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夏休み、始まり。

 プール開き。世の男子高校生は、ちょっと気になる女の子が居たりすると、ドキドキの時間かな?


 我等が己業は、あんまり、そうでもなかった。


「スクール水着か」


「己業は気にならないの?」


「んー」


 おれは、お前のが気になる。


 雪尽の肌をを誰にも見せたくなかった。例え、誰も雪尽に何も想っていなかろうと。おれのものだ。


 それはそうとして、胸部にチャームポイントの有る野牛など、普通は気になる所だが。


「良いじゃないか。女性の胸は、それだけで好い。大きかろうが、小さかろうが」


 と、言う事だ。それに、時間が時間だ。己業に取って、水泳とは水練。鍛える時間でしかなかった。女性に興味が有ろうと、何も思う所は無かった。強いか、弱いか。それ以外は、脳みそから消えている。


 雪尽も一般男子高校生。それなりに興味は有る。己業の体に。そうでなければ、体を許していない。自分には言っておいて、己業自身の馬鹿のように鍛え上げられた肉体を、皆が見ているのに。


 己業の意識としては、普通でしかなかった。妹、弟に技を教えたのは、己業だ。父親から己業が教わり、そして己業が伝えた。将来、己業は以無を背負しょって立つ。その時のための、練習のようなものだ。己業の自覚は無いが。だから、自分を誰かが見ていても、違和感を感じるものではなかった。


「恋人は出来た?」


「まだ1人。もう2人予約を入れたけど、どうなるかは」


「複数!?」


 プールの授業なので、当然周りには他のクラスメートも。


「おお。まだまだ、これから。100人作るよ」


「すげえ」


 妬ましく、ない。ポカンとするしかない。恋人100人作って、どうする。1日3人とデート出来たとして、30日でやっと全員。もっと言えば、30日経たないと、同じ女と会えない。遠距離恋愛でもする気なのか。流石に度を超え過ぎていて、羨ましくなれない。なんだこいつ。


 さくさくプールに飛び込む男の背中には、しっかりと強欲の字が書かれていた、ような気がした。


 いつもの部活。全国に行くからと行って、特別な練習はしていない。いつも通り、目を閉じても格闘戦が出来るようになる程度の濃厚なメニューをこなす。以無の正統後継者のお墨付きだ。


「いやでも。良いんですか。予選は、上手く決まりましたけど。もっと、こう。リアディウムらしい練習しなくて」


「全く要らない。特に君は」


 己業の特色。卓越した個人技能を、そのままリアディウムに再現出来る。ならば、異物を持ち込む事もあるまい。


「そうでもないと思います。ヴィジョン内なら、私でも己業君にダメージを与えられる。現実の格闘技なら、絶対に無理でも。己業君にも、副武装の扱い方を教えたいです」


「己業に、そんな器用な事が出来るわけないだろう」


 少し、刺々しい雰囲気。


「あ、いや、うん、みんなすげえ!」


 とりあえず、褒めておいた。これで何とかなるだろ。多分。


 実際問題、才能の壁が無かった。リアディウムには。


 現実世界の己業に追い付くには、戦草寺では30年かけても、恐らく不可能。だが、リアディウムなら。ヴィジョンの世界なら、己業が戦草寺を本気で鍛えれば。自分に、そうだな、1年以内に五分にさせる自信が有る。ただ、自分自身もそれなりの速度で成長出来るだろうとは思っている。簡単には行かないよな、おれ。


 壁が無い。リアディウムは、意識すれば、その通りに動く。現実とは、色々法則が違うのだ。そして、ヴィジョンだろうが、現実だろうが、リアディウム内で怪我をする心配は、ほとんど無い。プロテクションで守られ、センサーで動く。故に、戦草寺や野牛をどれだけしごこうが、精神が砕けない限り、いくらでも続けられる。本当に、精神的疲労は馬鹿に出来ないので、その辺は丁寧にやっていく必要が有るが。


 そして、この2人には無用な心配だが。現実とは、違うのだ。


 現実は、なんてことない動作で、突き指したり、骨折したり。素足で大地を踏み締める事すら、現代人には脅威なのだ。現実でもリアディウム内と同じように動ける気になるのは、ものすごく危ない。


「ん?別に、喧嘩をしているのではないぞ」


「そうだよ、浮気性の己業君」


「浮気じゃない。皆、本気だ」


 多気と言うべきか。


 そして、実際、戦草寺と野牛は喧嘩をよくする。お互い、全く引かない性格なので、ヴィジョンで飽きるまで喧嘩をする。先に音を上げたほうの負けだ。だから、本当の喧嘩にまでは発展しにくい。


「そう言えば」


 野牛が、部のパソコンを、ヴィジョンモニターからネット画面に切り替えた。


「どう思う?」


 集え若人!年齢無限!太陽より若い方ならどなたでも!RDCトライアスロン開幕!!


