シルエット。
「今回はヴィジョンでの戦いになります。ヴィジョンに使う幻像は、プレイヤー自身で構築出来るんだけど、今日の所は、標準のシルエットを使ってください」
「ああ。ええと、同級生だし、敬語は」
「うん・・。分かった」
ゴーグルの付け方を教わる。結構でかいけど、感覚は普通の眼鏡と一緒だ。雪尽にかけさせてもらった事が有る。今回は必要無いが、プロテクションも体験。腕時計みたいな感じだなあ。
「お」
確かに、何かに包まれているのが分かる。
ぺたぺた
自分で触っても分かる。膜が張られた。制服の上からって、かなりすごい技術なんじゃないか?
「ゴーグルの視界と自分の現実の体の違和感が、最初はすごいと思う。でも、全然大丈夫だから、安心して」
「おお。了解だ」
「ヴィジョンの感覚については、もう慣れるしかないと思う。でもやってみれば、案外簡単だよ」
「了解了解」
ゴーグルの中の視界。と言うか、全く新しい光景だ。
すげえ。
風が吹いている。今おれは、室内に居るのに!匂いは、流石にしないな。目に映っているのは、道場?あの独特の匂いが無いのは、違和感だが。視界だけなら、ほんとに、此処に居ると錯覚出来るな。
「さっき付けた2つの腕輪は、壊れない設定になってるから、攻撃してもされても大丈夫」
確認。先ほど右腕に付けたプロテクションと、左腕に付けた疑似感覚増幅装置。通称、センサー。まんまだな。
「弱点狙いの戦法はナシね」
「そう言う事だ。そこ狙いだけが横行しても、つまらんからな」
「確かに」
必殺大好き以無の古武術の使い手も、全く同感だった。人間1人を殺すだけなら、弾丸1発で済む。しかし。それでは、あまりにも面白く無い。警察やら自衛隊やら、自分の命のかかっている人間は、そうでなくては困るだろうが。己業は、今、誰かと殺し合っているのではないのだ。遊びは、面白い方が良いに決まっている。
そこそこ広い道場に居る。まずは・・・打ってみるか。
オ
おお!?再現された・・・。すげえ!
「な、なに、今の」
「空手?」
「いや。古武術」
打ち込んだ瞬間。己業は、軽くとは言え、体を動かした感覚が有った。だが、現実の肉体は、微動だにしていなかった。
「う。これは、確かに慣れるまで気持ち悪いな」
「ふふ。いきなり、すごい動きをしたから、全然平気かと思った」
「そりゃ、いつもの動きを出来たのは感激だけど。すごいな、これ」
「リアディウムは、君を歓迎したんだな」
「それは、ありがたい」
とりあえず、一通りの動きをしてみる。拳、蹴り、肘、膝、気。全て再現された。
「これ、ラグが無いんだな」
「ああ。一応、プロスポーツ化しているんだ。そこまで甘くないよ」
己業のふと思った事。自身の肉体の違和感に、更にヴィジョン自体の遅延まで発生するのでは、プレイヤーとして熟練した者に、絶対に勝てない。が、その心配は要らなさそうだ。
「練習試合、やってみる?」
「ああ。頼む」
戦草寺のシルエット、薙刀の巫女。そう言えば。
「そう言うのって、名前とか有るの?」
「有るよ。私のは、泉鬼」
「私のは、ミノテリオンだ」
・・どっちも怖そう。なんで、もうちょい可愛いのにしないんだろう。
「ちゃんと、可愛いシルエットも有るよ。クイーン・エリーゼとかリボンの騎士団とか」
なんとも言えない顔をした己業のために、少し紹介する戦草寺。
「試合のルールを簡単に説明します。全身の各部位にはクリティカルポイントが有って、そのポイントにある程度以上のダメージを与えると部位を破壊出来る。例えば、腕だと、この関節のとこ。ここに必殺技なら1発、通常技なら3~4発かな。それだけ食らわせれば、腕は破壊されたとみなされて、動かなくなる」
肘を差す戦草寺。肘の外側でも内側でも良いらしい。
ほほー。
「ん?それで、判定勝ちとかになるの?」
「ええ。制限時間は、1ラウンド5分。それを3ラウンド。それまでに決着が付かなければ、破壊した部位の多さ、与えたダメージ総量の大きさで決まるの」
「ふんふん。さっき、戦草寺さんは、先輩の一撃でやられてたけど、あれは?」
「あれは、ダメージ総量が、決着量を超えたため。決着ポイントは、皆1000ポイント持っているの。そして、先輩の必殺技は、その全てを持って行ける」
「強すぎだろう」
強いのは問題無いが、文字通りの必殺技すぎる。それじゃ、盛り上がらないんじゃないのか。
「残念ながら、と言うべきか。あれには、発動条件が有ってね。自分がノーダメージ、正確には、50ポイント以内のダメージ量でなければいけない。それを超えると、もう出せない。ちなみに、通常技でも、最低100ポイントは稼げる。戦草寺が薙ぎ払いを出しただろう。あれが擦れでもすれば、50ポイントだった」
更に言えば、ミノテリオンの構成が、パワーに偏っていると言うのもある。己業の想像したように、小回りは一切利かない。運が悪ければ、完封を食らうだろう。
「へええ。・・15分と言わず、1分以内に決着が付きそうですね」
通常技で、100。決着まで1000しか無い。3分は、持つまい。
「そこからが、リアディウムの本領だよ」
「やってみましょうか」
ほう。戦草寺の雰囲気が、変わった。さっきまで、大人しかったのに。少々、自信が見えるぜ。
「お願いします」
「お願いします」
戦草寺より先に言った己業に、先輩、野牛 海苔子は好感を抱いた。
「以無君の使ってる標準シルエットは、通常攻撃で150ポイント削れる。やってみて」
「おお」
棒立ちしている泉鬼に攻撃。デフォルメされてなかったら、出来んな。リアル・ディテールとか言う割に人間の姿形そのものじゃないのは、そのためか。
打った。気は入れず、手打ちの拳を。ヴィジョン内の視界には、ステータス画面が常に表示されている。相手へのダメージ量も見える。泉鬼の決着量は20ポイント減少して、980ポイントだ。
あれ?
