ドラキュラ。
なんだか分からん内に調子を取り直したように見える己業。人間なのだから、落ち込む事が有っても良いが。それなら、会場の外の喫茶店にでも行った方が良い。ここは、思い悩むには、ちと騒がしいだろう。例え、次で負けたとしても、己業の、部員の人間的成長に関わる事なら、そちらを優先するのが良い。この会場には、学生行事として来ているのだ。学生の本分は、学びにある。なら、深く思い悩む時は、そうしたら良いさ。
野牛はこう考えたが、先生は少し違う考えを持っていた。
自分のペースで、悩みつつでも考えつつでも、動いた方が良い。だから、己業の素養として有る、戦闘。そこに在り続け、練磨するのが早い。離れれば解決に近付くと言う理屈は、無いのだから。
戦草寺は。特に考えを持っていなかった。悩み?考え?
戦えば、分かる。
ドラキュラ。日本国でも、恐らく最も有名な怪物の1人。1個体としては、日本の妖怪である化け猫や山姥などより知名度は高いだろう。雪女や、桃太郎の鬼などになれば、かろうじて対等か?
その能力は多岐に渡るが、怪力の持ち主だとか。
・・やってみるのも楽しそうだ。力比べ。
ずい
ムミョウは、右腕を曲げて、手を広げて差し出した。腕相撲でもしそうな様子で。
ガ
なんと。腕相撲を受けた。
おおおお
ここまで残った学校、散ったが来年に備える学校、全てが沸いた。すごいバカ共だ。隙だらけの内に攻撃しろよ。どちらも。
ギ
立ったまま、手を握り合う。力が、入る。合図は、誰も出していない。お互いにゆっくりと力を出し合い。お互いの限界まで進むのみ。
火力と速さに特化させたムミョウ。剛性は然程でもないが、パワーなら上回れる気で居た。が!
ギ、
動かない!バカな!
バカ2人を見ていた技四王、浸中どちらのチームメイトも、諦めのような感情を弄んでいた。
技四王は、相変わらずの己業の「遊び」にあきれていた。それが、己業にとっては、大事なのだと知っていなければ怒る所だ。面白い、楽しいからこそ、リアディウムをやっているのであって、野牛や戦草寺が勝つ事だけを重んじていたなら、疾うに止めているだろう。勝つだけが目的では、遊び幅が狭過ぎる。強いが、遊ぶ。だから、RDC部に入ってくれた。純粋な、真面目な男なら、以無のみで事足りていただろう。不真面目で多気な奴だから、恋人どころか友人ですらなかった2人に武芸を惜しみなく与えてくれた。
浸中は、大将が何をやっているのかと思っていた。ドラキュラは、パワーと耐久性特化。タフで、強い。速度はそんなでもないので、ムミョウを捕まえた今こそ、勝機。腕相撲に付き合う義理は、一切無いのだから。それでも、売りのパワーを活かせる機なら、それで相手の意気をくじけるのなら。まあ、良い・・のか?
しかし、これは絵になる。モニターから見える光景は、狼男対吸血鬼の世紀の一戦だった。伝統的な試合が、最新の舞台で再現されたのだ。
ギ・・
だが、決着が付かない。お互いに腕部に1回ずつの攻撃判定が発生している。ムミョウの耐久の低さなら納得出来るが、ドラキュラも?
不味い。何とか相手の耐久を超える力を入れる事に成功したようだが。こちらは、後1回判定を食らうと、部位破壊が待っている。
ドキドキしちゃう。
ギ、チイ
全身全霊を込める。単純な腕力なら五分と分かった。なら、こちらは全てのパワーを用いよう。片足なのが惜しい所だが、上半身は生きているのだ。掴み合っている右腕は元より、左腕に力を発生。その左の腕力を右に伝導。左のパワーを使う事で、右腕を固定しやすくなる。と言うより、上半身全ての固定に成功すれば、目前の相手は、腕一本で、こちらの上半身全ての「重さ」とも戦う羽目になるのだ。こちらは、その全ての重さで押し切る。これは力の使い方を知っている己業有利の展開だ。
体を捻り、力を生み出す。
ドラキュラにだけ1回の判定。さて、ここからは時間の勝負になるか。ムミョウに最後の判定が下るのが先か、ドラキュラの最後が先か。
ぐっ
観衆も息を呑む。お互いに最後の判定待ち。更に、どちらが壊れても可笑しくない。どうなる。
ギ・・・
それでも、その瞬間は来る。
・・・終わる!