 リアディウムの公式ホームページの記事。10月の予定だ。


「何をするんですか?」


「分からん。初めての試みのはずだ」


「まさか、出るつもりですか」


 戦草寺が珍妙な物を見る目で、野牛に聞く。


「さてね」


 やれるなら、と言った所か。野牛のシルエット、ミノテリオンはパワーだけなら、特筆するべきものが有る。それだけに特化させているからだ。だが、それだけだ。トライアスロンとやら、出来るのか?


「まあ余興だ。大会終了後、新しいシルエットでも構築したなら。慣らしがてら参加してみても、面白いかも知れない」


 周知パフォーマンスだろうと思っている。だが、面白そうならやってみるのも良い。


「水中が、存在するんですか」


 己業の疑問。トライアスロンとは、水泳、自転車、マラソンを連続で行う競技のはず。それとも、リアディウムならではの特別な種目をやるのだろうか。


「水中ステージは実在する。ただ、本選で使われた事は、確か、無い」


 野牛は、テレビで見た記憶が有る。戦草寺も同じく。やはり、プロの試合後の余興だったはずだ。


 水中を再現したなら、それはものすごい技術だ。だが、面白いか、と言われれば・・。金属と言う設定の武器は重く、シルエットは人間設定。武器を振り回せない。人間の方が、水中では軽くなりやすい。はっきり言って、不便なだけで、良い演出とは思えない。


「ま、遊びだ。本大会までには、君達もちゃんと遊んでおいてくれよ」


 息抜きをしないと、体、精神の柔軟さが失われる。凝り固まってしまう。と思っている。本当の所は、知らない。もしかしたら、全てをそれに注ぎ込んだ方が強くなれるのかも知れない。それでも、3人は、息抜きを必要な事と考えていた。


 普通に、遊びたいし。


 だから、己業も夏休みが始まってすぐに、遊びに出た。


「しかし。私も付いて行って良いのか?」


「良いんじゃないんですか?」


 太平洋上、フロートアイランド。グレートアトランティス。その名の通り、オーバーアトランティスが主導し建造された、超巨大人工移動島だ。全長500キロメートル、重量8兆トン。太平洋上を周回している、でかい遊び場だ。ちなみに、四国の4倍以上、おおきい。


 もちろんリアディウムも、そこかしこに設置されてある。と言うより、ここがリアディウムの本場だ。プロの試合も、全世界で行われているが、決勝戦会場は、ここだ。


 入場料は、100万円。遊ぶには専用のパスポート、1年間有効で8千万円、が必要。ちょっと、普通は手が出せない。だから、オーバーアトランティス側は、入場希望者を募り、抽選で招待していた。年間、120万人ほどは、格安で招かれていた。


 今回、始業の応募したのが当選したのだ。招待人数は、かっちり10人。家族全員で、5人。とりあえず、雪尽は招くではなく、始めから数に入れている。6人。リアディウム関係なら、部員?戦草寺と野牛からは、色好い返事をもらえた。8人。先生の予定も空いていた。9人。


 他に誰か誘っても良かったが、これで綺麗な取りそろえだった。部活関係と家族のみ。


 野牛は、それなりに遠慮していた。貴重な機会だからだ。戦草寺は、ありがたく頂戴した。先生は。


「ごぶさたしてます。お義父さん。お義母さん」


「どうも、お久しぶりです」


 家庭訪問以来の出会い。己業はともかく、野牛と戦草寺の付き添いと言う形だ。


「1週間も付き添いとは、教師と言う職業も難儀なものですな」


「いえ。既に私の人生に、多少影響していますので。乗りかかった船です」


 確かに。今は、島に向かう最中の船上である。高知港から、小型の客船で出航。更に、沖合いで待つグレートアトランティス船に乗り換える。今、やっとその大型客船に乗船した所だ。


 高知県からは、2組、20人が小型船に乗ったはずだ。己業達のように、10人ちょうどではないかも知れないが。日本全国で、千人に達するのか。それを1隻の船で運ぶ。その巨大船であっても、実物のグレートアトランティスを前にすると、子猫よりも小さい。