「150ポイント、減ってない・・」
「もちろん、カラクリが有る」
先輩の言った後に、泉鬼のデータが、こちらに映る。
防具?
「それが君の攻撃のダメージを軽減した。ヴィジョン内でも、現実でも、構築したシルエットの防御力に応じて、ダメージは変わる」
野牛と戦草寺の試合は、両者共に防具を外していた。模擬戦で、ダラダラ削り合いを演じては、初心者が入ってくれないと懸念したためだ。実際は、己業以外に観客は居なかったが。
「なんか。難しいですね」
正直。己業の頭では、付いて行けてない
「追々分かれば良い。今すぐ分かる必要が有るのは、反則について」
「有るんですか」
プロテクションが有るのに。
「公式戦での話になるが、前もって、データを提出しておかなければいけないんだ。どんなに遅くても、試合開始1ヶ月前には。それ以後、セッティング変更は可能だが、提出されたデータ以外の武装は、使用不可能」
「なるほど」
なんで?
「例えば。私の必殺技、千畳海苔。あれもデータに載せておかないと、何の変哲も無いただの通常攻撃になる」
なるほど。・・・・・・ネーミングセンスに突っ込むのは、不屈の己業と言えど、出来る業ではなかった。
「そして、技にはバランスが必要だ。千畳海苔にも、ダメージ総量以外の縛りがまだ有る。使用武装は、斧限定。剣や拳では発動不可能なんだ。更に上段からの構えでしか発生しない」
「うわあ。どう考えても、通常技で削った方が楽ですね」
「ああ。だが」
にこりと笑った海苔子。
「撃つと。とても・・・気持ちが良い」
得心した己業。
「それなら、仕方が無いですね」
やはり笑んだ。
楽しいを動機とする。気が合いそうだ。
「武装状態の泉鬼とやってみるか」
「はい。リアディウムを、もっと体験してみたい」
にたり
野牛は、新人部員を獲得した気になった。
「戦草寺は、本気を出さない。君は今回、体を動かすのに慣れるんだ」
「了解です」
これが格闘技なら。侮った相手に思い知らせる所だが。リアディウムに於いては、己業は間違い無く初心者。経験者である先輩の言う事を鵜呑みにするのが、得策。
構えを取り、しかしそれ以上動かない戦草寺。待ってくれている。己業は、ゆっくりと動いた。そして、加速した。
「なに・・」
「え」
モニターで、2人の様子が完璧に把握出来ていた野牛ですら、一瞬見失った。正面から見ていた泉鬼は、データがバグったのかと思った。
通常攻撃で、20。なら、50発か。
オ、オオオオオオオオオオオオオ!!!!
「ゲームオーバー!勝者、クレナイ!」
ナレーションが入った。分かりやすいな。
クレナイは、己業の使っていた標準シルエットだ。女性忍者。クノイチと言う奴だ。本来は特殊な技の数々を試せるシルエットだが、防御が低い代わりに動きが速いので、普通の使い方でも己業には合っているようだ。
あれ。まだ、30数発しか入れてないぞ。
己業は、泉鬼の後ろに回り込み、3秒で36発の拳を突き入れた。先に泉鬼に攻撃した時、ヴィジョン内でも現実でも、戦草寺に影響が無かったので、遠慮無く打てた。
「化け物か」
「何。何を、されたんです?」
「君の後ろに回り込んだクレナイ、己業君が、連打を入れたんだ。私の目では、追いきれなかった」
戦草寺は、軽く組み手をする気だった。だから本気で相対するつもりは無く、突発的状況に対応しきれなかった。
「ええと。先輩に言った通り、通常技のみで削り倒そうとしたんですけど。50発入れる前に、終わっちゃいました」
「ああ・・。恐らくだが、速度ボーナスが入ったんだろう」
リアディウムに於いて、シルエットのステータスは固定されている。それが、提出されるデータの中身だ。だが、そこで終わりではない。各個人の技能は、更に再現される。重いダメージを与えるハイパワーな打撃は、高火力に。移動速度、技の発生速度も、個人の動きに合わせて加速する。
そして、それらは、動きの再現に留まらず、ダメージ量の上昇と言った形で表現される。
「古武術とか言ったか」
「はい。ウチの家が、以無の古武術をやってまして。まあ、家業です」
「すごい」
戦草寺は、心から発した。格闘技で、男子に勝てるなどと思っていない。だが、リアディウムには多少の心得が有ったのだ。中学3年間を、野牛に引っ張られる形で、リアディウムに費やした。それでも、己業の姿を完全に失した。
「本当に、すごかった」
「いやはは」
わはは
高笑い。しかし、己業としては、ここまで自分の動きが再現されるとは思っていなかった。無理だろーと思っていた。だが、実際には全く不足無く動き回れた。
かなり、すごいぞ。これ。
「明日から来い。しごいてやる」
「それは楽しみです」
好戦的な笑みを交し合う野牛と己業。
・・・・・・しまった!普通に入部してしまった!
「私も。己業君と切磋琢磨したい」
「お、おお」
さっきのは不意打ちであって、おれが実力で勝ったわけではないと思うが。まあ良いや。
静かに闘志を燃やす戦草寺を、己業は自然に同士だと思った。仲間として受け入れられた。