イデア。
歓迎してくれたのは、見た事の無いロボットだった。ワーカーでも犬でもない。かと言って、医療用でも戦闘用でもない。ロボットである、それ以上の意味を持っていない。そんな感じ。人型だし、人の衣服もまとっているが、ワーカーほど人に似せていない。つるつるの頭部は、磨かれてはいるが、全く塗装をされていないので、無機質。機械でござい、と物申している顔だ。
「初めまして。私が、このグレートアトランティスの管理人。管理センターの代表です」
「おお!初めまして。いつもお世話になってます。先生も助けてもらって」
「いえいえ。それが私達の仕事ですから」
知性は高い。ロボット全般に共通している事だが、常人程度のやり取りは出来る。それは、つまり、あらゆる意味に於いて、人間そのものを製造出来ると言う意味だが。
夢が叶ったのかも知れない。人類は常に奴隷を求めている。自分で建てる必要の無い居心地の良い家、川まで行かずとも手に入る真水、自分で獲る必要の無い肉、魚、かいこを飼う必要も無く手に入る衣服。これらは、現代人の欲望のなせる業、ではない。人類発祥より、ずううっと続いている、念願だ。より楽に、より安全に。石器時代よりはるか以前から。人の本質は、他を操る事に在った。今もなお。
代表として己業が挨拶をし、めいめい席に着いた。
「まずは、お食事をお楽しみ下さい。好きな物をご用意しましょう」
と言われても。長机をはさんで、皆で座っているのだが。その長机の上には、大皿。直径60センチはあるか。その皿には、多種多様な料理が盛り付けられている。
ご丁寧にも、お座敷だ。
店は、レストラン街でも地味な感じ。初見で、この店を選ぶ人は、まあ居ないだろう。他に、いくらでも、明るそうな楽しそうな雰囲気の店が在るのだから。だから、堂々とこっそり会えるのかも知れないが。
「ども」
ジュースを注いでくれる代表。
「そう言えば、誰かは分かりましたけど、お名前は何と言うんですか」
「そうでした。すっかり忘れておりましたね。申し訳無い。私の名前は、イデア」
「イデアさん」
両親や先生とも、イデアは挨拶を交わす。何故、招かれたのか。鬼業に、プラテニウスから説明は来ていない。ならば、これは、管理センターの判断か。丁度良い。お手並み拝見だ。怪しければ叩き壊せば良い。
「食べながら、聞いて頂きましょう」
己業始め、皆遠慮もせずもりもり食べていたので、心配は要らなかった。
「こちらは、己業君をリアディウムのプロの世界にお招きしたい。そう思っております」
まあ、そうだろうな。鬼業は、話を聞く耳を持った。世界ランカーに勝った高校生に、英才教育を施したいと言い始めたなら、帰っても良い。その英才教育とやらで、ランク1位になれるのなら、ともかく。そう言う存在を作れないなら、英才教育には何の意味も無い。現実に追い付いていないのだから。理論は正しい・・?いいや、その理論すら間違っている。正しいのであれば、己業より強いはずだ。だから、ランク1位になれる、1位が学んだ方法である、そう言った事実によってのみ、正しさは保証される。現実に存在しないなら、それは妄想と言うのだ。
己業のままで良い。現時点、全世界で最も強いと自負している男、以無鬼業は、そう思う。
「悪くない話だな」
「ええ」
高校生の身分でプロフェッショナル。芸能界の子役に比べれば遅い。が、一般的には早いか。
「ご両親にも説明を十分に尽くしたいと思い、お招き致しました。来て頂けて、何よりです」
「ありがたく、メシを頂戴しています」
「お招きありがとうございます」
鬼業も龍実も、礼を尽くす。
「どうでしょう。学業に差し障りの無いように、調整します。移動エリアは、日本、アジア、そしてグレートアトランティスを予定中です」
「あー。仕事先なんて、世界中どこでも良いですよ。だるければ、勝手に帰って来るでしょうから」
「それは困りますが。己業君はどうでしょう」
「え。と」
渡りに船?実戦でリアディウムを知れる。シルイエさんや、他のプレイヤーからも何か学べるのか。
「他の、デイズ・グロリアスとかとも会えますか?」
「もちろんですよ。同僚になるのですから。むしろ、彼らから学ぶ事も多いでしょう。是非、仲良くなって下さい」
「はい!」
おお。己業が、やる気だ。強く答えた拍子に、はしでつまんでた唐揚げが飛んだ。とりあえず、始業が空中ではしで貫き止めた。もぐもぐ。
「お。わるい、始業」
「美味しいから良いけど」
確かに。和洋折衷、様々な料理が並べられているが、どれも美味い。アトランティス料理も、それに引けを取らない。
「では、まず。日本から始めましょうか。長期休暇のスケジュールを教えて頂ければ、こちらで予定を組みます」
「ういっす」