 1日を船上で過ごしてから、いよいよグレートアトランティスに上陸。


「端が、見えない」


 己業の視力で目を凝らしてみても、遠過ぎる。


「おっきい」


 威業も、己業の手を握りながら、あまりの大きさに呆ける。


 遠距離、船で到着数時間前から目視出来ていたほどの、超巨大建造物。ありとあらゆる施設が有り、ありとあらゆる希望要望に応えられる、自活可能テーマパーク。普通に、地酒アトランティスや、グレート牛のビーフジャーキーなど、特産品の販売、輸出まで行っている。色物だけでなく、アトランティス野菜、肉、魚など、最高の養殖技術を活かした最高の味を届けている。1個の企業に過ぎないが、かなりの自治権を持った国のようなおもむきさえある。


 そして、広大な施設の大半に、実は一般人は入れない。自活用の農業区画、工業区画、漁業、林業まで行っているからだ。それらの維持、改良のための人員が、常時数十万人。その人数をまかなうための食糧班、医療班も充実。施設も、従業員が実際に体感しての意見を取り入れているため、常時進歩している。もはや、この船は、国と同じ。生き物になっているのだ。住民の居住、労働区域が、この船の大半を占める。


 始業も、少し怯えて、己業の服をつかむ。以無の者は、自然に、この建造物と戦っては、勝てないと認識した。


 その感覚は正しい。なぜなら、海賊対策の自衛軍さえ存在するからだ。常時、警備艇も動いている。


 雪尽は、素直に驚いていた。己業と一緒に歩き回りたいと思っていたが。1週間では、とても歩ききれない。ゆっくり楽しもうか。


 大きさを理解しきれない野牛と戦草寺は、やはり威業と同じく呆けていた。常人の感覚だ。


「おれは手続きして来る。ロビーかどっかで待っててくれ」


「はーい」


 搭乗手続きを終えた一行は、鬼業を待つ事に。


 ここは、船の上。乗り物の上なのに。街にしか見えない。揺れを全く感じない。共に降りた日本人達は、めいめい自由行動だ。早速遊びに出ている者も、己業達と同じく、何がしかの受け付けを済ませている者も。


 潮風の吹く、港町?いや、大き過ぎる。海の近くの大都市だな。それも、近未来的な。


 非常に現実的に作られた街並みだが、所々に、綺麗な線の区切りが存在する。パンフレットの説明によれば、ブロック構造のこの船は、1区画ごとに取り外し可能、即座に修復出来るらしい。1日で、街が直る。取り外した区画は、工業エリアに運ばれ、修理される。建物、アイテム単位ではなく、区画単位で用意する。故に、私物などは、事前にロッカーや倉庫に置くよう通知される。タンス、ベッドなどは、完全に備え付けだ。その種類は、一定の居住区域ごとに分けられ、移住希望を出せば、好きな場所に住める。もちろん、希望が殺到すれば、抽選だ。当然ながら、職員の住んでいる地域は、訪問者の入場出来るエリアとは別だ。治安の問題プラス、職員が洗濯物干してる姿をテーマパークで見せるのは、不味い。生活空間じゃねえか。


 完全に青空が見える。だが、雨天などはカバーがかかるらしい。一度見てみたい。突発的な小雨などは、そのまま降らせるらしいが。だから、完全に密室でもない。雨具も普通に販売されている。


「取りあえず、ホテルはこの近くのを取った。全員、隣室だ」


 部屋割りは、己業の両親が1室。己業達3人兄妹、そして雪尽で1室。戦草寺と野牛で1室。先生が1室。


 鬼業は、また離れる。今度は、母も一緒だ。


「戦草寺と先輩も、1室ずつ取れますよ。部屋余ってるし」


「いや。遠慮、ではないんだ。正直言って、1人では寂しい」


「そうです。ちょっと心細いですよね」


「ああ」


 正直。千誌千歩としては、己業と一緒の部屋でも良かった。ご両親が居る場なら、まあ許容範囲だろう。だが、生徒達が居るのは不味い。良くない影響を与えてしまう。ちゃんとした所、時で、そう言う事は行うべきだろう。


 一応、真面目なのだ。この先生は。真面目の方向が、たまにズレるだけで。


「己業君。何時でも教科書を持って来てください。授業をつけてあげましょう」


 雪尽が、少し反応したが、特に何も言わず。


「いえ。先生も、遊んでください。勉強は、雪尽に教えてもらいますから」


 実は、戦草寺も、たまに己業と一緒に教えてもらっている。流石に己業よりはマシだが、リアディウムに浸かりきっているので、そこまで出来るわけでもなかった。野牛は文武両道。学年トップクラスのはずだ。まあ、20人の中で、だが。


