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己業の素性。初めてのヴィジョン。

「ここからは、また明日にしよう。お昼になる」


「ああ。ええ」


 あ。明日も来るんですね、おれ。


「すみません」


 帰り際、戦草寺に謝られた。


「別に良いよ。モニター無しのリアディウムが、どう見えてるのか、なんて。面白いもの見れたし」


 あれで、ヴィジョンでは激闘が繰り広げられていた、ってか。確かに、すごい。


「セッティングした後、モニターを忘れちゃってて。明日は、ちゃんと見れますから」


「うん。楽しみにしてる」


 校門でお別れ。


 ・・・もうちょっと、会話を引き伸ばしても良かったかな?話題も無いけど。


 初日から、なんか良く分からない内に、部活が決まりかけた。


 陽気が気持ち良い。ゆっくり帰るか。どうせ、メシ食って稽古しか予定無いし。・・・早く、恋人作ろう。


 弟の小学校、妹の中学校も入学式、始業式が行われていた。皆そろっての家での昼食となった。


「どうだった、お兄ちゃん」


「あー。普通」


「あはは!普通だって!」


 なんで、おれ笑われるの。テレビを見ながら、もぐもぐ。


「部活とか、見てたな」


「へー」


「えええ!」


 弟。威業いなりは、不満そうだ。母親似の可愛らしい顔付きにも関わらず、己業よりも稽古が好きかも知れない。そして、己業との稽古の時間を何よりも楽しみにしている。小学校高学年になり、ようやく本気の組み手を許されるようになったのだ。


「部活入っちゃうの?」


「うーん。まだ、分からんけどなー」


「楽しいと思うよ」


 妹。始業しなりは普通に学校の武術系に入っている。空手、柔道、剣道、合気道、等々。全部、指導員は学校の先生だから、そこまでレベルは高くない。ただ、レベルのうんぬんの前に、妹は指導員として扱われている。公式戦には出られない。古武術の弊害へいがいだな。


「威業も、来年は中学生。新しい分野に挑戦しても良いと思うよ」


「ええー。お兄ちゃんと稽古したいよー」


「わはは」


 喜んで良い、よな。


 片付けをして、稽古に入る。親がまだ帰ってないので、自分達でやらなければいけない。めんどいが、これも修行。合宿の時は、嫌でも自分達でやらなければいけないのだ。己に出来る事と、出来ない事の見極め。実力を知る事。生きる事の全てが修行なのだ。


 まあ、なんだ。皿洗いしないと、晩御飯の用意も出来ないし・・。


 自宅の裏庭。母親のやっているガーデニングを避けて、準備運動。柔らかく優しく、体に命令を下す。これから、お前らを動かす。総力を準備せよ。でないと、おれが痛い目に会っちゃう。お願い、頑張って!


 良い感じに温まった体で、筋力トレーニング。今はスピードを重視した筋肉を構成する期間。夏にマックスに持って行く。地獄の合宿が有るからな。その後、秋を休憩、冬を筋肉の肥大に使う。


 我ながら、練習のために練習してるみたいで、あれな感じだが。


 まだ小学生の威業も、比率を合わせて筋力を鍛える。この年齢は、オーバーワークが怖いが、威業は家族全員で見ている。壊れるまでは、やらせずに済むだろう。


 そして、筋力トレーニングには器具は用いない。器具を使ったトレーニングは、正しい負荷のかけ方を覚えるには最適。出来れば、正しいフォームも覚えておきたい。トレーニング初期には必須と言って良い。が、目的のために、筋トレは行うものだ。ボディビルダーのような、隙無く鍛えられた肉体か。それとも、各種スポーツに適した肉体か。


 我々は、動く体を求める。古武術の中で。即ち、天地万物の中で己の意に沿う肉体を作り上げる。リングの上で、観客の前で、真価を発揮するものではない。空で、地で、水で、全てで動けなければいけない。


