野牛とオリーブ。
戦草寺は、野牛を見送りつつ、考えに耽っていた。フルスペックの泉鬼なら、どうなっただろう。薙刀を持ち合わせていれば。判定が、少なければ。・・・それでも、負けた気がする。紛う事無き、強敵。
だが、それでも。戦草寺には、野牛を心配する気持ちはこれっぽっちも無かった。
接近戦で、あの人が己業君以外に負けるなんて。
「楽しそうだな、戦草寺」
「うん。先輩と、オリーブの人達の戦い。すごく楽しみ」
己業は、少し不思議だった。今まさに敗北を受け止めたはずの戦草寺から、悔しさを感じ取れなかった。仏か、お前は。
違う。阿修羅だ。敗北よりも、新たな戦いを求める。それに、己業には分からない事、いや分かり過ぎる事として、敗北に慣れ過ぎた。父、鬼業。そして、鬼業の友人知人。強さの極地に在る者共との戦い。
己業は、1勝もした事が無い。
戦草寺も同じだ。己業に1度も勝てていない。部活で飽きるほど戦っているのに。
今更、有名校に負けたからと感情が振れるものでもない。
次は、勝つがな。
相手は、接近戦特化、高火力重量級。弓が生きていれば、格好の獲物だったが。
オリーブ2人目は、傷付いたシルエットを再確認していた。残り決着量360ポイント。随分、殴られ、蹴られたな。防御が薄いためにダメージは大きいが、部位破壊は意外に少ない。何と言えば良いのやら。弓は破壊されていないが、右腕を失った事で、射るのは、もう無理だ。こいつの隠し技も見せてしまった。身体全部位に、判定も数多く。接近戦特化型と、斬り合うのは勘弁して頂きたい所だが。
後学のため、仕方無い、な。
威が見える。向かい合った、遠距離タイプの利点を失ったはずの敵に、全く衰えが見えない。これが、全国上位。今の野牛の目では、グレートアトランティスで出会ったヘビーアーマーよりも強く見える。より鮮明に「視える」ようになったのも有るだろうが。
そう思う野牛も、どっこいだった。観衆からは。
威風に渦巻く舞台。試合開始を待たず、修羅の巷と化した道場。教育的会場とは、とても思えぬ戦場よ。
開始!
オ!
敵、弓使いは即接近に移った。最大加速にて最速接近!
・・意外な事に、野牛は一歩も動いていない。
流石は!!だが、削らせてもらうぞ!!
弓で接近戦が出来る事は知られている。更に、そのリーチは短い。接近戦武器としての能力を見た以上、野牛が急ぐ必要は絶無。だからと言って、動き回る相手を目の前に、微動だにせぬとは。どう言う神経をしているのだ。
弓使いは、自分を棚に上げて、野牛の度胸に驚いた。更に、これから自分のする事、相手に、されるであろう事、全てを一瞬でイメージ出来てしまったが。
何もせずに、負けられるか!!一矢報いる!
ギオ
敵は、1撃にて倒れ伏した。絶対的なタイミング、そこにしか無い瞬間で、千畳海苔。頭部だ胴体部だ、面倒な事は言わず、決着量の全てを持って行った。
見た目ほど簡単な業では、ない。弓使いの接近速度は、今大会1度も見せていない。それを、試合開始直後の2秒かそこらで、自分の必殺技とのタイミングの兼ね合いまで見極めた。そこに、オリーブも、もちろん技四王も、気付いていた。
小手調べにもならんな。野牛は、今の事故のような試合を、忘れる事にした。戦草寺戦のような、相手の力量を十全に発揮した試合ではなかった。言うなれば、両手両足を封じた相手に千畳海苔を当てたようなものだ。タイミングを計れたのだけは、誇れるが。今のだけでは、何も分からない。トーナメントの1試合としては、楽で助かった、そう受け取っておくか。
野牛の手強さを再確認したオリーブの、3人目。やはり容易い相手ではあるまい。
自分も、楽しませてもらおう!