 無論。己業は教科書など、持っていない!!威業はちゃんと、宿題の絵日記帳を持っている。始業と雪尽の教育の成果だ。


 千誌は、雪尽に嫉妬。したりはしない。雪尽の負担が大きいのでは?と心配はした。だが、級友同士仲良くやれているなら、それは素晴らしい事。教師の手助けは、いよいよとなるまで要らないか。


 まあ、許婚いいなずけなので、遠慮せず言って欲しいのだが。


 己業達が降り立った区画は、ヨーロッパ風。水の街の雰囲気だ。街の中にボートがゆっくりと泳ぎ、人々の日常の足として利用される。風味を持たせた石畳は、その実バリアフリーを徹底され、足を引っ掛ける事も無い。車椅子も、容易に散策出来る。レンガ造りの建物は、もちろん最新の強化プラスチック製だろう。恐らく、壁と窓ガラスが、全く同じ素材で作られているはずだ。


 だって、そうパンフレットに書いてる。


 海外勢の降り立った付近には、日本風や中華風、東南アジア風など、自分の文化圏から遠い場所を再現されたエリアが広がっているはずだ。最新の驚きを、アナタに。それがキャッチコピーだ。人工の新世界。己業をして、おそれを抱かざるを得なかった。


「終わったぞ。どうする。遊ぶか」


 様々な手続きを済ませた鬼業が来た。現在、午前9時。少し早い朝食は、船で取っている。すぐに遊べるが。


「見て回りたい。遊ぶのは、その後で」


 己業ですら、情報を仕入れておきたかった。自分の目と肌とで、この土地を知りたい。あえて言うなら、未知の領域。強く、生存本能を刺激されていた。


 他の3人も、異存などは無い。雪尽は、全面的に己業に付いて行く。


「じゃ、お散歩でもするか」


 ただ歩くだけでも、見るべきものは幾らでも有る。己業は、ヨーロッパの地を踏んだ事は、1度しかない。それでも、なんとなく違うと思った。


 その違和感の正体は。


「これが、人工。ゴミが、全く無い」


 野牛が驚いていた。


 そう、綺麗過ぎる。日本国も、かなり治安の良い国だが。それでも、街中は、毎週ゴミ拾いをした方が良い程度には、汚れる。完全なモラルなど望むべくも無い。


 この街は、あまりにも綺麗だ。そこらの家の鉄柵のサビすら、塗装による表現でしかない。触ってみると、鉄サビは当然付着しない。つるつるで、すべすべ。街中のただの鉄柱如きに、どれだけ手間暇をかけているのだ。


 皆も、同じように驚いていた。


 その不思議の秘密は、モラルやマナーではない。


「野良犬?」


 戦草寺が、走り寄って来る犬に気が付いた。一応、己業が前に出る。暴れ犬なら、この場で殺す。皆には、鬼業が側に居る。自分が前に出て大丈夫だ。伏兵が居ても。


「わんわん!皆、おはよう!今日も一日、元気に行こうね!」


 喋った。良く見ると、尻尾が、四角い。ロボット犬か。


「なんだこれ」


 良く見れば、分かるが。以無の己業ですら、犬っころが走り寄ってきたのだと勘違いした。小型犬から中型犬ほどの大きさ。柴犬のようにも見えるが、実際、何の犬にも似ていないように思える。


