ヒーロー。
貫吼は、使わされたのだ。己業の実力を思い知っている野牛には分かった。いかな己業、ムミョウと言えど、通常攻撃のみでは、ラストコアに勝てなかった。
威業も、今はそれを理解出来ている。勝った兄に抱き付き一緒に喜ぶも、兄に勝ち方を選ばせなかったエンドアの実力を、知った。
ラストコアは、防御特化シルエット。ガチガチに固めた装甲と無意識のカウンターを両立させたため、普通に歩く事すら困難。エンドア以外では使い物にならない、欠陥シルエットとさえ言える。直線的な突進力だけは有るものの、一切小回りが利かず、先読み以外では相手に反応する事も難しい。
反射神経での壁、己の弱さを知ったエンドアが、それでも勝つために。勝利のためなら、何度負けても良いと思って作り上げた、男の意地が結晶化したようなシルエット。
だから。弱いエンドアは、力を出し惜しみするタイプの強者が、大っ嫌いだった。己業は、まさにそれだったのだ。素人相手ならいざ知らず、ヘビーアーマーにまで。そして。まさかとは思うが、おれの仲間にまで。
絶対に許せん。強いなら、強く在って欲しい。それは、エンドアの身勝手な願い。押し付けだが。
泣くほど嫌なのだ。己の弱さのゆえに、何度も負けを噛み締めながら、それでも戦いから逃げなかったエンドアは、手加減や侮りが、嫌いなのだ。
本気で立ち会って欲しい。
勝負の後で交わした会話。そこで、己業の人となりを多少知った。世界ランク上位陣と同じ、キチガイだ。なら仕方ない。奴らは、戦いに於いて手抜きしない。それなりの理由が有るのだろう。エンドアは、自分を弱いと思っているので、当然そのヘンタイの群れに自分を入れていない。
そこまでシリアスな理由ではない。徐々にエンジンをかけ始めた。それだけだ。
何せ。ムミョウの実戦投入は、今日が初めてなのだ。更に、己業には、部外の人間との対戦経験は無い。
ここらは、エンドアに分かれと言う方が無茶な理由だ。慣らし運転をしていたなんて。そんな奴が、デイズ・グロリアスのメンバーを2人まで打ち倒したなんて。
「大っ番っ狂わせっ!!!世界ランク6位、鉄壁のラストコアが、敗北!!勝ったのは、以無己業!!はてさて、単なるラッキーボーイか、それとも新時代の幕開けかああああ!?」
良い仕事をするスタッフだが、のどが枯れるぞ。ちょっと席を外した野牛は、飲み物を調達。スタッフに差し入れた。はっきり言って、こちらに原因が有るのでな。
「あ、ありがとうございます。お客様に、わざわざ持って来て頂きまして」
「いえ。素晴らしい司会進行です。ありがとうございます」
野牛の挨拶の最中、威業も戦草寺と共に飲み物を取りに。
己業も、対戦相手からもらった。
「ど、どうも」
「いえ。君は、以無鬼業さんのご親戚か何かで?」
「あー。鬼業は、父です」
「そうでしたか」
もらったオレンジサイダーを飲みつつ、お喋る。
にこにこしてる綺麗な女性。束ねた長髪が美しい。装備は、無い。きっちり堅い服装。だが、何者だ。
己業の心は、疑念と好意がせめぎ有っていた。
「警護の仕事をしている者です。名は、大動 滴。現在は修練のため、リアディウムへ出向、このデイズ・グロリアスに置かせてもらっています。お父さんによろしくお伝え下さい」
「あ、はい。どうも、父がお世話になってます」
「いえいえ。こちらこそ」
で、結局。具体的には分からねえ。まあ、聞けば分かるか。このチームに居るって事は、常人ではない。本気で行かないと。