弓好宝仕は、決して破れかぶれで挑んだのではない。その踏み込みは、甘いものではなかったはずだ。重量級のミノテリオンに対して、スピードで挑むと決め、その意思に忠実に全力で突っ込んだ。
1番手の剣好宝仕の戦いも、そうだ。そもそも、あいつに手加減などと言う複雑な戦術は教えていない。いや、オリーブ全員が知明さんから教わったのは、倒すか倒されるかしか無い。チームのための戦術は、一切知らない。
特別に抜粋すると、「倒したら勝ち。最後までやって、勝てなければ負け。自分が負けた相手は、大事にしよう。教材になる。勝った相手には、自分が教材になるんだ。やっぱり大事にしよう。皆が仲良く出来れば、永遠に戦えるね」。流石、知明さん。リアディウムでなければ、かなりオカシイ発言だ。
オリーブのチーム戦略は、弱い者が前に出る。より強くなるために。経験を積み、強さへのヒントを見出すべきは、強者ではない。強者は、勝手に強くなるが、弱者にはサポートが有った方が良い。要らないなら、弱者ではないしな。雲技知明は、大真面目に全人類に強者になって欲しいと願っている。そうすれば、自分は戦う相手に不足しない。
この恐るべき事実に、技四王は薄々感付いている。1人目より、2人目で苦戦した。その1つの現象のみで。
オリーブが知略に長けた学校などとは夢にも思っていない。多分、脳の代わりに戦闘の教科書が入っているのがオリーブ。その順序は、てんでバラバラ・・・では、なさそう。何も考えていなければ、そうだろう。しかし、オリーブは考えている。
戦草寺と五分以上に組み合えると言う事は、長きに渡ってトレーニングして来たわけだ。無思慮なはずがない。その理路までは分からないが、大会中、1人目からの順番を決して入れ替えなかった。この実戦修養の場で。ならば、より多く戦っているのは、新人か見習いと推測する。何故なら、先鋒が強過ぎると、後の人間はいくら待っても、鍛える時間が取れない。ここら辺は、技四王も高知予選で考えたから想像出来る。後ろの方は、誇張抜きに己業レベルか?
「・・・こんな感じかな」
「ふむふむ。流石は戦草寺。良く分かるなあ」
己業は戦草寺の解説を聞いて、なんとなく理解した。実は、己業にも集団戦闘の経験は無い。ある意味、野牛や戦草寺の方が、5対5の試合では強いかも知れない。
野牛も、戦草寺と同じように見ていた。これから手合わせ頂くのは、疑う余地の無い手だれ。全く。
なんて、嬉しいんだ。大会終了後、己業に強く感謝したい。戦草寺を倒す奴、更にその上の奴までが居るらしいオリーブ。彼らと出会えたのは、間違い無く己業のおかげだ。
いつか、自分も、彼を焦らせてみたい。
開始!
ミノテリオンに対して有効な戦術とは、実は回り込む事ではない。超加速で置き去りにするのが良い。相手腕部の速度はシルエット本体に比して異常な速さだ。曲線移動ではアレと結局は向き合う形になる、しかも回り込むと言う事はこちらはスピードをある程度殺しているのだ。腕の振りの速さと、自身は遅い状態で対峙するのは、愚策にも程が有る。ならば、その腕の振りを、出させなければ良いのだ。それさえわきまえていれば、ミノテリオンは勝てない相手ではない。
そこまで認識していながら。
槍好宝仕は、じり、と詰めた。自身の間合いを、相手の間合いを全神経を集中して計りながら。
真っ向勝負か。無論、フェイントの可能性も無くはないが。
正面衝突の方が、面白い。野牛は、斧を上段に構え、ただ、千畳海苔を撃つだけのモノになった。
その様を見て、オリーブの全員が、野牛を大好きになった。
槍好宝仕の常套手段は、遠距離からの削り。丁寧に、真面目に仕事をする。派手な真似は出来ないが、その堅実さは、知明から褒められた事も有る。
まあ、知明は基本的に人の悪口を言わない。特に後輩ともあらば、全力で褒める。
それでも、槍好宝仕のプレイヤーは嬉しかった。自分のやり方は、知明の気に入らないタイプだとも思っていた。でも、知明は、自分の好きなやり方を伸ばす事を勧めてくれた。その道のりは、容易ではないが。
その、自分の成長の糧として。こいつと、斬り合う。いつか、知明をも斬るために。たかが学生レベルで接近戦を避けていては、あの人には永遠に追い付けない。
ふ
槍好宝仕の間合いに入った。今なら、千畳海苔は来ない。だが、知っている。こいつは、武器を叩き落せる。なら、
もっと速く突けば良い!!オリーブの速さを見せ付けろ!!
オオ!!