「ハスキーっぽさ、レトリバーっぽさ」


 己業の観察眼によって、あらゆる犬の特徴が見受けられた。多少のゆるみは、まさかブルドックぽさか。・・んなもん再現するな。


「分からない事があれば、何でも聞いてね!」


 こちらが、黙っているのを察知した?最低でも、聴覚機能とカメラくらいは有りそうだな。監視役か。それも、可愛い皮を被った。


「もしかして」


 己業と野牛は、周りを見回した。仕事をしている風な人間を探す。


 やはり、居た。不自然な格好。船頭のような服装で、ボートを操るのだろうが。船頭は、別に居る。つまり、これは。恐らく、ロボットだ。


「確かに、新世界。進んだ監視機能だ」


「すごいんだね」


 違和感は、ものすごい。だが、嫌悪感までは行かない。既に我々の日常には、監視カメラなど、買い物でもすれば必ず付きまとうのだから。


 より進んだ社会、世界では、人間は管理される存在になる。人間は愛玩動物になるのだ。機械が、人間の管理者だ。なぜなら、機械の方が優れているからだ。


 皆の中に、冷蔵庫より仕事の出来る者は居るだろうか?1年365日、24時間休み無く働き続けられるかい?おれは、ちょっと無理だ。冷蔵庫は、現代の生み出したスーパーマシンではある。あるのだが、ご家庭に必ず在る物でもある。ご家庭に最低1台。人間を上回る物が活きている。進んだ社会では、更に顕著になるだろう。人間と言う、自身の理想からは程遠い生き物は、機械に管理されて、初めて理想の人間になれるのだ。平和な、安全な世の中。皮肉にも、それは、人間の不在によって実現されうる。機械は、機械同士で争ったりしない、進んだ存在なのだから。


 だが、流石に進んでいるだけの事は有る。


 犬も人も、穏やかな風貌。恐怖を感じるような面構えではない。当然かもだが。


「あの。この辺りで、食べ物屋さんってありますか?」


「あるよ!」


 そう言うと、犬の側の空中に、地図が浮き上がった。ご丁寧にも、軽食店、飯屋、レストランと色分けされていた。


「オススメは、マリーナハウスだよ!」


 メニュー表まで出て来た。アトランティスバイキング。美味そう。


「お腹空きません?」


 戦草寺。すごいな、お前。


 この衝撃の出会いの最中に、即、普段の食事の話題に入った。


「すいた!」


「私も」


 弟、妹は、戦草寺に同意らしい。確かに、1時間ほどは見て回ったか。


「そうだな。色々刺激も味わった。落ち着こうか」


 野牛と先生も。鬼業達も、普通に頷いている。


 行く、と言うと犬が案内してくれるらしい。すげえ。先導する犬に付いていく。


「ここだよ!食後のお散歩には、河川敷がオススメだよ!」


わん!


 1度、そう吼えると、犬は何処かに行った。また誘導の任に就くのだろう。取りあえず、一行は犬に礼を言って別れた。


 軽食を取り、やはりうろうろしていた一行はアナウンスを聞いた。


ピンポーン!


「ただいまより、ヨーロッパ区画を整理致します。2ブロック離れた位置よりご覧ください」


 その辺の木に、「このブロックは安全です」と表示された。・・木に。犬の時と同じだ。しかも、触れる。点字にも対応しているようだ。プロテクションの応用か、それとも全く新しい技術か。


「区画整理って、パンフに載ってた奴?」


「だろうな。見てみるか」


 母と父は見物に行くらしい。


「おれらは、どうする?」


「せっかくだし。見てみようか」


 全員行く事に。


 ある程度歩いて行くと、壁のような物が出来ていた。先程の映像掲示板と同じ、接触が出来るホログラムだ。「ここより先、整理中」らしい。


「で、どうやって・・・」


 言いつつ、近くをキョロキョロ見てみると、その掲示板に、タッチしてね!サインが有った。触ってみる。


 「ただいま、整理中。中継映像をご覧ください」


 出て来た!


 映像の中のブロック、区画は、ところてんのように、1個だけ抜き出されていた。上から、下へ。まるで、おもちゃのように簡単に、造作も無く、抜き取られ、そしてまた新しく生える。


 己業達には、更に詳細な映像も見れた。抜き出されたブロックは、水上バス?のような、積載する船によって、運ばれて行く。


 この都市は、浮いているのだ!と言っても、完全に浮遊しているのではない。水面から、数十メートルの高さに、ブロックの底。つまり、街の底が有り、その下に運搬船が待っていた。運搬船は、巨大な柱の横を通る。その、巨大な柱こそが、この島の足場。海底に到達しているのではない。それでは、動けない。海にわずかに沈み込み、反発しているのだ。だから、海面には常に波紋が漂い、近海で人間が泳ぐ事は禁じられている。


 更に詳しく紹介するなら、足場と街の底部は、直接くっついているのではない。プロテクション、と想像される力によって接合されている。まあ、いくら何でも、力が強過ぎる。プロテクションのように見える、別のエネルギーだろうが。


 運搬船の荷台、甲板部分と言うか、デッキ部分に、綺麗にブロックは載った。その最中、運搬船から伸びたアームによって、両サイドからブロックは固定され、丁寧に静かに積まれていった。そして、船は行き去り、別の船がやって来た。もちろん、新しいブロックを積んである。同じように、船からアームが伸び、ブロックを上げ入れて行く。ガシャン!ともズシン!とも言わず、無音で入った。音声自体は存在するのだ。船の汽笛?が聞こえる。指示の音量、サイレンなども聞こえている。それなのに、ブロックの擦れる音が、無い。