 だから、ある瞬間に最特化した肉体を作ると、目的を見失う事となる。ある程度、体を動かせるようにした後は、稽古の中で体を絞る。


 これは。己業にもまだ早い事だが。以無の最終目標は、天地万物を滅する事。それだけの強さを得て、初めて人を守れるようになる。守れると、言い切れる者に、なれる。


「ふーっ・・」


 虚空を的として狙う。筋トレで完全にほぐれた肉体を、素直に動かす。力む必要は、無い。


 以無の古武術は、ってしとす。敵性事象を全て消し去るが流儀、本義。


 今は、虚空がターゲット。ならば。


ぶわ


 空気が、己業の前方の空間に吸い寄せられる。その空間、一定の範囲の空気が、消えたためだ。空を、削った。だが、弱い。言えば、拳銃の方が連発が利く。大砲の方が威力が有る。己業の技は、まだ武器に及んでいない。先達、先輩、そう言った化け物共なら、あるいは。


 未熟なる今は。ただ、修練あるのみ。


 威業と組み手、始業と組み手、両者の基本の動きを見て、夕方。


 今日も、大体いつも通りだった。


 もし、恋人が出来たら、どうなるんだろう。憧れ、と、少し怖い。


 今日から、通常授業。


 技四王ぎしおう高校は、四国は高知県の山間部に位置する、小さな学校だ。総生徒数、60名ほど。同じ町にある、技四王小学校が、約150名。技四王中学校が90名。順調に数を減らして行っている。成長するにつれ、都会の大きな学校に行くためだ。


 己業のクラスも、総勢20名の少数精鋭・・・無論、己業の入れる学校での。授業のレベルも、中学校に比べればキツイが、予習復習をしていれば、赤点は取らずに済む、はず。幸いと言うべきか、己業には勉強の出来る同級生が居た。そいつに、テスト前はいつも世話になっている。


「放課後、もう見学に行くの?」


「うーん。何故か、昨日見学して来た。んで、今日も行く」


「ええ。己業、そんなに気になる部活有ったの?」


「いや。なんて言うか。なりゆきで」


「ふーん」


 幼馴染、親友、そして、いつものあいつ。何雪なんせつ 雪尽つづり。保育園からの付き合いで、多分、これからも長い付き合いになる、と思う。


「僕は料理部に行かなくちゃいけないけど。一緒に行ってあげようか?」


「いや、いーよ。それより、この前のクッキーが当たりだった。美味かった」


「そう?じゃ、また今度作ってあげるね」


 なんでもない事のように、普通に答える雪尽。流石に小学校から料理のおすそ分けはやっている。慣れると言うものだ。


 眼鏡をかけ直し、雪尽は料理部の部室へ。場所は既に知っているらしい。


 可愛くて、手料理も上手くて。完璧に最高だよなあ。男だけど。


 今日も、他のクラスメートから依頼は無かった。まだ、信用されてないからかあ?気長に、待つかしかねえか。


 戦草寺さんは、先に行った。今日から部活見学が本格に始まる。準備有るんだろーなー。やっぱ、部活ってめんどいかな。


てくてく


 一歩一歩ごとに、何時でも技を出せる歩法。新しい床に慣れるのに、1日かかった。順応の遅さは、即ち隙だ。修行と言うものは、その気になれば、何時だって出来る。気を、修行モードに入れるだけで良い。


 どうなんだ。昨日は、戦草寺さんが居たから顔パスだったけど。ノックくらい、するもんか。


コンコン


「どうぞー」


 先輩の声だ。あ・・良く考えると、おれ以外にも見学者来てるのか。本当に部活にでも入った方が、イチャイチャ出来るんかな。


 この時。可愛い戦草寺や、アピールポイントの強大な先輩を、己業は視界に入れていなかった。あくまで、自分が女の子を守るシチュエーションで、モテるのだ、と。そう思い込んでいた。