ゴキイ!!
両者同時破壊!
パワーの総量ならムミョウ、先の判定で不利だったのもムミョウ。最後まで手合わせしてくれたのは、ドラキュラ。
良く付き合ってくれたな、本当に。己業は自分で仕掛けておきながら、驚いていた。
次は、お前に合わせる。何が良い?
ドラキュラは、右腕と右足の破壊された850ポイントダメージのムミョウを前に、考え込んでいた。
一発。一発、何でも良いから、技を当てれば、目の前の敵は落ちる。そして、いかなムミョウと言えど、片足で1メートルの至近距離では、回避しきれるものではない。
だが、腕組みして悩む。このままでは試合放棄と取られる。仕方無くムミョウは、当たらない程度の攻撃を繰り出し、回避させた。
いかんな。打ち合わせをしていないから、スムーズには進まないか。
だが、これもまた現実の面白さ。何もかもが上手く進むなど、気持ち悪い。この世界は、おれにだけ用意されたプレゼントではない。おれ達の世界なのだ。
ムミョウとドラキュラで、最高の試合を作ってみせるぞ。
ドラキュラは、決心したようだ。相撲の構えを取って見せた。四股まで踏んでいる。
・・・腕相撲の時点でたいがいだったが。雰囲気ぶち壊しにも程が有るな。まあ、良いか。おれ達は、こうしか出来ないのだから。
己業も、片足のムミョウを操り、構える。流石に、四股は踏めない。
繰り返すが、今攻撃すれば、ドラキュラは100パーセント勝てる。
しかし、やらない。己業と同レベルの生き物だな。相撲を取ると、約束などしていないのに。ここで避けても、それは勝負巧者なだけで、卑怯でも何でもない。卑怯とは、ルール違反やモラルに反する行いの事。試合の最中の駆け引きは、ルールの真ん中の行いだ。やらない方がどうかしている。
つまり、どうかしている同士が戦っているわけだな。
野牛も戦草寺も血のたぎりは感じたが、勝負の行方自体はどうでも良かった。力だけの勝負ではなかった腕相撲など、見るべきものが無いとまでは言わない。それでも、2人にとって参考になる試合ではない。己業が勝とうが負けようが、2人の内、どちらが出ても勝ちをさらえる。勝利にブレは無い。戦術戦略を尽くした試合でない以上、2人にとっては、余興だ。
だから、肩に力を入れて見ていたのは、先生だけだった。
「がんばって!」
応援の声。千誌につられて、浸中も声を出して行った。それは、観衆をも巻き込み、大相撲の様相を呈して行った。
片足でどこまで踏ん張れるか。相手のパワーは、ムミョウと五分なのだ。そして、相手の相撲の技量は?意外かも知れないが、己業に相撲の技術は一切無い。あえて言えば、土俵の上で、力士と戦って勝つ自信は、無い。そんなものだ。
それでも、ワクワクする。どうなるんだろう。どうなっちゃうんだろう?
さあ、やろう!!
ギ、シイ!
お互いの腰に腕を回し、押し切ろうとする。両者、張り手は出さなかった。言うまでも無いが、己業の力量なら殴り合えばノーダメージで勝てる。ドラキュラのパワーなら、先手で一発入れれば、それで勝てる。
が。どちらも殴らず、ただ組み合った。
会場中のバカ共が、感涙をこぼした。熱くなった体を、持て余した。
例えば、オリーブ。
「次の試合の順番、聞いて来ても良いですか?」
「そりゃあ、マナー違反じゃないかな」
「ですよね・・」
オリーブアイランド高校、先鋒。ここまでほとんどの試合を一人で抜いて来た者。己業と戦いたくて、仕方なくなった。あいつと仕合えず、一体何をしに来たのだ、ここまで。野牛、戦草寺も手強い。2人と戦えば、以無まで行けないかも知れない。順番を、知りたいが。無理な相談か・・。
例えば、輝光白蛍。
「私が行く」
「主将」
「アレとは、私がやらないと、勝てない。かなり強い技四王の中でも、巧さがまるで違う。全く目立っていない長所だけどね。その技量の上で、遠近隙が無い。特に遠距離攻撃が、どんなギミックで成り立っているのか、全く分からない。かなり巧妙に仕込んである。技四王にも、レギュラーを出して行かないと、ダメだろうね」
「多分、作戦とかで隠してるんじゃなく。素ですよ」
「・・・そう?」
策で腕相撲したり、相撲を取る奴らは、居ないだろう・・・。
対戦中の2校も、技四王を注目していた。
オオオ!!!
