己業とリアディウムの出会い。
輝かしい朝。きっと君にも訪れる日。
入学式!!!
それは、ここに居る青年にも訪れていた。身長170センチ、体重74キロ。衣服の上からでは、鍛えられた肉体は見えない。ただ、その首の太さは物語る。彼の強さを。
「ドキドキする。こえー」
「大丈夫?お兄ちゃん」
「お兄ちゃん!」
優しい妹と、元気な弟の心配の声も、今は素直に受け止められない。
こええのです。
今日は、県立技四王高校の入学式。
朝食は、いつも通り、お代わりしつつモグモグ。腹が減っては戦は出来ぬ。間違い無く。戦となる。
アピールチャンス。自己紹介の場で、ぐっと心を鷲掴みにすれば、モテる!!彼女も、出来る・・・!
勝負!
はあ、はあ、はあ・・
「息が荒い、修行が足りていない証拠よ」
「うんうん。緊張感を楽しまなきゃ」
両親も、心なしか楽しそうだ。ちくしょう。
「ふうううう・・。行って来ます!」
集中。全身に巡らせた空気と気を循環させ、吐き出す。新規一点。高校生デビューだ!
・・・制服着なきゃ。
「行って来る」
部屋に戻って、無事着替えを済ませた己業は、部屋の住人にも挨拶をした。
気を高める。今日、どれだけ決めれるか。それでスタートダッシュが全く違う。今からモテ始めたなら、ゴールデンウィーク、プールに夏祭りに恋人を連れられる。
威。
きっと上手く行く!
高校へ。自宅から、歩いて15分。近所だから、で決めた学校だ。決して優秀な成績ではない己業でも、運良く合格出来た。落ちてたら、もう高校と言う進路は無かった。近隣に、そこより楽に合格出来る学校は無いのだから。ラッキー。
何人か、同じ中学から一緒に進んだ奴らも居るはず。友達も、顔見知り程度のも。しかし、全く知らない人間ばかりよりは、心強い。
校長先生のお話。どっかの偉い感じの人の挨拶。強そうな人の挨拶。
教室。
「初めまして。皆さんは、初めての高校生活で緊張も有るでしょう。大丈夫。私も、皆さんとお会いするのは初めてです。同じく緊張しています。ですから、一緒に頑張って行きましょう」
先生。千誌 千歩、と言う名前らしい。千先生で、良いかな。美人のおねーさんだ。
「では。自己紹介と行きましょうか。名前と、好きなもの、もしくは趣味などを教えてください」
来た。ここが、おれの戦場だ。あいうえお順、男女混合で、出席番号3番。このクラスのトップスリーに既におれは在籍しているのだ!イケる!
教室の右端、前から3番目の席で、その時を待つ。
・・・行くぜ。
ぺこり
「気四王中学校から来ました。以無 己業です。頑張ってる事は、古武術です。身近に熊とかイノシシとか出たら呼んで下さい」
ここで、かます。モテの秘訣は、相手の心にそっと踏み込む事。衝撃的な出会いじゃ、ない。何時の間にか、相手の内懐に潜り込んでいる事。そう、入り身と同じだ。
「皆の敵が居たら、クラスメートのよしみで、おれが砕きます」
昨今、ストーカーとか痴漢とかに、困ってる人はいっぱい居る。そのピンチの瞬間を助けるのは、急激なモテ期を発生させられる。だが、意図的にその時に立ち会うのは、演出を込ませないと、無理だ。じゃあさ・・・普段から、一緒に登下校すれば、良いんじゃないかなあ・・・?ねえ・・・。
助ける、のは建前。もちろん、そこらの変質者なんぞ病院送りにしてやんよ。可愛い子と接触するとか、許せん。だが、本質はそこではない。おれが。可愛い子と、一緒に居る時間を確保する。
単純接触の原理。一緒に居る時間が長い程、仲良くなりやすいとか何とか。ククク・・武術を極めつつ、頭脳もそれなり。自分が怖い!
クラスメートの戸惑いの視線に気付く事が無かったのは、お互いにとって良かったのかも知れない。
入学式当日は、まだ授業は無い。学校説明を軽く受けて帰宅。
己業は、教室の席で、少しゆっくりしていた。
来るかな。いや、流石に初日からは、ねえかな。相談を受け付けて、じゃあ、一緒に行き帰りしましょう。それで、徐々に信用を勝ち取り、相手の世界に無くてはならない人間に。
千里の道も一歩から。今、彼女が居ないからって、慌てる事はねえ。男が動いたなら、世界も動く。必ずな。動かなかったなら。まだ、おれは男じゃなかったのさ。
「あの・・」
来た!!!
「はい?」
がっつくな!そ知らぬ振り。そして、穏やかに、相手のペースで話させてあげるんだ。さあ、来い!!
「もう、帰りなさいって先生が・・」
「あ・・・はい。すみません」
下校時間・・・・。始業式当日だからね。
「ついでに、じゃないんですけど」
「え」
え?
「これから、お時間が有れば、で良いんです。部室を見に行きませんか」
?なんで?在校生ならともかく。新入生は、まだ部活入れないぞ。見学も、明日からって言ってたし。
「正式な入部とかではないんです。本当に、ただの見学で。その」
はいはい。なんざんしょ。良く分かんねーから、何でも聞きますよ。
「さっき。自己紹介の時に、言ってた。敵を、砕いてくれるって」
「ああ。お恥ずかしい。でも、おれの本心ですよ」
来たああああああああああ!!!!
何者だろうが、問題無いぜ!さあ、相談して、一緒に帰ろう!