以無さんの息子さんかあ。強いんだろうなあ。まさか、リアディウムでエンドアを下せるなんて。
「なんで、滴が普通に行ってるんでしょう?」
「ククク・・・。分かんね」
大動滴は、普段なら4番手。5対5なら、エンドアが出るまでもなく、滴で大抵終わる。その程度の実力者だ。
シルエットは穿始。遠距離を得意とし、距離を取って戦うタイプ。強いて言えば、クレナイに似ているか。
開始と同時に突っかける。そろそろ体が温まってきた。エンドアさんとの戦いで得た教えを、復習しながら。
ムミョウの強さ、己業の強さは、2回の戦いで見た。対策、無くもない。
貫吼は、出来れば使いたくない。見せれば見せるほど、対処法を用意しやすくなる。残念ながら、今の己業には、芸が無い。あれ以上の奇策は、存在しない。通常攻撃で突破出来ない、例えばラストコアのような敵が、貫吼にまで対応して来たなら。勝てない。
出来るなら、残り3人。貫吼を使わずに勝つ。
開始の合図と同時に己業が駆けた。今度は、左から回り込む。滴には、わずかに残像が見えたか。反応までは出来ない。
最初からの動き以外は。
ぱん
何・・?150ポイントのダメージ。問題は、ダメージ量ではない。何の攻撃を受けたのか、分からない事だ。全身全部位に攻撃判定まで。何時、どうやって受けた?
破裂音。銃?とにかく、己業は距離を取った。かつて泉鬼が戦った相手のように、接近すればするほど命中精度が上がるタイプなら、目も当てられない。
そして、不可思議な事に、滴は、装備を付けていない。
おお。下がった。これが鬼業さんなら、すげぇな、と言いつつ、何も気にせず接近、こちらの工夫を無かったかのように突破して来るだろう。息子は、まだ常識人のようだ。
おれの目で見えなかった。最低でも音速は超えている。それとも、お札のように突如発生するタイプか?
さてさて。己業君の考えのまとまる間に、こちらも攻撃をしかけたかったが。
速過ぎる。
滴も全速力で追いかけている。だが、まるで追いつけない。更に、小刻みに削られている。滴の反応する間も無く、蹴りが、拳が飛んで来る。そして、一瞬で間を空けられる。
あれ?己業君、既に世界ランカークラス?
滴は、アジア選手権優勝。インドネシアオリンピック6位。更に言えば、日本でトップ4に入る。目下の所、打倒エンドア、打倒知明を掲げている。
その滴が、一撃しか入れられていない。
何だか分からんが、このまま押し切る!
「己業君は、このまま行くつもりですね」
「ああ。穿始は必殺技を使わないようだ。見せ技として1度使ったきり。理由は分からないが」
外から見ている観客には、見えていた。己業が食らった一撃。
全周囲攻撃、盆水。透明無色の広範囲落下型多判定攻撃。武器を持たない、と言う制限を課しているため、副武装すら持ち合わせていない、超特殊シルエット、穿始の代名詞のような技だ。最初の破裂音は、溜め込んだ水が上空から落ちる音だ。溜めた袋に、穴を開ける音。観客からは、モニターからは、見える。だが、対戦相手からは視認出来ない。理論上、避けられない攻撃だ。
必殺技特化であるがゆえ、多くの技を持っているのだが。何故か、使わない。カウンターだって、中距離技だって、穿始は持っているのに。
穿始、残り決着量100。両腕の部位破壊も。
己業は、それでも全く油断せず、ヒットアンドアウェイに徹していた。
じゃ、これが最後かな。
鉄砲水。
ふっ
空に発生する水が、高速で飛んで来る!
だがそれを造作も無く、躱す。しかし連続で来るぞ!