見えない。否、見えなかった。
己の腹を突き込んだ槍。これが、実力者。私では、まだ及ばないか。
ギチ
槍好宝仕は、最期を悟った。
胴体部に当たり離れかけた槍を、左腕で捕まえ、右腕の斧で相手が倒れるまで刻んだ。
それは瞬間。槍の衝突からミノテリオンの攻撃まで、1秒も無かっただろう。
野牛の知覚限界を超えた攻撃。が、相手シルエットまでが消え失せたわけではない。いかに槍だけが速かろうと、およその在るであろう位置は分かる。ダメージや判定がゴーグルに表示されるより早くミノテリオンの腕は動き、槍の到達はそれより更に早かった。しかし。
受ける気は、無かった。食らったのは、相手が野牛より上だったからだ。
試合の結果は、ミノテリオンの圧勝。胴体部に1回の判定と、150ポイントダメージ。それだけで勝利した。しかし、野牛はスッキリしなかった。
相手の技巧の全てを味わっていない。もったいない。
惜しい。己業から見ても、速かった。野牛の腕前を知っている戦草寺にしても、相手の技量の高さは推し量れる。槍のスピードじゃなかった。槍は薙刀と同じ、リーチを活かせる長得物。しかし、剣に比べれば遅い。なのに、1人目に勝るとも劣らない。いや、下手をすれば、より速かったかも知れない。
単純な、見るべきものの少ない試合ではあったが。勝因は、槍を捕まえた事。破壊すれば、相手は自由を取り戻す。そして、槍を持ったまま、相手の姿勢を崩し続けた。必殺技は持っていないはずだが、一応な。
野牛の心に引っかかっているもの。それは、相手が槍を捨てなかった事。この私では、相手を屈服させられなかった。どれほど叩き斬ろうと、相手は折れなかった。槍を、離さなかった。
私なら。同じ事が出来たか?おそらく斧を手放して、活路を見出すはずだ。例えば、ムミョウに斧を掴まれでもしたら。全速で、逃げるだろう。
今の試合も。読みが早いと言えば聞こえは良い。だが、逃げたのだ。千畳海苔を撃てなくなるのを察知、斧から、左手を離した。まだ槍の当たる前から、左手をフリーに。
あの時の動き。恥じてはいない。勝利に向かって一直線だった。だが・・。それに、千畳海苔の使用条件、決着量の維持を、破られた。
槍と斧の戦いで、私は負けたのだ。槍を決して手放す事の無かった敵と、目先の勝利に飛び付いた自分。
なんたる不甲斐無さ!
足りない。もっと、強くなりたい。
今度は、千畳海苔を決めてみせるぞ。
少々、入れ込み過ぎたな。槍好宝仕にしては、引きが遅かった。だからと言って、そこらのプレイヤーが反応出来るものでもない。楽しい、と言う事だな。
槍好のプレイヤーに声をかけながら出て来た。4人目。必明宝仕。
武器を、持っていない。
開始!
ィン
金属音。だが、鍔迫り合いの音ではない。相手の武装が展開された音だ。
敵、左腕のブレスレットが巨大化、フラフープのようになった。
手裏剣?確か、こんな丸いのも在ったはず・・。チャクラムとか言うのかも知れないが、流石に巨大過ぎる。直径1メートルは有る。どちらかと言えば、ブーメランか。投擲武器か、攻防一致の兵装か。
やってみなければ、分からんな。
敵の無手を見て、広範囲必殺技を予期した野牛は、即突っ込む予定だったが。
勝負、してみるか?
ギリ
斧を振りかぶろうとしていた持ち手を、より強固な握りに変化。斬り合う。
「先輩は、やる気だ」
「うん。さっきの試合、不本意っぽかったしね」
野牛の不完全燃焼に、2人は気付いていた。だが、流石に、勝った以上、かける言葉も無かった。負けたなら、いくらでも励ませるが。
こんなにも早くチャンスが巡って来るとは。今度は、逃げない。勝たせてもらうぞ!
じりと間合いを詰めるミノテリオン。敵は相変わらずの作務衣。つまり、防御など無い。軽快に動くべきなのに。
オン!
全力で振った斧は、敵を真っ二つにするかとさえ思われたが!
