校も基本的にずっと開いている。無論、普通の教室には立ち入れないはずだが。図書館なども地域に向けて開放されているのだ。


「良かったら、これ」


 戦草寺が、水筒の飲み物を差し出してくれた。お茶だろうか。


ぐびり


 確かに。目から火花が散った。


「ショック療法か」


 今、己業の口内で起こっている事象について、心当たりの有る野牛は呟いた。


「え?」


 戦草寺が己業に飲ませたのは、自家製のお茶。戦草寺自身は、美味しいと思って持って来ているのだが。


 苦味と甘みと酸味とその他知らない風味が、群を成して襲い来た。その様、まさに千軍。


 目が、覚めた。


「戦草寺。これからは、戦草寺と呼び捨てにさせてもらう」


「え。良いけど」


 距離が縮まった?お茶で仲良くなれたのかな・・。


 己業は、はっきりと戦草寺をライバルと認めた。茶を飲み干した時、己の敗北を実感したのだった。


 おれより強い奴が、こんな身近にも居た!


 嬉しい。もっと強くなろう。


 誰も知らぬ内。技四王高校リアディウム部は、強化されて行く。


 ヴィジョン内にも、もう慣れた。最初、実際に体が動いてない違和感をどう整理すれば良いのか迷ったが。これもプロテクションが解決してくれる。体にまとった防御膜。あれが、実は体の抑制にも機能していたのだ。部活見学初日、野牛と戦草寺が腕輪をはめていたのは、決して初心者の己業に見せるためだけの理由ではなかった。プロテクションを発動させる事で、体は一時的に休息状態に入る。人工冬眠装置と思っても良い。流石に、寝転がってプレイも見た目あれなので、リング上に立ってプロテクションを入れる。普通、体が休息状態に入ったなら、倒れる。だがやはり膜が守ってくれる。


「では。出せる技の確認を」


「ああ」


 己業の技らしい技は、現在4つ。その内、実戦で使い物になるのは、3つだけ。今回は、3つを出す。技の確認の目的は、リアディウム内で搭載するか否かなのだから。出せない技を練習で無理して出す事は無い。


 1の技。拳を打ち込む。気を入れて。


コ、オ


 気の放出。これは、さて技になりうるか?


「無茶な技だが。リアディウムなら、実現出来るはずだ。ヴィジョン内で、既に再現されているだろう?プロテクションとセンサーが読み取ってくれたモノなら、大抵は行けるはず。ま・・・こんな技、見た事無いんだけどね」


 ちなみに、感覚器官は、新しく生まれている。不思議に思うだろうが、痛覚などは、遮断しているのではなく、そもそも存在しない。触覚が強化新造されている。視覚は、完全にゴーグル依存だ。嗅覚や味覚も存在しない。


「自分でやっておいて、なんですけど。リアディウムの開発スタッフの知り合いか何かに、気を使える人間が居るんじゃないですか?」


「かもな。君が、現に居るのだから。その可能性は確かに有る」


 そして、2の技。新たに出してもらった、標準キャラを試し台にする。


 踏み込み、ひしぐ。極める。折る。具体的には、腕を折り足を折り首を折ってみた。学生のスポーツなら、首折りは、絶対に不味い。無効化される設定になっていて当然だ。だが、試すだけは試す。


「んん?」


 己業も声にこそ出さなかったが、野牛と同意見だった。


 全ての技がダメージとしてカウントされた。つまり、必殺技登録をすると、全ての間接を一撃で破壊出来る。


「これは、大会になると、規制されるパターンでしょうか?」


 やはり疑問に思った戦草寺も、野牛に確認する。


「どうだろう・・・。プロの大会で、頭部への攻撃はまず認められるはずだ。私の千畳海苔だって、扇情的なエフェクトこそかかってないものの、ちゃんと中学の高知県大会では実装された」


 打撃、斬撃と関節技を同一視出来るかどうか。大会事務所に聞くのが、手っ取り早いか。


「私がネットで問い合わせておこう」


「ありがとうございます」


 首折りの映像は、どうなんだ。絞めと同じエフェクトで再現されるなら、問題無いかな。柔道、総合格闘技系のシルエットは、既に存在する。ただ、絞め技のみのはずだ。他の競技に暴力的なイメージが付くのは、リアディウムの日本での存続に関わる。無意味な喧嘩は、売らない。


 ちなみに、攻撃の際、血飛沫などは上がらない。市販のリアディウムならその類の演出も可能だが、学生大会ではカットされている。


 3の技。現時点での奥義。


オオオオオオオオオオオ!!!