 部室の人数は、昨日と変わり無く。あれ?おれでも、聞いた事有るんだぞ。ちったあ知名度も。


「来たね。今日は、体験も有るよ」


「その・・・。人、居ませんね」


「まあ、ね。正直、目新しさで来ると思ってたんだが。去年さ、ウチのアウトドア部が、全国で良い成績を出したんだ」


 知ってる。て言うか、全国ベスト8おめでとう!と全国優勝おめでとう!この2つの横断幕、まだ町内に飾ってあるし。良い、じゃなくて、めちゃくちゃすごいと思う。


「多分、そっちに行ったはずだよ。私だって、面白そうだと思うし」


 ここのアウトドア部は、登山部とかではない。カヌー、無理の無いレベルでの登山、自転車、オフロードバイク、等々、かなりなんでもやる。これは潤沢な設備が有るのではなく、町内の人達の寄付で成り立っている。最も分かりやすいのは、バイクだ。公式戦に出る物以外、全てもらい物で練習している。まあ、部員の親が昔乗ってたとかで、それを高校の部活でやってみたら面白いのではないか、と。他のカヌーだとか登山だとかもそうだ。親の、先生の趣味が高じた結果としての部。だから、部員もそれを好きな人間が集まり、結果、レベルも高くなっていった。安全性を求めて行って、自然上手くなるのも有る。そもそも、自然環境がそのように整っていたのが、1番大きいか。


「まあ、よそはよそ、ウチはウチ。戦草寺」


「はい」


 準備を終わらせた戦草寺さんが、来てくれて、ありがとう、と言ってくれた。健気な。来て良かったなあ。


「じゃあ、今日はそこのモニターに映るはずだから」


「あ、はい」


 普通のパソコンの画面だ。部のノートパソコンかな。


 席に座り、モニターを見る・・・。ん。先輩達を見なくて良いのか?


 ちらちら、目がリングとモニターを行ったり来たり。


 お互いに礼。そして、モニターに開始!の文字が。


「おお!」


 やべえ、声出た。しかし、すげえ。ゲーム画面みたいな感じにデフォルメされた2人が映ると思ってた。格ゲーみたいに。違った。いや、違わない?


 2人の、まるでゲームみたいな画像は、当たってる。けど、2人そのものじゃない。


 先輩は、筋骨隆々の大男の姿になっていた。えええ。実際の先輩は、細身だ。それは、鍛えているのだろうが、どちらかと言えば、絞った肉体。こんな見るからに、な肉体じゃあない。その大男が、斧を持っている。柄から刃先まで、1メートルは有るか。刃も1メートルくらい周りが有る。人間が振り回せるサイズじゃない。1回で肩が外れるだろう。それを、軽くバットのように素振りしている。人間の筋力と骨格の限界をぶっちぎっている。


 戦草寺の方は、もっと分かりやすい。薙刀なぎなたを持った、巫女さん。マジか。


 んー。プロは実際に戦うとかなんとか言ってたはずだが。先輩、どうすんだ。ヴィジョンと、現実では、戦術も戦法も違うのか?


 己業の疑問をよそに、2人の戦いは始まった。


オ!


 見た目通り、洒落にならない圧力の先輩。大男が、大きな武器を振り回す。それだけで、逃げを選択して良い光景だ。だが、戦草寺は逃げない。


 薙刀のリーチは、斧より長い。それを、薙ぐ!斧より軽い薙刀は、当然早く振り回せる。得物がどれだけ強力だろうと、当たらなければアクセサリーでしかない。


 敵が弱ければ、それで終わっていた。足を切られて、根性で耐えるなど、有り得ない。気力で出来る事にも限界が有る。が。


 先輩は、寸前で止まっていた。そして、走る!薙刀を踏み潰して!


 上手い。パワーじゃない。見極めと、判断力。スペックに頼りきってない。先輩は、間違い無く強い。何故なら、大きな物ほど、止まるにも力を必要とするからだ。ダッシュ前に、あらかじめそうする、と心に置いておかなければ、あれだけの重量で止まれるものではない。戦術の読み合いで、先輩が勝ったのだ。


 そして、大きく振りかぶった斧の一撃を、戦草寺は避けられなかった。恐らく小回りの利かないタイプの先輩だが、加速、猛進は、かなりすごい。


 お互いに礼をして、終わり。斧を直撃で食ったのに、戦草寺のキャラは、消えもしない。やはり、学生の参加する競技である以上、礼で終わらないのは不味いか。


「すごかった」


「ふふふ。正直な感想だな。ありがとう」


「どう、かな。かなり非現実的な体験が出来るんだけど。一度、やってみない?」


「おお・・」


 色々、疑問は有る。・・ま。


 やりゃあ、分かるさ。

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