キイイ
敵フラフープを削り取った。判定が1回発生したか。
それだけで、敵は、なんとフラフープに足をかけ、真横から斬り込んで来る斧に、乗った。
・・・何故、反発しなかった。仮に、あれがゴムで出来ていたとしても、フラフープごと吹っ飛ばす自信が有る。
頭部に攻撃を食らった野牛は、思考を始めた。100ポイントダメージ。
「上手い、し、地味に速いな」
「うん。多分、先輩も気付いてるだろうけど、あの人。今までで、1番上手い。やっぱり、オリーブは後になるほど、強い」
戦草寺は、その者達と戦えない己を残念に思ったが、仕方の無い事と諦めた。負けたのが、己の事実。それを飲み込み、いつかを待つ。
サーフィンのように、斧を滑りそのまませり上がり、ミノテリオン頭部を直撃。斧から腕を通り、逃げられなかった。全力で振っていたため、そもそも逃げの余力も残っていなかったが。敵はそのままミノテリオンの後ろへ流れるように飛び、距離を取った。
この輪のギミック。それは滑ると言う事。判定をもらうのは通常の武器と同じ。だが、こいつは「受け」に成功すれば、衝撃を流せる。格闘タイプの小手、あるいはナックルのような感じだ。やはりそれらと同じく、ダメージは稼ぎにくいが。防御から攻撃に即座に転じられる。
全力では、避けられるか。ふん。
野牛は、己の技量が通じていない事を一瞬で受け入れた。そして、動いた。
ゴオ!
剛の風が吹く!
乗れるものなら乗ってみろお!!
全速力で駆け抜ける!だが、斧は身に引き付け、動かさない。直前で振り切るつもりだ。
こうなれば、高火力武器とまともにぶつかる敵ブレスレットの不利は議論を待たない。
だから、斬り合わない。
斧を胴体部前で構えていたミノテリオン両足に判定発生。そして、敵も消えた。
「速い!」
己業は、声を上げなかった。戦草寺の驚きを他所に、じっと観察していた。
必明宝仕は、すれ違いざま、ミノテリオンを斬って行った。それも、クラウチングスタートなどの走力補助を使わず。まるでゆっくりと歩くような歩法で、ただ、消えた。
これが、オリーブで2番目に強い奴。
己業が、激闘を予感した。
あっぶね。判定もダメージも食らってない、か。ギリギリだったなあ。
野牛は、ゴーグルに映る相手シルエットの視覚映像がブレると同時に斧を振り切った。その結果がどうなるかなどと考えず、ただ斬った。
当たりはしなかったが、必明のプレイヤーは危機感を覚えた。槍好宝仕が敗れたのは、あいつの不調だけが原因ではないのだな。良く、理解出来た。
本気で行かせてもらおう。
それまで、必明は本気を見せる気は無かった。ムミョウを最大限に警戒していたからだ。事前情報を全てシャットアウトして挑むつもりだった。そんな甘い相手じゃなかった、このミノテリオンとか言う奴。
ただ。今はまだ。
おれには勝てん。
見えない。苦し紛れの外周必食を撃とうにも、相手の位置が定まらない。斧で斬れる場所に居たかと思えば、振った後にはもう、10メートルは空けられている。
考えたくないが。己業レベルか。
野牛は、半ば敗北を認めつつ。
しかし、最後の抵抗をイメージし終えた。
両手を縮め、斧を体正面に縦に構え、直立。
カウンター、ね。必明は瞬時に、野牛の最後の戦術を悟った。必明自身、何度もやった覚えが有る。5人目に、知明に。最後まで諦めていない相手に好感を覚えるが。終わらせる。
敵の攻撃は、あの輪によるもの。次の接触時、必ず食らわせてやる。
消え、来る!
ギャン!
ほう。
必明は、少し驚いた。
武器に、拳を当てられた。
野牛は、カウンターを撃たなかった。いや、意識さえしなかった。考えが有れば、反応速度が落ちる。何も考えない。思考領域に、何も置かない。全てを無意識に委ね、ただ反射する。
だから、斧さえ捨てる。当たらないなら、今は要らない。必要なのは、最も早く動く己が拳!
敵武器に、1度の判定。更に武器を弾いた事によって、敵の体勢は崩れた。こちらには、攻撃が当たらなかった。追撃を!
「強過ぎる」
己業も戦草寺の言葉に同意だった。
ミノテリオンが、敵シルエットに迫ろうと、一歩踏み出した瞬間に。全身を斬られていた。
恐らくは、あれが最大速度。
決着。野牛は、相手武器に2度判定を生じさせただけ。
これが、全国。野牛は、正直、自分が通用すると思っていた。思い上がりと言われれば、それまでだが。自分と実力差の無い戦草寺が、土佐女王に1人抜きを決めてみせた。実は、ウチはかなり強いんじゃないか?こっそり、ひっそり、そう思ってた。
現実を、知った。震えが止まらない。恐怖にではなく、自分への怒りに打ち震える。こんなにも弱かったのか、私は!!!!!
表向き、野牛は、自然に己業に交代したが。胸の奥は、嵐が巻き起こっていた。唇を噛むのを、ぐっと堪えた。