押す!片足のムミョウの不利は揺るがない。だが、己業には培ってきた武技の腕前が有る。
左手で相手の体を崩しにかかる。左足と全身で押し込みつつ、左手で相手の腰から下をすくい上げる。押し込まれる相手は、反射的に体を上に持ち上げようとするが、そこをすくわれては、転ばざるを得ない。
グ
転ぶかに見えた敵は。ムミョウの毛皮に掴まり、体を地に戻した。
己業は、笑った。
やられた。なんて事だ。
今、敵はその気になれば、蹴れた。相撲の動きの中で、自然に撃てた。なのに。わざわざ、こちらに戻りの足が当たらないよう、動いていた。体に触れられていた己業には、仔細まで分かった。
こいつ。
こいつ!
もう、1度だ。
更に組み合う2人。今度は、ドラキュラが仕掛けた。じりっと押し込む。ただ、全力で。
重い。し、耐久はあちらが上。しかも小細工を仕掛けて来ないから、カウンターも撃てない。下手に撃てば、バランスを崩して、こちらが負ける。
両者の胴体部に1回の判定、100ポイントダメージ。ムミョウは、計950ポイント。もう、後が無い!
ドラキュラは、650ポイント残っている自分のシルエットを思った。このまま押し切れば、勝てる。相手は、50ポイント。もう1度どこかに判定が発生すれば、それで終わりだ、が。
このままなら、それもまた潔い。でも、お前は、最後までやってくれるんだろ?
ああ!
オオ!!!
全力を、更なる全力で押し返す。己業の持ち得る全て、即ち、気を込めて。
使うべきか迷ったが。「おれ」を全て出さなければ、嘘だ。お前が引き出してくれたモノを見せてやろう!!
ゴ!!
片足で押し込む!!相手が体勢を立て直す前に進む!!
オ オ オ!!
ドラキュラの上半身に判定が発生した。気とムミョウのパワーの相乗効果で。だが、ダメージはわずか100ポイントに過ぎない。ムミョウの敗北は、火を見るより明らかだ。
それでも。
相手の力の方向を巧妙に逸らす。相撲は初挑戦だが、組み手での力のやり取りは、物心付く前からやっている。
この技巧も受け取ってくれ。お前に、全てやる。
この後。試合時間は、5分を経過した所で。
ドラキュラは、その腕力を発揮する事を許されず、部位破壊寸前の判定とダメージを背負い続け。負けた。
オリーブと輝光白蛍は、気付いた。パワー、スピード。だけじゃない。こいつが、技四王の秘密兵器だ。
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
己業はドラキュラを操った生徒に握手を求め、受け入れられた。
「おれは以無己業。最高の試合でした。浸中と戦えて、幸せです」
「ありがとう。おれは、利始理来異抜居 馬新。皆にも伝えるよ。おれは1年。君も1年だろ?また、会おうな」
来年の、この会場で。
「じゃあ、今度は高知県で」
その言葉を聞いた馬新は、笑みの形に口をゆがめると、楽しげに浸中の面々に向かって行った。
「今度は、高知県で、か」
「良いですね」
「頑張りましょう!」
やはり力んでいるのは、先生だけだが。大会開催は、前回優勝校の在る都道府県。そう言う事だ。
あいつも、「いぬ」だったのか。己業は、どうでもいい事を考えながら、再会の試合を想っていた。ドラキュラは、馬新は、自身の敗北間近であっても、相撲を捨てなかった。勝負に殉じた。あれが、男だ。
またな。