小遣い稼ぎ程度の金銭も入るらしい。卒業後、本格的に活動し始めると、ケタが変わって来るとか。現状、ぬいぐるみを買う金には困っていない。まあ、もらえるもんはもらっとこう。
「雲の上の話を、聞いているな」
「そうですか?地続きですよ」
招かれて、付いて来てしまったが。高校1年でプロ契約。自分達は、卒業後ですら、その保証は無いと言うのに。正直、妬ましさを覚える。
醜い自分の感情を、野牛は丁寧に飼い慣らす。人前で発しても、何の意味も無い事だ。
千誌は、それらの感情を察するが、まさか、嫉妬の思いに駆られてはいけないとも言えない。自分の経験則で野牛の心理を想像しているだけなのだし、野牛なら自分で越えるかも知れない。それに、部活顧問としてこれからも共に在るのであれば、いくらでも機会は有る。
戦草寺は、静かな自分の心に意外さを感じていた。もっと、嫉妬するかと思っていた。アシッドを倒した時から、この展開は予想出来ていた。あれで己業を放っておくような見る目の無さで、どうやって日本の学校教育や、オリンピックにまで食い込む。機を見るに敏。これは必然。
自分の彼氏の栄光の道を、喜ばしく思えているのも、戦草寺には嬉しかった。自分も、誰かを大切に思える。正直、野牛を戦友と思った事はあっても、心の友とまで思った事は無い。先輩後輩でもあったし、何より、自分にはそう言う神経は無いのだと思っていた。
運動は苦手、勉強も得手とまで言えない。だが、リアディウムなら、その両方に於いて上の野牛とも張り合える。
その世界で、あっさり超えられても、そうショックでも無い、か。
やはり、部活で己業の稽古を受けていたからだろうか。その一挙手一投足から、怪物になるための過程を感じた。教え方が上手かったのは、つまり、自分がそう教わったからだ。自分達が、高知大会を勝ち進んだ技量を、己業はずっと学び続けていた。土台が、違う。自分は中学からリアディウムを始めたが、己業は物心付く前からだ。
だが、終わりじゃない。今ここで人生がエンドを迎えたのではないのだから。
生きているなら、いつか、夫に「今日は私の勝ちね。いえ、今日もだったかしら?」とか言える日も来るかも。
黙々と食べながらでも、戦草寺の気迫は見えた。やる気が有って何より。鬼業は、適当に場の人間を眺めていたが、特段ヘンな事は無かった。先生は、学生のバイトに反対かどうか、少し気になっていたのだ。己業の学力では、反対されても何も言えない。
「その、高校の大会には、出ても良いんですか?」
思い出して聞いてみた。これを聞きたかったのだ。己業のプロ行きは、野牛にだって想像は付いていた。それは喜ばしいとして、さて、己業は自由なのか。学生大会に出られるのか。
「大丈夫ですよ。資格は、こちらが認可した学校。その学生で在る事ですから。法に触れていると、不味いので、それは気を付けて下さい」
イメージが悪くなるからね。
「注意点として、己業さんの望む相手とだけ戦うのは不可能ですし、望まぬ戦いを強いる事も有るかも知れません」
それは分かる。今回のヘビーアーマーやデイズ・グロリアスも、まさか素人の高校生を相手にするためにプロになったわけではあるまい。
「やな感じでなければ、全然オッケーですよ」
「もちろん、モラルに反する行いを強要する事は有りません。それに、事前説明も十分にさせて頂きます」
「ありがとうございます」
良い感じじゃないか。
「己業さんの、現在の気持ちで構いません。優勝争いに加わりたいですか?それとも、多様なプレイヤーと戦いたいでしょうか」
年に1度。ここグレートアトランティスで行われる大会。単純に、純粋に、最も強いプレイヤーを決める戦い。それに出るためには、資格が要る。世界中で行われる大会のいずれかでの優勝経験だ。己業が出たいのであれば、日本大会かアジア大会で勝つしかない。己業の出場機会を、そちらに割り振る必要が有る。
「んっと。今は、勝ち負けとかどうでも良いです。面白い奴と戦いたい。その気持ちが、強いです」
面白い戦いがしたい。多分、自分はそう思っている。
「そうですか。それなら、無理をせずとも構いませんね。相手は、こちらで選別しましょう。もし、己業さんのリクエストが有れば、もちろん言って頂いてよろしいですよ」
「あー。すみません。全然詳しくないんで、トップしか知らないんです」
己業が知っているのは、世界ランク3位まで。いくら何でも、簡単に戦えない事は分かる。対戦希望は、山ほど来ているだろう。
「では、こちらで適当に選びましょう。お話を受けて頂いて、本当にありがとうございます。一緒に頑張りましょうね」
「はい!」
会話の最中、ずっと声の抑揚が無い。ワーカーや犬は、もっと感情豊かなのに。すげえ偉いロボットに技術をかけてないなんて、有り得るのか?