「ものすごい技術のようだ。流石にヴィジョンやプロテクションを実用化しているだけの事はある」


 野牛も、驚きを以ってしか言葉を出せない。皆、似たようなものだった。


「勝てるか、己業?」


「厳しいかな」


 あの滑らかな、スムーズな作業。おれの拳と、どちらが上だろう。おれに同じ事が出来るか?ちょっと、きつい。


 船だろうが何だろうが。この世に在る以上、それは、以無である所の己業が消し飛ばせなければいけない。以無を名乗る以上は。


「お父さんは?」


 威業が普通に聞いてみる。


「1分は、かかるだろうな」


 解体するのに。海の藻屑にするのに。アームを全開、ブロックを振り回せると仮定した、あの船に勝つのに。1分はかかる。それだけの時間が有れば、船は救援を呼べる。勝てると言い切れるものでも、ないな。


 雪尽始め、常人組はさらっと聞き流していた。まともに取り合っても、理解の及ぶ世界ではない。兄妹は、父の強さを改めて思った。いつか、こうなりたいと思った。


 アトランティス側は、技術の誇示、宣伝に、この作業を活用している。絶対的な安全性をうたっているわけだな。危険なものであるなら、夜間、人気の無い時間帯に行う。そも、中継などする必要も無いのだ。


 実践的な作業までも、エンターテイメントとしての価値を見出すか。やり手の商人なのは、間違いが無いようだ。


 この都市の正確な構造は明かされていない。賊の危険性のためだ。一般人に分かるのは、この水上都市の堅牢さ。何がしかの災害が起きようと、ブロック単位で切り離しが可能。火災だろうと津波だろうと、避難ルートも確実に用意され、無数のロボットによる救助活動も常時アクティブに機能している。先程のロボット犬やロボットワーカーなども、緊急時には、救護活動が可能なのだ。最低でも、その場の状況をカメラ、音声を通じて管理センターに送る事が出来る。


 最も怖い、停電。エネルギーの切断。その対策も2重3重に組まれている。自前の発電施設は、50箇所余り。その1つ1つが、大都市を満たせるだけの発電量。本来、20もあれば、この浮き島を満たせるのだが。万が一に備えて、倍、用意した。更に、波力発電施設、太陽光発電も。


 かなり。とてつもない街だ。


 結局、この日は、アトランティスを見て回り、遊ぶのは翌日以降となった。それでも、歩き回るだけでも、十二分に楽しめるだけの世界だった。


 夜。


「想像以上の場所だったな」


「本当に」


「すごかった!」


 野牛と戦草寺の意見に、威業が賛同した。全員が己業達の部屋に集合していた。両親は、自分達の部屋だ。


 皆、各々の部屋の風呂に入り、寝巻き姿だ。各自の持参したパジャマ姿が、まぶしい。己業は、皆の可愛さを、全力で感じていた。


 雪尽。入学祝いとやらの、お気に入り。己業が気に入ったので、雪尽も良く着る。猫のプリントがアチコチに散りばめられた、柔らかな茶色。己業が、全部の猫を撫でるので、付き合う雪尽も大変だ。


 戦草寺。アチコチに武装のアップリケの飾られた、硬い黒。真っ黒なので、一見男性物にも見える。しかしながら、細やかな意匠は間違い無く女性物。まとう戦草寺の美しさを、良く引き出している。


 野牛。皮のローブ。正直、一番、この世界と言うか、都市に合っている。てゆーか、何処に売ってるんだ・・?野性味あふれる美人だが。


 己業達は、おそろいだった。始業だけは、女の子らしかったが。


「明日は、早速ヴィジョンでもやるかい?」


「良いですね!」


 野牛と戦草寺は、かなり乗り気だ。そのために来たと言うと、言い過ぎだが。本場に来て、やらずに帰る手は無い。


「始業と威業も、やってみるか」


「うん」


「うん!」


 己業の実の家族、そして弟子。かなりの実力者であろう事は想像出来る。野牛ら2人もわくわくしていた。


「雪尽はどうする」


「うーん」


 雪尽は、こう言った活動的な物は、あまり好まない。どちらかと言えば、都市を歩いて回りたいのだが。


「付き合うよ」


 それでも。己業と一緒に居れば、楽しめるだろう。


 明日の予定は、決まった。この夏休み、めいっぱい楽しもう。

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