全て躱して、己業が勝った。
勝負を終えて、挨拶を交わし。戻って来た滴に問う。
「なんで、本気でやらなかったの?」
「だって。これは、お遊びですよ。忘れてるかも知れませんが、ここはブルー・ユニオン。初心者が集うリアディウム体験施設。ドレスをまとってわくわくしている人間の前で、熟練者が本気を出して。どうするんですか」
聞いていたエンドアも、ちょっとうつむいた。そう言えば、そうだ。管理センターに、本気で相手をしてくれと頼まれはした。が。自分達は、プロで、客の前で戦っているのだ。
まだ軽い気持ちの観衆の前で、えぐい技は。
「お前の言う通りかも知れん」
「ま、私もエンドアも、真面目にお仕事をしたって事で」
アシッドはさらりとしたものだ。やっちまったもんは、仕方ねえな。
「では、私も遊んで来ますね」
「行ってらっしゃい」
滴の応援を背に、ルイエ・シルイエが続く。
「初めまして。一緒にお客さんを楽しませましょう」
「あ。はい」
すげえな。おれが何者であっても、この人には関係無いんだ。マイペースにも程が有るだろ。
己業は戦闘前から、シルイエに一目置いた。
シルエットは、ワイズ・シュヴァリエ。特殊能力を持ちつつ、アタッカーとしても機能する、リアディウム中級者のお手本のようなシルエットだ。
騎士のようだが、それが分かるのは剣のみ。外観は、どちらかと言えば、ビシッと決めた紳士。戦う装備に見えない。
まあ、先程の滴に比べればマシか。滴は、普段着っぽかった。本当は、何か能力が有ったのかもだが。
試合開始。
己業は、突っ込まない。シルイエに言われた事が気になっている。
お客さんを楽しませる?どう言う意味なんだ。何故、おれに?
これは、シルイエの高度な心理戦。ではなく。大真面目な、本音だ。
良いですよ、己業君。君の実力なら、私を瞬殺出来る。ですが、それでは見ていてくれる人々の喜びを最大化出来ないのです。
これが私の流儀です。どうか学んで下さい。そして、いつか、プロの世界に来て下さい。
バタフライ・シャドウ。
剣身が、次々に羽に変化して行く。それは、生き物のように、不思議な軌道を描く。結界を築き上げるでもなく、敵に殺到するでもなく。
己業を襲うもの、ただ、飛ぶもの。剣から分かたれた羽が、舞台を彩る。こんな武器が、戦法が、有るのか。
己業は、ショックを受けた。自分は、野牛の戦草寺の教えと助けを受け、リアディウムを少しは知ったつもりだった。
こんなのも居るのか。
己業の知っているのは、高校大会に出ようと言う、真剣な人間の集まり。娯楽特化の人間、シルエットの動きは、知らない。
自分の周囲に来た羽を打ち落とし、粉微塵に変える。砕かれてなお、羽はキラキラと輝き、見る者を楽しませた。
正解です。
剣を失ったはずのシルイエは、己業のセンスを高く評価した。
精華炎華。
次なるシルイエの技は、広範囲を覆う炎。ただし、目は粗く、抜け出す事も十分に可能。これは、穴を塞ぐと見た目の派手さが損なわれるので、わざと荒く不完全な技にしてある。
これが。プロか。
拳圧のみ。それだけで炎を次々とかき消していく。更に蹴りで以って、炎に道を開く。速度ボーナスに加え、空間への衝撃数値を炎よりも高めれば、可能なはずだ。プロテクションとセンサーによって構築している現象。おれの拳も、きっちり表現される。
「あれを、技以外で破るか」
「知明みたいだね」
「鬼業さんとは、また違いますが。強さは共通していますね」
「ククク・・・。帰りたい」
デイズ・グロリアスも、もう驚かなくなった。あれで、シルイエはフランス大会優勝者。あの「遊び」仕様シルエットを用いて。そのシルイエを、明らかに力をコントロールしつつ圧倒している己業に、1名を除いて、好印象を持ち始めていた。これから負ける1名を除いて。
はああ
溜め息までつき始めた。
「早く行って、早く終わらせますか?」
「ク・・。そうする」