 以前、泉鬼に打ち込んだ連打。これは本当に使い物になるのか。技の効果中、相手が動けなくなる、そんな技もリアディウムには実在する。やはり制限が厳しく、どう考えても普通に殴った方が早いのだが。そして、現在この連打は、ただの連打。己業の攻撃中、対戦相手は、自由に動ける。もちろん、己業の技のエネルギーを受け続けているので、完全に自由行動とは行かないが、自分の技なら、好きに出せるはずだ。つまり、カウンターを必殺技として持っているタイプなら、己業キラーになれる。


「ものすごいな、改めて」


「はい」


 戦草寺には、カウンターの心得が有る。実際に発動させて、ある程度のダメージを与えもした。それでも、己業は何とか体勢を立て直し、勝ったのだ。


 野牛は、手段が無かった。野牛の持っている必殺技なら接近している己業を潰す事は可能。しかし、野牛の技は、全て重い。どれもこれも相手に影響を与えたり超重ダメージを与えたりする、技と言うに相応しいものだが。それゆえ、発動制限がかかりすぎ、己業ほどの体捌たいさばきは、捉えきれるものではない。正面からの潰し合いなら、全国上位でない限り、勝つ自信は有るにせよ。


「全部、登録しておくか。必殺技の上限は、10。3つなら全然余裕だ」


「はい。そうします」


 ちなみに、必殺技の上限いっぱいまで使い切っている選手は滅多に居ない。誤作動を引き起こす事も有るからだ。条件さえ整えば、技が出る。つまり、牽制やフェイントでも、発動条件を満たしている場合、そのまま普通に発生してしまうのだ。だから、特に必殺技などは、自ら制限をかけるものだ。必殺技は、重い。空振りした隙を突かれれば、部位の一箇所は間違い無く破壊されている。だから、自分の通常技、普段の動きの範囲で発動する、しないの見極めも重要になる。自然な動きで技が出せるのは、武術の秘儀だが、ことリアディウムに於いては、危険な振る舞いになる。


「でも、制限はどうするの?3つ目の技なんか、今のままのが、使い勝手は良さそうだけど」


「ああ。出来れば、発動条件に手を加えて、相手に硬直させる効果を発生させたい。そのまま決めれるように」


「硬直効果は、ものすごく重いぞ」


 石化効果。そう呼ぶ人間も居るし、遅延効果とも呼ぶ。だが、どちらにせよ、制限は最大級に重い。決着量の99パーセント以上の維持、もしくは、1パーセント以下の維持。あるいは、相手の全ての技が効果を発揮した後、もしくは、自分の登録している全ての技が3回発動している状態。そんな、非現実的な条件をクリアしなければいけない。しかも、それで最低条件だ。真っ当なプレイヤーで登録している者は、皆無。たまに、ロマンチストが使っているのを見かけるくらいで。


「発動条件は。こちらの全ての技を1回ずつ発動。プラス、5秒間の静止」


「うーん・・・・ギリギリ、かな」


「厳しいですね。本当に」


 技の発動条件を提案した、己業が驚いた。


「20秒・・いや、10秒でも恐らく、行ける。だが、5秒でクリア出来るかは、分からない」


 己業たち、武術家、格闘技者にとっての5秒は、1人の人間を倒すには十分過ぎる時間。リアディウム時間でも、己業の体感では同じだ。しかし、リアディウムに於いて、数十秒の発動時間は、実は普通に有る。もちろん、ガチガチに固めた防具が有ればこその話だ。


「ううん。それなら、戦草寺の言う通り、通常攻撃のが良いかなあ」


「確かに遅延効果を発生させたなら、君なら必ず勝てる。それが全国であっても。しかし、発動条件を組むと、むしろその足を引っ張る事になるかもな」


 リアディウムには、こう言った話は、まま有る。この技に、この効果が有れば・・この効果の技が、軽く出せれば・・・。野牛も戦草寺も、そんな思いを経験して来た。


「大会まで、まだ時間は有る。丁寧に詰めて行こう。焦って、無茶な構成にするのが、1番いけない」


「了解です」


「はい」


 野牛と戦草寺は、今までの積み重ねが有る。急激な変化は、本来必要無い。だが。己業の登場。これによって、強者、怪物への対処も念頭に置くようになった。怪物扱いを受けている事は、本人は知らない。世の中、知らない方が皆幸せになれる事も有る・・。


 リアディウム部は、成長する。

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