それでも、仕草や会話のタイミングで、こちらを気遣っているのは分かる。
あるいは、1番不思議なロボットかも知れない。
イデアの心尽くしの料理の数々は、皆の腹と心を喜ばせ、満足の行くものだった。
翌日。戦草寺とのデートや雪尽とのデートや、野牛とのデートや千誌とのデートを次々とこなし、充実した日を過ごす己業だった。
「これが、エンドアを倒した?信じられないよ、イデア」
「期待の新星ですよ」
アトランティス中央部。実験施設。イデアは、2人の人間と話している。周囲には、無数のワーカーと人間達。
映像には、4人とのデートを編集され、1画面で同時に4人分流されている己業が。それから、昨日の対戦の映像が。
「あなた方の後輩になるでしょう。よろしくお願いしますね」
「私は良いけど。どう、デモネア」
「ん・・。強いよ。もう少し経験を積めば、知明並みにはなると思う」
「お2人の印象も悪くは無い、と」
ゴーグルを片手に持ち、プロテクションとセンサーを装着した2人の女性。
世界ランク1位、テレス・アリスト。世界ランク2位、デモネア・アトム。
「来年辺り、その知明にぶつけてみたいと思いますが」
「そだね。いきなりあの子とやらせると、やる気無くしそうだし」
「じゃあ、私が」
「あんたはもっとダメでしょ」
でもまあ、エンドアに勝てるなら、心配無いか?エンドアは、怖い。ラストコアに現れる執念。その全てをぶつけて来る。戦って気持ちの良い相手だが、同時にもう戦いたくないと思うほど疲労する。あれと戦って、なおプロになりたいと言うのだから、精神のタフさは評価して良い。
イデアの目論見。大事に育てて、若者の目標となるヒーローに仕立てる。知明に勝っても負けても良い。知明と己業の2枚看板とするつもりなのだから。若きライバル時代としよう。
まだまだ遊び尽くせないグレートアトランティス。だが、日は確実に過ぎて行く。帰る日だ。
「忘れ物チェック!」
「チェック!」
「チェック!」
己業の指示によって、兄妹は室内をうろうろし始めた。雪尽も風呂場、洗面所などを見て回る。
「オッケー!」
「オッケー!」
「オッケー!」
「じゃあ、行こうか」
乗船。の前に、挨拶。毎朝の散歩に付き合ってくれたロボット犬、アイルに。
「またな」
「またね」
「またね!」
しっかりとなでる威業。アイルは、黙ってなでさせてくれる。
「僕の友達を大事にしてあげてね!」
「うん!」
結局、ロボット犬は、家に帰ってから起動する事に。ここなら、いくらでもアドバイザーが居るのだが、自由に遊ばせる場でもない。他のペット類は、基本自由だが。慣れていない自分達も、とは行かない。じっくり取っ組み合うために、帰ってからだ。幸い、サポートは日本のアトランティス支部でも受けられる。10年保証付きだ。ラッキー!
何事も無く、無事帰宅。
全国大会まで、あと10日。最後の訓練を行う。そして、思い残す事無く、全力で戦う!