上手く己業の攻撃を防御していたシルイエだが、いかんせん見た目通り防御力は低かった。ちゃんと観客が見える速度で動き回った己業に敬意を表し、本物の負け方を現した。
己業を本気で倒しに行き、カウンターの拳をもらう。これで、決着量はちょうどゼロ。計算された敗北。
うおおおおお
今度は、と言うか、滴との戦いから観客は、素直に盛り上がり始めた。デイズ・グロリアスの敗北からの衝撃から立ち直りきれてなかったエンドア戦。それを癒したのが、滴のゆるりとした試合運び。己業に一杯食わせ、時間を稼ぐ。そして、人々の熱気を誘う。ヒーロー役は、己業にやってもらう。残念ながら、デイズ・グロリアスがそれをやると、いじめだ。流石に、素人相手はな。
己業には、英雄になってもらう。確か、景品か何か出るはずだ。タダではないのだから、ま、許せ。
ラスト。双頭韻 相清。シルエットはドラゴングレート。
おお。久しぶりに、らしいドレスだ。鱗調の鎧兜。強そう。ドラゴンて言うからには、龍なんだろうか?武器は無い。特殊系か、素手か。
「ククク・・・。よろしくお願いしま・・」
「こちらこそ。お願いします!」
最後の方、聞き取れなかった。風邪か何かで、のどやられてるのかな。
「相手、素人ですよ」
「仕方有りません。彼は、握手を求めて来る子供に本気で尻込みする男」
生身で誰かと相対するのが苦手で、そうしなくて済む世界を渡り歩き、リアディウムにたどり着いた者。だから、と言うわけでもないが、安楽な世界で、ずっと居続ける。つまり、ヴィジョン内にずっと引きこもり、強くなり続けた。世のある種の人々の憧れだったりする。ちなみに、滅多にインタビューなどを受けないので、その肉声もレアだ。チームとしての声明も、必ず他の者にやってもらう。あの不敵な笑い声も、実は喋り出す前の声出しのようなもので、あれをやらないと上手く発声出来ない。
中国大会に何故か出場した経緯は不明。本人が、チームメイトにすら話していないからだ。どうやら、嫌々出たらしいが。それでも優勝した実力者。それ以降、1人ではリアディウムの大会にすら出ていない、本物の引きこもり。時折、こうして管理センターからの呼び出しには応えるのだが。お給金が良いし、リアディウム関連の仕事は、あまり人と喋らなくて済むから。デイズ・グロリアスにも、その場に居たからレベルの理由で参加してしまったが、これまた都合が良かった。いくら何でも、単独でチーム戦は勝ち抜けない。皆、無駄に喋りかけてこないし、グレートアトランティス内で待機して(遊んで)いれば良いし。出来れば、この仕事を続けて行きたい。がんばる。
本気で勝ちに行く必要は無い。滴とシルイエに合わせよう。特に考えは無いが、それが楽だ。
ドラゴングレートは魔法使い。・・・それが、何故、接近戦のための鎧兜を?
もちろん、かっこいいからだ。単なる重りであろうと、見た目が良いので使っている。それで勝つ双頭韻のセンスは、ただ事ではない。
開始。
炎熱。試合開始と同時、炎で出来た龍が己業に襲い掛かる。
だが、真っ直ぐ過ぎる。タメも無しに放つとは、大層な技だが。当たらん!
炎を撃った双頭韻は、技の代償として下がった防御力と硬直時間を突かれ、あっさり落ちた。いくらか抵抗らしき動きも見せたが、己業は全て避けた。
お互いに礼。さくっと双頭韻は帰って行く。
やはり、本気ではないのか。シルイエさんは分からないけれど、滴さんと双頭韻さんは、明らかに全ての力を見せていない。アシッドさんは、まあ、おれと初めに当たったし。うん。
うおおおおおおお
素人が、デイズ・グロリアス5人抜き!!出来過ぎだ。
「勝ったあああああああ!!!!勝者はこの男!!新時代の幕開けを飾るのは、以無己業!!!」
己業にスポットライトが当たり、今までの試合の総集編が会場中のモニターに流れ始めた。
そして、己業のケータイには管理センターからの連絡が入った。