「先輩に、誰か連れて来いって。それで、申し訳無いんですけど。良ければ、一緒に来てもらえませんか。来てくれれば、それで先輩の気も済むと思うので」
先輩を打ち砕けってんじゃ、ないよな。
・・・ノルマか何かか。明日からにしろよ。期待したじゃねーか・・。
「良いですよ。これから一緒のクラスだし。困った時はお互い様ですよ」
でも機嫌は伺う。この子の知り合いが困る日も、ひょっとしたら来るかもなのだから。全力で立ち向かえば、実りもでかいってものよ。
この時。己業に話しかけて来たクラスメートは、普通に可愛い女子だったが、部活の勧誘であったと聞き、己業の狙いから外れた。
「本当にごめんなさい」
言いつつ、先導する。
「あの。名前は。おれは、以無己業」
クラス20人なんて、覚えきれるわけないよな。
「あ。私は、戦草寺 泉船。よろしくお願いします」
先生と呼び名が同じになってしまう・・。
「なんて部活?」
武道系だろうか。
「リアル・ディテール・コロシアム部です」
「あー・・」
あれか。
「多分、耳にした事くらいは有ると思う。あれの、学生版です」
「なるほどー」
テレビで見たような、そうでもないような。ニュースで見たのかな。
文化部系の並びの、奥。廊下を歩いて、当然屋根の下なのに、明るい春の日差し。すげー良い天気の日に、何してんのかな、おれ。
「こちら。本当に来てくれて、ありがとう」
「いやいや。来ただけだしさ」
顔見せだけだからなー。
「先輩に何か言われても、気にしないでね」
「うん?」
美人さんなら、気にしますよ。
RDC。それだけ書かれた部室。空き教室を使っているのか。
特に何も言わず入室する戦草寺。やはり、顔見知り以上の付き合いなのかな。中学の先輩後輩だったとか。
「お。入部希望者?早速連れて来たんだね」
「いえ、まあ」
先輩ぽい人から、ちょっと視線をそらす戦草寺。はは。
長い髪をまとめて後ろへ流している。眼鏡か。ん。胸が、でかい。戦草寺の突然の勧誘、おれは感謝しても良い。
今日は、先輩と戦草寺の2人だけか。
「その、見学とかってお願い出来ますか?」
「もちろん。体験入部だって受け付けてるぞ」
「いえ。そこまでは自信が無いので」
んな事してたら、相談受付の時間が無くなるだろーが。
しかし。綺麗な部室だ。それに、特に興味の無いおれがニュースで見た事有るくらいだ。入部希望者もそれなりに居るだろ。
「希望者でいっぱいなんじゃないですか?新入生が入ると」
「はは。そうだったら嬉しいんだけどね。ようやく、部を立ち上げたばかりなんだ」
だから、戦草寺も、おれなんかを連れて来たのか。明日、誰も来ないとかにならないために。
「実際。口で説明するより、見た方が遥かに分かりやすいだろう。やるぞ戦草寺」
「はい・・」
おー。ちょっとわくわくする。
2人は、器具を着装。教室内のリングに登った。
「ルールは基本、何でも有り。ダメージは、全てプロテクションが背負ってくれる。着用者の基本的な身体技能の他、RDCの武装技能も必要になる。例えば、空手のチャンピオンが、そのままRDCチャンピオンになれるわけではない。だが、もしそんな事になれば、即上位に位置するのは間違い無いだろうがな」
「私は、全然運動は出来ません。でも、これなら、少しは動けるんですよ」
へえ。少し自信有りげ。良い、負けん気だ。
「軽くで良い。やってみよう」
「はい」
どちらも制服。言った通り、服が破れたりと言ったダメージは、プロテクションが負ってくれるのだろう。
・・・あの服で動き回ると、見えるな。
じっくりと見る姿勢を取る己業。男は、何時だって真剣でなくちゃあね。
流石に格闘術は己業の分野。どれ程の動きか、本気で見るつもりでもあった。
だが。向かい合った2人の動きは、止まったままだった。
にらみ合い?そんなレベルに達しているのか?
己業は、現時点で同年代トップの実力と自負している。それでも、にらみ合いは生じない。相手が格上の場合に、打つ手が無く・・そんな時だけだ。まあ、これは己業の性格も理由ではあるが
今回。やはり先輩の実力が高いのか。
「参りました」
「うん」
あ?
「どうだった?」
「いや。え?」
「・・先輩。モニター、動いてないです」
「おっ!」
モニター?
「じゃあ、我々が突っ立ってるのを、ただ見てたのか。悪い事をしたな」
「いえ。でも、テレビで見たRDCって、普通に戦ってたような」
おぼろげな記憶だから、自信満々には言えないんだけど。
「それは、多分プロの試合だな。学生レベルでそれをやると、金がかかりすぎるんだ。だから、ヴィジョンの世界だけでの戦いに終始する」
先輩から、更に詳しい説明を受ける。
RDCは、基本的に2種類の戦闘方法を用いる。1つは、ヴィジョン。いわゆる、モーションキャプチャーと思って良い。自分の体、技能の動きをトレースし、その幻影で戦う。これは、モニターを通して観客にも見えるように出来る。先程、先輩も戦草寺もゴーグルを付けていたが、あれは目の防護のためではなく、両者のヴィジョンを見るためだったのだ。
そして、プロの戦い。これは、ヴィジョンはメインではなく、現実に装備や技を使い戦う。ここで初めてプロテクションが必要になる。さっきのあれは、RDCをやる、と素人のおれに見せるためだったのだろう。後は、オリンピックルールでも、実際に動き回る。
「そして。最後に言っておく事が有る」
「なんです?」
愛の告白?
「我々、RDC競技者は、RDCとは呼ばない。日本人の感覚だと長いからな」
「なるほど」
確かに、言ってて長いからな。
「リアディウム。これが、私達のやっている競技」
リアディウム。戦草寺の、細い声でも、何故か強い響きだ。
「リアディウム」